連作SS集
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※数字から直接移動が出来ます。
01 02 03 04 05 06 07 08 09 完
#01
ある日突然怪我をしてもすぐに傷が塞がる事に気づいた。ある日突然私の近くにいる人に不幸が起こるようになった。そんな私を人々は畏怖の対象として扱った。誰も味方はいなかった。いつも孤独。いつしか畏怖の対象である私を崇める人が現れた。ひとり、また一人と数は増えていく。いつしか「汝、隣人を殺戮せよ」という言葉が周りに浸透し始める。
そして、いつ間にか私はジャシン様と呼ばれるようになった。だけど、私はそんなの望んでいない。
「ジャシン様!」
「だから飛段くん、私はジャシン様じゃないの」
「あぁ? 何言ってるんだよ、ジャシン様はジャシン様だろーがよ」
私の目の前にいる大男こと飛段はジャシン教という宗教団体の信者である。
「汝、隣人を殺戮せよ」という物騒な言葉をモットーとした宗教だ。そして、何故か私がその宗教団体の神様・ジャシン様として崇められている。不本意だ。ある時体の傷が勝手に治るようになり、近づく人に不幸が訪れるという訳の分からない体質を手に入れてしまった故によく分からない神様に仕立て上げられてしまったのだった。
その立場から逃げるべく山奥の廃寺でひっそりと暮らしていたのに、たまたま野宿で訪れた飛段くんと角都さんに襲われた。ジャシン様に仕立てあげられた時にジャシン教のマークの刺青を手の甲に入れられてしまい、それをばっちりと目にした飛段くんに言い寄られるようになったのだ。傷の回復が早いから死ぬことはないけど、痛覚はあるからとても痛かった。何よりこんな怖い人達と居たらもっと痛い事をされるかもしれないから居たくないというのに逃がしてもらえない。
「私の近くにいると呪われますよ」
「さすがジャシン様、儀式なくても呪えるなんてよ!」
呪うと脅してもこのザマである。どうしたら私はこの人達から逃げられるんだ!
「ジャシン様、仲良く旅しよーぜぇ」
がっしりと肩を組んで飛段くんはゲハゲハと笑い出す。もうイヤだ、誰か助けて……。
#02
飛段くん、角都さんの二人と旅して幾日。
私は今、彼らの本拠地に辿り着いてしまった。飛段くんに懐かれてからというものの、私はずっと逃げる機会を逃してしまっている。そもそも私は一般人で、彼らは忍者。運動能力の差は歴然な訳で、逃げようにも逃げられないのである。一度、お手洗いに行くからと嘘を着いて撒こうとしたが失敗に終わっている。その時に角都さんに逃げるならもう少し頭を使うんだな、と鼻で笑われてしまった。悔しい。いつか逃げようと思っている内にあれよあれよとこんな所まで来てしまったわけだ。
「飛段くん、私帰ります」
「何言ってるんだよ、ジャシン様! 今着いたばっかじゃねーか!」
私の腕をがっしりと掴んで歩を進める飛段くん。先を進んでいる角都さんが遊んでないでキビキビ歩けと声を掛けてくる。よりによって彼らの本拠地。彼らみたいな忍者がごろごろいると思うととても頭が痛い。飛段くんの力で引きずられて連れてこられた場所は、洞窟にしては随分と広い場所だった。
「何だそれは」
奥から響く威圧的な声。そして目の前に現れたのは個性的な七人の忍者達。彼らの痛すぎる視線が辛いので、ここは飛段くんの背中に隠れる事にする。
「ジャシン様だよ」
「なんだ、ついに頭がイカれたか?」
飛段くんが答えると端にいる金髪の男性が馬鹿にするように笑う。新興宗教の神様連れて来ましたー、なんて開口一番言われれば確かにそんな反応もしたくなる。
「ほんとにジャシン様なんだよ! なー、ジャシン様!」
「……いいえ、違います」
「角都」
背中に隠れる私を引きずり出して肩をバンバン叩いてくる。めちゃくちゃ痛い! 少しは力加減ってものを覚えて欲しい! そして私に話を振らないで下さい、お願いだから! 私達のやり取りを気にもかけずオレンジ色の髪の男性が角都さんを呼ぶ。
「ジャシンかどうかは知らんが、ただの小娘ではない事は確かだ」
「あー? 角都まだ信じてねーのかよ、ジャシン様はジャシン様だっつってんだろ!」
「飛段、黙れ」
騒がしい飛段くんを黙らせた角都さんの口から私の体質が語られる。不死である事。それは飛段くんのような体質ではなく脅威の再生能力であると。そして、近づく人間を呪う事。
「ほぉ、面白そうだ。今ここで殺ってみるか」
「止めておけ、コイツに悪意を持たん方が賢明だ」
