氷烏
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長い長いまどろみから目が覚めたように、サッカーは僕のこの先の人生からなくなっていくと突きつけられたことを、ふと思い出した。引退、という一言でまとめられてしまうほど、こぢんまりとした一片でいい表せるほど薄い時間ではなかったはずなのに。
その夢の中で一緒にサッカーをしていた烏……烏 旅人が危篤、という知らせを聞いた。それを教えてくれたのは、絵心だった。子供だった僕には、結果にしか興味かないように見えていたけど、務めを立派に果たした道具にはある程度の目をかけるくらいの甲斐性があるらしかった。
久しぶりに聞いた絵心の声は、ひどく老いていて、烏より先にこいつの方が危ういと思うくらいだった。あれだけ僕たちを煽った威勢のいい言葉回しもなく、淡々と病院名を告げられるだけだった。
「絵心さんも、元気で」
「ああ」
「まだ葬式には早いで」
「お前らにそんなこと言われるなんて、俺も老いたってことだな」
「絵心さんも人の子やったっちゅうことやな」
「何に見えてたんだよ」
「宇宙人かなあ」
あんな無茶苦茶言う大人、絵心さんが初めてだった。けどあの声聞いたら、まるで人間みたいだった。烏もそうかもしれない。夢の中の住人は、現実の人間みたいに嫌なことを言ったり、死んだり病気になったりしないし、優しい言葉(諸説ある)を掛け合うだけのあたたかくて柔らかな関係だけがあると思ったけど、そうでもないみたいだということを、引退という目覚めを経て、現実ってやつに身を置いてわかった。
「まあなんでもいいから、顔見てやってくれ」
「そのつもり」
お互いに通話の切り方がわからずまごついた。そういった周りの人が当たり前にできなくなる時、老いを感じる。
電車とバスを乗り継いで、(車は二年前に免許を返納してから乗れなくなった)やっと病院に着いた頃には面会時間の残りはあと三十分もなかった。けど何時間もあってもしんみりするだけだから逆に良かったのかもしれない。
病室の中にまで入る形ではなく、待合室に呼び出す形らしい。病室はプライベートな空間なので…という建て付けとのこと。
点滴を複数ぶら下げて、烏はヨボヨボ……という効果音がつきそうなくらい頼りなさげに歩いてきた。
「なんなん、そんな具合悪いなら言ってや」
「アホ、せっかくお客が来てるのやから、いいとこ見せな」
「いいとこなん?歩くことが?そんなに悪いんか」
「あー、もう全然悪い。走り回ってた頃が懐かしいわ」
「ええー」
「ええーやないでほんまに。お前、俺とそう歳変わらんのに病気ナシなん?」
「ナシやな……あでも目はだいぶダメや。司会欠けとる」
「ゲームやろ」
「そう。ウイイレで僕たちの黄金時代の時に出たやつ、ずっとやってん」
「湿っぽ! お前、そんなことするやつだったけか」
「そうだったみたいや。ジジイになるのも、サッカーできなくなるんも、平気やと思ってた」
「平気やないよな」
「ああ、もうできなくなって何十年も経つのに」
「そんな感じ……できなくなって果てるなら、いいと思てたよな」
「思てた思てた」
意図せず傷の舐め合いになってしまった。久しぶりに……というか引退してからは数えるくらいしか会っていなかったし、言葉を交わしたのもたくさんがいる会場で二言三言程度だったから、勢いづいて言わんでいいところまで言っている気がしている。
「烏、死ぬん?」
「直球やなー。まあ死ぬと思うわ」
「死ぬんか……ちょっとだけは寂しいかもしれん」
「ちょっとかい」
小突いてくる拳があんまりにも頼りなくて、それまた泣けてきた。
「うん。なんか、どんどん剥がれていく感じ」
「それはちょっとわかるなあ。俺ら世代のスーパースターが亡くなっていくの、剥がれてく感じだったわ」
でかいパーツが剥げそうで、ちょっと動揺していたのかもしれない。いつもはこんな直球で病人に死ぬか聞くなんてしないのに。
「何気に自分のこと、スーパースターっていうとらんか」
「氷織クンにとってのスーパースターやろ」
「調子乗んな、全然元気やないか」
「身体のどこがダメになっても、からかう筋は衰えんみたいやな」
「しっかり鍛えてるみたいやしな」
「かわいくねえジジイだな」
「お前や、お前!」
ほんの三十分、言葉を交わしただけだった。それなのに引退してから今までのささくれだった気持ちを共有して、言葉にし難いあたたかな気持ちになれた。誰にもいうつもりはなかったのに。サッカーができなくなって寂しい、なんて。
「烏さん、面会時間終わりですから、病室戻ってください」
「あー、もうそんな時間か。サッカー無しでも俺たち会話成立するんやな」
「そうみたいや。また来ようかな。ジジイおちょくるの結構おもろいわ。せっかくやから、土産持ってきてやるよ。なんか食いたいもんある?」
「せやなあ……俺もウイイレやりたいわ。最新のやつ」
「お、ええな。探したるわ」
「楽しみや」
帰りは車椅子に乗って帰って行った。見えなくなるまで見送る、なんてするような間柄じゃなかったのに、頭頂部がすっかり無い白髪頭が遠ざかるのをいつまでも見つめていた。
▼
