捧げ物
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校庭の隅に植えられた木々にぽつぽつとつき始めた桜の蕾を見て、間もなく卒業式が訪れると現実を突きつけられた私の気分は憂鬱だった。理由はただ一つ、大好きなデイダラ先輩がもうすぐこの学校からいなくなってしまうからだ。デイダラ先輩は私の初恋の人。初めて見た時はちょっと怖そうな先輩だなって思ったけど、話してみればすごく親切で優しくて、楽しい先輩だ。それから彼の後を追って先輩先輩と声を上げていたら、お前はひな鳥かってケラケラ笑われたのを今でもよく覚えている。デイダラ先輩の笑顔、声、仕草、優しさ、かっこいいところ……彼に関わるモノ全てが好きだ。叶うならまた時間が戻ってくれればいいのにと思う事がある。
窓に映る景色をボーっと眺めながら去りゆく彼を想う。
「デイダラ先輩……」
卒業式まであと少し。
デイダラと青子が出会ったのは美術室だった。その日、次の授業が美術室で行われるので早く移動を終わらせてゆっくりしていようと思い、昼休み中に気まぐれを起こした事が始まりだった。教科書、筆記用具、スケッチブックを持って美術室の扉を開けば、夜に浮かぶ満月のような輝きを放つ鮮やかな金が目に飛び込んできた。素直にキレイな色だと感心していれば誰だとよく通る低い声がかかる。きっと目の前にいる彼から発せられたのだろうと思い、私青子って言いますと慌てて名乗れば、背を向けていた金の彼がゆっくりと振り返った。
「何の用だ?」
「次の授業が美術で……」
「あぁ、昼休み中に移動してゆっくりしてようって思ったのかい?」
彼の質問にはいと返せば真面目だなと笑われた。少々気恥ずかしさを感じて俯いているとこっちに来いよと手招きされる。特に拒む理由もないので、言われた通りに彼の隣に腰を落ち着ければ学年はと新しい問いを投げかけられた。二年ですと答えれば、後輩かと返答がくる。先輩のお名前を伺ってもいいですかと控えめに聞けば、キョトンとした表情を浮かべた後に人懐こく笑った。
「オイラはデイダラ」
「デイダラ先輩ですね」
復唱すればよろしくなと元気よく返される。先輩に何で美術室にいるのか聞いてみれば、石膏像のデッサンを描きにきたと簡潔に答えてくれた。彼の周りを見れば鉛筆や消しゴム等が散乱している。よく見て質問すれば良かったと己の短慮さに恥を覚えていれば、なぁと白いスケッチブックに目を向けているデイダラ先輩が再び問いかけてきた。
「青子、絵は好きか?」
「見るのは好きですけど、描くのは苦手です」
あまり絵が得意じゃなくてと語尾を段々小さくして口にすれば、何だそんな事かと彼が返す。あっけらかんと言う先輩の表情を見れば爽快な笑顔を浮かべていた。
「初めから上手いヤツなんていねぇんだよ、うん!」
好きから夢中になれ、夢中に敵うものはないからな。そう楽しそうに笑うデイダラ先輩の横顔がキラキラと輝いていたのがとても印象に残った。
それから彼に言われた通りに毎日少しずつノートの端に絵を描くようになった。初めはデフォルメした猫の顔だった。次は犬、その次はネズミ……簡単なモノでも完成すれば小さな達成感を得た。じわじわと心に広がっていく嬉しさを共有したくてデイダラ先輩にノートの端に描いた世界を見せればにっこりと笑って頭を撫でてくれる。次は体も描いてみろと次なるステップへの指示をもらい、やってみますと大きく頷いて彼に背を向けた。
あんなに苦手だった絵が段々と好きになってきた。最近は隙間時間にちょっとしたイラストを描く事が増えており、そんな私の変化に友人が最近変わったねと溢す。間違いなくデイダラ先輩との出会いが私を大きく変えた。以前の私ならば苦手分野に食いついてチャレンジする事はなかった。何があったのと好奇心を隠さない友人に先輩との出会いを話す。話し終えると友人の口元にはニヤニヤとした笑みが浮かんでいた。何を考えているんだろうか、首を傾げて口を開くのを待っていれば先輩の事をどう思っているのと質問が投げかけられる。
「どうって……」
「何か思う事があるんじゃないの?」
包み隠さず話しなさいと勢いよく身を乗り出してきた友人に圧倒されながら脳裏に先輩の事を思い浮かべる。先輩は絵の師匠で、優しくて、楽しい人だ。思った事を素直に口に出せば、目の前の友人の表情が歪む。そして首を横に振り私が聞きたいのはそうじゃない、恋愛感情はないのかと鼻息荒く返してきた。出会って数日なのに恋愛感情なんてと困惑を滲ませれば、はぁと大きくため息をつかれた。