小柄な男性が好戦的に出ると角都さんが待ったをかける。角都さんの待ったに、オレンジ色の髪の男性が何故だと問い返した。
「コイツに悪意を持って近づいた場合、確実に殺される」
オレも一度殺られた……だがその後は道中楽に金稼ぎが出来たと低い声で笑った。
彼らの旅路で私は幾度も戦闘に駆り出された。私の呪いを確認すると言う名目が一回、その後は楽に殺せるからという理由で。私は静かに余生を暮らしたいのだ、もう解放して欲しい。
「こんな根暗で幸薄そうな女にそんな大層な力があるようには見えねぇけどな、うん」
「ご一緒してたお二方が言うんです、間違いないでしょう」
胡散臭そうな目で窺う金髪の男性と、それに答える大剣を担いだ男性。他のメンバーからも半信半疑の眼差しが飛んでくる。もう嫌だと、目を瞑ると同時にいてっと気の抜ける声がした。再び目を開くと頭を抱える金髪の男性。そして近くに転がる拳サイズの石ころ。
「石ころが落ちてきやがった……!」
「ジャシン様をバカにするから天罰が下ったんだよ、バーカ!」
私の肩を叩きながらゲハハと大笑いする飛段くん。頭を未だに抱える金髪の人を見た後に、オレンジ髪の人が好きにするといいと言うと踵を返す。
「リーダーから許可ももらったし、これからも仲良く殺戮しようぜ!」
「飛段くん……」
「行くぞ」
用は済んだと角都さんは言って出口へと向かう。それに待てよ! と大声を上げる飛段くんと抱えられた私。もうほんとに辞めてよ、私をどっかに捨ててよ。
#03
来る日も来る日も賞金稼ぎばかり、そんな生活に疲れが溜まっていた。だが、文句を言えるような立場でもなければ彼らをどうにかするだけの力もないので大人しくしているしか選択がない。我慢して歩んでいると、飛段くんが突如雄叫びを上げた。
「だぁああっ! いつも金金金っ! 飽きたっつーの! 殺戮はねぇのか、殺戮はよ!」
「暗殺の任は、サソリとデイダラの二人が向かった」
「またあいつらかよ! 俺はもう金稼ぎなんかしねぇからな!」
「誰かしらやらねばならん事だ、致し方ないだろう」
噛みつく飛段くんをのらりくらりとかわす角都さん。そんな彼らのやり取りを後ろから見ながらため息をついた。賞金稼ぎだろうが殺戮だろうが、私には関係ないから解放して欲しい。そもそも少し変わった能力を有しているとはいえ、ここまで連れまわす理由があるのか? 足手まといにしかならないと思うんだけど。
「ジャシン様も思うだろ?!」
「……えっと、何の話ですか?」
「貴様の話なんぞ興味がないようだな」
「んだと角都!」
「ふん、真実を言っただけだ。いちいち噛みついてくるな、目障りだ」
……どうして角都さんは火に油を注ぐような言い方をするのだろう。そのせいで飛段くんの声がまた一段と大きくなったじゃないか。
「ごめんなさい、ボーっとしてたんです」
「ジャシン様、疲れたのか? 休んでくか?」
「そんな時間はない」
「角都に言ってねぇよ、俺はジャシン様に聞いてんだよ!」
「小娘や貴様の事よりも任務が先だ、どうしても歩けんならおぶってやれ」
日が暮れる前にこの山を越える、さっさと歩け。
地図を持った角都さんの足取りが早くなった。先に進んで行く角都さんの背中を見つめていると目の前に飛段くんの背中が現れる。何も言わずに立ち尽くしているとジャシン様と呼ぶ飛段くんの声がした。
「乗ってくれ」
「でも」
「ジャシン様疲れてんだろ? なら俺が運ぶ、そんだけだ」
早くと急かす彼の肩に両手を乗せ失礼しますと控えめに声をかける。私が背に乗ったのを確認して立ち上がると、スタスタと角都さんを追う為に歩き出した。
「ごめんなさい」
「ジャシン様は悪くねぇ、気にすんな」
「……」
「最近俺の殺戮が少ないからだろ? 明日にでもバシバシ殺るからすぐ元気になるぜ」
ううん、飛段くんそれは違う。というかお願いだからむやみやたらに人殺しするのは止めて下さい。お願いだから!! ……そう彼に言えたらいいのに。
#04
「ジャシン様! 疲れただろ? これ飲んでゆっくりしろよ」
「ありがとう、飛段くん」
長い道のりを彼に連れてきてもらって着いたアジト。これで落ち着けると思ったらそこには前に見た彼らの仲間がいた。金髪の子と強面の人。強面の人は早々に奥に引っ込んでしまったが、金髪の人はボーっと私と飛段くんのやり取りを見ている。……止めてもらえないかな。
「じゃあ頂きます」
「おう!」
飛段くんにもらった飲み物をコクリと飲む。……喉が焼けるように熱い。いたい痛い痛い熱い!! 何コレ熱い痛い!
