荼炎
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
▼your choice
俺がいない家族の輪の中に、お父さんは帰ってゆく。俺は暗くて冷たい鎧に閉じ込められて、お父さんがここ以外のどこかにある居場所に帰っていくのを眺める。
ねえ、なんでなの?
俺はひとのことたくさん殺したからここにいなくちゃいけないんだよね。
お父さんは、悪いやつのことたくさんやっつけたから、お外にでてもいいってこと?だよね?
もう脳みそが|茹っ《ゆだ》てダメになってきてるのか、考えがまとまらなくなってきている。頭の中が直情的な悲しい、うれしい、の二色で塗られてしまい、繊細な思考を深めることが難しくなってきている。
今は、悲しい。お父さんが見続けるといったのに、約束を破ってどこかに帰っていくのが、悲しい。
「なにそれ」
「……? 布団セットだな。お値段以上だ」
「そういうのじゃなくて、なんで?ここは監獄でしょ?お父さんの家は外にあるんじゃないの」
「ここで生活をしたら、見ることができない時間がなくなると思ってな」
「無茶苦茶だ」
「思いついたことはとりあえずやってみる。思っていた結果が得られなかったらやめる……どうだ?鬱陶しいか?」
「そんなことない」
「素直だな」
「意地張ってられるほど命の残りがないんだよ」
そうやって意地悪言うと、お父さんは消えかけた個性で無様に空を飛び、俺に残された本の少し露出した肉に触れて、言葉をかけてくれる。
「燈矢、ごめんな。燈矢のこと、見てやらなかったからだな」
「わかってんじゃね〜か!ぜ〜ったい、許してやらない!」
しわがれた声をどうにか絞り出して、お父さんに許さないを伝えたけど、声音が制御できない。うれしそうな声が出てしまったと思う。
「元気な声を聞けてうれしいな。燈矢が参観日に元気よく歌を歌っていたことを思い出したよ」
「俺にまだ期待してた時の記憶、まだあるんだ。もう忘れたと思ってたよ」
「忘れたりなんかしない。日記を書いててよかったと思う」
「へー。日記……。俺が生まれた日の日記、どんなことが書いてあるの」
「む、今は今進行中の冊子しかないんだ。取ってくるからな」
「今度、って言わないところ、成長したね」
「ああ、少しでも、マシになりたいんだ」
「えら〜い。さっさと行って」
「わかった」
俺が生まれた時、お父さんが感じたこと。
焦凍が生まれる前のことだから、俺が正解で成功、要件を満たした性能を出力できる子供だと期待していた頃の記録だ。
俺の人生で一番美味しいところ。
「あったぞ」
「読みあげて」
「……一月一八日、火曜日。天気は雪。子供が生まれた。両手に収まる小さな子だ……」
「それだけじゃないでしょ」
「冷には、感謝を告げた。俺にはできない仕事をしてくれた。この子が、悲願を叶えることができる子であることを願う」
「うわー!!ひどいねー!生まれてすぐそれかよ!この頃のお父さんはギンギンに外道だね」
「……そうだな。燈矢の言うとおりだ」
「どうして、燈矢、って名前をつけたの」
「イグナイテッドアロー、あれから着想を得た。炎の矢、俺の個性、炎で作る矢だ」
「なるほどねえ。冬美ちゃんと夏くんは早いうちから弱個性ってわかってた?」
「ああ……。生まれてすぐ、わかった。だから炎の要素も氷の要素も、入れなかった」
「ひっでぇ。胃が重たくなる」
口ではそう言ったものの、自分にあって他の兄弟にないものを持っている優越感は子供時から感じていたので、今更どうこう言うこともない。
「焦凍は、炎と氷の要素を持ってたからあの名付けなんだね」
「そういうことだ」
「名は体を表す、っていうけど露骨すぎて品がないね。でも燈矢って名前は好きだな。荼毘って名乗ってた時期もあったけど、やっぱり本当の名前を使えてうれしい」
「名前を気に入ってもらえるとうれしい。本当の名前を使えない時期を作った原因は俺だから手放しで喜べないが……」
「お父さんがわかるやつになってく。俺の命はもう尽きようとしてるのに!何これ!お父さんの躾をするために生まれてきたの?俺!」
そう言ってげらげらとわざとらしく大声で、しわがれた声を思い切り張り上げて笑う。俺は笑うために、生まれてきたのだから。平等にくる明日に、残酷だと嘆いても寿命が延びる訳でもない。
それなら、笑うべきだ。笑うような状況じゃなくても、全然笑えない人生でも、声をあげて、笑う。生まれてきた時にあげた声と同じように、死ぬ時も大きな声をあげる。
ひとしきり笑った後、お父さんに目線を移して問う。
「違うよねぇ」
「ああ、違う。燈矢は、燈矢として生きるために生まれてきた。それなのに、俺が向き合ってあげなかった。そうしないといけない立場なのに、そうしなかった」
「そう、わかってんじゃん。お父さんが、俺に向き合わないことを、選んだんだ」
お父さんは苦しげに歪んだ顔で笑みを無理やり作って、俺に向き合って「ごめんな」と呟きながら鎧の上から抱きしめる。
その体温を感じることができる時に、死んでしまいたかった、あの爆炎と共にお父さんと死んで逝きたかった、俺の炎でお父さんをこの世から奪いたかったと思うと同時に、こうして心を通わせて、理解を重ねることができてよかったというほのかな満足感もある。
どっちつかずの白黒つかずのグレーで着地。それで一番満足する形かというとそうではない。けど、けど。俺にはこれしかできなかったけど。
お父さんが俺を見ている。この事実を手に入れた。
2025/02/09 VALENTINE ROSE FES 2025 発行(無料配布)
俺がいない家族の輪の中に、お父さんは帰ってゆく。俺は暗くて冷たい鎧に閉じ込められて、お父さんがここ以外のどこかにある居場所に帰っていくのを眺める。
ねえ、なんでなの?
