短編集
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「デイダラ、お前が一瞬の美にこだわるのは何だ?」
いつも芸術論で言い合いをするサソリが唐突に疑問を投げかけてきた。藪から棒に何だと返せば、何か理由があるんだと思ってなと不敵な笑みを浮かべる。今でこそ芸術家だと名乗っているが、昔の自分は芸術に全く興味がなかった。粘土造形を手掛けるのも良い資金源になるくらいにしか思ってなかったし。土の国は土地柄粘土が豊富で、子供の時からおもちゃとして触れてきた自分には、さして価値あるものだと思いもしてなかった。大きくなって粘土細工が金になると知った時はびっくりしたくらいだ。それから小遣い稼ぎに丁度良いと手を出したのがきっかけだった。
「あれを見て目覚めた、うん」
「あれ……?」
「婚約者の死に顔」
「は?」
少し聞かせろよと、珍しく興味を持つサソリに断る理由もないからと、まだ岩隠れにいた頃の話を語るのであった。
「デイダラ、お前に頼みがある」
「断る」
「ちょっ?! デイ兄少しくらい話を聞けっての!」
三代目土影・オオノキから話があると呼ばれたが、聞く耳を持つつもりなど全くなかった。なんせ自分は粘土を捏ねている時間が大事だから。それに対して孫の黒ツチが声を荒げるがどうでもいい、ほうっておいてくれ。そんなそっけないデイダラにオオノキは難しい事じゃない、お前さんの粘土造形の邪魔にならんじゃぜと告げ、そこで初めてデイダラは話を聞こうと思った。
「手短に頼む、うん」
「とあるお嬢さんの婚約者になって欲しい」
「はぁぁ?!!」
頼まれ事の本人であるデイダラより先に黒ツチが反応した。どんな無理難題かと思えばくだらねぇ。それがデイダラの一番の感想であった。オオノキは別に何かして欲しいとかではない、病床に伏せるお嬢さんの話し相手になってくれればそれでいいのだと言うが、それでは何故婚約者なんて大層な名義を使うのか? デイダラが何故と問えばお嬢さんは名家の生まれだからだと簡潔な返答がくる。
「へっ、世間体の為にわざわざそんなくだらねぇ任務受けるこっちの身にもなれってんだ!」
「相手が相手でな……」
「オイラのやりたいようにやっていいなら受けても構わねぇよ、うん!」
好き勝手すると宣言し、オオノキから説明された名家へと足を向けるのであった。
訪れた名家の大層な外観と立派な門構えにデイダラは感嘆を漏らした。それに相手が相手という理由も分かった。これだけ大きな屋敷を持つ相手、かなりのバックアップを受けているのだろうと。そりゃ断れる訳がねーわと呆れた表情を浮かべ、屋敷へと歩を進めた。中に入ると昼間だというのに薄暗く、重苦しい雰囲気と静寂が支配している。まるで黒く濁った水中にいるようだ。何より明かりは蝋燭という時代錯誤も甚だしい、当主の趣味を疑うもの。辛気臭い印象を与える長い廊下を越えた先、白い線を放つ何かを見つけそっと押せば強い光が眩しく目を細めた。開けた先に広がる部屋……応接間へ入れば一人の男性が虚空を見つめていた。何とも言えぬ空気に包まれた部屋で、デイダラの存在に気付くと少しだけ瞳に光が宿り、頭を垂れて娘を頼むとだけ残し早々に立ち去ってしまう。父親にしては随分と冷めた反応だと思いながらも口には出さず、デイダラはお嬢さんの部屋へ向かう事にした。
襖を開けた先、布団の上で横たわるのは妙齢の女である。いくら表向きに婚約者となったとはいえ、些か自分では若すぎるのではないかと不安に思っていると女から貴方は? と声が上がった。
「デイダラ、任務を受けてきた」
「そう、貴方が……まだ若いのね」
年について思うのは相手も同じようだ。床に臥せる女の近くに座りあんたの名前は? と聞くとか細い声で青子だと言う。ふとデイダラはこの任務の経緯を青子は知っているのだろうかと思った、自分はオオノキに話し相手になればいいと聞いたが、話し相手になるだけならわざわざ忍を雇う必要なんてない。もう少し詳しい話を聞いてくれば良かったと後悔するもどうにもならないので、正直にお嬢さんへと問いかける事にした。
