赤木剛憲
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たまたま映画のチケットを手に入れることなんて、よっぽど運が良くないとありえない。だからたまたま二枚あって、っていうのは体のいい口実だ。それをわかってついてきて、それでいてそういういじましい言い訳を暴かないでおける繊細さを持ち合わせないと成立しないんだと思う。
あっけなく夏が終わった。っていうのは比喩で、季節としての夏は続いている。
たけちゃんがずーっと頑張っていたバスケのトーナメントが終わってしまったことをさしている。あんなに強いチームに勝ったのだから、この夏は永遠に続くものだと思っていた。たぶんあの会場にいた人たちみんな湘北の快進撃を予想しただろう。けれどあの激闘からしてみるとあまりにもあっけなく敗退してしまった。負けてしまっても、たけちゃんはそこにまだ何か亡霊でも見えてるかのようにバスケ部の練習に参加している。してると言っても、補助として球を延々とカゴから出して渡したりとあんまり面白くなさそうなことばかりしている。
だから映画に誘ってみた。お姉ちゃんに頼んだら、にんまり笑ってチケットを二枚、それと少しのお小遣いをくれた。
たけちゃんは「たまにはいいな」といってチケットを受け取ってくれた。なんの映画かは明かさずに、今度の土曜日に見に行くことにした。
「映画なんて久しぶりなんだが」
「だいじょーぶ。たけちゃんが一番好きなバスケの映画だから」
「……! そんなものがあるのか??」
「あるよ。バスケのすごいプレイヤーの伝記モノ」
「ナマエ……!! 誘ってくれてありがとう、観たかったやつなんだ。ナマエは興味ないかと思って誘えなくて」
「私はなんていうか……ヒューマンドラマは好きだよ」
私のこと誘いたかったんだ、という照れを味わってる私を尻目に、たけちゃんはウッキウキ、いやウッホウホでいつのまに買ったパンフレットをめくってうれしそうに映画になった人がいかにすごい人であるか説明してくれた。説明の内容より、たけちゃんのうれしそうな顔をいつまでもみていたかった。
「はぁ……」
よかったとも感動したとも言わずに、たけちゃんはオムライス屋さんで放心していた。良すぎて何も言葉が出てこない、と何度も繰り返していた割にはご飯大盛り無料、と聞いてちゃっかり大盛りにしていた。
「ナマエは、楽しかったか? 俺ばかり楽しかった。今日は」
「楽しいよ。映画も良かったし、はしゃぐたけちゃん見て、良かったな〜って」
「そ、そうか? なら良いが……」
「明日はまたバスケ部にいくの?」
「いや、明日は塾に……行く前に体育館に行こうかと……」
「大学いくの?」
「行きたいと思ってはいるが……今はまだ考えられなくて……」
「なんか、わかるよ。あの時間がずーっと続くような気が見ていただけの私ですらしたんだから、実際プレイしていたたけちゃんはもっとだよね。すぐ受験とか言われても困るよね」
「すぐに決めないといけないのはわかるんだが……」
珍しく言葉を濁すたけちゃんの前に置かれたお冷から、つ、と水滴がこぼれ落ちる。今だけしかない時を生きる私たちだけど、たけちゃんの場合は今後の人生ずっとあの試合のことを思い出すんだろうと観客ですら思う試合を終えてハイすぐ受験、じゃああまりに味気ない。だから湘北の三年生は誰一人として塾に直行して自習という選択肢を取れないんだと思う。
「多分さ、後からしかわからないんだよ。きっと。一番いい選択肢取れたかなんて。たけちゃん、バスケ始めたのも、湘北に入ったのも、一番いい選択肢だったでしょ?」
「そうだ、そうだな……一番良かった。どんな有名校より、あいつらとバスケをやれて本当に……」
そこから先は、どれだけ待っても言葉にならなかった。どんな映画より鮮烈な体験をして、それがもう終わってしまったなら誰だって言葉を無くすだろう。私はこの後の人生で、たけちゃんほどまばゆく生きることができるかな、なんて考えてしまった。
「ナマエ、試合見てくれてありがとうな。いっつも小さな声しか出さないナマエが大きな声を出して応援してくれるのは、すごく励みになった」
「え、そ、そうかな……なら良かった……」
「また映画でも、海でも行こう。毎日勉強だと気が滅入るからな」
「まだ気が滅入るほど勉強してないでしょ」
「うっ……ナマエがそんな厳しいことを」
「事実、事実」
やっとたけちゃんに笑顔が戻った。それに次の約束はたけちゃんからしてくれた。私のしょうもない下心に気づく前に。
すっかり夕暮れに染まった街を慣れないハイヒールで歩く。誰にも会いたくない。冷やかされたりしたらたけちゃんはきっと離れてしまうから。少しだけ近づいたたけちゃんの肩がいつもより近くてドキドキする。おんなじ気持ちだったらいいなって思うけど、思うだけにしておく。じっくり温めて、あったまったら見せたいんだ。恋心ってやつをね。
