連作SS集
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09 10 11 12 13 14 15 完
#01
「そういや旦那って何で抜け忍やってんだ? うん」
任務の途中、休憩がてらに立ち寄った川原で水に向かって石を投げながらデイダラが特に理由もなく問いかけた。丁度良いからとヒルコから出て尻尾の繋ぎ目の部分に油を注していたサソリはデイダラの質問を聞くや否や苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ近くにあった石ころにチャクラ糸を飛ばし、此方に背を向けて座っているデイダラに向かって投げつけた。投げられた石ころはデイダラの頭に寸分の狂いもなく当たり、彼はあいてっと間抜けな声を発する。そんなデイダラの姿を見て溜飲が下がったサソリは再びヒルコへと向き直るが、突然の痛みに今度はデイダラが不満を露にした。
「痛ぇじゃねーか! 何すんだよ、旦那!」
「お前が胸糞悪ぃ事思い出させたのが悪い」
「はぁ? んだよそれ」
ヒルコに向き直りながら真剣な顔で油を注すサソリにデイダラは首を傾げた。何故抜け忍になった理由を聞いただけでそんな不機嫌になるのか。……旦那は色々言葉が足りないと思う。
「胸糞悪いって何だ?」
「……オレに話せっていうのか」
「そんなにイヤなのか? うん」
手を止め、目を見開いてドスを利かせながら言う姿にデイダラは気の抜けた顔でガキじゃあるまいしと続けるとサソリは苛立ちながらも言葉を紡ぐのであった。
「なら話してやる。但し、自分の事だと思って心して聞け」
「ん? あぁ、分かった」
#02
サソリには同性で同い年の従兄弟がいる。
彼は赤也と言い、サソリと同様に傀儡の術を扱え、一緒に遊ぶと傀儡の話で大いに盛り上がっていた。大人しいサソリと違い赤也は活発な少年なので、サソリの腕を引っ張ってはあちこちへと遊び歩く事もある。身内であったが、そんな彼をサソリは友人だと思っていた。
幼少は二人でいた彼らであったが、アカデミーへと上がると赤也は持ち前の明るさからクラスの人気者となり、また優しい性格でもあるので特に女の子からは絶大な人気を誇っていた。この年頃の男の子といえば女の子に意地悪したり馬鹿にしたりとする中で、彼は親身になってあげたり力を貸してあげたりしていた。
「男が女の子を守るのは当然だろ」
そんな事を躊躇いなく言ってのけるから更に女の子は黄色い声をあげ、熱を入れるのだった。クラスでは人気者の赤也であるが、帰るとサソリだけの友人である。サソリにお前と一緒にいるのが一番楽しいのだとよく口にしていた。
アカデミーを揃って早々に卒業した二人は傀儡部隊へと配属された。寡黙なサソリの代わりに赤也は気持ちを代弁してくれ、周りとサソリの架け橋役を進んで買っている。傀儡部隊に配属された二人はめきめきと実力を伸ばしていった。サソリは造形師として、赤也は操演者として。
#03
傀儡部隊では寡黙なサソリがかっこいいというくノ一と、紳士な赤也が素敵というくノ一に分かれている。この従兄弟は人たらしの部類に入るとサソリは成長を重ねるごとに思っていた。しかも計算はしていないように思える。
「どうした?」
困っている人がいれば目ざとく見つけ親身になり。
「そんな事ない、とても素敵じゃないか」
振られて泣いている女を慰めたりとか。
「あぁ、こんな重たいものを女の子が持つ事ないんだよ! オレに言ってよ」
よろよろしている人を見かけるとひょいと荷物運びをしたりとか。
まぁお人好しなのだ、こいつは。面倒事に突っ込んだりもしていた、オレとしては放っておきゃいいのにと思うような事でもだ。それに対して奴は困っている人がいたら助けてあげたい、自分だってしてもらえたら嬉しいだろ? と当たり前のように言う。
そんな赤也が何だかんだ嫌いになれないし、誇らしく思っていた。
#04
赤也は男にしては珍しく身なりにとても気を遣う人だ。
休みの日になると、傀儡に向かい合うオレの都合なんて関係なしに腕を取って出かけるぞ! と引っ張っていく。ズルズルと引きずられる先には洋服店。またか……とわざとらしく大きなため息を零した。
「てめぇ先週買い物したくせに、また買い物かよ」
「先週は靴だったけど今回は忍服だよ、新作入荷したっていうからチェックしないとね」
嗜みだよ、嗜みとにこやかに告げるこいつの整った横っ面を張り倒したくなる。
オレは今日、傀儡整備に精を出すのだと前々から告げていただろうがっ!
