狛恋
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開いた障子と障子の間から見える景色が、私が見られるものの全てだった。
そこに差し入る人がお父さんか、お母さんかであるかの違いだけで。
なんのために生まれてきたのか全然わからなかった。他人に迷惑をかけて、手間をかけさせて生きるしかない自分が嫌で嫌で仕方なかった。両親を助けて生活できている人が羨ましい。私も道場の掃除をしたり、料理をしたりして楽させてあげたい。
こんな、布団に張り付いて空を眺めて時々咳き込むだけの人生、いつまで続けないといけないのかな。ずっとこのままなら、私なんて早くいなくなったほうが、みんな楽なんじゃないかな。
自分がいなくなった後、お父さんは再婚して、元気な子供に恵まれて……なんて夢を見た日には身体に力が入らないはずなのに飛び起きて、すぐに転げて、お父さんを起こしてしまった。
「どうしたんだ恋雪、顔が土色だ。いつもは青なのに」
怖い夢を見たの、と言ったなら話を聞いて私が眠るまでそばにいてくれる優しいお父さんなのに、頼れなかった。もうこれ以上、私がいる意味を失いたくなくて。
なんてことばかり考えていたから、入水することも考えたことがある。お母さんはそうしたから。私だって、私のせいで傷ついて疲れ切っていく人のこと見たいわけない。
ある時、お父さんがなんの前ぶれもなく連れてきた若い男の人が、文字通り私の世界を広げてくれた。風体は怖いのに、行動が怖くない、不思議な人だった。
病人の世話なんて、面倒がって放り出しそうと思っていたけど、とっても甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。最初こそ、何をするにも遠慮遠慮で、厠に行きたい、すら言えなかった。
狛治さんは、怒鳴るでも床を殴るでもなく、持っているお手玉を私の掌にぽと、ぽとと落として滔々と説教をした。
「病人が、遠慮を、しないで、ください」
二つのお手玉が掌を打つ感触と、遊びのような動きなのに表情が悲しいんだか怒っているんだかわからなくて、戸惑った。狛治さんは私にどうしてほしいんだろう。鍛錬だけしていたいだろうに、時間を奪ってしまっているのは私なのに、なんで遠慮しないでほしいのかわからない。
「鍛錬は、いいの?」
「いいわけじゃないですが、恋雪さんが眠っている間でもできますから」
「でも、ここに座っているより、お父さんと打ち合った方が」
「俺が、自分の意思でここにいるから、いいんです」
「変なの……」
「変……遠慮するな、っていうのは変でしょうか」
「変じゃない……不思議……かな? 元気な人の時間を奪うのが悲しい気持ちがあったけど、狛治さんは……」
「そう、俺はいいんです。俺がそうしたいから、するんです」
「へ……」
「変な、って言おうとしましたね」
「ばれちゃった」
掌の中にある二つのお手玉を、狛治さんの膝に落としてみた。シャリ、という蕎麦殻が擦れる音が妙に気になった。
「お手玉、自分で作ったんですか?」
「ええ」
「男の人で、お裁縫できるの珍しいですね」
「男だからと針仕事から逃れられるのは武士くらいでしょう」
「お父さんはじゃあ、手先が器用じゃなかっただけかしら」
「そうみたいですね。この前、恋雪さんの浴衣を繕った跡を見つけました」
「あれはよくできている方だから、言わないであげて」
「……」
思い当たるところがあるのか、狛治さんは渋い顔をした。
ああ、楽しい。
他の人からしたら、ささやかすぎて他の幸せと比べて忘れ去っていくようなものだろうけど、後から思い返して一人でくすくす笑ってしまうほど。
楽しい時は、生きる意味なんて深く考えたりしない。ただただ、この時間が長く続くといいなと頭の片隅にあって、自分から終えたいだなんて思いつきもしない。
ざわざわと揺れる木々が、洗濯物をゆらしている。物干しが壊れていないか点検をしている狛治さんの背中が見える。
「狛治さん、狛治さんはこの生活、好きですか?」
「……それなりに、楽しく過ごしていますよ」
「ほんとですか? 私も、狛治さんが来てからとっても、楽しいの」
「それは何よりです」
「私も起き上がれるようになったら、洗濯物、干してみたいな」
「嫌というほど干してくださいね。草子の姑くらい家事を言いつけますから」
「わあ、たのしみ」
「笑っていられるのも今のうちですよ、恋雪さん」
「きゃあ、怖いわ」
けらけら笑う私をみて、狛治さんはあまり表情が変わらないけど、少し笑ったように見えた。
ああ、幸せ。
ずっとずっと未来でも、私がおばあちゃんになってもこのことは忘れずにいたい。
