茶渡泰虎
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井上さんが黒崎さんになったことを聞いた。
天真爛漫、という言葉が合うようでどこか湿っぽい陰がある不思議な子だった。普段の私からだと気が合いそうにもないのに、バイト先が一緒だった縁があって今でも時々、どちらともなく連絡を取って会っている。
「へー、黒崎くんと。よかったね」
「うん。お腹に赤ちゃんいるんだ」
「おお、ダブルでめでたいね」
「ありがとう。敦子ちゃん。敦子ちゃんは茶渡くんと最近会ってるの」
「うーん、結婚の前におじいさんのお墓まで行ってきたんだけど、帰ってきてから私が具合悪くしててさ、その間は会ってた」
「いまは会ってないのね」
「そう、まあでも毎日いつもべったりしたいわけでもないから、いいんだけど」
「そっか。どうだった?メキシコ」
「いいところだったよ。気候も、ご飯も……人も」
「楽しかったみたいでよかった」
「うん、やちが楽しそうだった」
「家ではやちって呼んでるんだ、かわいい」
「うん。いまはちゃん、をち、って呼ぶこともあるみたいで、真似してみた」
「反応するの?茶渡くんは」
「うん。のそーってこっち見るよ」
「想像つくなぁ、大きい身体なのに、行動が小動物っぽいときあるんだよね」
「そうそう」
織姫はノンカフェインのコーヒーをすすって、いろんなことがあったけど、平和ってうれしいな〜、と呟いた。
「とんでもない冒険があった、ってことだけはわかるよ」
「……本当にいろいろなことがあったんだけど、みんな、お仕事に就いて、家族がいて、友達がいて……夢見てたフツウの暮らしに戻れたなーって思うの」
「こっちに戻ってよかったの?救った世界のほうにいたら英雄でしょ?」
「あっちにも大切なお友達がたくさんいるけど、やっぱりパン屋さんはこっちにしかないし」
「パン屋かい。決め手。でも変わらず美味しいよね、あそこのパン屋。続いてくれてうれしいや」
「思い出の場所だもんね。そうだ、もしこの後予定大丈夫ならパン買って帰ろうよ」
「いいね!懐かしい。最近全然行ってなかった」
————
「ね、敦子ちゃん。もうバターの香りがするね」
「働いてる時は必死であんまり考えなかったけど結構……誘惑だね」
「ね!」
「織姫飛び跳ねないで!!」
「あっそうだった。黒崎くんにもよく言われるの」
「黒崎くんと結婚できてよかったなぁ織姫……」
「うん!」
ぴかぴかの笑顔でまた飛び跳ねる前のタメにはいったので、手を繋いだ。織姫が人の親かあ……としみじみと感動した。
店内は私らが働いていたときより古びてはいたが、商品は変わらずだった。
「わー、懐かしい」
「ね、ここ、織姫が転んでもパンをひっくり返さなかった伝説の棚だよ」
「で、伝説だったの……」
「そうだよー。曲芸みたいですごかったんだから」
——
大家族か?というくらいパンを買った織姫と、パンを食べるのは私くらいなのでちょっとだけ買った私。パン屋からは反対方向なので、また会おうね!と今生の別れかというくらいドラマチックに別れて帰っていく。
「敦子」
「え?あ、走ってたの」
「ああ」
突然大男に話しかけられてびっくりしてしまったが、茶渡だった。夕闇に紛れると怖さが増す気がする。
「織姫と会ってきて、昔バイトしてたパン屋行ってきた。食べる?」
「懐かしい。食べたい」
「やちもこのパン知ってるの?」
「ああ、昔井上がみんなにパンを持ってきてくれたり、届けてくれたこともあった」
「思ったよりはっきり知ってるんだ」
「店にも行ったことがあって、敦子のこともそこで知った」
「え!その時?私はまったく記憶にないなあ……」
「俺だけか」
「はは、すねないで。コーヒー入れてパン食べよう。甘いやつ」
自分よりだいぶ大きな手を取って歩き出す。私の歩幅に合わせているので大変そうだけど、なんかうれしそうなのでいいかな、と思う。アスリートなのでここまでやれば結果につながるというわけでもないので、茶渡は起きている時間のほとんどを鍛錬に費やしている。それに不満はない。周りからは寂しくない?など聞かれるが、帰ってくる場所がここであればいい。どこか遠い世界での戦いの後でも、何でも。実直な茶渡はここに帰ってくる。
それに加えて、うれしそうな顔も見られる。そりゃあ、そういうスポーツだからって茶渡が殴られているのを見るのはいい気がしないけど、あまり表情が見えにくい茶渡がうれしそうにしているのは、私もうれしい。
彼らがしてきたことに比べるとあまりにもささやかに見えるだろうが、そういう鮮やかな平穏を選び取ったのだから、それを嗤うやつはいないだろう。皆、穏やかにほほえみながらあたたかな日常を尊いと思えるだろう。