「サソリはもう少し見た目に気を遣いな」
「うるせぇ、余計なお世話だ」
「あ! オレが今日選んでやるよ」
そう言ってあれこれオレの肩口に当ててくる洋服のセンスがずば抜けているから怒るにも怒れない。そして、つき合わせた礼と称してサラっと会計を終わらせて商品を手に握らせるのだから文句も言えない。
それが赤也というやつだ。
#05
傀儡部隊での赤也は男よりも女とつるんでいる事が多かった。男の会話は血なまぐさいものばかりなのに対して、女はバラエティ富んでいて楽しいからと。それじゃなくても世は戦争中で流れるニュースが暗いものばかりなんだから日常会話くらい明るい話題が良いじゃないかとよく言っていた。
年頃の女の話題と言えば恋愛話で持ちきりだった。あの人が好きだとか、ついに告白したのだとか。そんな浮ついた話をよくこいつは飽きる事なく聞き続けられるなとオレは思っていた。女の話はムダに長ぇとぶった切れば赤也は目をぱちくりさせた後にはぁと息をついてやれやれと首を横に振る。
「非常に残念だよ、サソリくん」
「オレをイラつかせる言動を止めろ」
「恋に目覚めた女の子はすっごく可愛いよ?」
「知るか」
お前さぁ、素材は良いんだからその性格どうにかしろよと赤也は言ってくる。心底不愉快だと告げれば更にあーあーもったいないと奴は残念そうに言うのだ。
「サソリは黙ってれば良い男なのにな」
「ぶち殺すぞ」
#06
そんな赤也にある日から変化が訪れる。
奴は傀儡部隊の女共の恋愛相談に乗ってやっていた、女からすると同性ではなく異性だからこそ言葉に重みがあるのだと。他にも恋愛相談に乗ってくれるお人好しは少なからずいたが、敢えて女共は並んでまでこいつを待つのだ。それは何故か……こいつは洋服のセンスが良くて美意識も高く、見た目も女顔だし、傀儡を扱うから指先も器用。要はこいつにプロデュースしてもらって女を磨きたいと言うのだ。
女って生き物はよくわかんねーな、こいつは立派な男だってのに。そしてまたこいつも人の為ならばと、大船に乗ったつもりで着いてこい! とか言い始めるのだ。もうここまでくるとただのバカだ。
それから赤也は研究を名目に里の女共を引き連れて洋服を見に行ったりとか、髪の毛にいい美容液や肌ツヤがよくなる化粧水の使い方を考えたりとか挙句作ったりとか、化粧・マニキュアを手に取って試してみたりと、見ているこっちが勘違いしそうなくらい行動が女化していった。
あまりにも奴が女の真似事を続けるので、そこまでする理由は何だと問うた。そしたら奴はキョトンとしながら楽しいと宣うのだ。
「意味わかんねぇ」
「あとこうやって自分が体験する事で女の子って大変なんだなぁって思うようになったよ」
「お前彼女がいる訳じゃねぇのに何がしたいんだ?」
「さぁ、何だろ?」
#07
そして半年後、赤也は里の女共以上にファッションセンスが良くて化粧技術の高い奴になった。そしてそんな奴に女共は美のカリスマだと言うのだが、さすがにオレは女共に止めてくれと苦言を唱えた。こいつの方向性がおかしくなっていくのを見ていられなくなったからだ。だが時既に遅し、この美意識が奴のアイデンティティとして確立されてしまったのだった。
新しい仕込みを組んだから試運転をしたくて奴に久々に手合わせしようと声をかけるといいよと了承してくれた。向かい合って互いに傀儡用の巻物を握って口寄せし、サソリは烏を取り出した。砂が晴れて赤也と彼の傀儡が目の前に現れるとサソリから表情が消え失せ、烏に繋いでいたチャクラ糸が切れ砂上へと崩れ落ちる。突然動きを止めた従兄弟の名前を訝しげに呼ぶと、油切れを起こした傀儡のようにゆっくりとした動きでこちらを指してきた。
「サソリ?」
「お前、何だそれは」
「はぁ? お前傀儡の事すら分かんなくなったのか?」
「違ぇよバカ! そのムダに装飾された傀儡は何だって言ってんだよっ!!」
サソリの指す先、赤也の人型傀儡は素敵な洋服に身を包んだこれはまた美しい女性であった、しかも無駄に色っぽい。
「ほら、傀儡も綺麗なのがいいかなぁって思ってさ! 良いだろ?」
「要らねぇよ、こんなもん! こんなにごちゃごちゃしててどうやって戦うつもりだっ!」
「ちゃんと戦えるよ? あ、でも汚れちゃうのは困るなぁ」
「……」
彼の言葉にサソリは呆れて何も言えなくなるのだった。
#08
赤也は止まる事を知らずにどんどんと加速していく。奴が造形した女性型の傀儡はまるで生きている女をそのまま固めたかのような美しさがあった。木で出来たパーツを蝋でコーティングする事によって本物の人間と変わらない肌質を再現、髪の毛は年若い娘の髪を使用、着せる洋服は値の張る生地をふんだんに使用し、また色も傀儡の髪の毛に合わせたものを選ぶ、そして丁寧に化粧を施す事によって見目麗しい傀儡人形がそこに誕生するのであった。
