立花仙蔵
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※死をテーマにしてます
どれだけ大切にしていても失うときは一瞬で、それでいて深く鋭く痛みを残していく。
敦子は、忍術学園の同期だった。優秀なくのいちでありながらも穏やかな性格で、皆に愛されていた。いまだに訃報が届いていなかった遠方の旧友が郷に帰ってきて訃報を知ったと、泣いて線香をあげさせてほしいと訪ねてくるくらいには。
死体は見ない方がいい、と言われたので見ないことにした。記憶の中、彼女を思い出すときの顔は安心しきった寝顔だったり、祝言をあげたとき角隠しから見えたはにかみ笑顔だったり、そういった顔がいい。くのいちの最期なんて、ろくでもないこと想像に難くない。
危険を理解していながら、彼女を忍を辞めさせられなかった。何度も説得して家に入れようとしたが、「弱いと奪われるだけだから」と聞き入れることはなかった。
『弱いと奪われるだけ』
彼女が真実と信じるだけの理由があったのだと想像がつく。そして、我が身に起こってみて初めて、それが真実であると身に染みて理解する。
彼女の実力が及ばなかったから、私の説得が足りなかったから、奪われた。奪う側であったときもあったはずだが、そのことで怒りや悲しみに似た激情が収まることはない。
二人用、そして今後人数が増えてもと借りた長屋の広さが気に障る。彼女が遺した着物、櫛、紅など。鏡についた指紋がそのまま残っている。マメな性格な彼女は拭う時間がなくてあわてて家を出たんだろう。それを私が見て懐かしんでいるなんて、想像できなかっただろう。
彼女だって、まさかここに生きて帰ることが叶わないなんて思ってもみなかったはずだ。
ここからどう生きていけというのか。
位牌なんて金持ちしか持てないから、彼女の遺品を並べてみては思いを馳せることしかできない。冬の野には花が咲かないから供えることもできない。何か彼女のためにしないと気が休まらないというか、まぎれない。もう彼女は生きてるまま戻らないという事実に目を向けないために、死んでしまってから彼女のためにと躍起になってできることを探している。
自分でも滑稽だとわかっている。何にもならない、自分への慰めであることもわかってる。
皆気を遣って訪ねてきて食べることができているか見にきてくれたり、家に招いてくれたり散歩に連れ出してくれたりしててるが、そこまでして命永らえる意味が今は腹に落ちてこない。
命を軽視するなんて、きっと敦子は珍しく声を荒げて怒るだろう……そんな想像ですらいまは傷になってしまう。
怒るでも泣くでもいい、声が聞きたい。
弱いと、奪われる。
敦子はもっとほかに心温まる言葉をかけてくれていたはずなのに、そのことばかりが脳裏をかすめる。
記憶の中の敦子がうすれていく。声が、好きだった季節が、何に悲しんだか、怒ったか、喜んだか。ぼんやりと過ごしすぎていた。幸せは失ってから気づくというが、それも真実だった。失ってから気づき、そしてその幸せが崩れて断片だけしか残すことができない。
彼女を埋めたところの側に、目印にした石がある。
そこにはまだ行けていない。彼女が好きだった茄子の漬物ができる季節には、気持ちの落とし所がついていてほしい。
胸に満ちている昏いもの、正体はなんだろうか。こちらに何が起きたとしても陽が昇り、月が巡ってくる。彼女は土に還り、俺もいつかそうなる。当たり前のめぐりあわせであるはずなのに、こんなにも鮮烈に苦しいのか。
冷静に、世の中そういうふうにできているからと飲み込むにはあまりに冷たい現実に目が眩む。男なのに情けないと笑うことがなかったひとだった。だからきっと私があっちにいったとしても再会を喜んでくれるだろう。そんな温かな妄想で心を鎮めることしか、今はできない。
20250117
どれだけ大切にしていても失うときは一瞬で、それでいて深く鋭く痛みを残していく。
敦子は、忍術学園の同期だった。優秀なくのいちでありながらも穏やかな性格で、皆に愛されていた。いまだに訃報が届いていなかった遠方の旧友が郷に帰ってきて訃報を知ったと、泣いて線香をあげさせてほしいと訪ねてくるくらいには。
死体は見ない方がいい、と言われたので見ないことにした。記憶の中、彼女を思い出すときの顔は安心しきった寝顔だったり、祝言をあげたとき角隠しから見えたはにかみ笑顔だったり、そういった顔がいい。くのいちの最期なんて、ろくでもないこと想像に難くない。
危険を理解していながら、彼女を忍を辞めさせられなかった。何度も説得して家に入れようとしたが、「弱いと奪われるだけだから」と聞き入れることはなかった。
『弱いと奪われるだけ』
彼女が真実と信じるだけの理由があったのだと想像がつく。そして、我が身に起こってみて初めて、それが真実であると身に染みて理解する。
彼女の実力が及ばなかったから、私の説得が足りなかったから、奪われた。奪う側であったときもあったはずだが、そのことで怒りや悲しみに似た激情が収まることはない。
二人用、そして今後人数が増えてもと借りた長屋の広さが気に障る。彼女が遺した着物、櫛、紅など。鏡についた指紋がそのまま残っている。マメな性格な彼女は拭う時間がなくてあわてて家を出たんだろう。それを私が見て懐かしんでいるなんて、想像できなかっただろう。
彼女だって、まさかここに生きて帰ることが叶わないなんて思ってもみなかったはずだ。
ここからどう生きていけというのか。
位牌なんて金持ちしか持てないから、彼女の遺品を並べてみては思いを馳せることしかできない。冬の野には花が咲かないから供えることもできない。何か彼女のためにしないと気が休まらないというか、まぎれない。もう彼女は生きてるまま戻らないという事実に目を向けないために、死んでしまってから彼女のためにと躍起になってできることを探している。
自分でも滑稽だとわかっている。何にもならない、自分への慰めであることもわかってる。
皆気を遣って訪ねてきて食べることができているか見にきてくれたり、家に招いてくれたり散歩に連れ出してくれたりしててるが、そこまでして命永らえる意味が今は腹に落ちてこない。
命を軽視するなんて、きっと敦子は珍しく声を荒げて怒るだろう……そんな想像ですらいまは傷になってしまう。
怒るでも泣くでもいい、声が聞きたい。
弱いと、奪われる。
敦子はもっとほかに心温まる言葉をかけてくれていたはずなのに、そのことばかりが脳裏をかすめる。
記憶の中の敦子がうすれていく。声が、好きだった季節が、何に悲しんだか、怒ったか、喜んだか。ぼんやりと過ごしすぎていた。幸せは失ってから気づくというが、それも真実だった。失ってから気づき、そしてその幸せが崩れて断片だけしか残すことができない。
彼女を埋めたところの側に、目印にした石がある。
そこにはまだ行けていない。彼女が好きだった茄子の漬物ができる季節には、気持ちの落とし所がついていてほしい。
胸に満ちている昏いもの、正体はなんだろうか。こちらに何が起きたとしても陽が昇り、月が巡ってくる。彼女は土に還り、俺もいつかそうなる。当たり前のめぐりあわせであるはずなのに、こんなにも鮮烈に苦しいのか。
冷静に、世の中そういうふうにできているからと飲み込むにはあまりに冷たい現実に目が眩む。男なのに情けないと笑うことがなかったひとだった。だからきっと私があっちにいったとしても再会を喜んでくれるだろう。そんな温かな妄想で心を鎮めることしか、今はできない。
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