20250830
そこに差し入る人がお父さんか、お母さんかであるかの違いだけで。
なんのために生まれてきたのか全然わからなかった。他人に迷惑をかけて、手間をかけさせて生きるしかない自分が嫌で嫌で仕方なかった。両親を助けて生活できている人が羨ましい。私も道場の掃除をしたり、料理をしたりして楽させてあげたい。
こんな、布団に張り付いて空を眺めて時々咳き込むだけの人生、いつまで続けないといけないのかな。ずっとこのままなら、私なんて早くいなくなったほうが、みんな楽なんじゃないかな。
自分がいなくなった後、お父さんは再婚して、元気な子供に恵まれて……なんて夢を見た日には身体に力が入らないはずなのに飛び起きて、すぐに転げて、お父さんを起こしてしまった。
「どうしたんだ恋雪、顔が土色だ。いつもは青なのに」
怖い夢を見たの、と言ったなら話を聞いて私が眠るまでそばにいてくれる優しいお父さんなのに、頼れなかった。もうこれ以上、私がいる意味を失いたくなくて。
なんてことばかり考えていたから、入水することも考えたことがある。お母さんはそうしたから。私だって、私のせいで傷ついて疲れ切っていく人のこと見たいわけない。
ある時、お父さんがなんの前ぶれもなく連れてきた若い男の人が、文字通り私の世界を広げてくれた。風体は怖いのに、行動が怖くない、不思議な人だった。
病人の世話なんて、面倒がって放り出しそうと思っていたけど、とっても甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。最初こそ、何をするにも遠慮遠慮で、厠に行きたい、すら言えなかった。
狛治さんは、怒鳴るでも床を殴るでもなく、持っているお手玉を私の掌にぽと、ぽとと落として滔々と説教をした。
「病人が、遠慮を、しないで、ください」
二つのお手玉が掌を打つ感触と、遊びのような動きなのに表情が悲しいんだか怒っているんだかわからなくて、戸惑った。狛治さんは私にどうしてほしいんだろう。鍛錬だけしていたいだろうに、時間を奪ってしまっているのは私なのに、なんで遠慮しないでほしいのかわからない。
「鍛錬は、いいの?」
「いいわけじゃないですが、恋雪さんが眠っている間でもできますから」
「でも、ここに座っているより、お父さんと打ち合った方が」
「俺が、自分の意思でここにいるから、いいんです」
「変なの……」
「変……遠慮するな、っていうのは変でしょうか」
「変じゃない……不思議……かな? 元気な人の時間を奪うのが悲しい気持ちがあったけど、狛治さんは……」
「そう、俺はいいんです。俺がそうしたいから、するんです」
「へ……」
「変な、って言おうとしましたね」
「ばれちゃった」
掌の中にある二つのお手玉を、狛治さんの膝に落としてみた。シャリ、という蕎麦殻が擦れる音が妙に気になった。
「お手玉、自分で作ったんですか?」
「ええ」
「男の人で、お裁縫できるの珍しいですね」
「男だからと針仕事から逃れられるのは武士くらいでしょう」
「お父さんはじゃあ、手先が器用じゃなかっただけかしら」
「そうみたいですね。この前、恋雪さんの浴衣を繕った跡を見つけました」
「あれはよくできている方だから、言わないであげて」
「……」
思い当たるところがあるのか、狛治さんは渋い顔をした。
ああ、楽しい。
他の人からしたら、ささやかすぎて他の幸せと比べて忘れ去っていくようなものだろうけど、後から思い返して一人でくすくす笑ってしまうほど。
楽しい時は、生きる意味なんて深く考えたりしない。ただただ、この時間が長く続くといいなと頭の片隅にあって、自分から終えたいだなんて思いつきもしない。
ざわざわと揺れる木々が、洗濯物をゆらしている。物干しが壊れていないか点検をしている狛治さんの背中が見える。
「狛治さん、狛治さんはこの生活、好きですか?」
「……それなりに、楽しく過ごしていますよ」
「ほんとですか? 私も、狛治さんが来てからとっても、楽しいの」
「それは何よりです」
「私も起き上がれるようになったら、洗濯物、干してみたいな」
「嫌というほど干してくださいね。草子の姑くらい家事を言いつけますから」
「わあ、たのしみ」
「笑っていられるのも今のうちですよ、恋雪さん」
「きゃあ、怖いわ」
けらけら笑う私をみて、狛治さんはあまり表情が変わらないけど、少し笑ったように見えた。
ああ、幸せ。
ずっとずっと未来でも、私がおばあちゃんになってもこのことは忘れずにいたい。
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