「……何目指してるんだ」
「傀儡造形師」
「……」
「最近さぁ、この傀儡を嫁に欲しいって人がちらほらいるんだよねー。絶対やらないけど」
何に使うんだかと呆れたように呟く赤也にオレは何ともいえない気持ちになる。本当にどうしてこうなった? 今までのコイツを返して欲しい。
#09
そして遂に事件は起きた。
いつものように帰宅すると、居間にチヨバア様と女の後ろ姿。見たところ若そうに見えなくもない。ババアに会いに来る若い女がいるなんて珍しいな、まぁ邪魔するつもりもないし部屋に引きこもるかと居間の前を通り過ぎようとした時。サソリに気づいたチヨが声をあげた。
「サソリ、帰ったのか」
「オレは部屋に引きこもるから客人と仲良くしてろよ、じゃあな」
「何をバカな事を……お前さんの客人じゃ」
「あ?」
オレに女の客人だと? ……心当たりがねぇ。正直に誰だよコイツと吐き捨てると、お前さんが一番よく知っている相手じゃとニヤニヤしながら言われる。オレをよく知る女なんていたか? 顎に手を当てて考えているオレの耳に入る洋服の擦れる音。目の前には可憐な美女がいて、此方を窺うように見つめている。
「……誰だよ」
「サソリ、本当に分からんのか?」
「こんなオレ好みの女の事忘れる筈がねぇ」
くそっ、ドンピシャじゃねーか。雪原のように輝く白い肌に、琥珀を思わせる瞳、風に揺られてサラサラと舞う髪とふんわり香る上品な花の香りは心地よく、頬はほんのりと桜色に染まり、極めつけはふっくらとした艶やかな唇だ。今にも噛みつきたくなる程にそそられる。惜しげもなく晒された首だってこれはオレのものだと、誰にもやらねぇと今にも襲いたくなる気持ちが沸き上がる。……ババアが居ても構わねぇ、今すぐこの女を口説き落としたい。めちゃくちゃ可愛い。
脳内は目の前の女の事で埋め尽くされた。
#10
ニッコリと微笑んだと思ったらくるりと背を向けてチヨバアの元へと戻りいえーい! とハイタッチを交わしている。なんだ、この状況は。目の前で繰り広げられる事に頭のついていかないオレとは違って二人はキャッキャッ笑っている。……笑った顔も可愛いじゃねぇか。
「サソリ惚れちゃった?」
「……っ?!!」
美女から放たれた声はイヤという程に聞き覚えがある。まさかとサッと顔を引きつらせるオレの手をそっと取り、口付けて微笑む姿も美しい……じゃねーよ!
「お前……!!」
「今気づくなんて遅すぎ」
そう長年一緒にいる赤也だった。
紅を引いた唇をねっとりと舐める姿がまた艶めかしくて様になっていた。一目惚れしたとか、あわよくば彼女にしたいとか、組み敷いて喘がせたいとかこの短時間で色々と捗った下心満載の妄想が一気に打ち砕かれた。……オレの初恋が女装した従兄弟なんて口が裂けても言えねぇ。
#11
オレが騙されたあの日から赤也は女装するようになった。今まで短かった髪を伸ばし始め、肌の手入れは入念に、食べ物にも気を遣い、爪の手入れも怠らない。仕草一つ一つも計算尽くされたもので、本当に綺麗で男心をくすぐる。何度も男だと言い聞かせてもこいつが動く度にドキリとさせられる。そして、そんな奴を見続けたせいかオレの中の女の基準がコレになってしまった。他の女が全く目に入らない。少しいいなと思っても、ここがダメとかあれがダメとか無意識に奴と比べてダメ出しをしている自分がいるのだ。
また傀儡部隊の女共は女装した赤也を見て他の子だったら許せないけど、貴方が相手なら諦めるわ、サソリくんと幸せになってね! と、とんでもない事を言い始めている。バカ言えよ、コイツは男だ! そして奴も応援ありがとう、幸せになるねと色気たっぷりに答える。……あー、やべぇなあの表情めちゃくちゃに鳴かしてぇ……落ち着け、オレ!! あれはれっきとした男だ!! あんなんでもついてるんだよっ!
「くっそ……!!」
頭と心が追いつかないオレがそこにいた。
#12
あいつの近くにいたら頭がイカれる。どうするべきか真剣に対処せねばと頭を使っても名案は思い浮かばない。頭を抱えて自室であーとかうーとか唸っていると目の前に水の入ったコップが置かれる。気が利くな、丁度喉が渇いていたところだとそのコップに手を伸ばそうとして勢いよく振り返った。そこには不思議そうに飲まないの? サソリ、喉渇いているでしょ。とまるで嫁のように振舞う赤也がいる。
「勝手に入ってくんじゃねぇよ」
「オレとサソリの仲じゃん、何今さらな事言ってんのさ」
「早く出てけ」
「……そんなに気に入らない? コレ」
自分の服装を指しながら問いかけてくる。見た目だけなら本当にオレ好みで腹が立つ。
「オレ、凄くサソリ好みになったのちゃんと理由あるんだけど」
「オレをからかっているだけだろ」
「からかってない、オレはサソリが好き……一人の男として見てる」
コイツ今何て言いやがった……?!!