「ゴホッガハッ!!」
「ジャシン様?! どうしたんだよ、まずかったのか?!」
突然咳き込む私の背中をさすってどうしたと問うが喉が爛れているみたいで声が出ない。呼吸音もヒューとかビューとかおかしな音を立てている。苦しい。涙が出る。
奥から誰だ、オレの新薬盗みやがったヤツはっ! と赤い髪と聞きなれぬ声がしたがそれどころじゃない。その新たな声に反応した飛段くんが立ちあがり離れて行った。
「あ! おっさん、てめぇジャシン様に毒盛りやがったな!」
「犯人はてめぇか! 勝手に持っていきやがって!!」
「机に置いてあったのをもらっただけだっつーの!」
「私物を持ってくバカがいるか!」
ギャーギャーと騒ぐ彼らの横で蹲る私に大丈夫かと降ってくる声と背中に当たる手。ちらりと視線を向けると金髪の彼が不憫そうにこちらを見ている。あんた死なねぇんだろ? とりあえず毒が早く体から出るように水飲んどけとコップに並々と注がれた水を口に当ててくれた。
「なぁ、サソリの旦那! 解毒薬ねぇのかよ……って完全に聞こえてねぇなありゃ」
彼に水を飲ませてもらいながら彼と同じよう飛段くん達を見ると喧嘩になっていた。……犯罪者同士の喧嘩って壮絶ですね。
「何つーかあんたも大変だな、うん」
そして同情された。なら解放するように言ってもらえませんか?
#05
「そういやあんたジャシン様とかって呼ばれてるんだろ?」
「……?」
金髪の彼に水をもらって体を落ち着かせていると唐突に話題を振られた。ジャシン様なんて不本意な呼び名であるし、認めたくもないが事実信者達にはそう呼ばれているのでコクリと頷く。
「あんたも飛段みたく呪う時はパンダみたいになるのかい?」
「……」
パンダ……? 金髪の彼の言葉に飛段くんが呪う時の姿を思い出す。彼らの戦闘シーンを見たくなくて目を背けている事が多いから記憶が曖昧だ。ジャシン教のマークを描いて相手の血をペロリと舐める、それからどうなった? ……あぁ確かにパンダみたいに白黒になった。だが、私はあのような姿にはなりません。した事ないし、する事もない。
「……」
「神様だから違うのか。なーんだ」
彼の問いに横に首を振って否定するとつまらなさそう返された。彼の脳内では白黒になった私が想像されていたのだろうか? それは遠慮願いたい。
#06
毒薬事件から飛段くんがとても優しくなった。ジャシン様悪かった、と頭を地に擦りつけて謝る彼に頭を上げてくれと焦った私。近くにいてすっかり忘れていたが、彼は立派な犯罪者だ。そんな彼にこんな事させるなんて逆に私の肝が冷える。
「飛段くん、もう大丈夫だから。ね?」
「……ジャシン様はなんて心が広いんだ!」
さすがジャシン様! と目を輝かせて立ちあがる。……良かった、何とか土下座を止めさせる事が出来て。ふぅと胸に手を当ててひと息つくと、成り行きを見ていた彼らの仲間の一人、私を苦しめた毒を作った張本人が面白そうに笑っていた。
「サソリの旦那、何笑ってんだい? うん」
「いや、死なねぇってのは本当だったかと思ってな」
「確かに」
「女。オレに付き合え、色々と試したい毒がある」
あくどい笑みで鬼畜な事を告げる彼に耳を疑った。死なないとはいえあんな苦しくて痛い思いは二度としたくない、じわじわと体の中から焼かれて血が沸騰する感覚を彼は知らないから、こんな酷い事を簡単に口に出来るのだ。
「ふざけんな! ジャシン様を何だと思ってんだ!」
それに待ったをかけたのは怒り心頭な飛段くんだ。赤髪の彼にジャシン様を愚弄するな! と大声を浴びせると私の腕を掴んで彼らの前から去って行く。飛段くんに引かれながら彼らに目を向けると赤髪の彼は忌々しいと顔を歪め、介抱してくれた金髪の彼はひらひらと手を振ってくれていた。
#07
彼らについて回ってからというもの私の力が強くなったような気がする。今までは近くにいる人に小さな不幸が降りかかるくらいだった。明確な殺意を向けられると飛段くん曰く天罰が下り命を落としていく。
最近は近くにいる人が切り傷や擦り傷、打ち身なんかの日常でありふれた怪我負っている。一人二人だったら気づかなかった、でも町ですれ違う人々が次から次へと痛いと口にするのはさすがにおかしい。この現象に先に気づいたのは角都さんだ、小娘何をしたとマスクの下から低い声で問われる。目立つから止めろと暗に言われているのだと分かっているが、これは私の意志ではない。
