ネスカイ
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
短い夢を見ていたような気がする。
夢と称するにはあまりに鮮烈に記憶に刻まれていたが、過ぎ去ってしまった今振り返ると夢と称すべきかと思うくらい一瞬だった。
プレイヤーとして一線を退き、指導者としても引退した。サッカーに関わっていない人生は、明らかに余生と呼べるものだった。
そんなむなしさに近い虚脱感に足元を掬われていないのは、
「あっ、カイザー。寝てるんですか?」
「なんだ、ネスか」
足音でわかっていたが、そんなことを伝えてしまったらいまは老体なのを忘れて飛んだ跳ねたの大喜びなので黙っている。
「今日は大通りのから路地に入ったところの…。名前は忘れたんですけど場所はわかります……そのカフェでサッカーの中継があるみたいなので見に行きましょう」
「わかった。すぐ支度する」
サングラスと財布だけをポケットに突っ込んで家を出ると、ネスが施錠する。以前鍵を無くしてからはネスにも鍵を預けている。そんなおいぼれじみたことをしたくないと抵抗したが、預けてしまったら鍵に対する心理的な重みが半分預けられたような気軽さがある。
「あったかいですね」
「ああ」
穏やかで、争いもない世界。俺の世界はそんなものじゃなかったけど、あの血のあつさを思い出すといまの身体じゃ何もできないというのは俺が一番よくわかっている。
そんな自分の老いに関する葛藤、プレイヤーでいるうちは感じることはなかった。いや、徐々に怪我をしやすくなり治りにくくなっていったことから予想はついていた。俺の夢はいつか覚めると。
常に神経を張り詰めていて、高みしか見えていなかった。そんな夢を、ネスと見ていた。
「ネス」
「なんですか?」
「いや、なんでもない」
あまり思い出話もしてこなかった。まだこの歳になっても諦めきれていないからだ。トップへの渇望を手放しきれていないからだ。若手の試合を見ることができるようになったのもつい最近だ。
「今度のドイツチーム同窓会、ネスは行くのか」
「僕は毎年行ってますよ。カイザーも行きますか?みんな喜びますよ。みんなカイザーが見せてくれる夢から覚めるのは難しいみたいで」
「そうなのか」
「そうですよ。みんなずーっとカイザーの話してる。何人かは死んじゃってますから、覚悟してくださいね」
「……」
大丈夫ですよ、と添えられた手はしわくちゃで、骨張っている。俺の手も似たようなものだ。それが時間の経過を思い知らせるようで胸がじっとり痛んだ。
「俺はお前の葬式には出ない」
「拗ねないでくださいよ。最期くらいさよならちゃんと言わないと後悔しますから他国のメンバーにも言ってあります。不本意ですけど、潔とか、糸師兄弟とか、ノエルノアとか」
「なんだそのメンツは」
「カイザーをうまく煽って連れ出せそうな人たちです」
南仏のやわらかい南風がその後の言葉をさらっていった。まるでネスがいつかいなくなってしまうみたいじゃないか。それも、俺よりも先に。
そんな足の底から溶けていきそうなくらい重苦しい不安を感じていることを察されたくなくて足を早めた。
「カイザー、そんなに急ぐとこけて骨折りますよ」
「うるさい」
「なんですかそのかわいくないじいさんみたいな口のききかたは」
俺の唇を軽くつねって笑うネス。さよならなんて、言わせないでほしい。永遠に。
20240203/お題:デート
夢と称するにはあまりに鮮烈に記憶に刻まれていたが、過ぎ去ってしまった今振り返ると夢と称すべきかと思うくらい一瞬だった。
プレイヤーとして一線を退き、指導者としても引退した。サッカーに関わっていない人生は、明らかに余生と呼べるものだった。
そんなむなしさに近い虚脱感に足元を掬われていないのは、
「あっ、カイザー。寝てるんですか?」
「なんだ、ネスか」
足音でわかっていたが、そんなことを伝えてしまったらいまは老体なのを忘れて飛んだ跳ねたの大喜びなので黙っている。
「今日は大通りのから路地に入ったところの…。名前は忘れたんですけど場所はわかります……そのカフェでサッカーの中継があるみたいなので見に行きましょう」
「わかった。すぐ支度する」
サングラスと財布だけをポケットに突っ込んで家を出ると、ネスが施錠する。以前鍵を無くしてからはネスにも鍵を預けている。そんなおいぼれじみたことをしたくないと抵抗したが、預けてしまったら鍵に対する心理的な重みが半分預けられたような気軽さがある。
「あったかいですね」
「ああ」
穏やかで、争いもない世界。俺の世界はそんなものじゃなかったけど、あの血のあつさを思い出すといまの身体じゃ何もできないというのは俺が一番よくわかっている。
そんな自分の老いに関する葛藤、プレイヤーでいるうちは感じることはなかった。いや、徐々に怪我をしやすくなり治りにくくなっていったことから予想はついていた。俺の夢はいつか覚めると。
常に神経を張り詰めていて、高みしか見えていなかった。そんな夢を、ネスと見ていた。
「ネス」
「なんですか?」
「いや、なんでもない」
あまり思い出話もしてこなかった。まだこの歳になっても諦めきれていないからだ。トップへの渇望を手放しきれていないからだ。若手の試合を見ることができるようになったのもつい最近だ。
「今度のドイツチーム同窓会、ネスは行くのか」
「僕は毎年行ってますよ。カイザーも行きますか?みんな喜びますよ。みんなカイザーが見せてくれる夢から覚めるのは難しいみたいで」
「そうなのか」
「そうですよ。みんなずーっとカイザーの話してる。何人かは死んじゃってますから、覚悟してくださいね」
「……」
大丈夫ですよ、と添えられた手はしわくちゃで、骨張っている。俺の手も似たようなものだ。それが時間の経過を思い知らせるようで胸がじっとり痛んだ。
「俺はお前の葬式には出ない」
「拗ねないでくださいよ。最期くらいさよならちゃんと言わないと後悔しますから他国のメンバーにも言ってあります。不本意ですけど、潔とか、糸師兄弟とか、ノエルノアとか」
「なんだそのメンツは」
「カイザーをうまく煽って連れ出せそうな人たちです」
南仏のやわらかい南風がその後の言葉をさらっていった。まるでネスがいつかいなくなってしまうみたいじゃないか。それも、俺よりも先に。
そんな足の底から溶けていきそうなくらい重苦しい不安を感じていることを察されたくなくて足を早めた。
「カイザー、そんなに急ぐとこけて骨折りますよ」
「うるさい」
「なんですかそのかわいくないじいさんみたいな口のききかたは」
俺の唇を軽くつねって笑うネス。さよならなんて、言わせないでほしい。永遠に。
20240203/お題:デート