#13
突然の奴の告白に動きを止めるオレに対して奴は目を潤ませながら本当なんだよ、嘘じゃないと言う。そんなバカげた話を聞かされるオレの身にもなってみろ。
「オレがお前の事を友人だと思ってたのを裏で嘲笑ってたのかよ」
「違う! まずオレの話を聞いて欲しい。それから返答して」
「……話してみろ」
オレがサソリを男として好きだと自覚したのは最近だけど、サソリを誰にもやりたくないって気持ちは子供の時からあった。だから常に横にいたし、傀儡師を目指したし、サソリに置いていかれないように努力もした。サソリの近くにはオレがいる、そう周知させる為に。
サソリに女の子が近づくのがイヤだから女の子の恋愛相談に乗っていた。みんなサソリが好きだって、近くにいるオレならよく知っているから良いアドバイスをもらえる筈だって。だから逆にサソリからオレに目が行くように仕向けた、そうすればサソリから自然と離れると思って。でも、相談に乗れば乗る程狡いって思った。女の子って恋愛しているだけで可愛くなるし、いつかサソリが取られるんじゃないかと思ったら凄く怖くなった。
だから、オレも女の子になろうと思った。里の子引き連れて洋服の流行り廃りを知って、化粧の仕方や選び方を覚えて、肌の手入れ方法も知った。後はサソリがどんな好みかはずっと一緒にいたから分かっていたし、その通りになるように振舞って見た目も整えた。
「本気だよ、サソリの事」
#14
「お前……」
「サソリに気持ち悪いって思われるのは分かっている、でもそれ以上にサソリをオレ以外の誰かに取られるのがイヤだ」
オレはどうやっても本当の女の子にはなれないって分かっている! でも好きな気持ちは抑えられないんだよっ! ……だから、オレ考えたんだ。周りから固めればいいって。周りが認めちゃえばサソリは逃げられなくなるって。
「里の皆はオレとサソリが一緒になる事を望んでるし、チヨバア様からもサソリを頼むって言われた」
「……!?」
「オレ、絶対に逃がさないよ? 地の果てまで追いかけるから」
そう、狂気的な目で奴は言ったのだ。
それがあまりにも恐ろしくて、ここに居たらコイツに全てを食われると思って砂隠れを飛び出した。アイツの足がつかないようにわざわざ体を傀儡に作り変えて。
#15
サソリが話し終える頃には明るかった空が群青と茜の混じった色に変化していた、まるで今の胸中を描いたような。元は暇を持て余していた繋ぎだったというのに、あまりにも真剣に話すものだから聞き入ってしまった。今の話が自分に降りかかったとしたら確かに気分の良いものではない、彼が顔を歪めたくなるのも分かる。
「そりゃ……大変だったな、うん」
「……」
デイダラに話したせいで深く思い出してしまった。……あの時の、逃がさないと言ったアイツの目は捕食者だった。絶対にオレに食らいつこうとする気持ちを隠さない、ギラギラとした欲望を輝かせた。
やはり過去の事なんぞ語るべきではなかった、胸に燻る不快感をそのままにサソリは立ち上がると未だ何かを考えているデイダラへと話しかけた。
「デイダラ、まだ此処にいるか?」
「あぁ、もう少しゆっくりしてるつもりだ」
「オレは周辺の薬草を取ってくる」
「気ぃつけろよ! 旦那! うん!」
「……誰にモノ言ってやがる」
サッと身を翻して森へと消えていくサソリの背を見送り、デイダラは再び川へ向かって石を投げる。投げた石は水面に当たると細かな水しぶきを打ち上げてゆっくりと沈んでいった。サソリの用事が終わって戻ってきたら、次は自分の用事に付き合ってもらおう。そろそろ粘土を補充したい。
#完
「もし、そこの方」
何度目かになる石を投げようとした時、森の奥からマントを頭から被った人物が突如現れる。鈴を転がしたような声は女にも取れるし、声変わりを果たす前の少年とも取れる。
「疲れてしまったので、お隣よろしいですか?」
「まぁ、オイラも人を待ってるだけだし……構わねぇよ」
指で頬をかきながらデイダラが答えるとその人は頭を覆う部分だけ取り払う。すると中から艶やかな長い髪が現れふわりと風に乗り、デイダラの鼻を甘く、それでいてしつこくない花の香りが掠めた。目の前の人物、それはそれはこの世のモノとは思えない、まるで人形のような容姿端麗の女性。白魚のような傷一つない肌に、夕日を映した瞳、春を思わせる色の頬は華麗で、その中でも一段と目を引くのは光沢のある真っ赤な紅が乗った柔らかそうな唇だ。あまりの美しさにゴクリと喉を鳴らすと女はデイダラの前でゆったりと微笑んだ。その優雅な姿は彼の目に名だたる絵画のように写る。