「あんたは何でオレが雇われたか知ってるか?」
「……私のせいね」
どこか遠いところを見つめて告げる姿に訳ありだと察する。何はともあれ自分は雇われたのだ、任務が終了するまでこのお嬢さんの話し相手をしていればいい。それに話し相手になっていれば好きにしていいとも言っていたのだ、こんなお気楽任務早々ないのだから休暇も兼ねていると決めつけ、お嬢さんへ話を振るのであった。
このお嬢さんと知り合って数日、随分打ち解けたと自負している。お嬢さんは御年二十三を迎える、かくして自分は十三。表向きの婚約者でいいのか疑念を抱くが、当主もお嬢さん本人も構わないと言っているのだからもう気にしない事にした。
お嬢さんは芸術が好きらしい、絵を描いている時の彼女は頬を赤く染めており、とても病人のようには見えない。それに描きあげられた作品を数点見せてもらったが、どれも目を引くものばかりで心が揺さぶられた。自分は粘土造形に精通しているが、芸術については深く考えた事がなかったので、新しい世界を見せてもらったと感動したのは記憶に新しい。彼女の手から作りだされる数々の世界に、のめり込んでいる自分がいるし、芸術を語り合うのがとても楽しくなっていた。始めは粘土造形の傍らで耳にしていただけだというのに、今はせがんで話せというのだから自分の心境の変化に驚きを隠せない。
「ねぇ、デイダラ。貴方は芸術って何だと思う?」
「うーん、それをオイラに聞くのか?」
お嬢さんと打ち解けてから口調が砕けるようになっていた。それに対してお嬢さんは嫌な顔をする事なく、貴方らしいと上品な笑みを浮かべた。こういう小さな仕草で生まれの違いを感じさせられるがそれが嫌だと思わなかったし、逆にこのお嬢さんだから許せるのだろうと思った。きっと違う人が相手ならば自分は顔を歪めるなりしていただろう。
芸術とは何だと問うてきたお嬢さんにわからないと素直に言えば、お嬢さんも答えが出ないのだと寂しく笑う。答えが知りたくて自分は絵を描き続けているかもしれないとも。彼女の絵は風景画が多い、時折人物画を描く事もある。しかし、不思議な事にお嬢さんが描く人物画は彼女とあまり年の変わらない男性ばかり。よくよく見れば皆似た雰囲気だ。何故男性ばかりなのかと聞いても、曖昧に笑うだけで一度として答えてはくれなかった。
さらに月日は進み、お嬢さんの病が進行した。医者の見立てではもういつ逝ってもおかしくないという。お嬢さんもそれを察しているのか、自分と一緒にいて欲しいと願う事が増えている。断る理由はないし、そもそも自分が此処にいるのは初めからそれが理由でもある。任務とはいえ病に侵されるお嬢さんに情が芽生えているし、少しでも彼女の願いを叶えてあげたい。
今までで一番青白い顔をして咳き込む姿に表情が歪み、胸がズキンと痛む。忍として今まで何人もの命を奪ってきたというのに、情念がある相手にはとんと弱くなるとは思いもしなかった。強く手を握りしめているとデイダラ……と苦しそうにお嬢さんが呼んだ。
「死を前に聞いて欲しい事があるの」
「……何でオイラが聞いてやらなきゃならないんだよ」
「貴方だからこそ聞いて欲しいの」
こんな事を貴方に頼むなんて迷惑だって分かっている。そういう彼女にイヤだと叫びたくなった、この話を終えたら彼女が逝ってしまいそうで。首を横に振って否定するも、彼女は困ったように笑うだけだ。お願いよと再度懇願する彼女についに折れた、表向きとはいえ今のオレは彼女の婚約者だ。何でも聞いてやると返せば安心したかのような、泣きそうな表情で呟いた。
「私が死んだら、机の中にある手紙を読んでほしい」
「わかった」
