雑渡昆奈門
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どこかの高名なお医者様が調合したという薬を使っているけど、この火傷をまったく元の通りまで治すことは難しいという。
今残っている症状といえば時々皮膚が攣ってしまい、痛そうだったり表情がうまく作れなかったりするのはよく見る。だいぶうっとおしそうにしているが、ここまで良くなったのは奇跡に近いという。
私は手が冷たいから、皮膚が温まってかゆくなることがないと重宝がられている。ボコボコとゆがんだ肉と皮と骨の感触は最初こそおぞましかったが、最近はとくに何も思わないどころか、少しずつ治っているような気がしてうれしく思う。
きっとこんなことがなければ、この人は私なんかとはつれあいになんてなってくれなかった。家柄も、容姿も特別良いわけではない。(彼からは何も言ってもらえていない、をそう解釈している)この火傷が私のもとに彼を繋いでくれているのだと思っている。
「終わりましたよ」
「ありがとう」
そう言うとさっさと右目以外を包帯で覆ってしまう。
「嫌だったら言ってもいいんだぞ。お前から離縁を申し出るほどひどいやつだったことにしてもいい。こんな役目にしばられるのがかわいそうに思えるくらいには敦子、お前に愛着が湧いてきたんだ」
こちらからだと、薄らと差し込む月明かりでかすかに輪郭が捉えることができる程度で、表情までは窺い知れない。本当は、どんな顔でそんなうれしい言葉を呉れているのか、知りたい。
「そんなふうに思っていたんですね。なかなかお気持ち話してくださらなかったから、気になっていたんです」
月が薄雲で隠れる夜は、照れ臭くて話せないようなことを話すにはちょうど良い。
「私は、しあわせです。少しでもあなたの助けになれることが。任務の先で出会った人たちの話やつんできて下さる季節の野の花だってとってもうれしい」
「あんなもの」
そう吐き捨てるように言うものの、乱暴な感じはしない。過剰な評価に照れ隠しをしているような声音だった。見えない分、声音だったり、衣ずれだとかが耳によく届くようになる。
「私の見てきたものにはなかった体験ばかりで、私にとっては現実のように聞こえなくて……お芝居を聞いてるようでした」
「……喜んでくれていたとは……こうして腹を割って話してみるのも大事だな」
「そうですね」
闇にまぎれてしまったなら、いつもならはしたないと控えていたことだってできそう。例えば、私より一回り以上大きなからだに身を預けてしまったりとか。
けど、そんなことしてしまったら、この穏やかな優しい関係を裏切ることになってしまう。ゆっくり距離を詰めていこう。せっかく心が通ってうれしそうにしているのに、がっついたらいけない。今はただ微笑んで隣に座るだけでいい。
これだけ据え膳アピールしているのに、なんでこうもまどろっこしいのか。私が何かしたか、と不安に思うこともあるけど、別に私が嫌なんじゃないってことがわかっただけでも収穫としよう。
今日も気持ちよく眠れるようにふかふかになるまで干した布団に一人もぐりこむ。
====
穏やかな寝息が聞こえてきたのを見計らって布団から這い出る。うれしいことがあろうと悲しいことがあろうと、時間を問わずやるべきことは降りかかる。
敦子の手入れされた髪の毛を起こさないよう静かにすくい取り、何をするでもなく手を離した。きっと敦子の方もやや子が欲しいとかなんとか、他の奥方様に漏らしているらしいが、年寄りっ子はかわいそうだとか、危険な役目だから残して逝く可能性がとかが頭を過ってしまう。
目がさめるような幸せを前にして足がすくむ。誰かが責め立てるような背筋の寒さが絶え間なく押し寄せる。
これは自分の気持ちの問題だから敦子にいうまでもないが、言ってしまって笑い飛ばすなり突き放すなりしてほしいような気もする。
しかしその承認にしろ拒絶にしろ、敦子にさせるのではなく、自分の選択で行いたい。そうでないと、敦子がこれだけ頑張ってくれているのに自分だけ安全なところからその愛情をもらうだけでは公平ではない。
床に落ちた敦子の帯の端をすくっては離す。こんなじれったくもたつくのは、情けなくてたまらない。今夜お役目があって良かった。こんな優柔不断なところを見せたらきっと失望されてしまうだろうから。