「何もしてないです」
「ならばあれは何だ、貴様の仕業だろう?」
「私にもわかりません」
本当に心当たりがない、そもそもこの再生能力や呪いはある日突然使えるようになってしまった。私の意志に関係なく、それこそ今まで眠っていたものが目覚めたかのように。
「これだと目立つな、街を出る」
「……すみません」
飛段くんに抱えられて早々に街を後にした。
#08
ジャシン教本部に拉致されました。
角都さんが換金所に行って待っている間、飛段くんと大人しく会話をしていた。その後便所行ってくる! と背を向けて少し一人になっている所をさっと浚われた。
しばらくぶりの本部に足を踏み入れるとジャシン様がお戻りになった! と信者達が狂ったように歓喜を上げる。誰かが汝、隣人を殺戮せよと告げると周りも口にし始め、最後には大合唱で包まれる。イヤだ、頭がおかしくなる! ここがイヤで逃げ出した、私は異教徒の神ではない。一人のただの人間なんだ。だからひっそりと暮らしていたのに……。これならまだ飛段くんと角都さんと一緒にいた方が良かった。飛段くんは何だかんだ私によくしてくれたし、角都さんは戦闘に引きずり出すけどそれ以外で嫌がる事なんて何もしなかった。
「飛段くん、角都さん……」
彼らを思い出して顔を押さえて涙するとバンッと大きな爆発音が響く。その音に信者達も黙り、音の聞こえた方へ首を向けると壁に開いた大穴にパラパラと砂埃が舞う中、見覚えのあるシルエットが浮かぶ。まさか、そんな事がある訳がない。だって彼らは……。
「ジャシン様、お迎えに来たぜ!」
「手を焼かせるな、小娘」
そこにはお金が入ったアタッシュケースを持った角都さんと自慢の大鎌を構えて不敵に笑う飛段くんがいた。
#09
「どうして……」
「ジャシン様はオレの女神様だからな!」
「貴様がいると金に困らん」
信者達が何だと騒ぐ中、飛段くんが周りの信者達を薙ぎ倒して近づき、グッと腕を掴んでそのまま抱き上げられる。バランスが悪いから彼の首に両手を回して抱きつくと、角都! と飛段くんが声を上げ角都さんが道を切り開く。呆気に取られる信者の一人が貴様もジャシン教信者なのに何故?! と声を張り上げると、その言葉が耳に入った飛段くんがニヤリと笑い、よりきつく抱き寄せた。
「言ったろ? オレだけの女神様だって」
誰にもやらねーよ。
そう信者達全員に聞こえるように告げる。茫然とする信者達を見つめていると頬にちゅっと何か柔らかいものが当たった。
「え……?」
「ジャシン様、帰ろうぜ!」
あばよ! そう残して私達は荒れ果てたジャシン教本部を後にするのだった。
#完
「ジャシン様、怪我はないか?」
「特に何も……」
「そっか、なら良かった!」
あの後近くのアジトに運ばれた私は、飛段くんに怪我がないか全身くまなくチェックされている。指の一本一本までそれはもうしっかりと。角都さんはといえば金を数えると言って姿を消してしまっているので二人きりだ。……先程の頬に感じた柔らかさを思い出した。あれはもしやまさか、そのキスというやつではないだろうか。
「えっと、飛段くん。さっきの……」
「なぁ、ジャシン様」
さっきのは何だったのかと口にしようとして遮られてしまった。目の前の飛段くんに真剣な眼差しで呼ばれ、彼を見つめると普段の明るさとかけ離れた姿にドキリとする。いつもより鼓動が少し早いような気もしなくない。
「これからはオレだけのジャシン様でいて欲しい」
「……」
始めは嫌で仕方なかったのに、今は不思議と昔ほど嫌ではない。 ジャシン様と親しげに呼ばれるのに絆されてしまったのだろうか……。嫌ではないと小さく頷くとパァと嬉しそうな表情を浮かべてよっしゃっ! と拳を握りしめている。一つだけわがまま言っていいかな。
「飛段くん、ジャシン様じゃなくて今だけでいいから青子って呼んで欲しいです」
「青子、それがジャシン様の本当の名前か」
噛み締めるように言われた名前、無邪気に笑う姿に胸が熱くなったのは私だけの秘密にしておこう。
#01
ある日突然怪我をしてもすぐに傷が塞がる事に気づいた。ある日突然私の近くにいる人に不幸が起こるようになった。そんな私を人々は畏怖の対象として扱った。誰も味方はいなかった。いつも孤独。いつしか畏怖の対象である私を崇める人が現れた。ひとり、また一人と数は増えていく。いつしか「汝、隣人を殺戮せよ」という言葉が周りに浸透し始める。