「つまらない、実につまらない」
「そんな事言われても……」
もっともっとその先輩と仲良くなって、良いところ見つけてみようよ。絶対に見方が変わるから。そういってしたり顔をする彼女にゆっくり頷き返す事しか出来なかった。
その日の放課後、美術室でスケッチを続けるデイダラ先輩の横で大人しく絵を描いている。スケッチブックに小さな世界を描いている私と、難しい顔で石膏像を睨むデイダラ先輩と二人きり。真剣な表情で絵を描き込んでいる彼を見て、友人の言葉が蘇る。手を止めてまじまじと先輩を見つめる。ごつごつとした大きな手、そこから生み出される繊細な世界。絵を見つめる彼はとても大人に見えるのに、それ以外だととても子供のように笑う。そのギャップもまた彼の魅力だと思う。他に彼の良いところは何だろうかと考えていれば何だよと隣から声があがる。
「そんなに珍しいもんじゃねぇだろ」
先輩には絵を見つめているととられたらしい。彼の顔をじっくり見ていたなんて恥ずかしくて口に出来ないので、相変わらずお上手でと感想を口にすれば頬を指でかきながらそうかよと素っ気なく返ってくる。よくよく見ればその頬がほんのりと染まっており、無邪気な先輩の新しい一面に可愛いと思った。
美術室で会う度に新しい一面を知った。好きなモノ、嫌いなモノ、尊敬する人、いろんな話を聞かせてもらった。話の内容に合わせてコロコロと変わっていく表情。その一面を知れば知る程に心が温かくなった。
「先輩は高校を出たら何をするんですか?」
いつもの美術室で、いつものように絵を描きながら先輩へと問いかけた。家から近いという理由でこの高校を選んだ。皆、将来を見据えて希望の大学や専門学校を選ぶ中、私は未だ考えあぐねていた。――やりたい事が見つからない。ゆえに志望校を見つけられない。全国一斉の学力テストでは自分の偏差値ならクリア出来そうな学校を選んでいるに過ぎない。担任にもそろそろ志望校を選ぶか、就職を考えるか選ぶようにと言われてしまった。だけど、どう考えて悩んでも答えが浮かばない。だから、今年卒業を控えるデイダラ先輩にアドバイスをもらいたかった。
「オイラか? 大学に進学予定だな」
「……美術系のですか?」
「いや、航空学」
絵が好きだからてっきり美術系の大学に進むと思っていた。驚きながら本音を溢せばカラカラと笑い出した。確かに絵は好きだけど、それでやっていける程世の中甘くはねぇからなと溢す。それにオイラは世界中の景色をこの目で見たいんだ。そしてその一つ一つを自分の手で描いていく……最高だと思わないかい?と目を輝かせて夢を語る先輩。その夢を叶える為のひた向きさを見て、私はこの人が好きだと自覚した。
デイダラ先輩に想いを告げる事なく迎えてしまった卒業式。無事に式が終わり、外は友人達と別れを惜しんでいる卒業生達で溢れかえっている。その中からあの満月のような金を探す。どうしても自分の想いを告げたいと思った。もし、このまま何を言わなかったら絶対に後悔する。人込みをかき分けながら探す事数分、校庭の隅に植えられた桜の木を見つめる先輩がいた。
「デイダラ先輩!」
「青子」
彼に向かって名前を呼べば、目を丸くしながら呼び返される。開口一番に卒業おめでとうございますと口にすれば太陽のような温かさのある笑みでおうと返事がくる。ドキドキと刻む心臓の前で手を合わせ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせてからゆっくりと口を開いた。
「先輩のおかげでやりたい事が見つかりました」
「良かったな」
「ありがとうございます」
頭を垂れて感謝を述べれば堅苦しいから止めてくれと言われる。素直に頭を上げると先輩が一歩一歩と近づき、その大きな手で頭を撫でられた。
「やりたい事を聞いてもいいか?」
「キャビンアテンダントになりたいと思いました」
先輩と同じく色んな景色を見たいと思ったんですと伝える。そして自分の気持ちを伝えようと再び言葉を紡ごうとした時、先輩の節のはっきりした指が唇に触れた。
「一年待っててやる、必ずオイラを追ってこい」
はっきりと言いきった彼の言葉に大きく頷けば、満足そうにうんと笑う。腕につけられたヘアゴムを外すとそっと手に握らされる。どうしたものかと困惑を浮かべていれば今はこれくらいしか渡せねぇからなと溢す。ますます意味が分からないと疑問を浮かべていれば、ニヤリと口角を上げてデイダラ先輩が不敵に笑った。