仕草に見取れていたデイダラはふと女に対して疑問を持った。このような美しい女が何故こんな鬱蒼とする森を一人で歩いていたのかと。デイダラの問いに女は目を細め妖しく笑う。
「恋人を追いかけて来たのです」
09 10 11 12 13 14 15 完
#01
「そういや旦那って何で抜け忍やってんだ? うん」
任務の途中、休憩がてらに立ち寄った川原で水に向かって石を投げながらデイダラが特に理由もなく問いかけた。丁度良いからとヒルコから出て尻尾の繋ぎ目の部分に油を注していたサソリはデイダラの質問を聞くや否や苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ近くにあった石ころにチャクラ糸を飛ばし、此方に背を向けて座っているデイダラに向かって投げつけた。投げられた石ころはデイダラの頭に寸分の狂いもなく当たり、彼はあいてっと間抜けな声を発する。そんなデイダラの姿を見て溜飲が下がったサソリは再びヒルコへと向き直るが、突然の痛みに今度はデイダラが不満を露にした。
「痛ぇじゃねーか! 何すんだよ、旦那!」
「お前が胸糞悪ぃ事思い出させたのが悪い」
「はぁ? んだよそれ」
ヒルコに向き直りながら真剣な顔で油を注すサソリにデイダラは首を傾げた。何故抜け忍になった理由を聞いただけでそんな不機嫌になるのか。……旦那は色々言葉が足りないと思う。
「胸糞悪いって何だ?」
「……オレに話せっていうのか」
「そんなにイヤなのか? うん」
手を止め、目を見開いてドスを利かせながら言う姿にデイダラは気の抜けた顔でガキじゃあるまいしと続けるとサソリは苛立ちながらも言葉を紡ぐのであった。
「なら話してやる。但し、自分の事だと思って心して聞け」
「ん? あぁ、分かった」
#02
サソリには同性で同い年の従兄弟がいる。
彼は赤也と言い、サソリと同様に傀儡の術を扱え、一緒に遊ぶと傀儡の話で大いに盛り上がっていた。大人しいサソリと違い赤也は活発な少年なので、サソリの腕を引っ張ってはあちこちへと遊び歩く事もある。身内であったが、そんな彼をサソリは友人だと思っていた。
幼少は二人でいた彼らであったが、アカデミーへと上がると赤也は持ち前の明るさからクラスの人気者となり、また優しい性格でもあるので特に女の子からは絶大な人気を誇っていた。この年頃の男の子といえば女の子に意地悪したり馬鹿にしたりとする中で、彼は親身になってあげたり力を貸してあげたりしていた。
「男が女の子を守るのは当然だろ」
そんな事を躊躇いなく言ってのけるから更に女の子は黄色い声をあげ、熱を入れるのだった。クラスでは人気者の赤也であるが、帰るとサソリだけの友人である。サソリにお前と一緒にいるのが一番楽しいのだとよく口にしていた。
アカデミーを揃って早々に卒業した二人は傀儡部隊へと配属された。寡黙なサソリの代わりに赤也は気持ちを代弁してくれ、周りとサソリの架け橋役を進んで買っている。傀儡部隊に配属された二人はめきめきと実力を伸ばしていった。サソリは造形師として、赤也は操演者として。
#03
傀儡部隊では寡黙なサソリがかっこいいというくノ一と、紳士な赤也が素敵というくノ一に分かれている。この従兄弟は人たらしの部類に入るとサソリは成長を重ねるごとに思っていた。しかも計算はしていないように思える。
「どうした?」
困っている人がいれば目ざとく見つけ親身になり。
「そんな事ない、とても素敵じゃないか」
振られて泣いている女を慰めたりとか。
「あぁ、こんな重たいものを女の子が持つ事ないんだよ! オレに言ってよ」
よろよろしている人を見かけるとひょいと荷物運びをしたりとか。
まぁお人好しなのだ、こいつは。面倒事に突っ込んだりもしていた、オレとしては放っておきゃいいのにと思うような事でもだ。それに対して奴は困っている人がいたら助けてあげたい、自分だってしてもらえたら嬉しいだろ? と当たり前のように言う。
そんな赤也が何だかんだ嫌いになれないし、誇らしく思っていた。
#04
赤也は男にしては珍しく身なりにとても気を遣う人だ。
休みの日になると、傀儡に向かい合うオレの都合なんて関係なしに腕を取って出かけるぞ! と引っ張っていく。ズルズルと引きずられる先には洋服店。またか……とわざとらしく大きなため息を零した。
「てめぇ先週買い物したくせに、また買い物かよ」
「先週は靴だったけど今回は忍服だよ、新作入荷したっていうからチェックしないとね」
嗜みだよ、嗜みとにこやかに告げるこいつの整った横っ面を張り倒したくなる。
オレは今日、傀儡整備に精を出すのだと前々から告げていただろうがっ!