そして、いつ間にか私はジャシン様と呼ばれるようになった。だけど、私はそんなの望んでいない。
「ジャシン様!」
「だから飛段くん、私はジャシン様じゃないの」
「あぁ? 何言ってるんだよ、ジャシン様はジャシン様だろーがよ」
私の目の前にいる大男こと飛段はジャシン教という宗教団体の信者である。
「汝、隣人を殺戮せよ」という物騒な言葉をモットーとした宗教だ。そして、何故か私がその宗教団体の神様・ジャシン様として崇められている。不本意だ。ある時体の傷が勝手に治るようになり、近づく人に不幸が訪れるという訳の分からない体質を手に入れてしまった故によく分からない神様に仕立て上げられてしまったのだった。
その立場から逃げるべく山奥の廃寺でひっそりと暮らしていたのに、たまたま野宿で訪れた飛段くんと角都さんに襲われた。ジャシン様に仕立てあげられた時にジャシン教のマークの刺青を手の甲に入れられてしまい、それをばっちりと目にした飛段くんに言い寄られるようになったのだ。傷の回復が早いから死ぬことはないけど、痛覚はあるからとても痛かった。何よりこんな怖い人達と居たらもっと痛い事をされるかもしれないから居たくないというのに逃がしてもらえない。
「私の近くにいると呪われますよ」
「さすがジャシン様、儀式なくても呪えるなんてよ!」
呪うと脅してもこのザマである。どうしたら私はこの人達から逃げられるんだ!
「ジャシン様、仲良く旅しよーぜぇ」
がっしりと肩を組んで飛段くんはゲハゲハと笑い出す。もうイヤだ、誰か助けて……。
#02
飛段くん、角都さんの二人と旅して幾日。
私は今、彼らの本拠地に辿り着いてしまった。飛段くんに懐かれてからというものの、私はずっと逃げる機会を逃してしまっている。そもそも私は一般人で、彼らは忍者。運動能力の差は歴然な訳で、逃げようにも逃げられないのである。一度、お手洗いに行くからと嘘を着いて撒こうとしたが失敗に終わっている。その時に角都さんに逃げるならもう少し頭を使うんだな、と鼻で笑われてしまった。悔しい。いつか逃げようと思っている内にあれよあれよとこんな所まで来てしまったわけだ。
「飛段くん、私帰ります」
「何言ってるんだよ、ジャシン様! 今着いたばっかじゃねーか!」
私の腕をがっしりと掴んで歩を進める飛段くん。先を進んでいる角都さんが遊んでないでキビキビ歩けと声を掛けてくる。よりによって彼らの本拠地。彼らみたいな忍者がごろごろいると思うととても頭が痛い。飛段くんの力で引きずられて連れてこられた場所は、洞窟にしては随分と広い場所だった。
「何だそれは」
奥から響く威圧的な声。そして目の前に現れたのは個性的な七人の忍者達。彼らの痛すぎる視線が辛いので、ここは飛段くんの背中に隠れる事にする。
「ジャシン様だよ」
「なんだ、ついに頭がイカれたか?」
飛段くんが答えると端にいる金髪の男性が馬鹿にするように笑う。新興宗教の神様連れて来ましたー、なんて開口一番言われれば確かにそんな反応もしたくなる。
「ほんとにジャシン様なんだよ! なー、ジャシン様!」
「……いいえ、違います」
「角都」
背中に隠れる私を引きずり出して肩をバンバン叩いてくる。めちゃくちゃ痛い! 少しは力加減ってものを覚えて欲しい! そして私に話を振らないで下さい、お願いだから! 私達のやり取りを気にもかけずオレンジ色の髪の男性が角都さんを呼ぶ。
「ジャシンかどうかは知らんが、ただの小娘ではない事は確かだ」
「あー? 角都まだ信じてねーのかよ、ジャシン様はジャシン様だっつってんだろ!」
「飛段、黙れ」
騒がしい飛段くんを黙らせた角都さんの口から私の体質が語られる。不死である事。それは飛段くんのような体質ではなく脅威の再生能力であると。そして、近づく人間を呪う事。
「ほぉ、面白そうだ。今ここで殺ってみるか」
「止めておけ、コイツに悪意を持たん方が賢明だ」
小柄な男性が好戦的に出ると角都さんが待ったをかける。角都さんの待ったに、オレンジ色の髪の男性が何故だと問い返した。
「コイツに悪意を持って近づいた場合、確実に殺される」