「オイラが居ない一年間、他の男を作るんじゃねーぞ! うん」
「えっ……?!」
そう言って背を向けて去って行く先輩。彼の言葉を噛みしめて頬が熱くなる。期待していてもいいのだろうか。先輩の背に向かって先輩も他の女の人を作らないで下さいねと叫べば目の前の先輩の足がぴたりと止まる。そして、振り返った。
「当たり前だ、バーカ」
窓に映る景色をボーっと眺めながら去りゆく彼を想う。
「デイダラ先輩……」
卒業式まであと少し。
デイダラと青子が出会ったのは美術室だった。その日、次の授業が美術室で行われるので早く移動を終わらせてゆっくりしていようと思い、昼休み中に気まぐれを起こした事が始まりだった。教科書、筆記用具、スケッチブックを持って美術室の扉を開けば、夜に浮かぶ満月のような輝きを放つ鮮やかな金が目に飛び込んできた。素直にキレイな色だと感心していれば誰だとよく通る低い声がかかる。きっと目の前にいる彼から発せられたのだろうと思い、私青子って言いますと慌てて名乗れば、背を向けていた金の彼がゆっくりと振り返った。
「何の用だ?」
「次の授業が美術で……」
「あぁ、昼休み中に移動してゆっくりしてようって思ったのかい?」
彼の質問にはいと返せば真面目だなと笑われた。少々気恥ずかしさを感じて俯いているとこっちに来いよと手招きされる。特に拒む理由もないので、言われた通りに彼の隣に腰を落ち着ければ学年はと新しい問いを投げかけられた。二年ですと答えれば、後輩かと返答がくる。先輩のお名前を伺ってもいいですかと控えめに聞けば、キョトンとした表情を浮かべた後に人懐こく笑った。
「オイラはデイダラ」
「デイダラ先輩ですね」
復唱すればよろしくなと元気よく返される。先輩に何で美術室にいるのか聞いてみれば、石膏像のデッサンを描きにきたと簡潔に答えてくれた。彼の周りを見れば鉛筆や消しゴム等が散乱している。よく見て質問すれば良かったと己の短慮さに恥を覚えていれば、なぁと白いスケッチブックに目を向けているデイダラ先輩が再び問いかけてきた。
「青子、絵は好きか?」
「見るのは好きですけど、描くのは苦手です」
あまり絵が得意じゃなくてと語尾を段々小さくして口にすれば、何だそんな事かと彼が返す。あっけらかんと言う先輩の表情を見れば爽快な笑顔を浮かべていた。
「初めから上手いヤツなんていねぇんだよ、うん!」
好きから夢中になれ、夢中に敵うものはないからな。そう楽しそうに笑うデイダラ先輩の横顔がキラキラと輝いていたのがとても印象に残った。
それから彼に言われた通りに毎日少しずつノートの端に絵を描くようになった。初めはデフォルメした猫の顔だった。次は犬、その次はネズミ……簡単なモノでも完成すれば小さな達成感を得た。じわじわと心に広がっていく嬉しさを共有したくてデイダラ先輩にノートの端に描いた世界を見せればにっこりと笑って頭を撫でてくれる。次は体も描いてみろと次なるステップへの指示をもらい、やってみますと大きく頷いて彼に背を向けた。
あんなに苦手だった絵が段々と好きになってきた。最近は隙間時間にちょっとしたイラストを描く事が増えており、そんな私の変化に友人が最近変わったねと溢す。間違いなくデイダラ先輩との出会いが私を大きく変えた。以前の私ならば苦手分野に食いついてチャレンジする事はなかった。何があったのと好奇心を隠さない友人に先輩との出会いを話す。話し終えると友人の口元にはニヤニヤとした笑みが浮かんでいた。何を考えているんだろうか、首を傾げて口を開くのを待っていれば先輩の事をどう思っているのと質問が投げかけられる。
「どうって……」
「何か思う事があるんじゃないの?」
包み隠さず話しなさいと勢いよく身を乗り出してきた友人に圧倒されながら脳裏に先輩の事を思い浮かべる。先輩は絵の師匠で、優しくて、楽しい人だ。思った事を素直に口に出せば、目の前の友人の表情が歪む。そして首を横に振り私が聞きたいのはそうじゃない、恋愛感情はないのかと鼻息荒く返してきた。出会って数日なのに恋愛感情なんてと困惑を滲ませれば、はぁと大きくため息をつかれた。
「つまらない、実につまらない」
「そんな事言われても……」
もっともっとその先輩と仲良くなって、良いところ見つけてみようよ。絶対に見方が変わるから。そういってしたり顔をする彼女にゆっくり頷き返す事しか出来なかった。
