短編集
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彼氏に振られた。本当に突然な事で、動揺しながら理由を聞いたら料理がくそまずいからとはっきり言われた。ちゃんと味見をして、彩りや栄養も気にして作っていたのにまずいってどういう事だろう。
「私ちゃんと味見して確認したよ!」
「お前の味覚がおかしいんだろ! あんなもん食わせやがって!」
二度と顔を見せるなと吐き捨てて去って行く彼氏、いや元彼。味覚がおかしいなんてそんな事あるわけがない。だって私は今まで問題なく生きてこられたんだから。私がおかしい筈がない、向こうがおかしいんだ。それを証明すべく病院へと足を向けた。
数日後、医者から渡された診断書を見て私は言葉を失った。そこには錯味症 の文字が記載されていた。聞けば私の舌は本来とは違った味を感じるそうだ。私が甘いと感じるものは他の人からしたら違う味らしい。更に詳しく先生は色々と話してくれているが、全く頭に入らない。自分が障害を抱えているという事実だけがグルグルと頭を駆け巡る。元彼の言う事は正しかった。頭を鈍器で殴られた衝撃を抱えたままふらつく足取りで病院を後にした。
それからどういう道筋を通ったのかわからないまま、気づけば河原に座り込んでいた。雲一つない澄んだ青を見上げながらどうしようか考える。私は一生この味覚のままだ。好きな人が出来ても、料理を振る舞えばまたまずいと言われるのだろう。好きな人に心を抉られるのはこれ程にも辛いのか……。元彼に言われた『まずい』の言葉に胸がじくじくと痛みだす。ギュッと洋服の上から胸を押さえる。早くこの痛みが去って欲しいのに、願えば願うほど比例して強くなる。痛みと悲しさ、辛さ、ここに来て負の感情が一気に爆発する。熱くなる目頭と、込み上げる涙。肩を震わせてしゃくり上げながら、ポツリと言葉を落とした。
「……死にたい」
「ならオレが殺してやろうか?」
突然、聞こえた謎の声に驚いて涙が止まる。声のした方向へ顔を向ければ目を輝かせて不敵に笑う赤髪の男が此方を見つめていた。
私とサソリさんが出会って一ヶ月になる。
そういえば何故あの時泣いていたと理由を聞かれ、素直に味覚障害が発覚したからと言えばすごく残念そうにため息を吐かれた。そして、そんな下らない理由かとも言われる。味覚障害が理由で彼氏に振られたとつけ加えれば、その程度の男だったんだろと返ってきた。
「良かったじゃねぇか、たかだか味覚くらいで振っちまう器の小せぇ男の方から去ってったんだからよ」
「……好きだったんだもん」
そう、好きだったんだ。しかも突然過ぎて気持ちの整理もちゃんとつけられなかった。地面を見つめながら元彼の事を思い出していれば、再びサソリが声を発した。
「過ぎた事をいつまでも引きずってんじゃねぇ」
そんなに気になるなら自分の味覚を知るところから始めたらどうだ。そう提案してきたサソリさんに私は度肝を抜いた。まさかそんな事を言われるとも思ってなかったし、味覚を知ろうという考えにもならなかった。一人じゃどうにもならないと溢せば、協力者を呼んでやると楽しそうな笑みを浮かべるサソリさん。一体どんな人が協力してくれるのか分からないが力を貸してもらえるのは嬉しい。ありがとうございますと礼を告げれば気にするなと笑った。
「なんでオイラがこんな事に付き合わなきゃならねーんだよ! うん!」
「オレに味覚はないからな、仕方ねぇだろ」
協力者を連れてくると言って去って行ったサソリが再び部屋に戻ってきた時、たっぷりの金の髪を携える青年を一緒に連れてきた。不満を口にする彼は誰だろうかと疑問を浮かべているとサソリがデイダラと言った。
「デイダラさん?」
「こいつに聞け」
「つーか旦那、この女は誰だ?」
「青子」
オイラが知りたいのは名前じゃねぇよ! と騒ぐデイダラにいいから早くしろと蹴りを加えるサソリ。鋭い蹴りが脛に当たると痛みでその場に蹲り呻きを上げる。そんな彼を見下ろしながら二度目はないときっぱり告げた。
「横暴過ぎんだろ……っ」
「大丈夫ですか?」
痛さに耐えるデイダラに話しかければ大丈夫だと震える声が返ってくる。どう見ても大丈夫そうには見えないが、本人が大丈夫だと言うので本人の意を組む事にした。