強く返事をすれば先程までの悲哀が消え穏やかな、それこそ今まで彼女が描いてきた絵のような美しさでこの世を去った。その儚い姿に身を震わせながら一つ、また一つと涙がとめどなく溢れる。胸を切り裂く大きな衝動に、自分は青子を想っていたのだと初めて自覚した。
お嬢さんが死んで任務は完了となり、報酬も支払われた。もう二度とこの屋敷に踏み入れる事はないだろうと背を向ける。手にはお嬢さんの遺言の手紙を持って。彼女の葬式に参列出来ぬ事が心残りであるが、自分は彼女の遺言通りこの手紙を読まねばならない。
屋敷から離れた街道の木の上に腰を落ち着けると、デイダラはカサリと音を立てて手紙を読み始めた。
『この手紙が読まれる頃にはもう自分はこの世に居ないのでしょう。
この手紙を読み終えたら燃やしてほしい。
この手紙に書かれるのは罪であり、私の懺悔でもある。』
青子は名家に生まれ、美しさと優しさを兼ね備えた当主自慢の娘であった。彼女は生まれながらに婚約者がおり、自分と同じように良いところの坊ちゃんで子供の時に対面は済んでいた。この人は将来の伴侶である、彼に恥ずかしくないような人であろうと彼女はその時強く重く心に誓った。すくすくと育ち、婚約者と良好な関係を築き、趣味を持ち、花嫁修業も欠かさない。青子は誰よりも婚約者を愛していたし、婚約者もまた青子を一等愛していた。仲睦まじい二人の姿に似合いの夫婦になると誰しもが確信していた。
無事祝言を済ませ、晴れて夫婦となった二人。新たな家を設け心から幸せな日々を送れるのだと信じてやまなかった。ついに彼女は二人の幸せの証を腹に身籠る。日に日に膨れる腹をゆったり撫でては、込み上げる愛しさを強く感じていた。しかし、不幸な事に腹の子が産声をあげる日は訪れなかった。いよいよ生まれる……早く我が子に会いたいと願う彼女に不治の病が振りかかったのだ。段々と弱る身体に彼女よりも先に腹の子の灯火が消えた。胎動を感じぬ事に彼女は蒼白する、もしや、いいやそんな筈がないと拭えぬ不安に駆られる日々。対面を迎えた時分、股から出た我が子が生暖かい血よりも冷たい事に気付いて慟哭した。何故、神は私ではなく我が子を連れて逝ってしまったのだと。
程なくして子を失った彼女を捨てて男は違う女を娶った。曰く病人は要らぬと。青子は気が狂いそうになった、いいや、もう狂っていたのかもしれない。あんなにも愛しあった旦那様が自分を置いていってしまうなんて…。泣き狂う彼女は氷の我が子を胸に抱きながら考え至った。我が子が戻ればあの人も帰ってきてくれる、そうすればあの穏やかな幸せな暮らしが再び出来るのだと。頭の隅では有り得ぬ事であると分かっていた、それでもそう思い込まねば己が己でいられなくなる。――逃げ道が欲しかったのだ。
意を決した青子は赤黒く染まる我が子の亡骸を一口、また一口と血の一滴も残さず食らい尽くした。再び我が身に宿ると信じて。
『我が子を食した私の罪は拭われる事はない。
あの人も帰ってきてはくれなかった。
けれどデイダラ、貴方と過ごした日々は私の心を随分と軽くしてくれた。
貴方のおかげで私は自分の罪を意識してあの世に逝ける。
最後に、私の事を忘れてほしい。
そして貴方には幸せになってほしい。
咎人である私の願いを聞き入れてくれるだろうか。』
* * *
「で、お前は未練たらたらって訳か」
「……別に何だっていいだろ」
「そこまで言うんだ、余程綺麗だったんだろなぁ。解き放たれた瞬間ってヤツが」
お前が魅せられるくらいにはな、と話を聞き終えたサソリが感想を漏らす。普段、芸術は永遠だと言いきるサソリにしては珍しく否定をしない。もしかしたら彼にも心当たりがあるのかもしれない、心を掴んで離さない強烈な何かが。
以前お嬢さんは自分に芸術は何だと問うた、今の自分ならはっきり言える。彼女の死に際に見せたあの解放こそが芸術であると。幾度、爆発を起こし、人々の解放される瞬間を見てきたが未だお嬢さんのあの幽 けき面持ちを超えるものはない。お嬢さんは忘れろと言ったが、何故忘れられようか。記憶に焼きついて離れないあの死に様を、もっとも美しい刹那を。