その日の放課後、美術室でスケッチを続けるデイダラ先輩の横で大人しく絵を描いている。スケッチブックに小さな世界を描いている私と、難しい顔で石膏像を睨むデイダラ先輩と二人きり。真剣な表情で絵を描き込んでいる彼を見て、友人の言葉が蘇る。手を止めてまじまじと先輩を見つめる。ごつごつとした大きな手、そこから生み出される繊細な世界。絵を見つめる彼はとても大人に見えるのに、それ以外だととても子供のように笑う。そのギャップもまた彼の魅力だと思う。他に彼の良いところは何だろうかと考えていれば何だよと隣から声があがる。
「そんなに珍しいもんじゃねぇだろ」
先輩には絵を見つめているととられたらしい。彼の顔をじっくり見ていたなんて恥ずかしくて口に出来ないので、相変わらずお上手でと感想を口にすれば頬を指でかきながらそうかよと素っ気なく返ってくる。よくよく見ればその頬がほんのりと染まっており、無邪気な先輩の新しい一面に可愛いと思った。
美術室で会う度に新しい一面を知った。好きなモノ、嫌いなモノ、尊敬する人、いろんな話を聞かせてもらった。話の内容に合わせてコロコロと変わっていく表情。その一面を知れば知る程に心が温かくなった。
「先輩は高校を出たら何をするんですか?」
いつもの美術室で、いつものように絵を描きながら先輩へと問いかけた。家から近いという理由でこの高校を選んだ。皆、将来を見据えて希望の大学や専門学校を選ぶ中、私は未だ考えあぐねていた。――やりたい事が見つからない。ゆえに志望校を見つけられない。全国一斉の学力テストでは自分の偏差値ならクリア出来そうな学校を選んでいるに過ぎない。担任にもそろそろ志望校を選ぶか、就職を考えるか選ぶようにと言われてしまった。だけど、どう考えて悩んでも答えが浮かばない。だから、今年卒業を控えるデイダラ先輩にアドバイスをもらいたかった。
「オイラか? 大学に進学予定だな」
「……美術系のですか?」
「いや、航空学」
絵が好きだからてっきり美術系の大学に進むと思っていた。驚きながら本音を溢せばカラカラと笑い出した。確かに絵は好きだけど、それでやっていける程世の中甘くはねぇからなと溢す。それにオイラは世界中の景色をこの目で見たいんだ。そしてその一つ一つを自分の手で描いていく……最高だと思わないかい?と目を輝かせて夢を語る先輩。その夢を叶える為のひた向きさを見て、私はこの人が好きだと自覚した。
デイダラ先輩に想いを告げる事なく迎えてしまった卒業式。無事に式が終わり、外は友人達と別れを惜しんでいる卒業生達で溢れかえっている。その中からあの満月のような金を探す。どうしても自分の想いを告げたいと思った。もし、このまま何を言わなかったら絶対に後悔する。人込みをかき分けながら探す事数分、校庭の隅に植えられた桜の木を見つめる先輩がいた。
「デイダラ先輩!」
「青子」
彼に向かって名前を呼べば、目を丸くしながら呼び返される。開口一番に卒業おめでとうございますと口にすれば太陽のような温かさのある笑みでおうと返事がくる。ドキドキと刻む心臓の前で手を合わせ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせてからゆっくりと口を開いた。
「先輩のおかげでやりたい事が見つかりました」
「良かったな」
「ありがとうございます」
頭を垂れて感謝を述べれば堅苦しいから止めてくれと言われる。素直に頭を上げると先輩が一歩一歩と近づき、その大きな手で頭を撫でられた。
「やりたい事を聞いてもいいか?」
「キャビンアテンダントになりたいと思いました」
先輩と同じく色んな景色を見たいと思ったんですと伝える。そして自分の気持ちを伝えようと再び言葉を紡ごうとした時、先輩の節のはっきりした指が唇に触れた。
「一年待っててやる、必ずオイラを追ってこい」
はっきりと言いきった彼の言葉に大きく頷けば、満足そうにうんと笑う。腕につけられたヘアゴムを外すとそっと手に握らされる。どうしたものかと困惑を浮かべていれば今はこれくらいしか渡せねぇからなと溢す。ますます意味が分からないと疑問を浮かべていれば、ニヤリと口角を上げてデイダラ先輩が不敵に笑った。
「オイラが居ない一年間、他の男を作るんじゃねーぞ! うん」
「えっ……?!」
そう言って背を向けて去って行く先輩。彼の言葉を噛みしめて頬が熱くなる。期待していてもいいのだろうか。先輩の背に向かって先輩も他の女の人を作らないで下さいねと叫べば目の前の先輩の足がぴたりと止まる。そして、振り返った。
「当たり前だ、バーカ」