オレも一度殺られた……だがその後は道中楽に金稼ぎが出来たと低い声で笑った。
彼らの旅路で私は幾度も戦闘に駆り出された。私の呪いを確認すると言う名目が一回、その後は楽に殺せるからという理由で。私は静かに余生を暮らしたいのだ、もう解放して欲しい。
「こんな根暗で幸薄そうな女にそんな大層な力があるようには見えねぇけどな、うん」
「ご一緒してたお二方が言うんです、間違いないでしょう」
胡散臭そうな目で窺う金髪の男性と、それに答える大剣を担いだ男性。他のメンバーからも半信半疑の眼差しが飛んでくる。もう嫌だと、目を瞑ると同時にいてっと気の抜ける声がした。再び目を開くと頭を抱える金髪の男性。そして近くに転がる拳サイズの石ころ。
「石ころが落ちてきやがった……!」
「ジャシン様をバカにするから天罰が下ったんだよ、バーカ!」
私の肩を叩きながらゲハハと大笑いする飛段くん。頭を未だに抱える金髪の人を見た後に、オレンジ髪の人が好きにするといいと言うと踵を返す。
「リーダーから許可ももらったし、これからも仲良く殺戮しようぜ!」
「飛段くん……」
「行くぞ」
用は済んだと角都さんは言って出口へと向かう。それに待てよ! と大声を上げる飛段くんと抱えられた私。もうほんとに辞めてよ、私をどっかに捨ててよ。
#03
来る日も来る日も賞金稼ぎばかり、そんな生活に疲れが溜まっていた。だが、文句を言えるような立場でもなければ彼らをどうにかするだけの力もないので大人しくしているしか選択がない。我慢して歩んでいると、飛段くんが突如雄叫びを上げた。
「だぁああっ! いつも金金金っ! 飽きたっつーの! 殺戮はねぇのか、殺戮はよ!」
「暗殺の任は、サソリとデイダラの二人が向かった」
「またあいつらかよ! 俺はもう金稼ぎなんかしねぇからな!」
「誰かしらやらねばならん事だ、致し方ないだろう」
噛みつく飛段くんをのらりくらりとかわす角都さん。そんな彼らのやり取りを後ろから見ながらため息をついた。賞金稼ぎだろうが殺戮だろうが、私には関係ないから解放して欲しい。そもそも少し変わった能力を有しているとはいえ、ここまで連れまわす理由があるのか? 足手まといにしかならないと思うんだけど。
「ジャシン様も思うだろ?!」
「……えっと、何の話ですか?」
「貴様の話なんぞ興味がないようだな」
「んだと角都!」
「ふん、真実を言っただけだ。いちいち噛みついてくるな、目障りだ」
……どうして角都さんは火に油を注ぐような言い方をするのだろう。そのせいで飛段くんの声がまた一段と大きくなったじゃないか。
「ごめんなさい、ボーっとしてたんです」
「ジャシン様、疲れたのか? 休んでくか?」
「そんな時間はない」
「角都に言ってねぇよ、俺はジャシン様に聞いてんだよ!」
「小娘や貴様の事よりも任務が先だ、どうしても歩けんならおぶってやれ」
日が暮れる前にこの山を越える、さっさと歩け。
地図を持った角都さんの足取りが早くなった。先に進んで行く角都さんの背中を見つめていると目の前に飛段くんの背中が現れる。何も言わずに立ち尽くしているとジャシン様と呼ぶ飛段くんの声がした。
「乗ってくれ」
「でも」
「ジャシン様疲れてんだろ? なら俺が運ぶ、そんだけだ」
早くと急かす彼の肩に両手を乗せ失礼しますと控えめに声をかける。私が背に乗ったのを確認して立ち上がると、スタスタと角都さんを追う為に歩き出した。
「ごめんなさい」
「ジャシン様は悪くねぇ、気にすんな」
「……」
「最近俺の殺戮が少ないからだろ? 明日にでもバシバシ殺るからすぐ元気になるぜ」
ううん、飛段くんそれは違う。というかお願いだからむやみやたらに人殺しするのは止めて下さい。お願いだから!! ……そう彼に言えたらいいのに。
#04
「ジャシン様! 疲れただろ? これ飲んでゆっくりしろよ」
「ありがとう、飛段くん」
長い道のりを彼に連れてきてもらって着いたアジト。これで落ち着けると思ったらそこには前に見た彼らの仲間がいた。金髪の子と強面の人。強面の人は早々に奥に引っ込んでしまったが、金髪の人はボーっと私と飛段くんのやり取りを見ている。……止めてもらえないかな。
「じゃあ頂きます」
「おう!」
飛段くんにもらった飲み物をコクリと飲む。……喉が焼けるように熱い。いたい痛い痛い熱い!! 何コレ熱い痛い!
