雑渡昆奈門
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ぜいたくに薪を燃やして風呂に入ったのに、濡れた髪が乾かずすぐに底冷えしてしまった。霜焼けにならないよう、足先を手拭いと綿入りの室内用の靴で守ったけど、他はどうにもならなかった。
冷え切った身体を丸めて囲炉裏の前で暖をとっていると、なんの物音もなく引き戸が開いて、彼が帰ってきた。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
私が立ち上がって手拭いの束を渡して、その一つで誰かの血であろう液体をぬぐおうとすると、遮られた。
「いいよ、せっかく風呂に入ったのに汚れるよ」
「でももう冷えてしまったから、また入るつもりです」
「お湯はまだあたたかいの」
「あなたが戻られたらまたお湯を換えて温めてくださる優しい部下の方がいるかな?と思っています」
「ちゃっかりしてるね、敦子は。でもその方がいいと思うよ。唇が紫色になってる」
「寒いです」
「なかなか乾かすのうまくならないね」
「ねぇ、いつもあなたにお願いしてたから自分では上手くできなくて」
「甘ったれて……心配だよ」
ため息とともに血でぐっしょりと濡れた手拭いを桶に放っていく。
「これまたすごい血。スプラッタでしたね」
「そんな感じだった。これでもちょっと落としてきたんだけどね」
「風呂場で拭った方が居間が汚れないので、脱衣所に行きましょ」
「そうだね」
▼
「寒いな」
「でも、部下の人たちが火鉢用意してくださってたのでまだマシかなと」
「おお、気がきくね」
「慕われてるんですね」
「そうだとうれしいけど」
汚れた服を桶に入れて、血が寒さで固まらないよう、用意しておいたお湯を入れた。
「うわー生臭い」
「これはしょうがないです。先に入っててください」
「はーい」
素直ないい返事を残して風呂場に消えていった。今度は足音がする。
雪あかりと蝋燭の火だけで、あの人が隠している素顔と身体が全て見えてしまう。
最初こそ嫌がって私にすら隠していたけど、最近は皮膚が攣らないように保湿剤を塗るよう頼まれるようになった。あの人に頼られるとなぜだかうれしい。あの、部下以外の人に興味を示さない人に大切に関わられると心が温まるのを感じる。
皮膚と肉と、包帯を巻き込んでしまった皮膚とが混在している体表は、温度調整がうまくいかないとのことで長湯はしない。痒くなってしまうという。
「敦子、入らないの」
「もういきます。血が固まると落ちないんですよ。ちゃんとあたためておかないと」
「そうなんだ、いつもありがとね」
「いいえ、血の匂いを残しておいていいことありませんからね」
「うわー寒い。湯桶狭いんですからもっとつめてください」
「と、言われてもねえ……」
半ば無理やり湯桶に二人入ると、顔がいつもより近くにあって緊張してしまう。添い寝する時はあっちはさっさと寝てしまうし、意識があるときにこんなに近寄ったことがない。
「あったまるねぇ」
「そ、そうですね!」
「僕あったまりすぎちゃうとダメだから先に上がるね。上がってきたら背中に塗って」
「はーい」
一緒にお風呂入る、なんていう心臓はちきれそうなドキドキイベントを、あっちはなんとも思ってなさそうなのがまた腹立つ。おかげさまでご飯たくさん食べてムチムチしてていい身体なのに。いつもよりネットリいやらしく塗ってやったけど通じてないし。
▼
「おいで、髪の毛やってあげる」
「わーい、ありがとうございます」
大きなあぐらの上に収まってしまった。いつも大男だということを意識する機会が少ないけど、こういう時に私よりずっと大きくて強い生き物が世話を焼いてくれているんだな、と思い出す。この人だってエライヒトなんだから、妻だからって世話なんて焼かずに使用人にやらせたっていい。そうしてないのだから、なんらかの情があると信じてもいいはずだ。
いわゆるオトナの関係になってみたい気持ちと、こうして庇護しあうやわらかくて温かな関係も素敵だな、なんて思ってしまう自分がいる。
「髪が長いのは素敵だけど、手間がかかって大変だね」
「手間なのは私じゃないし、大丈夫です!」
「それ大丈夫って言わなくない? まあいいけど……」
風呂上がりの温かな体温に眠気が襲ってくる。髪の毛を乾かしてもらいながら寝てしまうのは悪い気がしてウトウトしながらもどうにか起きていた。
「寝てもいいよ。運んであげる」
「起きた時、居てくれます? 結構さびしいんです。夜あなたの腕の中で眠ったはずなのに、起きたら一人なの」
「今日はそうできるはずだよ」
「なら、すみませんけど、寝ます……」
▼
眠ってしまった敦子の身体を抱えて、囲炉裏の火が放つ熱が足を冷やさないように当ててやる。手でさすっていると温まってきて安心した。夜中に容赦なく冷えた足を当ててくるのだから自分のためでもある。
雪あかりと囲炉裏の火の灯りで、僕の身体や顔の醜い凹凸がいつもよりしっかり見えていたはずなのに、いつもと変わらない様子だった。見慣れているはずの部下たちでも身体の火傷を見るとぎょっとしてしまって驚かせてしまうのに。
敦子になんのメリットもない関係であるはずなのに献身的な敦子の態度に疑いの目を向けていたり、お互い気軽に手放せるほうがいいだろうと考えていたけど、僕がそんなに余裕持っていられなさそうだ。この胸が詰まったような苦しい気持ちを解放させたくて仕方がない。ぷーすか寝てる場合じゃないよ。
敦子が干してくれた布団に敦子を寝かせて、抱えるように横になるともそもそと寄ってくる。額にそっと唇を寄せてみたけど起きるそぶりはない。
