捧げ物
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『飛段っ!』
夢の中で自分の名前を呼ぶ彼女の事を三年も前だというのに、昨日の事のように思い出せる。だが、日に日に姿形が霞んで消えていくのを自分の意志で止める事が出来ないでいる。忘れたくないというのに彼女の輪郭がうっすらとぼやけてきた。散々聞いていた声もこんな感じだっただろうかと曖昧だ。いつか自分は完全に忘れてしまうのか。その日が訪れたら自分は……。
「飛段」
「……何だよ角都」
眠る飛段の頭を叩いて起こすと次の任務だ、早くしろと相方の角都はぼやいた。叩かれた頭を擦りながら次の任務は何だよと寝起き特有の掠れた声で言えば金だと素っ気なく返される。また金か。先日も金だった、その前も金だった。金金金。いくら集めてもまだ足りないとほざく。一体何にこれだけの大金を使っているのか、興味はないが毎度駆りだされるこっちの身にもなって欲しい。少しは節約とかして早く貯められるようにリーダーも頭を使ってくれればいいのにな。そうすれば自分はもっと殺戮に染まった日々を過ごせるというのに。
乗り気にならず大きなため息を落とせば角都の視線が一瞬だけ此方に寄越される。黙って次の金稼ぎの算段を練っている相方に向かって話しかけた。
「金以外の任務は?」
「ない」
「……嘘だろ?!」
驚愕を浮かべてひっくり返った声を上げる飛段に角都はずっと金稼ぎだ、諦めろと静かに返した。角都の言葉に頭を抱えればオレは金稼ぎがしたくて暁に入ったんじゃねーと溢す。ぐちぐちと任務について文句を吐き続ける彼にうるさいと空を裂く声が響いた。
「オレは血湧き肉躍る殺戮がしてーんだよっ!」
「そんな事を言われたところで任務は変わらん、大人しく賞金首を探せ」
ぴしゃりと飛段の言い分を切り捨てて角都は地図を片手に先に歩き出してしまった。そんな彼の後を追う為に腰を上げれば、先を進んでいた角都が何故だと口にした。何故、そこまで殺戮に固執すると。ゆっくりと疑問を落とした角都に飛段は動きを止めた。言ったところでこの守銭奴には理解出来ないだろう。自分はどうしても血が見たいのだ。――自分が探しているあの色に会う為に。
* * *
「お前の髪の毛っていつ見ても血の色だよなー」
「うるさいわね!」
目の前に座る女性の髪に指を通しながら飛段は思っている事を口にした。目の前の女性の名前は青子という。忍になって早々お前は私の相棒だと勝手に言い出した女だった。何をふざけた事を言っているのかと威嚇してもへらへら笑って腕を取り、任務へ行くとはしゃいでいた。始めはよくわからない彼女を疎ましく思っていた飛段も気さくで取っつきやすい性格に次第に打ち解けていった。自ら口にする事はなかったが、内心では彼女を相棒だと認めていた。
「昨日殺ったヤツと同じだわ」
「イヤな事思い出させないで!」
ふんと鼻息荒く顔を背ける青子に飛段は声を出して笑った。飛段はよく青子の髪の事でからかっていた。彼女の髪は茶色にしては明るく、赤色にしてはドス黒い。そう、まるで体内を駆け巡る血液のような色をしていた。纏めていると血の色であるが、髪をすくと美しい紅玉に変化する。この変わった色を放つ髪を飛段はいたく気にいっていた。だから、よく髪の毛の事を話題にしたし触れていた。本当はキレイな色だと褒めたかった。しかし、恥ずかしい気持ちが強くて、からかいの言葉ばかり吐いては青子の怒りを買っていた。どんなに怒られても飛段は髪の毛について口にした。それくらい彼にとってこの髪は気に入りなのだ。
「昨日殺ったヤツ、頸動脈掻っ切ってやったらぴゅーって血が飛び出してよ」
「……風になびいてる時の私の髪にそっくりだったって?」
「よく分かったな!」