「ゴホッガハッ!!」
「ジャシン様?! どうしたんだよ、まずかったのか?!」
突然咳き込む私の背中をさすってどうしたと問うが喉が爛れているみたいで声が出ない。呼吸音もヒューとかビューとかおかしな音を立てている。苦しい。涙が出る。
奥から誰だ、オレの新薬盗みやがったヤツはっ! と赤い髪と聞きなれぬ声がしたがそれどころじゃない。その新たな声に反応した飛段くんが立ちあがり離れて行った。
「あ! おっさん、てめぇジャシン様に毒盛りやがったな!」
「犯人はてめぇか! 勝手に持っていきやがって!!」
「机に置いてあったのをもらっただけだっつーの!」
「私物を持ってくバカがいるか!」
ギャーギャーと騒ぐ彼らの横で蹲る私に大丈夫かと降ってくる声と背中に当たる手。ちらりと視線を向けると金髪の彼が不憫そうにこちらを見ている。あんた死なねぇんだろ? とりあえず毒が早く体から出るように水飲んどけとコップに並々と注がれた水を口に当ててくれた。
「なぁ、サソリの旦那! 解毒薬ねぇのかよ……って完全に聞こえてねぇなありゃ」
彼に水を飲ませてもらいながら彼と同じよう飛段くん達を見ると喧嘩になっていた。……犯罪者同士の喧嘩って壮絶ですね。
「何つーかあんたも大変だな、うん」
そして同情された。なら解放するように言ってもらえませんか?
#05
「そういやあんたジャシン様とかって呼ばれてるんだろ?」
「……?」
金髪の彼に水をもらって体を落ち着かせていると唐突に話題を振られた。ジャシン様なんて不本意な呼び名であるし、認めたくもないが事実信者達にはそう呼ばれているのでコクリと頷く。
「あんたも飛段みたく呪う時はパンダみたいになるのかい?」
「……」
パンダ……? 金髪の彼の言葉に飛段くんが呪う時の姿を思い出す。彼らの戦闘シーンを見たくなくて目を背けている事が多いから記憶が曖昧だ。ジャシン教のマークを描いて相手の血をペロリと舐める、それからどうなった? ……あぁ確かにパンダみたいに白黒になった。だが、私はあのような姿にはなりません。した事ないし、する事もない。
「……」
「神様だから違うのか。なーんだ」
彼の問いに横に首を振って否定するとつまらなさそう返された。彼の脳内では白黒になった私が想像されていたのだろうか? それは遠慮願いたい。
#06
毒薬事件から飛段くんがとても優しくなった。ジャシン様悪かった、と頭を地に擦りつけて謝る彼に頭を上げてくれと焦った私。近くにいてすっかり忘れていたが、彼は立派な犯罪者だ。そんな彼にこんな事させるなんて逆に私の肝が冷える。
「飛段くん、もう大丈夫だから。ね?」
「……ジャシン様はなんて心が広いんだ!」
さすがジャシン様! と目を輝かせて立ちあがる。……良かった、何とか土下座を止めさせる事が出来て。ふぅと胸に手を当ててひと息つくと、成り行きを見ていた彼らの仲間の一人、私を苦しめた毒を作った張本人が面白そうに笑っていた。
「サソリの旦那、何笑ってんだい? うん」
「いや、死なねぇってのは本当だったかと思ってな」
「確かに」
「女。オレに付き合え、色々と試したい毒がある」
あくどい笑みで鬼畜な事を告げる彼に耳を疑った。死なないとはいえあんな苦しくて痛い思いは二度としたくない、じわじわと体の中から焼かれて血が沸騰する感覚を彼は知らないから、こんな酷い事を簡単に口に出来るのだ。
「ふざけんな! ジャシン様を何だと思ってんだ!」
それに待ったをかけたのは怒り心頭な飛段くんだ。赤髪の彼にジャシン様を愚弄するな! と大声を浴びせると私の腕を掴んで彼らの前から去って行く。飛段くんに引かれながら彼らに目を向けると赤髪の彼は忌々しいと顔を歪め、介抱してくれた金髪の彼はひらひらと手を振ってくれていた。
#07
彼らについて回ってからというもの私の力が強くなったような気がする。今までは近くにいる人に小さな不幸が降りかかるくらいだった。明確な殺意を向けられると飛段くん曰く天罰が下り命を落としていく。
最近は近くにいる人が切り傷や擦り傷、打ち身なんかの日常でありふれた怪我負っている。一人二人だったら気づかなかった、でも町ですれ違う人々が次から次へと痛いと口にするのはさすがにおかしい。この現象に先に気づいたのは角都さんだ、小娘何をしたとマスクの下から低い声で問われる。目立つから止めろと暗に言われているのだと分かっているが、これは私の意志ではない。