机の上に砂糖、塩、レモン、インスタントコーヒーの粉末、唐辛子を並べる。私が食べた後にデイダラさんが正確な味を伝えるという形式を取る事で双方納得した。砂糖と書かれた紙の上の皿に手を伸ばし、摘まんで口に含む。
「しょっぱいです」
「砂糖はしょっぱいか」
「本当はどんな味なんですか?」
「甘い」
「……甘い」
デイダラの返答に私は元彼に対して心から謝りたくなった。以前、まずいと言われた時に野菜炒めを作ったが、その時、私は結構な量の砂糖を入れた記憶がある。私には美味しい野菜炒めでも彼にはとても甘い野菜炒めだったわけだ。
「すごくいたたまれない」
「何だよ、急に」
訝し気なデイダラに元彼との思い出を話す。甘い野菜炒めを振る舞ったと言った瞬間、彼の顔が盛大に歪んだ。何となく味の想像がついたのだろう、感想を口にしなくても眉間に皺を寄せる姿が物語っている。
「……何だ、その、頑張れよ」
「無自覚とはいえ本当に悪い事をしてたんですね」
――あぁ、死にたい。
そう言葉にして顔を手で覆った時、近くで様子を見ていたサソリがもう死ぬのかと口を挟んできた。
「いつでも殺してやる」
「サソリさん……」
「お前の元彼と違ってオレは大事にする性分だからな、しかも永久にだ」
コツコツと靴の音を響かせて近づいてくる彼の表情を見つめていると、グッと腕を引かれた。突然縮まった距離と目の前に映る麗しい彼に心臓が早鐘を打ち始める。この一ヶ月、一度として彼とそんな空気になった事はない。私はずっと元彼に対して未練を引きずっていたし、サソリさんはサソリさんで気まぐれだと思っていたし、あとサソリさんみたいなカッコいい人が私なんかに目をくれる筈がないとも思っていたから。
腕を引かれたまま大人しく彼を見つめると、初めて出会った時の笑みを浮かべた。
「青子、よく覚えておけ」
オレに対して死を願う事は、オレの元に一生置いておいてほしいって事なんだよ。
そう耳元で囁かれた後、耳たぶにチクリと痛みが走る。痛みと彼のとんでもない理屈に言葉を失っているとギュッと抱きしめられた。
「熱烈なプロポーズ、しかと受け取った」
「……っ?!」
一生大事にしてやると言って熱い視線を送ってくる彼に私の心臓が爆発しそうになる。顔中に一気に広がる熱をそのままに大きく頷く。
「私も貴方の熱烈な告白をしっかりと受け取りました」
そう返してギュッと抱きついた。もう元彼を思い出す事はない。だって、彼はこの一瞬で私の心の全てを浚ったんだから。
次、私がサソリさんに『死にたい』と言う時は、永遠を願った時だ。きっと、幸せを与えてくれるに違いない。
「私ちゃんと味見して確認したよ!」
「お前の味覚がおかしいんだろ! あんなもん食わせやがって!」
二度と顔を見せるなと吐き捨てて去って行く彼氏、いや元彼。味覚がおかしいなんてそんな事あるわけがない。だって私は今まで問題なく生きてこられたんだから。私がおかしい筈がない、向こうがおかしいんだ。それを証明すべく病院へと足を向けた。
数日後、医者から渡された診断書を見て私は言葉を失った。そこには
それからどういう道筋を通ったのかわからないまま、気づけば河原に座り込んでいた。雲一つない澄んだ青を見上げながらどうしようか考える。私は一生この味覚のままだ。好きな人が出来ても、料理を振る舞えばまたまずいと言われるのだろう。好きな人に心を抉られるのはこれ程にも辛いのか……。元彼に言われた『まずい』の言葉に胸がじくじくと痛みだす。ギュッと洋服の上から胸を押さえる。早くこの痛みが去って欲しいのに、願えば願うほど比例して強くなる。痛みと悲しさ、辛さ、ここに来て負の感情が一気に爆発する。熱くなる目頭と、込み上げる涙。肩を震わせてしゃくり上げながら、ポツリと言葉を落とした。
「……死にたい」
「ならオレが殺してやろうか?」
突然、聞こえた謎の声に驚いて涙が止まる。声のした方向へ顔を向ければ目を輝かせて不敵に笑う赤髪の男が此方を見つめていた。
私とサソリさんが出会って一ヶ月になる。
そういえば何故あの時泣いていたと理由を聞かれ、素直に味覚障害が発覚したからと言えばすごく残念そうにため息を吐かれた。そして、そんな下らない理由かとも言われる。味覚障害が理由で彼氏に振られたとつけ加えれば、その程度の男だったんだろと返ってきた。
「良かったじゃねぇか、たかだか味覚くらいで振っちまう器の小せぇ男の方から去ってったんだからよ」