ゲハハと独特の笑い声をあげれば目の前の彼女はバカらしいと血の髪を掻き毟った。呆れた表情であんたってヤツはと溢したかと思えば、あ、と間の抜けた音を発する。そして、続けざまにそういえばと未だ笑う飛段へと問いかけるのであった。
「“ジャシン教”って新興宗教知ってる?」
「新興宗教だぁ? んなもんどーせ、霊感商法とかマルチ商法ってヤツだろ?」
「……あんたよくそんな難しい言葉知ってたわね」
「おい、今なんて言った」
意外だと目を丸くする青子に飛段の米神がぴくぴくとヒクつく。イラつきを隠さない彼にごめんごめんと軽い口調で謝罪を送り、私興味があるのよねと続けた。表情を輝かせる彼女に止めとけと忠告をするが、だってと否定から入ってくる。
「ただの宗教じゃないのよ! 不死身になれるんだって!」
「不死身になってどーすんだよ」
「んー……どうもしない。不死身になれるのかが知りたいだけ」
「その好奇心でいつか死ぬぞ」
真剣な表情で返しても青子は大袈裟だなぁとケラケラ笑って取りつく島もない。好奇心が先行して危険に進んで飛び込んでいくのは彼女の悪い癖だ。それで任務中に何度も危ない目に遭ったというのに、懲りる事を知らぬらしい。余計な事に首を突っ込むんじゃねーぞときつく釘を差して、再び彼女の髪を撫でるのであった。
ジャシン教に興味があると告げた日から青子が大人しくなった。少しは女らしさを覚えたかと思っていたが、なんて事はない嵐の前の静けさだった。いつものように腕を引かれる飛段。ずんずんと進む彼女に連れられてきたのは薄暗い聖堂だった。
「おい、此処は……」
「ジャシン教の本拠地だよ」
私、どうしても知りたいのと強い目で言いきる青子。もはや何を言っても無駄だと悟ると勝手にしろと吐き捨て二人で聖堂の扉を開いた。扉を開いた先はとても広い空間であった。そして左右に置かれたよく分からないオブジェに、コツコツと響く音の正体は石で出来た床だろうか。他にも窓を彩るのは暗い色で統一されたステンドガラス。何より目を引くのは聖堂の奥深くに安置されている禍々しい像と円の中にある正三角形の文様。二人でその文様を見つめているとジャシン教に興味があるのですかと第三者の声が鳴り響いた。
「はい、不死身に興味があるんです」
「よくご存知ですね」
少し調べたんですと彼女が口にすれば第三者である彼はお二方ならなれるかもしれませんよと可能性を示唆した。彼の甘美な誘惑に青子は本当ですかと歓喜をあげる。声のトーンを上げた彼女に飛段はおいと横から口を出すが黙っていてとけん制されてしまった。舌打ちを落とす飛段と喜々を浮かべる青子。両者を見たジャシン教に通じる者は奥へどうぞと怪しげな笑みを溢して歩を進めた。
聖堂の奥を進むと医務室のような場所に案内される。此処ですよと言った彼の奥に見慣れぬ装置がある。部屋の中で存在感を放つソレにあれは何だと飛段が言えばあれで不死に適合するか調べられるんですよと口にした。人が入れるくらいの大きさの、試験管をひっくり返したような造りの装置。そこに入ってしまったら気分はまるで実験動物のようだ。さぁ、早くと急かしてくる彼とその言葉に従って中へと入る青子。胸の奥に引っかかりを覚えるが早くと不満を漏らす声にしぶしぶ従った。中に入るとカチャリと小さな音が鳴った。外へと通じる扉を引いても押してもガタガタと揺れるだけ。透明のガラスを割ろうと全力で殴ってもびくともしない。おかしいと焦る飛段とそんな様子の飛段に不安になってきた青子。何の真似だと叫べば、不死の実験ですよと彼は言った。
「とはいえまだ試作品なので、どうなるか私にも分からないんですがね」
「此処から出せっ!」
「それは聞けない相談だ、私の研究の完成の鍵を握るのは君たちだ」
