短編集
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年に一度の誕生日、ケーキに乗った年齢分の蝋燭を吹き消すと決まって彼女は『大人になんかなりたくない』と口にした。頬をぷっくりと膨らませて目を吊り上げる姿はどう見ても子供のようだ。自分は早く大人になりたいと思っているのに何故彼女は正反対な事を言うのか不思議でしかない。
大人になれば自由がある。大人になれば選択肢が増える。大人になれば好きな事が出来る。そう、大人になれば己の思いのままに生きられるというのに。何故青子は窮屈な子供でいたいのか。大人を目指すイタチには彼女が不可思議な生き物にしか見えないでいた。
アカデミーで知り合った青子。初めて見た印象は大人びた雰囲気を持つ少女であった。だが、ひとたび笑えばとてもむじゃきで感情豊かな年相応の少女だった。こんなにも人の雰囲気というのは変わるものなのかと驚いた程である。
アカデミーを卒業した辺りから青子は『大人になんかなりたくない』と言い出すようになった。本当に突然の事だった。それなりに親しくしているイタチが何故『大人になんかなりたくない』と言うのかと聞いても彼女は首を横に振って答えを教える事はなかった。その姿はまるで駄々をこねる子供のようだった。
任務帰り、夕焼けに染まる道を歩いていると川に掛けられた橋の上で空を見つめる青子を見つけた。身動きを取らず、風に当たる彼女はやはり大人びている。歩を進めながら彼女に声をかけると憂いを帯びた表情でイタチと己の名前を呼んだ。
「どうした? こんなところで」
「…………」
「家に帰らなくていいのか?」
質問を投げかけても青子の口は真一文字に結ばれている。こちらの声が聞こえていないのかと顔を覗き込むと目が潤んでいた。何も言わない彼女の横で欄干に背を預ける。さらさらと流れる川の音を耳にしながら落ちていく夕日を見つめていると再びイタチと呼ばれた。
「貴方は帰らないの?」
「お前が帰ったら帰る」
「……私は」
ポツリと呟いた後にまた黙ってしまう。俯いて唇を噛みしめる彼女の背に手をついて家まで送ると静かに口にした。
青子の家に着くと彼女の足取りが重くなった。どうしたと声をかけても答える素振りを見せない。様子がおかしいのは分かっていたが、何が原因か分からない以上踏み込む事も出来ない。どうしたものかと頭を悩ませていると青子がまたイタチと己を呼んだ。
「今日、一緒に居てくれない?」
「……しかし」
「ムリな事を言っている自覚はある」
恋人でも何でもない異性の家に泊まるのに抵抗があるかもしれないけど、今日一日だけでいいの。泣きそうな表情で懇願してきた彼女に向かって否と答える事は出来なかった。
自宅に影分身を飛ばして、青子と一緒に彼女の家の玄関をくぐる。ただいまと声を溢す彼女の横でお邪魔しますと告げた。彼女の帰宅に反応を返したのは奥からひょっこりと顔を覗かせる優しい顔つきの男性。青子か、と言った後に不思議を浮かべてそちらは? と疑問を投げてくる。それに対して彼女がイタチだよと答えれば、男性はそうかと呟いて顔を引っ込めてしまった。
「彼は?」
「……お父さん」
こっちに来て、と静かに言う彼女の後に続いた。
その後、食事を頂いてお風呂も借りて彼女の部屋に戻れば既に就寝の準備を終えた彼女が布団敷いといたよと告げる。何もかもすまないと返せばお客さんだから気にしないでと言う。
「ごめんね、ムリ言って」
「いや、気にするな」
暗い顔で謝罪をする彼女に首を振って答える。何か理由があるのだろうと返しても彼女はやはり答えない。沈黙する部屋の中、口を開いた青子は寝ようと布団に身を潜めた。電気を消した部屋は月明りでうっすらと明るい。青子は廊下側に、イタチは襖側にそれぞれ顔を向けて目を瞑っていた。静かにしている二人の耳に空気を震わせる小さな物音が入る。眉をひそめてイタチは起きあがると横で眠る彼女の布団が揺れていた。
「青子……?」
小さく名を呼んでも彼女に反応はない。近づくと彼女は布団をギュッと掴み何かを拒絶するように身を隠している。怯えている彼女にそっと布団の上から手を置けば少しだけ震えが落ち着いた。ほっと胸を撫で下ろし、もう少し様子を見たら自分も眠ろうと思ったイタチの耳にはっきりと人の声を捉えた。
「やめてぇ……っ、あぁっ」
「ほらもっと声をあげろ」