「……好きだったんだもん」
そう、好きだったんだ。しかも突然過ぎて気持ちの整理もちゃんとつけられなかった。地面を見つめながら元彼の事を思い出していれば、再びサソリが声を発した。
「過ぎた事をいつまでも引きずってんじゃねぇ」
そんなに気になるなら自分の味覚を知るところから始めたらどうだ。そう提案してきたサソリさんに私は度肝を抜いた。まさかそんな事を言われるとも思ってなかったし、味覚を知ろうという考えにもならなかった。一人じゃどうにもならないと溢せば、協力者を呼んでやると楽しそうな笑みを浮かべるサソリさん。一体どんな人が協力してくれるのか分からないが力を貸してもらえるのは嬉しい。ありがとうございますと礼を告げれば気にするなと笑った。
「なんでオイラがこんな事に付き合わなきゃならねーんだよ! うん!」
「オレに味覚はないからな、仕方ねぇだろ」
協力者を連れてくると言って去って行ったサソリが再び部屋に戻ってきた時、たっぷりの金の髪を携える青年を一緒に連れてきた。不満を口にする彼は誰だろうかと疑問を浮かべているとサソリがデイダラと言った。
「デイダラさん?」
「こいつに聞け」
「つーか旦那、この女は誰だ?」
「青子」
オイラが知りたいのは名前じゃねぇよ! と騒ぐデイダラにいいから早くしろと蹴りを加えるサソリ。鋭い蹴りが脛に当たると痛みでその場に蹲り呻きを上げる。そんな彼を見下ろしながら二度目はないときっぱり告げた。
「横暴過ぎんだろ……っ」
「大丈夫ですか?」
痛さに耐えるデイダラに話しかければ大丈夫だと震える声が返ってくる。どう見ても大丈夫そうには見えないが、本人が大丈夫だと言うので本人の意を組む事にした。
机の上に砂糖、塩、レモン、インスタントコーヒーの粉末、唐辛子を並べる。私が食べた後にデイダラさんが正確な味を伝えるという形式を取る事で双方納得した。砂糖と書かれた紙の上の皿に手を伸ばし、摘まんで口に含む。
「しょっぱいです」
「砂糖はしょっぱいか」
「本当はどんな味なんですか?」
「甘い」
「……甘い」
デイダラの返答に私は元彼に対して心から謝りたくなった。以前、まずいと言われた時に野菜炒めを作ったが、その時、私は結構な量の砂糖を入れた記憶がある。私には美味しい野菜炒めでも彼にはとても甘い野菜炒めだったわけだ。
「すごくいたたまれない」
「何だよ、急に」
訝し気なデイダラに元彼との思い出を話す。甘い野菜炒めを振る舞ったと言った瞬間、彼の顔が盛大に歪んだ。何となく味の想像がついたのだろう、感想を口にしなくても眉間に皺を寄せる姿が物語っている。
「……何だ、その、頑張れよ」
「無自覚とはいえ本当に悪い事をしてたんですね」
――あぁ、死にたい。
そう言葉にして顔を手で覆った時、近くで様子を見ていたサソリがもう死ぬのかと口を挟んできた。
「いつでも殺してやる」
「サソリさん……」
「お前の元彼と違ってオレは大事にする性分だからな、しかも永久にだ」
コツコツと靴の音を響かせて近づいてくる彼の表情を見つめていると、グッと腕を引かれた。突然縮まった距離と目の前に映る麗しい彼に心臓が早鐘を打ち始める。この一ヶ月、一度として彼とそんな空気になった事はない。私はずっと元彼に対して未練を引きずっていたし、サソリさんはサソリさんで気まぐれだと思っていたし、あとサソリさんみたいなカッコいい人が私なんかに目をくれる筈がないとも思っていたから。
腕を引かれたまま大人しく彼を見つめると、初めて出会った時の笑みを浮かべた。
「青子、よく覚えておけ」
オレに対して死を願う事は、オレの元に一生置いておいてほしいって事なんだよ。
そう耳元で囁かれた後、耳たぶにチクリと痛みが走る。痛みと彼のとんでもない理屈に言葉を失っているとギュッと抱きしめられた。
「熱烈なプロポーズ、しかと受け取った」
「……っ?!」
一生大事にしてやると言って熱い視線を送ってくる彼に私の心臓が爆発しそうになる。顔中に一気に広がる熱をそのままに大きく頷く。
「私も貴方の熱烈な告白をしっかりと受け取りました」
そう返してギュッと抱きついた。もう元彼を思い出す事はない。だって、彼はこの一瞬で私の心の全てを浚ったんだから。
次、私がサソリさんに『死にたい』と言う時は、永遠を願った時だ。きっと、幸せを与えてくれるに違いない。