いつになったら己はあの耽美を手にする事が出来るのであろうか。
いつも芸術論で言い合いをするサソリが唐突に疑問を投げかけてきた。藪から棒に何だと返せば、何か理由があるんだと思ってなと不敵な笑みを浮かべる。今でこそ芸術家だと名乗っているが、昔の自分は芸術に全く興味がなかった。粘土造形を手掛けるのも良い資金源になるくらいにしか思ってなかったし。土の国は土地柄粘土が豊富で、子供の時からおもちゃとして触れてきた自分には、さして価値あるものだと思いもしてなかった。大きくなって粘土細工が金になると知った時はびっくりしたくらいだ。それから小遣い稼ぎに丁度良いと手を出したのがきっかけだった。
「あれを見て目覚めた、うん」
「あれ……?」
「婚約者の死に顔」
「は?」
少し聞かせろよと、珍しく興味を持つサソリに断る理由もないからと、まだ岩隠れにいた頃の話を語るのであった。
* * *
「デイダラ、お前に頼みがある」
「断る」
「ちょっ?! デイ兄少しくらい話を聞けっての!」
三代目土影・オオノキから話があると呼ばれたが、聞く耳を持つつもりなど全くなかった。なんせ自分は粘土を捏ねている時間が大事だから。それに対して孫の黒ツチが声を荒げるがどうでもいい、ほうっておいてくれ。そんなそっけないデイダラにオオノキは難しい事じゃない、お前さんの粘土造形の邪魔にならんじゃぜと告げ、そこで初めてデイダラは話を聞こうと思った。
「手短に頼む、うん」
「とあるお嬢さんの婚約者になって欲しい」
「はぁぁ?!!」
頼まれ事の本人であるデイダラより先に黒ツチが反応した。どんな無理難題かと思えばくだらねぇ。それがデイダラの一番の感想であった。オオノキは別に何かして欲しいとかではない、病床に伏せるお嬢さんの話し相手になってくれればそれでいいのだと言うが、それでは何故婚約者なんて大層な名義を使うのか? デイダラが何故と問えばお嬢さんは名家の生まれだからだと簡潔な返答がくる。
「へっ、世間体の為にわざわざそんなくだらねぇ任務受けるこっちの身にもなれってんだ!」
「相手が相手でな……」
「オイラのやりたいようにやっていいなら受けても構わねぇよ、うん!」
好き勝手すると宣言し、オオノキから説明された名家へと足を向けるのであった。
訪れた名家の大層な外観と立派な門構えにデイダラは感嘆を漏らした。それに相手が相手という理由も分かった。これだけ大きな屋敷を持つ相手、かなりのバックアップを受けているのだろうと。そりゃ断れる訳がねーわと呆れた表情を浮かべ、屋敷へと歩を進めた。中に入ると昼間だというのに薄暗く、重苦しい雰囲気と静寂が支配している。まるで黒く濁った水中にいるようだ。何より明かりは蝋燭という時代錯誤も甚だしい、当主の趣味を疑うもの。辛気臭い印象を与える長い廊下を越えた先、白い線を放つ何かを見つけそっと押せば強い光が眩しく目を細めた。開けた先に広がる部屋……応接間へ入れば一人の男性が虚空を見つめていた。何とも言えぬ空気に包まれた部屋で、デイダラの存在に気付くと少しだけ瞳に光が宿り、頭を垂れて娘を頼むとだけ残し早々に立ち去ってしまう。父親にしては随分と冷めた反応だと思いながらも口には出さず、デイダラはお嬢さんの部屋へ向かう事にした。
襖を開けた先、布団の上で横たわるのは妙齢の女である。いくら表向きに婚約者となったとはいえ、些か自分では若すぎるのではないかと不安に思っていると女から貴方は? と声が上がった。
「デイダラ、任務を受けてきた」
「そう、貴方が……まだ若いのね」
年について思うのは相手も同じようだ。床に臥せる女の近くに座りあんたの名前は? と聞くとか細い声で青子だと言う。ふとデイダラはこの任務の経緯を青子は知っているのだろうかと思った、自分はオオノキに話し相手になればいいと聞いたが、話し相手になるだけならわざわざ忍を雇う必要なんてない。もう少し詳しい話を聞いてくれば良かったと後悔するもどうにもならないので、正直にお嬢さんへと問いかける事にした。