一人は彼女の父親の声だ。ではもう一人は誰だろうか?突如部屋に響く声に疑問を浮かべるイタチ、そして震えの収まった筈の布団がまたもや揺れ出す。ガタガタと大きく震える青子に声をかければイヤだと揺れる泣き声が聞こえてくる。異常な様子の彼女に焦りを感じたところで部屋に響く声が一段と大きくなった。
「あぁぁっ、やめてぇ、あっ、あぁっ……」
「ほら、此処がいいんだろ? 淫乱めがっ」
イタチはようやっと状況を飲み込んだ。この声は情事特有のものだと。そして、彼女が怯えているのは部屋を支配するあの声であると。楽しげに事に及ぶ父親と、嬌声を上げ続ける女性。その声は明け方までずっと鳴り響いていた。
朝を迎えると何事もなかったかのように彼女の父親が優しくおはようと告げてくる。それに挨拶を返すイタチと俯く青子。家の中に女性は見当たらない。朝食を終えるとイタチは青子の手を取って昨日の橋まで駆けた。そして、大人しく着いてきた彼女にいつからだと問いただす。
「……アカデミーを卒業した日から」
彼女が丁度『大人になんかなりたくない』と言い出した時分から、もう何年も親の情事を聞き続けていたという。ほぼ毎日、相手は何度変わったのか分からないと苦い顔で溢した。
「青子」
「『大人になんかなりたくない』……もうイヤよ、あんな家に居るのっ!」
俯いてとうとう泣きだしてしまった。イヤだと本音を溢す彼女の震える肩を抱きしめる。優しく背を撫でればしゃくりをあげながらゆっくりと言葉を紡ぐ青子。聞き取りづらくもその内容を噛みしめていくとイタチは驚愕を浮かべ、更にきつく彼女を抱きしめた。
「あの人は……いずれ私も抱くつもりよ」
* * *
あの後、イタチは泣く青子を抱きかかえその場から姿を消した。訪れたのはうちはの集会場近くにある小屋。その扉を開き、静かに歩を進めると未だに泣き啜る彼女をそこに下ろした。
「青子」
「なにっ……イタチ?」
彼女の耳元に近づいてイタチは言葉を発する。耳元で紡がれる彼の声を聞き終えると青子は綺麗な笑みを浮かべて頷いた。彼女の了承を得るとイタチは漆黒の眼を一族特有の赤い眼へ変化させる。そして、目の前の彼女の潤む瞳を見つめ、また彼女もその美しい紅をしっかりと焼きつけた。
「イタチ、ありがとう」
礼を告げた青子はゆっくりとその身を床へ落とした。
綺麗な髪を撫でながら穏やかな表情を浮かべる彼女を見つめていた。優しいイタチは彼女の願いを叶えてあげたのだ。彼女は自身が望んだ子供の姿をしているだろうか、覚めない夢の中で幸せを掴んでいるだろうか。
『大人になんかなりたくない』、そう言った彼女は永遠の少女の夢をずっと見続ける事だろう。
大人になれば自由がある。大人になれば選択肢が増える。大人になれば好きな事が出来る。そう、大人になれば己の思いのままに生きられるというのに。何故青子は窮屈な子供でいたいのか。大人を目指すイタチには彼女が不可思議な生き物にしか見えないでいた。
アカデミーで知り合った青子。初めて見た印象は大人びた雰囲気を持つ少女であった。だが、ひとたび笑えばとてもむじゃきで感情豊かな年相応の少女だった。こんなにも人の雰囲気というのは変わるものなのかと驚いた程である。
アカデミーを卒業した辺りから青子は『大人になんかなりたくない』と言い出すようになった。本当に突然の事だった。それなりに親しくしているイタチが何故『大人になんかなりたくない』と言うのかと聞いても彼女は首を横に振って答えを教える事はなかった。その姿はまるで駄々をこねる子供のようだった。
任務帰り、夕焼けに染まる道を歩いていると川に掛けられた橋の上で空を見つめる青子を見つけた。身動きを取らず、風に当たる彼女はやはり大人びている。歩を進めながら彼女に声をかけると憂いを帯びた表情でイタチと己の名前を呼んだ。
「どうした? こんなところで」
「…………」
「家に帰らなくていいのか?」
質問を投げかけても青子の口は真一文字に結ばれている。こちらの声が聞こえていないのかと顔を覗き込むと目が潤んでいた。何も言わない彼女の横で欄干に背を預ける。さらさらと流れる川の音を耳にしながら落ちていく夕日を見つめていると再びイタチと呼ばれた。
「貴方は帰らないの?」
「お前が帰ったら帰る」
「……私は」
ポツリと呟いた後にまた黙ってしまう。俯いて唇を噛みしめる彼女の背に手をついて家まで送ると静かに口にした。
青子の家に着くと彼女の足取りが重くなった。どうしたと声をかけても答える素振りを見せない。様子がおかしいのは分かっていたが、何が原因か分からない以上踏み込む事も出来ない。どうしたものかと頭を悩ませていると青子がまたイタチと己を呼んだ。
「今日、一緒に居てくれない?」