あぁ、そうそう言い忘れていました。不死になれるのは一人だけです。吠える君が不死身に、彼女は君が不死になる為の命を全て捧げてもらいましょうか。一方的に話し終わると彼は手元のスイッチを躊躇いなく押した。あっという間だった。時間にして三十秒もなかっただろう。横で苦しみ始めた青子が己の胸を強く掴んで痛いと叫ぶ。そして己の名前を呼んだと同時に床にひれ伏した。
「青子っ」
動きを止めた装置から飛び出して彼女に近づくも息はなく、脈もない。頬を伝う涙が指に貼りつく。動かぬ相棒に声を失っていれば後ろからおめでとう、これで君は不死身になったと聞こえた。彼女の髪に指を通して変化する赤色を楽しむ日常が崩れ去った瞬間だった。
その後、ジャシン教に入信した。それからたくさんの人を殺した。信者達は口々に熱心だと言ったが、理由はそれではない。忘れたくないのだ、相棒を。あの気に入っている髪をずっとずっと撫でていたかった。紅玉に変わるあの刹那がとても美しかった。血を見れば思い出せると思った。たくさんの人を殺せば、あの髪と同じ色に出会える筈なのだ。言ってやれば良かった、キレイだと。たった三文字、なのにその三文字すら口に出来なかった。――最期に自分を呼んだ青子の声を忘れたくない。
* * *
「飛段、聞いているのか」
「……うるせー」
深い思考の海から浮上すると眉間に皺を寄せた角都が問いかけてきている。何も言うつもりはない。これはずっと自分の心にしまっておくのだ。青子の髪と同じ色を探していると言ったら笑われるに決まっている。
「殺戮はオレの宗派だからだよ」
「……そうか」
納得した角都が背を向けて歩き出した。早く殺戮をする日々に戻りたい。でなければ忘れてしまうのだ。赤い紅い髪。求めて止まないあの色を。一日でも早く見つけてしまいたい。そうすればまた青子に会えるから。後、何人殺せば彼女との再会の日が訪れるのか。身は滅ぶ事はなくても、記憶は滅んでいく。それがとても恐ろしいと知った。
夢の中で自分の名前を呼ぶ彼女の事を三年も前だというのに、昨日の事のように思い出せる。だが、日に日に姿形が霞んで消えていくのを自分の意志で止める事が出来ないでいる。忘れたくないというのに彼女の輪郭がうっすらとぼやけてきた。散々聞いていた声もこんな感じだっただろうかと曖昧だ。いつか自分は完全に忘れてしまうのか。その日が訪れたら自分は……。
「飛段」
「……何だよ角都」
眠る飛段の頭を叩いて起こすと次の任務だ、早くしろと相方の角都はぼやいた。叩かれた頭を擦りながら次の任務は何だよと寝起き特有の掠れた声で言えば金だと素っ気なく返される。また金か。先日も金だった、その前も金だった。金金金。いくら集めてもまだ足りないとほざく。一体何にこれだけの大金を使っているのか、興味はないが毎度駆りだされるこっちの身にもなって欲しい。少しは節約とかして早く貯められるようにリーダーも頭を使ってくれればいいのにな。そうすれば自分はもっと殺戮に染まった日々を過ごせるというのに。
乗り気にならず大きなため息を落とせば角都の視線が一瞬だけ此方に寄越される。黙って次の金稼ぎの算段を練っている相方に向かって話しかけた。
「金以外の任務は?」
「ない」
「……嘘だろ?!」
驚愕を浮かべてひっくり返った声を上げる飛段に角都はずっと金稼ぎだ、諦めろと静かに返した。角都の言葉に頭を抱えればオレは金稼ぎがしたくて暁に入ったんじゃねーと溢す。ぐちぐちと任務について文句を吐き続ける彼にうるさいと空を裂く声が響いた。
「オレは血湧き肉躍る殺戮がしてーんだよっ!」
「そんな事を言われたところで任務は変わらん、大人しく賞金首を探せ」