俺はひとのことたくさん殺したからここにいなくちゃいけないんだよね。
お父さんは、悪いやつのことたくさんやっつけたから、お外にでてもいいってこと?だよね?
もう脳みそが|茹っ《ゆだ》てダメになってきてるのか、考えがまとまらなくなってきている。頭の中が直情的な悲しい、うれしい、の二色で塗られてしまい、繊細な思考を深めることが難しくなってきている。
今は、悲しい。お父さんが見続けるといったのに、約束を破ってどこかに帰っていくのが、悲しい。
「なにそれ」
「……? 布団セットだな。お値段以上だ」
「そういうのじゃなくて、なんで?ここは監獄でしょ?お父さんの家は外にあるんじゃないの」
「ここで生活をしたら、見ることができない時間がなくなると思ってな」
「無茶苦茶だ」
「思いついたことはとりあえずやってみる。思っていた結果が得られなかったらやめる……どうだ?鬱陶しいか?」
「そんなことない」
「素直だな」
「意地張ってられるほど命の残りがないんだよ」
そうやって意地悪言うと、お父さんは消えかけた個性で無様に空を飛び、俺に残された本の少し露出した肉に触れて、言葉をかけてくれる。
「燈矢、ごめんな。燈矢のこと、見てやらなかったからだな」
「わかってんじゃね〜か!ぜ〜ったい、許してやらない!」
しわがれた声をどうにか絞り出して、お父さんに許さないを伝えたけど、声音が制御できない。うれしそうな声が出てしまったと思う。
「元気な声を聞けてうれしいな。燈矢が参観日に元気よく歌を歌っていたことを思い出したよ」
「俺にまだ期待してた時の記憶、まだあるんだ。もう忘れたと思ってたよ」
「忘れたりなんかしない。日記を書いててよかったと思う」
「へー。日記……。俺が生まれた日の日記、どんなことが書いてあるの」
「む、今は今進行中の冊子しかないんだ。取ってくるからな」
「今度、って言わないところ、成長したね」
「ああ、少しでも、マシになりたいんだ」
「えら〜い。さっさと行って」
「わかった」
俺が生まれた時、お父さんが感じたこと。
焦凍が生まれる前のことだから、俺が正解で成功、要件を満たした性能を出力できる子供だと期待していた頃の記録だ。
俺の人生で一番美味しいところ。
「あったぞ」
「読みあげて」
「……一月一八日、火曜日。天気は雪。子供が生まれた。両手に収まる小さな子だ……」
「それだけじゃないでしょ」
「冷には、感謝を告げた。俺にはできない仕事をしてくれた。この子が、悲願を叶えることができる子であることを願う」
「うわー!!ひどいねー!生まれてすぐそれかよ!この頃のお父さんはギンギンに外道だね」
「……そうだな。燈矢の言うとおりだ」
「どうして、燈矢、って名前をつけたの」
「イグナイテッドアロー、あれから着想を得た。炎の矢、俺の個性、炎で作る矢だ」
「なるほどねえ。冬美ちゃんと夏くんは早いうちから弱個性ってわかってた?」
「ああ……。生まれてすぐ、わかった。だから炎の要素も氷の要素も、入れなかった」
「ひっでぇ。胃が重たくなる」
口ではそう言ったものの、自分にあって他の兄弟にないものを持っている優越感は子供時から感じていたので、今更どうこう言うこともない。
「焦凍は、炎と氷の要素を持ってたからあの名付けなんだね」
「そういうことだ」
「名は体を表す、っていうけど露骨すぎて品がないね。でも燈矢って名前は好きだな。荼毘って名乗ってた時期もあったけど、やっぱり本当の名前を使えてうれしい」
「名前を気に入ってもらえるとうれしい。本当の名前を使えない時期を作った原因は俺だから手放しで喜べないが……」
「お父さんがわかるやつになってく。俺の命はもう尽きようとしてるのに!何これ!お父さんの躾をするために生まれてきたの?俺!」
そう言ってげらげらとわざとらしく大声で、しわがれた声を思い切り張り上げて笑う。俺は笑うために、生まれてきたのだから。平等にくる明日に、残酷だと嘆いても寿命が延びる訳でもない。
それなら、笑うべきだ。笑うような状況じゃなくても、全然笑えない人生でも、声をあげて、笑う。生まれてきた時にあげた声と同じように、死ぬ時も大きな声をあげる。
ひとしきり笑った後、お父さんに目線を移して問う。
「違うよねぇ」
「ああ、違う。燈矢は、燈矢として生きるために生まれてきた。それなのに、俺が向き合ってあげなかった。そうしないといけない立場なのに、そうしなかった」
「そう、わかってんじゃん。お父さんが、俺に向き合わないことを、選んだんだ」
お父さんは苦しげに歪んだ顔で笑みを無理やり作って、俺に向き合って「ごめんな」と呟きながら鎧の上から抱きしめる。
その体温を感じることができる時に、死んでしまいたかった、あの爆炎と共にお父さんと死んで逝きたかった、俺の炎でお父さんをこの世から奪いたかったと思うと同時に、こうして心を通わせて、理解を重ねることができてよかったというほのかな満足感もある。
どっちつかずの白黒つかずのグレーで着地。それで一番満足する形かというとそうではない。けど、けど。俺にはこれしかできなかったけど。
お父さんが俺を見ている。この事実を手に入れた。
2025/02/09 VALENTINE ROSE FES 2025 発行(無料配布)
1/12ページ