「あんたは何でオレが雇われたか知ってるか?」
「……私のせいね」
どこか遠いところを見つめて告げる姿に訳ありだと察する。何はともあれ自分は雇われたのだ、任務が終了するまでこのお嬢さんの話し相手をしていればいい。それに話し相手になっていれば好きにしていいとも言っていたのだ、こんなお気楽任務早々ないのだから休暇も兼ねていると決めつけ、お嬢さんへ話を振るのであった。
このお嬢さんと知り合って数日、随分打ち解けたと自負している。お嬢さんは御年二十三を迎える、かくして自分は十三。表向きの婚約者でいいのか疑念を抱くが、当主もお嬢さん本人も構わないと言っているのだからもう気にしない事にした。
お嬢さんは芸術が好きらしい、絵を描いている時の彼女は頬を赤く染めており、とても病人のようには見えない。それに描きあげられた作品を数点見せてもらったが、どれも目を引くものばかりで心が揺さぶられた。自分は粘土造形に精通しているが、芸術については深く考えた事がなかったので、新しい世界を見せてもらったと感動したのは記憶に新しい。彼女の手から作りだされる数々の世界に、のめり込んでいる自分がいるし、芸術を語り合うのがとても楽しくなっていた。始めは粘土造形の傍らで耳にしていただけだというのに、今はせがんで話せというのだから自分の心境の変化に驚きを隠せない。
「ねぇ、デイダラ。貴方は芸術って何だと思う?」
「うーん、それをオイラに聞くのか?」
お嬢さんと打ち解けてから口調が砕けるようになっていた。それに対してお嬢さんは嫌な顔をする事なく、貴方らしいと上品な笑みを浮かべた。こういう小さな仕草で生まれの違いを感じさせられるがそれが嫌だと思わなかったし、逆にこのお嬢さんだから許せるのだろうと思った。きっと違う人が相手ならば自分は顔を歪めるなりしていただろう。
芸術とは何だと問うてきたお嬢さんにわからないと素直に言えば、お嬢さんも答えが出ないのだと寂しく笑う。答えが知りたくて自分は絵を描き続けているかもしれないとも。彼女の絵は風景画が多い、時折人物画を描く事もある。しかし、不思議な事にお嬢さんが描く人物画は彼女とあまり年の変わらない男性ばかり。よくよく見れば皆似た雰囲気だ。何故男性ばかりなのかと聞いても、曖昧に笑うだけで一度として答えてはくれなかった。
さらに月日は進み、お嬢さんの病が進行した。医者の見立てではもういつ逝ってもおかしくないという。お嬢さんもそれを察しているのか、自分と一緒にいて欲しいと願う事が増えている。断る理由はないし、そもそも自分が此処にいるのは初めからそれが理由でもある。任務とはいえ病に侵されるお嬢さんに情が芽生えているし、少しでも彼女の願いを叶えてあげたい。
今までで一番青白い顔をして咳き込む姿に表情が歪み、胸がズキンと痛む。忍として今まで何人もの命を奪ってきたというのに、情念がある相手にはとんと弱くなるとは思いもしなかった。強く手を握りしめているとデイダラ……と苦しそうにお嬢さんが呼んだ。
「死を前に聞いて欲しい事があるの」
「……何でオイラが聞いてやらなきゃならないんだよ」
「貴方だからこそ聞いて欲しいの」
こんな事を貴方に頼むなんて迷惑だって分かっている。そういう彼女にイヤだと叫びたくなった、この話を終えたら彼女が逝ってしまいそうで。首を横に振って否定するも、彼女は困ったように笑うだけだ。お願いよと再度懇願する彼女についに折れた、表向きとはいえ今のオレは彼女の婚約者だ。何でも聞いてやると返せば安心したかのような、泣きそうな表情で呟いた。
「私が死んだら、机の中にある手紙を読んでほしい」
「わかった」
強く返事をすれば先程までの悲哀が消え穏やかな、それこそ今まで彼女が描いてきた絵のような美しさでこの世を去った。その儚い姿に身を震わせながら一つ、また一つと涙がとめどなく溢れる。胸を切り裂く大きな衝動に、自分は青子を想っていたのだと初めて自覚した。