ぴしゃりと飛段の言い分を切り捨てて角都は地図を片手に先に歩き出してしまった。そんな彼の後を追う為に腰を上げれば、先を進んでいた角都が何故だと口にした。何故、そこまで殺戮に固執すると。ゆっくりと疑問を落とした角都に飛段は動きを止めた。言ったところでこの守銭奴には理解出来ないだろう。自分はどうしても血が見たいのだ。――自分が探しているあの色に会う為に。
「お前の髪の毛っていつ見ても血の色だよなー」
「うるさいわね!」
目の前に座る女性の髪に指を通しながら飛段は思っている事を口にした。目の前の女性の名前は青子という。忍になって早々お前は私の相棒だと勝手に言い出した女だった。何をふざけた事を言っているのかと威嚇してもへらへら笑って腕を取り、任務へ行くとはしゃいでいた。始めはよくわからない彼女を疎ましく思っていた飛段も気さくで取っつきやすい性格に次第に打ち解けていった。自ら口にする事はなかったが、内心では彼女を相棒だと認めていた。
「昨日殺ったヤツと同じだわ」
「イヤな事思い出させないで!」
ふんと鼻息荒く顔を背ける青子に飛段は声を出して笑った。飛段はよく青子の髪の事でからかっていた。彼女の髪は茶色にしては明るく、赤色にしてはドス黒い。そう、まるで体内を駆け巡る血液のような色をしていた。纏めていると血の色であるが、髪をすくと美しい紅玉に変化する。この変わった色を放つ髪を飛段はいたく気にいっていた。だから、よく髪の毛の事を話題にしたし触れていた。本当はキレイな色だと褒めたかった。しかし、恥ずかしい気持ちが強くて、からかいの言葉ばかり吐いては青子の怒りを買っていた。どんなに怒られても飛段は髪の毛について口にした。それくらい彼にとってこの髪は気に入りなのだ。
「昨日殺ったヤツ、頸動脈掻っ切ってやったらぴゅーって血が飛び出してよ」
「……風になびいてる時の私の髪にそっくりだったって?」
「よく分かったな!」
ゲハハと独特の笑い声をあげれば目の前の彼女はバカらしいと血の髪を掻き毟った。呆れた表情であんたってヤツはと溢したかと思えば、あ、と間の抜けた音を発する。そして、続けざまにそういえばと未だ笑う飛段へと問いかけるのであった。
「“ジャシン教”って新興宗教知ってる?」
「新興宗教だぁ? んなもんどーせ、霊感商法とかマルチ商法ってヤツだろ?」
「……あんたよくそんな難しい言葉知ってたわね」
「おい、今なんて言った」
意外だと目を丸くする青子に飛段の米神がぴくぴくとヒクつく。イラつきを隠さない彼にごめんごめんと軽い口調で謝罪を送り、私興味があるのよねと続けた。表情を輝かせる彼女に止めとけと忠告をするが、だってと否定から入ってくる。
「ただの宗教じゃないのよ! 不死身になれるんだって!」
「不死身になってどーすんだよ」
「んー……どうもしない。不死身になれるのかが知りたいだけ」
「その好奇心でいつか死ぬぞ」
真剣な表情で返しても青子は大袈裟だなぁとケラケラ笑って取りつく島もない。好奇心が先行して危険に進んで飛び込んでいくのは彼女の悪い癖だ。それで任務中に何度も危ない目に遭ったというのに、懲りる事を知らぬらしい。余計な事に首を突っ込むんじゃねーぞときつく釘を差して、再び彼女の髪を撫でるのであった。
ジャシン教に興味があると告げた日から青子が大人しくなった。少しは女らしさを覚えたかと思っていたが、なんて事はない嵐の前の静けさだった。いつものように腕を引かれる飛段。ずんずんと進む彼女に連れられてきたのは薄暗い聖堂だった。
「おい、此処は……」
「ジャシン教の本拠地だよ」
私、どうしても知りたいのと強い目で言いきる青子。もはや何を言っても無駄だと悟ると勝手にしろと吐き捨て二人で聖堂の扉を開いた。扉を開いた先はとても広い空間であった。そして左右に置かれたよく分からないオブジェに、コツコツと響く音の正体は石で出来た床だろうか。他にも窓を彩るのは暗い色で統一されたステンドガラス。何より目を引くのは聖堂の奥深くに安置されている禍々しい像と円の中にある正三角形の文様。二人でその文様を見つめているとジャシン教に興味があるのですかと第三者の声が鳴り響いた。