「サソリはもう少し見た目に気を遣いな」
「うるせぇ、余計なお世話だ」
「あ! オレが今日選んでやるよ」
そう言ってあれこれオレの肩口に当ててくる洋服のセンスがずば抜けているから怒るにも怒れない。そして、つき合わせた礼と称してサラっと会計を終わらせて商品を手に握らせるのだから文句も言えない。
それが赤也というやつだ。
#05
傀儡部隊での赤也は男よりも女とつるんでいる事が多かった。男の会話は血なまぐさいものばかりなのに対して、女はバラエティ富んでいて楽しいからと。それじゃなくても世は戦争中で流れるニュースが暗いものばかりなんだから日常会話くらい明るい話題が良いじゃないかとよく言っていた。
年頃の女の話題と言えば恋愛話で持ちきりだった。あの人が好きだとか、ついに告白したのだとか。そんな浮ついた話をよくこいつは飽きる事なく聞き続けられるなとオレは思っていた。女の話はムダに長ぇとぶった切れば赤也は目をぱちくりさせた後にはぁと息をついてやれやれと首を横に振る。
「非常に残念だよ、サソリくん」
「オレをイラつかせる言動を止めろ」
「恋に目覚めた女の子はすっごく可愛いよ?」
「知るか」
お前さぁ、素材は良いんだからその性格どうにかしろよと赤也は言ってくる。心底不愉快だと告げれば更にあーあーもったいないと奴は残念そうに言うのだ。
「サソリは黙ってれば良い男なのにな」
「ぶち殺すぞ」
#06
そんな赤也にある日から変化が訪れる。
奴は傀儡部隊の女共の恋愛相談に乗ってやっていた、女からすると同性ではなく異性だからこそ言葉に重みがあるのだと。他にも恋愛相談に乗ってくれるお人好しは少なからずいたが、敢えて女共は並んでまでこいつを待つのだ。それは何故か……こいつは洋服のセンスが良くて美意識も高く、見た目も女顔だし、傀儡を扱うから指先も器用。要はこいつにプロデュースしてもらって女を磨きたいと言うのだ。
女って生き物はよくわかんねーな、こいつは立派な男だってのに。そしてまたこいつも人の為ならばと、大船に乗ったつもりで着いてこい! とか言い始めるのだ。もうここまでくるとただのバカだ。
それから赤也は研究を名目に里の女共を引き連れて洋服を見に行ったりとか、髪の毛にいい美容液や肌ツヤがよくなる化粧水の使い方を考えたりとか挙句作ったりとか、化粧・マニキュアを手に取って試してみたりと、見ているこっちが勘違いしそうなくらい行動が女化していった。
あまりにも奴が女の真似事を続けるので、そこまでする理由は何だと問うた。そしたら奴はキョトンとしながら楽しいと宣うのだ。
「意味わかんねぇ」
「あとこうやって自分が体験する事で女の子って大変なんだなぁって思うようになったよ」
「お前彼女がいる訳じゃねぇのに何がしたいんだ?」
「さぁ、何だろ?」
#07
そして半年後、赤也は里の女共以上にファッションセンスが良くて化粧技術の高い奴になった。そしてそんな奴に女共は美のカリスマだと言うのだが、さすがにオレは女共に止めてくれと苦言を唱えた。こいつの方向性がおかしくなっていくのを見ていられなくなったからだ。だが時既に遅し、この美意識が奴のアイデンティティとして確立されてしまったのだった。
新しい仕込みを組んだから試運転をしたくて奴に久々に手合わせしようと声をかけるといいよと了承してくれた。向かい合って互いに傀儡用の巻物を握って口寄せし、サソリは烏を取り出した。砂が晴れて赤也と彼の傀儡が目の前に現れるとサソリから表情が消え失せ、烏に繋いでいたチャクラ糸が切れ砂上へと崩れ落ちる。突然動きを止めた従兄弟の名前を訝しげに呼ぶと、油切れを起こした傀儡のようにゆっくりとした動きでこちらを指してきた。
「サソリ?」
「お前、何だそれは」
「はぁ? お前傀儡の事すら分かんなくなったのか?」
「違ぇよバカ! そのムダに装飾された傀儡は何だって言ってんだよっ!!」
サソリの指す先、赤也の人型傀儡は素敵な洋服に身を包んだこれはまた美しい女性であった、しかも無駄に色っぽい。
「ほら、傀儡も綺麗なのがいいかなぁって思ってさ! 良いだろ?」
「要らねぇよ、こんなもん! こんなにごちゃごちゃしててどうやって戦うつもりだっ!」
「ちゃんと戦えるよ? あ、でも汚れちゃうのは困るなぁ」
「……」
彼の言葉にサソリは呆れて何も言えなくなるのだった。
#08
赤也は止まる事を知らずにどんどんと加速していく。奴が造形した女性型の傀儡はまるで生きている女をそのまま固めたかのような美しさがあった。木で出来たパーツを蝋でコーティングする事によって本物の人間と変わらない肌質を再現、髪の毛は年若い娘の髪を使用、着せる洋服は値の張る生地をふんだんに使用し、また色も傀儡の髪の毛に合わせたものを選ぶ、そして丁寧に化粧を施す事によって見目麗しい傀儡人形がそこに誕生するのであった。