20260104
天真爛漫、という言葉が合うようでどこか湿っぽい陰がある不思議な子だった。普段の私からだと気が合いそうにもないのに、バイト先が一緒だった縁があって今でも時々、どちらともなく連絡を取って会っている。
「へー、黒崎くんと。よかったね」
「うん。お腹に赤ちゃんいるんだ」
「おお、ダブルでめでたいね」
「ありがとう。敦子ちゃん。敦子ちゃんは茶渡くんと最近会ってるの」
「うーん、結婚の前におじいさんのお墓まで行ってきたんだけど、帰ってきてから私が具合悪くしててさ、その間は会ってた」
「いまは会ってないのね」
「そう、まあでも毎日いつもべったりしたいわけでもないから、いいんだけど」
「そっか。どうだった?メキシコ」
「いいところだったよ。気候も、ご飯も……人も」
「楽しかったみたいでよかった」
「うん、やちが楽しそうだった」
「家ではやちって呼んでるんだ、かわいい」
「うん。いまはちゃん、をち、って呼ぶこともあるみたいで、真似してみた」
「反応するの?茶渡くんは」
「うん。のそーってこっち見るよ」
「想像つくなぁ、大きい身体なのに、行動が小動物っぽいときあるんだよね」
「そうそう」
織姫はノンカフェインのコーヒーをすすって、いろんなことがあったけど、平和ってうれしいな〜、と呟いた。
「とんでもない冒険があった、ってことだけはわかるよ」
「……本当にいろいろなことがあったんだけど、みんな、お仕事に就いて、家族がいて、友達がいて……夢見てたフツウの暮らしに戻れたなーって思うの」
「こっちに戻ってよかったの?救った世界のほうにいたら英雄でしょ?」
「あっちにも大切なお友達がたくさんいるけど、やっぱりパン屋さんはこっちにしかないし」
「パン屋かい。決め手。でも変わらず美味しいよね、あそこのパン屋。続いてくれてうれしいや」
「思い出の場所だもんね。そうだ、もしこの後予定大丈夫ならパン買って帰ろうよ」
「いいね!懐かしい。最近全然行ってなかった」
————
「ね、敦子ちゃん。もうバターの香りがするね」
「働いてる時は必死であんまり考えなかったけど結構……誘惑だね」
「ね!」
「織姫飛び跳ねないで!!」
「あっそうだった。黒崎くんにもよく言われるの」
「黒崎くんと結婚できてよかったなぁ織姫……」
「うん!」
ぴかぴかの笑顔でまた飛び跳ねる前のタメにはいったので、手を繋いだ。織姫が人の親かあ……としみじみと感動した。
店内は私らが働いていたときより古びてはいたが、商品は変わらずだった。
「わー、懐かしい」
「ね、ここ、織姫が転んでもパンをひっくり返さなかった伝説の棚だよ」
「で、伝説だったの……」
「そうだよー。曲芸みたいですごかったんだから」
——
大家族か?というくらいパンを買った織姫と、パンを食べるのは私くらいなのでちょっとだけ買った私。パン屋からは反対方向なので、また会おうね!と今生の別れかというくらいドラマチックに別れて帰っていく。
「敦子」
「え?あ、走ってたの」
「ああ」
突然大男に話しかけられてびっくりしてしまったが、茶渡だった。夕闇に紛れると怖さが増す気がする。
「織姫と会ってきて、昔バイトしてたパン屋行ってきた。食べる?」
「懐かしい。食べたい」
「やちもこのパン知ってるの?」
「ああ、昔井上がみんなにパンを持ってきてくれたり、届けてくれたこともあった」
「思ったよりはっきり知ってるんだ」
「店にも行ったことがあって、敦子のこともそこで知った」
「え!その時?私はまったく記憶にないなあ……」
「俺だけか」
「はは、すねないで。コーヒー入れてパン食べよう。甘いやつ」
自分よりだいぶ大きな手を取って歩き出す。私の歩幅に合わせているので大変そうだけど、なんかうれしそうなのでいいかな、と思う。アスリートなのでここまでやれば結果につながるというわけでもないので、茶渡は起きている時間のほとんどを鍛錬に費やしている。それに不満はない。周りからは寂しくない?など聞かれるが、帰ってくる場所がここであればいい。どこか遠い世界での戦いの後でも、何でも。実直な茶渡はここに帰ってくる。
それに加えて、うれしそうな顔も見られる。そりゃあ、そういうスポーツだからって茶渡が殴られているのを見るのはいい気がしないけど、あまり表情が見えにくい茶渡がうれしそうにしているのは、私もうれしい。
彼らがしてきたことに比べるとあまりにもささやかに見えるだろうが、そういう鮮やかな平穏を選び取ったのだから、それを嗤うやつはいないだろう。皆、穏やかにほほえみながらあたたかな日常を尊いと思えるだろう。
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