「……いってくる」
返事はなかった。ぷすぷすと間抜けなねい息だけが聞こえる。
20250107
今残っている症状といえば時々皮膚が攣ってしまい、痛そうだったり表情がうまく作れなかったりするのはよく見る。だいぶうっとおしそうにしているが、ここまで良くなったのは奇跡に近いという。
私は手が冷たいから、皮膚が温まってかゆくなることがないと重宝がられている。ボコボコとゆがんだ肉と皮と骨の感触は最初こそおぞましかったが、最近はとくに何も思わないどころか、少しずつ治っているような気がしてうれしく思う。
きっとこんなことがなければ、この人は私なんかとはつれあいになんてなってくれなかった。家柄も、容姿も特別良いわけではない。(彼からは何も言ってもらえていない、をそう解釈している)この火傷が私のもとに彼を繋いでくれているのだと思っている。
「終わりましたよ」
「ありがとう」
そう言うとさっさと右目以外を包帯で覆ってしまう。
「嫌だったら言ってもいいんだぞ。お前から離縁を申し出るほどひどいやつだったことにしてもいい。こんな役目にしばられるのがかわいそうに思えるくらいには敦子、お前に愛着が湧いてきたんだ」
こちらからだと、薄らと差し込む月明かりでかすかに輪郭が捉えることができる程度で、表情までは窺い知れない。本当は、どんな顔でそんなうれしい言葉を呉れているのか、知りたい。
「そんなふうに思っていたんですね。なかなかお気持ち話してくださらなかったから、気になっていたんです」
月が薄雲で隠れる夜は、照れ臭くて話せないようなことを話すにはちょうど良い。
「私は、しあわせです。少しでもあなたの助けになれることが。任務の先で出会った人たちの話やつんできて下さる季節の野の花だってとってもうれしい」
「あんなもの」
そう吐き捨てるように言うものの、乱暴な感じはしない。過剰な評価に照れ隠しをしているような声音だった。見えない分、声音だったり、衣ずれだとかが耳によく届くようになる。
「私の見てきたものにはなかった体験ばかりで、私にとっては現実のように聞こえなくて……お芝居を聞いてるようでした」
「……喜んでくれていたとは……こうして腹を割って話してみるのも大事だな」
「そうですね」
闇にまぎれてしまったなら、いつもならはしたないと控えていたことだってできそう。例えば、私より一回り以上大きなからだに身を預けてしまったりとか。
けど、そんなことしてしまったら、この穏やかな優しい関係を裏切ることになってしまう。ゆっくり距離を詰めていこう。せっかく心が通ってうれしそうにしているのに、がっついたらいけない。今はただ微笑んで隣に座るだけでいい。
これだけ据え膳アピールしているのに、なんでこうもまどろっこしいのか。私が何かしたか、と不安に思うこともあるけど、別に私が嫌なんじゃないってことがわかっただけでも収穫としよう。
今日も気持ちよく眠れるようにふかふかになるまで干した布団に一人もぐりこむ。
====
穏やかな寝息が聞こえてきたのを見計らって布団から這い出る。うれしいことがあろうと悲しいことがあろうと、時間を問わずやるべきことは降りかかる。
敦子の手入れされた髪の毛を起こさないよう静かにすくい取り、何をするでもなく手を離した。きっと敦子の方もやや子が欲しいとかなんとか、他の奥方様に漏らしているらしいが、年寄りっ子はかわいそうだとか、危険な役目だから残して逝く可能性がとかが頭を過ってしまう。
目がさめるような幸せを前にして足がすくむ。誰かが責め立てるような背筋の寒さが絶え間なく押し寄せる。
これは自分の気持ちの問題だから敦子にいうまでもないが、言ってしまって笑い飛ばすなり突き放すなりしてほしいような気もする。
しかしその承認にしろ拒絶にしろ、敦子にさせるのではなく、自分の選択で行いたい。そうでないと、敦子がこれだけ頑張ってくれているのに自分だけ安全なところからその愛情をもらうだけでは公平ではない。
床に落ちた敦子の帯の端をすくっては離す。こんなじれったくもたつくのは、情けなくてたまらない。今夜お役目があって良かった。こんな優柔不断なところを見せたらきっと失望されてしまうだろうから。
「……いってくる」
返事はなかった。ぷすぷすと間抜けなねい息だけが聞こえる。
20250107