「何もしてないです」
「ならばあれは何だ、貴様の仕業だろう?」
「私にもわかりません」
本当に心当たりがない、そもそもこの再生能力や呪いはある日突然使えるようになってしまった。私の意志に関係なく、それこそ今まで眠っていたものが目覚めたかのように。
「これだと目立つな、街を出る」
「……すみません」
飛段くんに抱えられて早々に街を後にした。
#08
ジャシン教本部に拉致されました。
角都さんが換金所に行って待っている間、飛段くんと大人しく会話をしていた。その後便所行ってくる! と背を向けて少し一人になっている所をさっと浚われた。
しばらくぶりの本部に足を踏み入れるとジャシン様がお戻りになった! と信者達が狂ったように歓喜を上げる。誰かが汝、隣人を殺戮せよと告げると周りも口にし始め、最後には大合唱で包まれる。イヤだ、頭がおかしくなる! ここがイヤで逃げ出した、私は異教徒の神ではない。一人のただの人間なんだ。だからひっそりと暮らしていたのに……。これならまだ飛段くんと角都さんと一緒にいた方が良かった。飛段くんは何だかんだ私によくしてくれたし、角都さんは戦闘に引きずり出すけどそれ以外で嫌がる事なんて何もしなかった。
「飛段くん、角都さん……」
彼らを思い出して顔を押さえて涙するとバンッと大きな爆発音が響く。その音に信者達も黙り、音の聞こえた方へ首を向けると壁に開いた大穴にパラパラと砂埃が舞う中、見覚えのあるシルエットが浮かぶ。まさか、そんな事がある訳がない。だって彼らは……。
「ジャシン様、お迎えに来たぜ!」
「手を焼かせるな、小娘」
そこにはお金が入ったアタッシュケースを持った角都さんと自慢の大鎌を構えて不敵に笑う飛段くんがいた。
#09
「どうして……」
「ジャシン様はオレの女神様だからな!」
「貴様がいると金に困らん」
信者達が何だと騒ぐ中、飛段くんが周りの信者達を薙ぎ倒して近づき、グッと腕を掴んでそのまま抱き上げられる。バランスが悪いから彼の首に両手を回して抱きつくと、角都! と飛段くんが声を上げ角都さんが道を切り開く。呆気に取られる信者の一人が貴様もジャシン教信者なのに何故?! と声を張り上げると、その言葉が耳に入った飛段くんがニヤリと笑い、よりきつく抱き寄せた。
「言ったろ? オレだけの女神様だって」
誰にもやらねーよ。
そう信者達全員に聞こえるように告げる。茫然とする信者達を見つめていると頬にちゅっと何か柔らかいものが当たった。
「え……?」
「ジャシン様、帰ろうぜ!」
あばよ! そう残して私達は荒れ果てたジャシン教本部を後にするのだった。
#完
「ジャシン様、怪我はないか?」
「特に何も……」
「そっか、なら良かった!」
あの後近くのアジトに運ばれた私は、飛段くんに怪我がないか全身くまなくチェックされている。指の一本一本までそれはもうしっかりと。角都さんはといえば金を数えると言って姿を消してしまっているので二人きりだ。……先程の頬に感じた柔らかさを思い出した。あれはもしやまさか、そのキスというやつではないだろうか。
「えっと、飛段くん。さっきの……」
「なぁ、ジャシン様」
さっきのは何だったのかと口にしようとして遮られてしまった。目の前の飛段くんに真剣な眼差しで呼ばれ、彼を見つめると普段の明るさとかけ離れた姿にドキリとする。いつもより鼓動が少し早いような気もしなくない。
「これからはオレだけのジャシン様でいて欲しい」
「……」
始めは嫌で仕方なかったのに、今は不思議と昔ほど嫌ではない。 ジャシン様と親しげに呼ばれるのに絆されてしまったのだろうか……。嫌ではないと小さく頷くとパァと嬉しそうな表情を浮かべてよっしゃっ! と拳を握りしめている。一つだけわがまま言っていいかな。
「飛段くん、ジャシン様じゃなくて今だけでいいから青子って呼んで欲しいです」
「青子、それがジャシン様の本当の名前か」
噛み締めるように言われた名前、無邪気に笑う姿に胸が熱くなったのは私だけの秘密にしておこう。