ミスルン
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うちのお屋敷のあるじが久しぶりに帰ってくるという話になって、いつもダラダラと自堕落に生活していた執事以下屋敷の者たちのあわてようと言ったら、私だって当事者のはずなのに笑えるくらいだった。
あれだけカタワだのみじめな寝取られ(事実としてミスルン様は片思いだったわけで、お兄様に寝取られたわけではない)だの言っていたやつらは皆一様に嘘の笑顔を貼り付けてあるじを迎えた。
昔から使用人がどうしようと気にかけない人だった。
あざけりや見下し、使い物にならないエルフはグズのまま余生を生きなければならなくて可哀想だとか。そういうのだって気づいていたはずなのに黙って世話してくれればよい、くらいの感じだった。
私はそれが少しだけ嫌で、でも何かできるわけではないのが歯痒かった。歯痒いだけで、みんなの意識を変える為に何かしたわけでもない。行動に移さずただ嫌な気持ちになっているだけ。
帰ってきてからの主人は、少し変わった様子だった。ただブヨブヨと海に漂うクラゲのように生きているのか死んでいるのかわからない無気力さからあれがしたいあれがほしい、こうして欲しいを言ってくれるようになった。
それが鬱陶しかったのか何人かの世話人は辞めてしまい、残ったのは歳をとりすぎて他にいけない老爺と、脛に傷のある料理人と私だけになった。私の負担は増えたが、結果的に主人をあざける人間が生活圏内からいなくなったことで嫌な気持ちからはほぼ解放された。
「足の裏を指で押してくれないか。そうしたらよく眠れるんだ」
「そうなんですか。あんな危険な場所で足を指圧してくれた方がいらっしゃったんですか」
「ああ」
「お優しい方ですね」
「優し……? そうなのかもしれないな」
「私、このお屋敷にきて十年は経ちますけどこんなにお話ししたの初めて。ミスルン様ってこんな人だったんですね」
「うん。そうだったみたいだ」
あんなことになってしまって元に戻れなかったけど人生は続く。同じ形に戻れなかったとしても、その人はその人であり続ける。ミスルン様の冷たくこわばった足裏をほぐし、むくんだふくらはぎをほぐすころにはずいぶん温かな足になってきた。まぶたがおりてきて、眠たそうだ。
眠たそうにしていても自ら眠ることが出来なくなって長く、こうして眠たそうなミスルン様を見るのは初めてかもしれない。
「明日は何なさるんですの」
「街に出て、パンではなく、小麦粉の平たい……それに果物をのせたものを食べにいきたい」
「まぁ素敵」
「お前も行くか」
「何おっしゃっているのですか。この島でエルフと別種族が歩いていたら笑われますよ」
「いずれそんなこともなくなる」
「ほんとうですかねぇ……」
「本当だ」
そう言い切ったミスルン様はあの島で、いやもう今は大陸か、あそこで何をみてきたんだろう。他人なんか興味なくて、死んだように生きていたミスルン様を変えたのはなんだったんだろう。気を許してくださるなら、聞いてみたい。お母様が生きている時に聞かせてくださった冒険譚のようなことが起きたのでしょう。
20240212
あれだけカタワだのみじめな寝取られ(事実としてミスルン様は片思いだったわけで、お兄様に寝取られたわけではない)だの言っていたやつらは皆一様に嘘の笑顔を貼り付けてあるじを迎えた。
昔から使用人がどうしようと気にかけない人だった。
あざけりや見下し、使い物にならないエルフはグズのまま余生を生きなければならなくて可哀想だとか。そういうのだって気づいていたはずなのに黙って世話してくれればよい、くらいの感じだった。
私はそれが少しだけ嫌で、でも何かできるわけではないのが歯痒かった。歯痒いだけで、みんなの意識を変える為に何かしたわけでもない。行動に移さずただ嫌な気持ちになっているだけ。
帰ってきてからの主人は、少し変わった様子だった。ただブヨブヨと海に漂うクラゲのように生きているのか死んでいるのかわからない無気力さからあれがしたいあれがほしい、こうして欲しいを言ってくれるようになった。
それが鬱陶しかったのか何人かの世話人は辞めてしまい、残ったのは歳をとりすぎて他にいけない老爺と、脛に傷のある料理人と私だけになった。私の負担は増えたが、結果的に主人をあざける人間が生活圏内からいなくなったことで嫌な気持ちからはほぼ解放された。
「足の裏を指で押してくれないか。そうしたらよく眠れるんだ」
「そうなんですか。あんな危険な場所で足を指圧してくれた方がいらっしゃったんですか」
「ああ」
「お優しい方ですね」
「優し……? そうなのかもしれないな」
「私、このお屋敷にきて十年は経ちますけどこんなにお話ししたの初めて。ミスルン様ってこんな人だったんですね」
「うん。そうだったみたいだ」
あんなことになってしまって元に戻れなかったけど人生は続く。同じ形に戻れなかったとしても、その人はその人であり続ける。ミスルン様の冷たくこわばった足裏をほぐし、むくんだふくらはぎをほぐすころにはずいぶん温かな足になってきた。まぶたがおりてきて、眠たそうだ。
眠たそうにしていても自ら眠ることが出来なくなって長く、こうして眠たそうなミスルン様を見るのは初めてかもしれない。
「明日は何なさるんですの」
「街に出て、パンではなく、小麦粉の平たい……それに果物をのせたものを食べにいきたい」
「まぁ素敵」
「お前も行くか」
「何おっしゃっているのですか。この島でエルフと別種族が歩いていたら笑われますよ」
「いずれそんなこともなくなる」
「ほんとうですかねぇ……」
「本当だ」
そう言い切ったミスルン様はあの島で、いやもう今は大陸か、あそこで何をみてきたんだろう。他人なんか興味なくて、死んだように生きていたミスルン様を変えたのはなんだったんだろう。気を許してくださるなら、聞いてみたい。お母様が生きている時に聞かせてくださった冒険譚のようなことが起きたのでしょう。
20240212