お嬢さんが死んで任務は完了となり、報酬も支払われた。もう二度とこの屋敷に踏み入れる事はないだろうと背を向ける。手にはお嬢さんの遺言の手紙を持って。彼女の葬式に参列出来ぬ事が心残りであるが、自分は彼女の遺言通りこの手紙を読まねばならない。
屋敷から離れた街道の木の上に腰を落ち着けると、デイダラはカサリと音を立てて手紙を読み始めた。
『この手紙が読まれる頃にはもう自分はこの世に居ないのでしょう。
この手紙を読み終えたら燃やしてほしい。
この手紙に書かれるのは罪であり、私の懺悔でもある。』
青子は名家に生まれ、美しさと優しさを兼ね備えた当主自慢の娘であった。彼女は生まれながらに婚約者がおり、自分と同じように良いところの坊ちゃんで子供の時に対面は済んでいた。この人は将来の伴侶である、彼に恥ずかしくないような人であろうと彼女はその時強く重く心に誓った。すくすくと育ち、婚約者と良好な関係を築き、趣味を持ち、花嫁修業も欠かさない。青子は誰よりも婚約者を愛していたし、婚約者もまた青子を一等愛していた。仲睦まじい二人の姿に似合いの夫婦になると誰しもが確信していた。
無事祝言を済ませ、晴れて夫婦となった二人。新たな家を設け心から幸せな日々を送れるのだと信じてやまなかった。ついに彼女は二人の幸せの証を腹に身籠る。日に日に膨れる腹をゆったり撫でては、込み上げる愛しさを強く感じていた。しかし、不幸な事に腹の子が産声をあげる日は訪れなかった。いよいよ生まれる……早く我が子に会いたいと願う彼女に不治の病が振りかかったのだ。段々と弱る身体に彼女よりも先に腹の子の灯火が消えた。胎動を感じぬ事に彼女は蒼白する、もしや、いいやそんな筈がないと拭えぬ不安に駆られる日々。対面を迎えた時分、股から出た我が子が生暖かい血よりも冷たい事に気付いて慟哭した。何故、神は私ではなく我が子を連れて逝ってしまったのだと。
程なくして子を失った彼女を捨てて男は違う女を娶った。曰く病人は要らぬと。青子は気が狂いそうになった、いいや、もう狂っていたのかもしれない。あんなにも愛しあった旦那様が自分を置いていってしまうなんて…。泣き狂う彼女は氷の我が子を胸に抱きながら考え至った。我が子が戻ればあの人も帰ってきてくれる、そうすればあの穏やかな幸せな暮らしが再び出来るのだと。頭の隅では有り得ぬ事であると分かっていた、それでもそう思い込まねば己が己でいられなくなる。――逃げ道が欲しかったのだ。
意を決した青子は赤黒く染まる我が子の亡骸を一口、また一口と血の一滴も残さず食らい尽くした。再び我が身に宿ると信じて。
『我が子を食した私の罪は拭われる事はない。
あの人も帰ってきてはくれなかった。
けれどデイダラ、貴方と過ごした日々は私の心を随分と軽くしてくれた。
貴方のおかげで私は自分の罪を意識してあの世に逝ける。
最後に、私の事を忘れてほしい。
そして貴方には幸せになってほしい。
咎人である私の願いを聞き入れてくれるだろうか。』
「で、お前は未練たらたらって訳か」
「……別に何だっていいだろ」
「そこまで言うんだ、余程綺麗だったんだろなぁ。解き放たれた瞬間ってヤツが」
お前が魅せられるくらいにはな、と話を聞き終えたサソリが感想を漏らす。普段、芸術は永遠だと言いきるサソリにしては珍しく否定をしない。もしかしたら彼にも心当たりがあるのかもしれない、心を掴んで離さない強烈な何かが。
以前お嬢さんは自分に芸術は何だと問うた、今の自分ならはっきり言える。彼女の死に際に見せたあの解放こそが芸術であると。幾度、爆発を起こし、人々の解放される瞬間を見てきたが未だお嬢さんのあの
いつになったら己はあの耽美を手にする事が出来るのであろうか。
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