「……何目指してるんだ」
「傀儡造形師」
「……」
「最近さぁ、この傀儡を嫁に欲しいって人がちらほらいるんだよねー。絶対やらないけど」
何に使うんだかと呆れたように呟く赤也にオレは何ともいえない気持ちになる。本当にどうしてこうなった? 今までのコイツを返して欲しい。
#09
そして遂に事件は起きた。
いつものように帰宅すると、居間にチヨバア様と女の後ろ姿。見たところ若そうに見えなくもない。ババアに会いに来る若い女がいるなんて珍しいな、まぁ邪魔するつもりもないし部屋に引きこもるかと居間の前を通り過ぎようとした時。サソリに気づいたチヨが声をあげた。
「サソリ、帰ったのか」
「オレは部屋に引きこもるから客人と仲良くしてろよ、じゃあな」
「何をバカな事を……お前さんの客人じゃ」
「あ?」
オレに女の客人だと? ……心当たりがねぇ。正直に誰だよコイツと吐き捨てると、お前さんが一番よく知っている相手じゃとニヤニヤしながら言われる。オレをよく知る女なんていたか? 顎に手を当てて考えているオレの耳に入る洋服の擦れる音。目の前には可憐な美女がいて、此方を窺うように見つめている。
「……誰だよ」
「サソリ、本当に分からんのか?」
「こんなオレ好みの女の事忘れる筈がねぇ」
くそっ、ドンピシャじゃねーか。雪原のように輝く白い肌に、琥珀を思わせる瞳、風に揺られてサラサラと舞う髪とふんわり香る上品な花の香りは心地よく、頬はほんのりと桜色に染まり、極めつけはふっくらとした艶やかな唇だ。今にも噛みつきたくなる程にそそられる。惜しげもなく晒された首だってこれはオレのものだと、誰にもやらねぇと今にも襲いたくなる気持ちが沸き上がる。……ババアが居ても構わねぇ、今すぐこの女を口説き落としたい。めちゃくちゃ可愛い。
脳内は目の前の女の事で埋め尽くされた。
#10
ニッコリと微笑んだと思ったらくるりと背を向けてチヨバアの元へと戻りいえーい! とハイタッチを交わしている。なんだ、この状況は。目の前で繰り広げられる事に頭のついていかないオレとは違って二人はキャッキャッ笑っている。……笑った顔も可愛いじゃねぇか。
「サソリ惚れちゃった?」
「……っ?!!」
美女から放たれた声はイヤという程に聞き覚えがある。まさかとサッと顔を引きつらせるオレの手をそっと取り、口付けて微笑む姿も美しい……じゃねーよ!
「お前……!!」
「今気づくなんて遅すぎ」
そう長年一緒にいる赤也だった。
紅を引いた唇をねっとりと舐める姿がまた艶めかしくて様になっていた。一目惚れしたとか、あわよくば彼女にしたいとか、組み敷いて喘がせたいとかこの短時間で色々と捗った下心満載の妄想が一気に打ち砕かれた。……オレの初恋が女装した従兄弟なんて口が裂けても言えねぇ。
#11
オレが騙されたあの日から赤也は女装するようになった。今まで短かった髪を伸ばし始め、肌の手入れは入念に、食べ物にも気を遣い、爪の手入れも怠らない。仕草一つ一つも計算尽くされたもので、本当に綺麗で男心をくすぐる。何度も男だと言い聞かせてもこいつが動く度にドキリとさせられる。そして、そんな奴を見続けたせいかオレの中の女の基準がコレになってしまった。他の女が全く目に入らない。少しいいなと思っても、ここがダメとかあれがダメとか無意識に奴と比べてダメ出しをしている自分がいるのだ。
また傀儡部隊の女共は女装した赤也を見て他の子だったら許せないけど、貴方が相手なら諦めるわ、サソリくんと幸せになってね! と、とんでもない事を言い始めている。バカ言えよ、コイツは男だ! そして奴も応援ありがとう、幸せになるねと色気たっぷりに答える。……あー、やべぇなあの表情めちゃくちゃに鳴かしてぇ……落ち着け、オレ!! あれはれっきとした男だ!! あんなんでもついてるんだよっ!
「くっそ……!!」
頭と心が追いつかないオレがそこにいた。
#12
あいつの近くにいたら頭がイカれる。どうするべきか真剣に対処せねばと頭を使っても名案は思い浮かばない。頭を抱えて自室であーとかうーとか唸っていると目の前に水の入ったコップが置かれる。気が利くな、丁度喉が渇いていたところだとそのコップに手を伸ばそうとして勢いよく振り返った。そこには不思議そうに飲まないの? サソリ、喉渇いているでしょ。とまるで嫁のように振舞う赤也がいる。
「勝手に入ってくんじゃねぇよ」
「オレとサソリの仲じゃん、何今さらな事言ってんのさ」
「早く出てけ」
「……そんなに気に入らない? コレ」
自分の服装を指しながら問いかけてくる。見た目だけなら本当にオレ好みで腹が立つ。
「オレ、凄くサソリ好みになったのちゃんと理由あるんだけど」
「オレをからかっているだけだろ」
「からかってない、オレはサソリが好き……一人の男として見てる」
コイツ今何て言いやがった……?!!