「……しかし」
「ムリな事を言っている自覚はある」
恋人でも何でもない異性の家に泊まるのに抵抗があるかもしれないけど、今日一日だけでいいの。泣きそうな表情で懇願してきた彼女に向かって否と答える事は出来なかった。
自宅に影分身を飛ばして、青子と一緒に彼女の家の玄関をくぐる。ただいまと声を溢す彼女の横でお邪魔しますと告げた。彼女の帰宅に反応を返したのは奥からひょっこりと顔を覗かせる優しい顔つきの男性。青子か、と言った後に不思議を浮かべてそちらは? と疑問を投げてくる。それに対して彼女がイタチだよと答えれば、男性はそうかと呟いて顔を引っ込めてしまった。
「彼は?」
「……お父さん」
こっちに来て、と静かに言う彼女の後に続いた。
その後、食事を頂いてお風呂も借りて彼女の部屋に戻れば既に就寝の準備を終えた彼女が布団敷いといたよと告げる。何もかもすまないと返せばお客さんだから気にしないでと言う。
「ごめんね、ムリ言って」
「いや、気にするな」
暗い顔で謝罪をする彼女に首を振って答える。何か理由があるのだろうと返しても彼女はやはり答えない。沈黙する部屋の中、口を開いた青子は寝ようと布団に身を潜めた。電気を消した部屋は月明りでうっすらと明るい。青子は廊下側に、イタチは襖側にそれぞれ顔を向けて目を瞑っていた。静かにしている二人の耳に空気を震わせる小さな物音が入る。眉をひそめてイタチは起きあがると横で眠る彼女の布団が揺れていた。
「青子……?」
小さく名を呼んでも彼女に反応はない。近づくと彼女は布団をギュッと掴み何かを拒絶するように身を隠している。怯えている彼女にそっと布団の上から手を置けば少しだけ震えが落ち着いた。ほっと胸を撫で下ろし、もう少し様子を見たら自分も眠ろうと思ったイタチの耳にはっきりと人の声を捉えた。
「やめてぇ……っ、あぁっ」
「ほらもっと声をあげろ」
一人は彼女の父親の声だ。ではもう一人は誰だろうか?突如部屋に響く声に疑問を浮かべるイタチ、そして震えの収まった筈の布団がまたもや揺れ出す。ガタガタと大きく震える青子に声をかければイヤだと揺れる泣き声が聞こえてくる。異常な様子の彼女に焦りを感じたところで部屋に響く声が一段と大きくなった。
「あぁぁっ、やめてぇ、あっ、あぁっ……」
「ほら、此処がいいんだろ? 淫乱めがっ」
イタチはようやっと状況を飲み込んだ。この声は情事特有のものだと。そして、彼女が怯えているのは部屋を支配するあの声であると。楽しげに事に及ぶ父親と、嬌声を上げ続ける女性。その声は明け方までずっと鳴り響いていた。
朝を迎えると何事もなかったかのように彼女の父親が優しくおはようと告げてくる。それに挨拶を返すイタチと俯く青子。家の中に女性は見当たらない。朝食を終えるとイタチは青子の手を取って昨日の橋まで駆けた。そして、大人しく着いてきた彼女にいつからだと問いただす。
「……アカデミーを卒業した日から」
彼女が丁度『大人になんかなりたくない』と言い出した時分から、もう何年も親の情事を聞き続けていたという。ほぼ毎日、相手は何度変わったのか分からないと苦い顔で溢した。
「青子」
「『大人になんかなりたくない』……もうイヤよ、あんな家に居るのっ!」
俯いてとうとう泣きだしてしまった。イヤだと本音を溢す彼女の震える肩を抱きしめる。優しく背を撫でればしゃくりをあげながらゆっくりと言葉を紡ぐ青子。聞き取りづらくもその内容を噛みしめていくとイタチは驚愕を浮かべ、更にきつく彼女を抱きしめた。
「あの人は……いずれ私も抱くつもりよ」
あの後、イタチは泣く青子を抱きかかえその場から姿を消した。訪れたのはうちはの集会場近くにある小屋。その扉を開き、静かに歩を進めると未だに泣き啜る彼女をそこに下ろした。
「青子」
「なにっ……イタチ?」
彼女の耳元に近づいてイタチは言葉を発する。耳元で紡がれる彼の声を聞き終えると青子は綺麗な笑みを浮かべて頷いた。彼女の了承を得るとイタチは漆黒の眼を一族特有の赤い眼へ変化させる。そして、目の前の彼女の潤む瞳を見つめ、また彼女もその美しい紅をしっかりと焼きつけた。
「イタチ、ありがとう」
礼を告げた青子はゆっくりとその身を床へ落とした。
綺麗な髪を撫でながら穏やかな表情を浮かべる彼女を見つめていた。優しいイタチは彼女の願いを叶えてあげたのだ。彼女は自身が望んだ子供の姿をしているだろうか、覚めない夢の中で幸せを掴んでいるだろうか。
『大人になんかなりたくない』、そう言った彼女は永遠の少女の夢をずっと見続ける事だろう。