訃報がいつくるか怯えていたけど、なんとかウイイレを渡せそうで良かった。
20260201
その夢の中で一緒にサッカーをしていた烏……烏 旅人が危篤、という知らせを聞いた。それを教えてくれたのは、絵心だった。子供だった僕には、結果にしか興味かないように見えていたけど、務めを立派に果たした道具にはある程度の目をかけるくらいの甲斐性があるらしかった。
久しぶりに聞いた絵心の声は、ひどく老いていて、烏より先にこいつの方が危ういと思うくらいだった。あれだけ僕たちを煽った威勢のいい言葉回しもなく、淡々と病院名を告げられるだけだった。
「絵心さんも、元気で」
「ああ」
「まだ葬式には早いで」
「お前らにそんなこと言われるなんて、俺も老いたってことだな」
「絵心さんも人の子やったっちゅうことやな」
「何に見えてたんだよ」
「宇宙人かなあ」
あんな無茶苦茶言う大人、絵心さんが初めてだった。けどあの声聞いたら、まるで人間みたいだった。烏もそうかもしれない。夢の中の住人は、現実の人間みたいに嫌なことを言ったり、死んだり病気になったりしないし、優しい言葉(諸説ある)を掛け合うだけのあたたかくて柔らかな関係だけがあると思ったけど、そうでもないみたいだということを、引退という目覚めを経て、現実ってやつに身を置いてわかった。
「まあなんでもいいから、顔見てやってくれ」
「そのつもり」
お互いに通話の切り方がわからずまごついた。そういった周りの人が当たり前にできなくなる時、老いを感じる。
電車とバスを乗り継いで、(車は二年前に免許を返納してから乗れなくなった)やっと病院に着いた頃には面会時間の残りはあと三十分もなかった。けど何時間もあってもしんみりするだけだから逆に良かったのかもしれない。
病室の中にまで入る形ではなく、待合室に呼び出す形らしい。病室はプライベートな空間なので…という建て付けとのこと。
点滴を複数ぶら下げて、烏はヨボヨボ……という効果音がつきそうなくらい頼りなさげに歩いてきた。
「なんなん、そんな具合悪いなら言ってや」
「アホ、せっかくお客が来てるのやから、いいとこ見せな」
「いいとこなん?歩くことが?そんなに悪いんか」
「あー、もう全然悪い。走り回ってた頃が懐かしいわ」
「ええー」
「ええーやないでほんまに。お前、俺とそう歳変わらんのに病気ナシなん?」
「ナシやな……あでも目はだいぶダメや。司会欠けとる」
「ゲームやろ」
「そう。ウイイレで僕たちの黄金時代の時に出たやつ、ずっとやってん」
「湿っぽ! お前、そんなことするやつだったけか」
「そうだったみたいや。ジジイになるのも、サッカーできなくなるんも、平気やと思ってた」
「平気やないよな」
「ああ、もうできなくなって何十年も経つのに」
「そんな感じ……できなくなって果てるなら、いいと思てたよな」
「思てた思てた」
意図せず傷の舐め合いになってしまった。久しぶりに……というか引退してからは数えるくらいしか会っていなかったし、言葉を交わしたのもたくさんがいる会場で二言三言程度だったから、勢いづいて言わんでいいところまで言っている気がしている。
「烏、死ぬん?」
「直球やなー。まあ死ぬと思うわ」
「死ぬんか……ちょっとだけは寂しいかもしれん」
「ちょっとかい」
小突いてくる拳があんまりにも頼りなくて、それまた泣けてきた。
「うん。なんか、どんどん剥がれていく感じ」
「それはちょっとわかるなあ。俺ら世代のスーパースターが亡くなっていくの、剥がれてく感じだったわ」
でかいパーツが剥げそうで、ちょっと動揺していたのかもしれない。いつもはこんな直球で病人に死ぬか聞くなんてしないのに。
「何気に自分のこと、スーパースターっていうとらんか」
「氷織クンにとってのスーパースターやろ」
「調子乗んな、全然元気やないか」
「身体のどこがダメになっても、からかう筋は衰えんみたいやな」
「しっかり鍛えてるみたいやしな」
「かわいくねえジジイだな」
「お前や、お前!」
ほんの三十分、言葉を交わしただけだった。それなのに引退してから今までのささくれだった気持ちを共有して、言葉にし難いあたたかな気持ちになれた。誰にもいうつもりはなかったのに。サッカーができなくなって寂しい、なんて。
「烏さん、面会時間終わりですから、病室戻ってください」
「あー、もうそんな時間か。サッカー無しでも俺たち会話成立するんやな」
「そうみたいや。また来ようかな。ジジイおちょくるの結構おもろいわ。せっかくやから、土産持ってきてやるよ。なんか食いたいもんある?」
「せやなあ……俺もウイイレやりたいわ。最新のやつ」
「お、ええな。探したるわ」
「楽しみや」
帰りは車椅子に乗って帰って行った。見えなくなるまで見送る、なんてするような間柄じゃなかったのに、頭頂部がすっかり無い白髪頭が遠ざかるのをいつまでも見つめていた。
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訃報がいつくるか怯えていたけど、なんとかウイイレを渡せそうで良かった。
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