#13
突然の奴の告白に動きを止めるオレに対して奴は目を潤ませながら本当なんだよ、嘘じゃないと言う。そんなバカげた話を聞かされるオレの身にもなってみろ。
「オレがお前の事を友人だと思ってたのを裏で嘲笑ってたのかよ」
「違う! まずオレの話を聞いて欲しい。それから返答して」
「……話してみろ」
オレがサソリを男として好きだと自覚したのは最近だけど、サソリを誰にもやりたくないって気持ちは子供の時からあった。だから常に横にいたし、傀儡師を目指したし、サソリに置いていかれないように努力もした。サソリの近くにはオレがいる、そう周知させる為に。
サソリに女の子が近づくのがイヤだから女の子の恋愛相談に乗っていた。みんなサソリが好きだって、近くにいるオレならよく知っているから良いアドバイスをもらえる筈だって。だから逆にサソリからオレに目が行くように仕向けた、そうすればサソリから自然と離れると思って。でも、相談に乗れば乗る程狡いって思った。女の子って恋愛しているだけで可愛くなるし、いつかサソリが取られるんじゃないかと思ったら凄く怖くなった。
だから、オレも女の子になろうと思った。里の子引き連れて洋服の流行り廃りを知って、化粧の仕方や選び方を覚えて、肌の手入れ方法も知った。後はサソリがどんな好みかはずっと一緒にいたから分かっていたし、その通りになるように振舞って見た目も整えた。
「本気だよ、サソリの事」
#14
「お前……」
「サソリに気持ち悪いって思われるのは分かっている、でもそれ以上にサソリをオレ以外の誰かに取られるのがイヤだ」
オレはどうやっても本当の女の子にはなれないって分かっている! でも好きな気持ちは抑えられないんだよっ! ……だから、オレ考えたんだ。周りから固めればいいって。周りが認めちゃえばサソリは逃げられなくなるって。
「里の皆はオレとサソリが一緒になる事を望んでるし、チヨバア様からもサソリを頼むって言われた」
「……!?」
「オレ、絶対に逃がさないよ? 地の果てまで追いかけるから」
そう、狂気的な目で奴は言ったのだ。
それがあまりにも恐ろしくて、ここに居たらコイツに全てを食われると思って砂隠れを飛び出した。アイツの足がつかないようにわざわざ体を傀儡に作り変えて。
#15
サソリが話し終える頃には明るかった空が群青と茜の混じった色に変化していた、まるで今の胸中を描いたような。元は暇を持て余していた繋ぎだったというのに、あまりにも真剣に話すものだから聞き入ってしまった。今の話が自分に降りかかったとしたら確かに気分の良いものではない、彼が顔を歪めたくなるのも分かる。
「そりゃ……大変だったな、うん」
「……」
デイダラに話したせいで深く思い出してしまった。……あの時の、逃がさないと言ったアイツの目は捕食者だった。絶対にオレに食らいつこうとする気持ちを隠さない、ギラギラとした欲望を輝かせた。
やはり過去の事なんぞ語るべきではなかった、胸に燻る不快感をそのままにサソリは立ち上がると未だ何かを考えているデイダラへと話しかけた。
「デイダラ、まだ此処にいるか?」
「あぁ、もう少しゆっくりしてるつもりだ」
「オレは周辺の薬草を取ってくる」
「気ぃつけろよ! 旦那! うん!」
「……誰にモノ言ってやがる」
サッと身を翻して森へと消えていくサソリの背を見送り、デイダラは再び川へ向かって石を投げる。投げた石は水面に当たると細かな水しぶきを打ち上げてゆっくりと沈んでいった。サソリの用事が終わって戻ってきたら、次は自分の用事に付き合ってもらおう。そろそろ粘土を補充したい。
#完
「もし、そこの方」
何度目かになる石を投げようとした時、森の奥からマントを頭から被った人物が突如現れる。鈴を転がしたような声は女にも取れるし、声変わりを果たす前の少年とも取れる。
「疲れてしまったので、お隣よろしいですか?」
「まぁ、オイラも人を待ってるだけだし……構わねぇよ」
指で頬をかきながらデイダラが答えるとその人は頭を覆う部分だけ取り払う。すると中から艶やかな長い髪が現れふわりと風に乗り、デイダラの鼻を甘く、それでいてしつこくない花の香りが掠めた。目の前の人物、それはそれはこの世のモノとは思えない、まるで人形のような容姿端麗の女性。白魚のような傷一つない肌に、夕日を映した瞳、春を思わせる色の頬は華麗で、その中でも一段と目を引くのは光沢のある真っ赤な紅が乗った柔らかそうな唇だ。あまりの美しさにゴクリと喉を鳴らすと女はデイダラの前でゆったりと微笑んだ。その優雅な姿は彼の目に名だたる絵画のように写る。
仕草に見取れていたデイダラはふと女に対して疑問を持った。このような美しい女が何故こんな鬱蒼とする森を一人で歩いていたのかと。デイダラの問いに女は目を細め妖しく笑う。
「恋人を追いかけて来たのです」