凛冴
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「どうした、凛。一人か?」
「うん。兄ちゃんはどっか行っちゃった」
「どっかって……まあいい。座んな」
近所の床屋さんに置いて行かれて、母さんは買い物に行く。それが冴がいる頃は当たり前だった。冴がいた頃は、二人でいたから母さんは安心だったと言って俺ひとり置いていくことを心配していた。もうそんな小さい子供じゃないのに。冴も、母さんも俺をいつまでも自分の意思を持って判断ができない無力な子供だと思っている。
「どうしたんだってんだよ。あんなに兄ちゃん、だったのに……あ、いや。いい。にいちゃんにいちゃんからそうじゃ亡くなったってことは、なんかあったってことだもんな」
「まあ、そんな感じ……」
「ふーん。じゃあ冴に寄せた前髪じゃなくていいな? やりたいって前言ってたけど、事情かわってるし」
「そうしてください」
「わかった」
しゃりしゃり、そりそり、と独特の音を立てて髪の毛が落ちてゆく。
兄ちゃんの髪の毛の色が好きで、爪の形が好きだった。誇張なく兄ちゃんのすべてが好きだった。けれどそれが一度役目を終えて落ちているとゴミとして扱われる。美しい髪も、爪も、切り落とされてしまえばただのゴミ。俺がこの世の何より正しくて、立派な存在だと……好きと言うよりは崇拝の領域にあった兄が一度深く価値観を違えただけで、こんなにも修復の糸口すら見えない関係になってしまった。寂しい、後悔、焦り……すべて過ぎ去って、俺の中に芽生えたのは怒りだった。期待していた俺の中の兄像の外側に歩いて行った冴を手ひどく突き放した。
最初こそ俺が裏切られた、と感じていたが冴は冴で思うところがあったのかもしれないと思えるほどには冷静になってきた。
けれど俺たちには、もうコミュニケーションで和解に至る道はない。サッカーを続けた上で道が交わったなら、その時技を競った結果を基にしてではないと、目も合わせられない。
「できたぞ」
「ありがとうございます」
「凛は、サッカー続けるのか? お兄ちゃんとやりたくて始めたんだろ?」
「そうだったけど、今は……」
「今は?」
「超えたい。兄ちゃん……冴を超えて俺が一番うまいサッカー選手になりたい。ゴールバンバン決めて、俺だけが一番になりたい」
「おーっ!いいじゃねえか。おじさん応援してるぞ。ビスコやるよ。強くなれよな、凛。またおいで。お母さん迎えに来るのか?」
「ううん。一人で帰る」
「心配だな。こういう時お兄ちゃんいてくれてたらな」
「でも、もういないから。防犯ベル持ってるし、大丈夫。実はそんなに遠くないんだよ」「四歳くらいだったかな……二人でここに歩いてきた時は遠いとか足が痛いとか言って冴におぶさってきてた凛がなあ……でっかくなったこと……」
「も、もうそんな小さくない」
「そうかあ……」
切られすぎた前髪が視界を広げてくれる。俺はこういった俺たちに関わってくれた大人たちの思い出を聴くたびに切ない思いをするんだろうなと思って、少しだけ胸が苦しい。ビスコを分け合う兄がいない帰り道は、思った以上に長く感じた。
「うん。兄ちゃんはどっか行っちゃった」
「どっかって……まあいい。座んな」
近所の床屋さんに置いて行かれて、母さんは買い物に行く。それが冴がいる頃は当たり前だった。冴がいた頃は、二人でいたから母さんは安心だったと言って俺ひとり置いていくことを心配していた。もうそんな小さい子供じゃないのに。冴も、母さんも俺をいつまでも自分の意思を持って判断ができない無力な子供だと思っている。
「どうしたんだってんだよ。あんなに兄ちゃん、だったのに……あ、いや。いい。にいちゃんにいちゃんからそうじゃ亡くなったってことは、なんかあったってことだもんな」
「まあ、そんな感じ……」
「ふーん。じゃあ冴に寄せた前髪じゃなくていいな? やりたいって前言ってたけど、事情かわってるし」
「そうしてください」
「わかった」
しゃりしゃり、そりそり、と独特の音を立てて髪の毛が落ちてゆく。
兄ちゃんの髪の毛の色が好きで、爪の形が好きだった。誇張なく兄ちゃんのすべてが好きだった。けれどそれが一度役目を終えて落ちているとゴミとして扱われる。美しい髪も、爪も、切り落とされてしまえばただのゴミ。俺がこの世の何より正しくて、立派な存在だと……好きと言うよりは崇拝の領域にあった兄が一度深く価値観を違えただけで、こんなにも修復の糸口すら見えない関係になってしまった。寂しい、後悔、焦り……すべて過ぎ去って、俺の中に芽生えたのは怒りだった。期待していた俺の中の兄像の外側に歩いて行った冴を手ひどく突き放した。
最初こそ俺が裏切られた、と感じていたが冴は冴で思うところがあったのかもしれないと思えるほどには冷静になってきた。
けれど俺たちには、もうコミュニケーションで和解に至る道はない。サッカーを続けた上で道が交わったなら、その時技を競った結果を基にしてではないと、目も合わせられない。
「できたぞ」
「ありがとうございます」
「凛は、サッカー続けるのか? お兄ちゃんとやりたくて始めたんだろ?」
「そうだったけど、今は……」
「今は?」
「超えたい。兄ちゃん……冴を超えて俺が一番うまいサッカー選手になりたい。ゴールバンバン決めて、俺だけが一番になりたい」
「おーっ!いいじゃねえか。おじさん応援してるぞ。ビスコやるよ。強くなれよな、凛。またおいで。お母さん迎えに来るのか?」
「ううん。一人で帰る」
「心配だな。こういう時お兄ちゃんいてくれてたらな」
「でも、もういないから。防犯ベル持ってるし、大丈夫。実はそんなに遠くないんだよ」「四歳くらいだったかな……二人でここに歩いてきた時は遠いとか足が痛いとか言って冴におぶさってきてた凛がなあ……でっかくなったこと……」
「も、もうそんな小さくない」
「そうかあ……」
切られすぎた前髪が視界を広げてくれる。俺はこういった俺たちに関わってくれた大人たちの思い出を聴くたびに切ない思いをするんだろうなと思って、少しだけ胸が苦しい。ビスコを分け合う兄がいない帰り道は、思った以上に長く感じた。