「はい、不死身に興味があるんです」
「よくご存知ですね」
少し調べたんですと彼女が口にすれば第三者である彼はお二方ならなれるかもしれませんよと可能性を示唆した。彼の甘美な誘惑に青子は本当ですかと歓喜をあげる。声のトーンを上げた彼女に飛段はおいと横から口を出すが黙っていてとけん制されてしまった。舌打ちを落とす飛段と喜々を浮かべる青子。両者を見たジャシン教に通じる者は奥へどうぞと怪しげな笑みを溢して歩を進めた。
聖堂の奥を進むと医務室のような場所に案内される。此処ですよと言った彼の奥に見慣れぬ装置がある。部屋の中で存在感を放つソレにあれは何だと飛段が言えばあれで不死に適合するか調べられるんですよと口にした。人が入れるくらいの大きさの、試験管をひっくり返したような造りの装置。そこに入ってしまったら気分はまるで実験動物のようだ。さぁ、早くと急かしてくる彼とその言葉に従って中へと入る青子。胸の奥に引っかかりを覚えるが早くと不満を漏らす声にしぶしぶ従った。中に入るとカチャリと小さな音が鳴った。外へと通じる扉を引いても押してもガタガタと揺れるだけ。透明のガラスを割ろうと全力で殴ってもびくともしない。おかしいと焦る飛段とそんな様子の飛段に不安になってきた青子。何の真似だと叫べば、不死の実験ですよと彼は言った。
「とはいえまだ試作品なので、どうなるか私にも分からないんですがね」
「此処から出せっ!」
「それは聞けない相談だ、私の研究の完成の鍵を握るのは君たちだ」
あぁ、そうそう言い忘れていました。不死になれるのは一人だけです。吠える君が不死身に、彼女は君が不死になる為の命を全て捧げてもらいましょうか。一方的に話し終わると彼は手元のスイッチを躊躇いなく押した。あっという間だった。時間にして三十秒もなかっただろう。横で苦しみ始めた青子が己の胸を強く掴んで痛いと叫ぶ。そして己の名前を呼んだと同時に床にひれ伏した。
「青子っ」
動きを止めた装置から飛び出して彼女に近づくも息はなく、脈もない。頬を伝う涙が指に貼りつく。動かぬ相棒に声を失っていれば後ろからおめでとう、これで君は不死身になったと聞こえた。彼女の髪に指を通して変化する赤色を楽しむ日常が崩れ去った瞬間だった。
その後、ジャシン教に入信した。それからたくさんの人を殺した。信者達は口々に熱心だと言ったが、理由はそれではない。忘れたくないのだ、相棒を。あの気に入っている髪をずっとずっと撫でていたかった。紅玉に変わるあの刹那がとても美しかった。血を見れば思い出せると思った。たくさんの人を殺せば、あの髪と同じ色に出会える筈なのだ。言ってやれば良かった、キレイだと。たった三文字、なのにその三文字すら口に出来なかった。――最期に自分を呼んだ青子の声を忘れたくない。
「飛段、聞いているのか」
「……うるせー」
深い思考の海から浮上すると眉間に皺を寄せた角都が問いかけてきている。何も言うつもりはない。これはずっと自分の心にしまっておくのだ。青子の髪と同じ色を探していると言ったら笑われるに決まっている。
「殺戮はオレの宗派だからだよ」
「……そうか」
納得した角都が背を向けて歩き出した。早く殺戮をする日々に戻りたい。でなければ忘れてしまうのだ。赤い紅い髪。求めて止まないあの色を。一日でも早く見つけてしまいたい。そうすればまた青子に会えるから。後、何人殺せば彼女との再会の日が訪れるのか。身は滅ぶ事はなくても、記憶は滅んでいく。それがとても恐ろしいと知った。