帰るって言ったってお隣なんだけど、おやすみを言って別れた。また明日、と言って別れた。明日もまた会えるんだ、と謙虚に幸せを噛み締めてただいまを言った。そして明日またおはようを言えるように練習する。いつもより少しだけ大きな声で。
2023年7月31日
あっけなく夏が終わった。っていうのは比喩で、季節としての夏は続いている。
たけちゃんがずーっと頑張っていたバスケのトーナメントが終わってしまったことをさしている。あんなに強いチームに勝ったのだから、この夏は永遠に続くものだと思っていた。たぶんあの会場にいた人たちみんな湘北の快進撃を予想しただろう。けれどあの激闘からしてみるとあまりにもあっけなく敗退してしまった。負けてしまっても、たけちゃんはそこにまだ何か亡霊でも見えてるかのようにバスケ部の練習に参加している。してると言っても、補助として球を延々とカゴから出して渡したりとあんまり面白くなさそうなことばかりしている。
だから映画に誘ってみた。お姉ちゃんに頼んだら、にんまり笑ってチケットを二枚、それと少しのお小遣いをくれた。
たけちゃんは「たまにはいいな」といってチケットを受け取ってくれた。なんの映画かは明かさずに、今度の土曜日に見に行くことにした。
「映画なんて久しぶりなんだが」
「だいじょーぶ。たけちゃんが一番好きなバスケの映画だから」
「……! そんなものがあるのか??」
「あるよ。バスケのすごいプレイヤーの伝記モノ」
「ナマエ……!! 誘ってくれてありがとう、観たかったやつなんだ。ナマエは興味ないかと思って誘えなくて」
「私はなんていうか……ヒューマンドラマは好きだよ」
私のこと誘いたかったんだ、という照れを味わってる私を尻目に、たけちゃんはウッキウキ、いやウッホウホでいつのまに買ったパンフレットをめくってうれしそうに映画になった人がいかにすごい人であるか説明してくれた。説明の内容より、たけちゃんのうれしそうな顔をいつまでもみていたかった。
「はぁ……」
よかったとも感動したとも言わずに、たけちゃんはオムライス屋さんで放心していた。良すぎて何も言葉が出てこない、と何度も繰り返していた割にはご飯大盛り無料、と聞いてちゃっかり大盛りにしていた。
「ナマエは、楽しかったか? 俺ばかり楽しかった。今日は」
「楽しいよ。映画も良かったし、はしゃぐたけちゃん見て、良かったな〜って」
「そ、そうか? なら良いが……」
「明日はまたバスケ部にいくの?」
「いや、明日は塾に……行く前に体育館に行こうかと……」
「大学いくの?」
「行きたいと思ってはいるが……今はまだ考えられなくて……」
「なんか、わかるよ。あの時間がずーっと続くような気が見ていただけの私ですらしたんだから、実際プレイしていたたけちゃんはもっとだよね。すぐ受験とか言われても困るよね」
「すぐに決めないといけないのはわかるんだが……」
珍しく言葉を濁すたけちゃんの前に置かれたお冷から、つ、と水滴がこぼれ落ちる。今だけしかない時を生きる私たちだけど、たけちゃんの場合は今後の人生ずっとあの試合のことを思い出すんだろうと観客ですら思う試合を終えてハイすぐ受験、じゃああまりに味気ない。だから湘北の三年生は誰一人として塾に直行して自習という選択肢を取れないんだと思う。
「多分さ、後からしかわからないんだよ。きっと。一番いい選択肢取れたかなんて。たけちゃん、バスケ始めたのも、湘北に入ったのも、一番いい選択肢だったでしょ?」
「そうだ、そうだな……一番良かった。どんな有名校より、あいつらとバスケをやれて本当に……」
そこから先は、どれだけ待っても言葉にならなかった。どんな映画より鮮烈な体験をして、それがもう終わってしまったなら誰だって言葉を無くすだろう。私はこの後の人生で、たけちゃんほどまばゆく生きることができるかな、なんて考えてしまった。
「ナマエ、試合見てくれてありがとうな。いっつも小さな声しか出さないナマエが大きな声を出して応援してくれるのは、すごく励みになった」
「え、そ、そうかな……なら良かった……」
「また映画でも、海でも行こう。毎日勉強だと気が滅入るからな」
「まだ気が滅入るほど勉強してないでしょ」
「うっ……ナマエがそんな厳しいことを」
「事実、事実」
やっとたけちゃんに笑顔が戻った。それに次の約束はたけちゃんからしてくれた。私のしょうもない下心に気づく前に。
すっかり夕暮れに染まった街を慣れないハイヒールで歩く。誰にも会いたくない。冷やかされたりしたらたけちゃんはきっと離れてしまうから。少しだけ近づいたたけちゃんの肩がいつもより近くてドキドキする。おんなじ気持ちだったらいいなって思うけど、思うだけにしておく。じっくり温めて、あったまったら見せたいんだ。恋心ってやつをね。
帰るって言ったってお隣なんだけど、おやすみを言って別れた。また明日、と言って別れた。明日もまた会えるんだ、と謙虚に幸せを噛み締めてただいまを言った。そして明日またおはようを言えるように練習する。いつもより少しだけ大きな声で。
2023年7月31日