20250201
冷え切った身体を丸めて囲炉裏の前で暖をとっていると、なんの物音もなく引き戸が開いて、彼が帰ってきた。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
私が立ち上がって手拭いの束を渡して、その一つで誰かの血であろう液体をぬぐおうとすると、遮られた。
「いいよ、せっかく風呂に入ったのに汚れるよ」
「でももう冷えてしまったから、また入るつもりです」
「お湯はまだあたたかいの」
「あなたが戻られたらまたお湯を換えて温めてくださる優しい部下の方がいるかな?と思っています」
「ちゃっかりしてるね、敦子は。でもその方がいいと思うよ。唇が紫色になってる」
「寒いです」
「なかなか乾かすのうまくならないね」
「ねぇ、いつもあなたにお願いしてたから自分では上手くできなくて」
「甘ったれて……心配だよ」
ため息とともに血でぐっしょりと濡れた手拭いを桶に放っていく。
「これまたすごい血。スプラッタでしたね」
「そんな感じだった。これでもちょっと落としてきたんだけどね」
「風呂場で拭った方が居間が汚れないので、脱衣所に行きましょ」
「そうだね」
▼
「寒いな」
「でも、部下の人たちが火鉢用意してくださってたのでまだマシかなと」
「おお、気がきくね」
「慕われてるんですね」
「そうだとうれしいけど」
汚れた服を桶に入れて、血が寒さで固まらないよう、用意しておいたお湯を入れた。
「うわー生臭い」
「これはしょうがないです。先に入っててください」
「はーい」
素直ないい返事を残して風呂場に消えていった。今度は足音がする。
雪あかりと蝋燭の火だけで、あの人が隠している素顔と身体が全て見えてしまう。
最初こそ嫌がって私にすら隠していたけど、最近は皮膚が攣らないように保湿剤を塗るよう頼まれるようになった。あの人に頼られるとなぜだかうれしい。あの、部下以外の人に興味を示さない人に大切に関わられると心が温まるのを感じる。
皮膚と肉と、包帯を巻き込んでしまった皮膚とが混在している体表は、温度調整がうまくいかないとのことで長湯はしない。痒くなってしまうという。
「敦子、入らないの」
「もういきます。血が固まると落ちないんですよ。ちゃんとあたためておかないと」
「そうなんだ、いつもありがとね」
「いいえ、血の匂いを残しておいていいことありませんからね」
「うわー寒い。湯桶狭いんですからもっとつめてください」
「と、言われてもねえ……」
半ば無理やり湯桶に二人入ると、顔がいつもより近くにあって緊張してしまう。添い寝する時はあっちはさっさと寝てしまうし、意識があるときにこんなに近寄ったことがない。
「あったまるねぇ」
「そ、そうですね!」
「僕あったまりすぎちゃうとダメだから先に上がるね。上がってきたら背中に塗って」
「はーい」
一緒にお風呂入る、なんていう心臓はちきれそうなドキドキイベントを、あっちはなんとも思ってなさそうなのがまた腹立つ。おかげさまでご飯たくさん食べてムチムチしてていい身体なのに。いつもよりネットリいやらしく塗ってやったけど通じてないし。
▼
「おいで、髪の毛やってあげる」
「わーい、ありがとうございます」
大きなあぐらの上に収まってしまった。いつも大男だということを意識する機会が少ないけど、こういう時に私よりずっと大きくて強い生き物が世話を焼いてくれているんだな、と思い出す。この人だってエライヒトなんだから、妻だからって世話なんて焼かずに使用人にやらせたっていい。そうしてないのだから、なんらかの情があると信じてもいいはずだ。
いわゆるオトナの関係になってみたい気持ちと、こうして庇護しあうやわらかくて温かな関係も素敵だな、なんて思ってしまう自分がいる。
「髪が長いのは素敵だけど、手間がかかって大変だね」
「手間なのは私じゃないし、大丈夫です!」
「それ大丈夫って言わなくない? まあいいけど……」
風呂上がりの温かな体温に眠気が襲ってくる。髪の毛を乾かしてもらいながら寝てしまうのは悪い気がしてウトウトしながらもどうにか起きていた。
「寝てもいいよ。運んであげる」
「起きた時、居てくれます? 結構さびしいんです。夜あなたの腕の中で眠ったはずなのに、起きたら一人なの」
「今日はそうできるはずだよ」
「なら、すみませんけど、寝ます……」
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眠ってしまった敦子の身体を抱えて、囲炉裏の火が放つ熱が足を冷やさないように当ててやる。手でさすっていると温まってきて安心した。夜中に容赦なく冷えた足を当ててくるのだから自分のためでもある。
雪あかりと囲炉裏の火の灯りで、僕の身体や顔の醜い凹凸がいつもよりしっかり見えていたはずなのに、いつもと変わらない様子だった。見慣れているはずの部下たちでも身体の火傷を見るとぎょっとしてしまって驚かせてしまうのに。
敦子になんのメリットもない関係であるはずなのに献身的な敦子の態度に疑いの目を向けていたり、お互い気軽に手放せるほうがいいだろうと考えていたけど、僕がそんなに余裕持っていられなさそうだ。この胸が詰まったような苦しい気持ちを解放させたくて仕方がない。ぷーすか寝てる場合じゃないよ。
敦子が干してくれた布団に敦子を寝かせて、抱えるように横になるともそもそと寄ってくる。額にそっと唇を寄せてみたけど起きるそぶりはない。
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