ダムド・レイズド・モノクローム
シン・アイ、あぶそりゅーと♡
かわいいお洋服、あまーいスイーツ、まぶしい街並み。ぜんぶぜんぶ、知らなかったこと。一人じゃ、知れなかったこと。
かわいいも、うれしいも、たのしいも、おいしいも、一人じゃ色付かなかったもの。感じられなかったこと。だから、いっしょがいい。誰かの心にはじめて触れたときに最初に感じたのは熱で、それがよくわからなかった。わからないから知りたくて――手を伸ばした先がまぶしくて、これが生きるということなのかもしれないって、そう思った。
だから、誰かといっしょにいたい。人の熱を、輝きを知りたい。知らないことを増やしてほしい、わからないを教えてほしい。生きている、あなたに。
いつだって、そう願ってやまないの。
◆
「……で。本当に、俺でよかったのか? 別にもう、俺が付き添わなきゃいけないってわけでもないのに」
先ほどまでふわふわと可愛らしいメニューたちが表示されていた画面は切り替わり、「注文を承りました」と無機質な文字が浮かんでいる。それをみとめてタブレットを置いた彼は、質問の答えを待つようにこちらを見た。
「うん! 周くんといっしょがいいな」
「
そう言って明るく笑った周くんは、テーブルに頬杖をついて周囲を見回す。そして寧々とは違う色の真っ白のブレザーを脱いだ。
「汚したら怒られるからさ。寧々も気をつけろよ」
……シャツもきれいな白なんだから、汚したらだめだと思うけどなあ。周くんのママは普段は優しいけど、こういうところは結構厳しいのだ。
だけどそれは言わずに、寧々もそっと店内を見回す。最近SNSで話題なだけあって、どこもかしこもおしゃれでかわいい。今寧々たちが座っているテーブルはもちろんのこと、壁も天井も淡いピンクで彩られた夢のような空間だ。目をやった先にいた女の子たちのように、ここで写真撮りたいなって思うけど、それはまた今度にする。周くんは、写真撮影はあんまりじょうずじゃないから。学校のお友達と来たときにでも、と考えて。
付き添わなきゃいけない、わけではない。
ふと、さっき周くんに言われたことが頭をよぎった。わかってるよ、と心の中でつぶやく。わかってる。寧々はもう人間生活のやり方だって知ってるし、お金だって自分で払える。だから、一人でだって知らない誰かとだって大丈夫。いっしょに来てくれる友達だってたくさん出来た。だけどそれでも、寧々は周くんといっしょにいたいんだよ。……こう言ったらきっと笑って「ありがとう」って言ってくれるんだろうな。
――人間界の遠く、宇宙よりも先にある場所。天界で暮らす神様が人の世界を知るための目として、ある日
それが私の最初の記録、まっしろでまっさらなはじまりの日。神様が作った装置は、その方が人の世界で動きやすいからと人間と同じ形をしていて、けれど似ているのは外見だけだった。当たり前だ。装置が使用者の意思に反して動き回ったら、とってもやりにくいもん。いつでもどこでも、相手が神でも人でも、誰かが望むように動いて望むものを見ることだけが役割。それが私にとってもまわりにとっても当たり前、だった。だった、のに。
「周くん、お店、かわいいでしょ」
「んー? そうだな! かわいい。寧々はこういうの、昔から好きだよな」
周くんだけはちがった。
まるでほんとうの人間の女の子に話しかけるように、今日あったことを教えてくれた。お友達にするみたいに手を差し伸べて、遊びに誘って、お外に連れ出してくれた。あれは好みか、これは苦手か。色は、味は、服は、音は。そんなものが積み重なって、気が付いたら知らないものに囲まれていた。私は神様が作って人に授けた、全能の装置のはずだったのに。
そしてそんな知らないなにかを、「感情」や「自我」と呼ぶのだと知った。
「……うん。寧々、ここ好き!」
好きって言葉もその温かさも、ぜんぶ周くんがいなかったら、知らなかった。知らないことすら、きっと。
私に名前をくれて、
ほんの少しだけ沈んだ寧々の心を持ち上げたのは、「寧々、見てみろよ」という声だった。背もたれに体を預けて、周くんはどこかのテーブルへ運ばれて行くケーキを見つめていた。丸くてたっぷりの生クリームがかかった、かわいいケーキだ。
「あれもうまそー。あっちにしても……いや、もう少し量が……」
後半はほとんどひとりごとの音量だったけど、向かいに座っている寧々にはちゃんと聞こえた。ざわざわとする店内の中でも、いつでもどこでも、周くんの声はよく通る。うるさいってわけじゃないのに、なんだか不思議だ。
周くんはメニューを眺めているときから、「これは小さい」「これだと腹が減ると思う」なんてことを繰り返していた。悩んでいる時間で、残りの元気もカロリーも使い果たしちゃうんじゃないかってくらい、それはもう真剣に。結局彼が選んだのは、一番量が多い三段パンケーキだった。寧々があんなに食べたら、きっと夜ごはんは一口も入らない。でも周くんはきっと、おうちでも元気におかわりするんだろう。周くんのおうちでいっしょにごはんを食べるようになってからしばらく経つけど、その食欲にはいつもおどろかされる。
「周くんはいつもいっぱい食べるね。……このあと、夜ごはんもあるのに」
「そうか? 俺の友達とか、もっと食べるぞ」
さらりと返された言葉が、あまり信じられなかった。だって、周くんの量だってびっくりしちゃうのに。それ以上ってなったら、いったいどんな子なんだろう。その気持ちが伝わったのか、軽い笑い声がする。
「運動部とかさ。友達にバスケ部がいて……あ」
ふと周くんの言葉が途切れ、視線が上へ向く。その動線をなぞると、にこやかな店員さんと目が合った。
持っているトレーの上にあるのは、寧々が頼んだパフェ。苺とチョコレートの限定パフェ――画面越しに見かけたときから、頼もうと決めていたものだ。お待たせしましたという声にお礼を言うのと同時に、寧々の前にきらきら輝くかわいいパフェが置かれる。
「先食べていいぞ」
「わあ、ありがとう。じゃあ、いただきます」
手を合わせてスプーンを手に取る。
どこから食べようか迷って、結局一番上のアイスクリームをすくった。ハートの形のチョコレートがちょこんと座る、ストロベリーアイス。一口食べた途端、口の中で溶けていくのがわかる。濃厚ないちごがふんわりひんやり広がっていく。甘くておいしくてかわいい、幸せの味。寧々のだいすきな味。
周くんにも食べてほしくって顔を上げると、ぱちりと目が合った。向かい合って座っているんだから当たり前だけど、パフェにはしゃいでいるところをぜんぶ見られていたのかな、なんてほんの少しだけ恥ずかしくなってきてしまう。いつもは気にならないのにな。
おいしいよ、周くんも食べてって言おうとしていたのに、なぜか言葉が出ない寧々を見透かしたように。周くんは口を開いた。
「うまい?」
寧々の顔を覗き込むように首を傾げた周くんの前髪が、さらりと揺れる。黒い瞳がほんの少しだけ細められて、寧々を見つめていた。その柔らかな笑顔は、いつものぴかぴかの太陽みたいなそれとは少しだけちがうように見えて。だけど、温かかった。……なにがちがうのか、よくわからないけど。
「……うんっ!」
「そっか。よかったな」
「ね、周くんも食べて!」
お皿ごと周くんの方に動かすと、意外だと言いたそうに目を瞬かせた。じっとパフェを見つめたあと、「いいのか?」と視線が寧々の方に戻ってくる。
「うまいなら、全部食べていいんだぞ」
「ううん! 周くんにも食べてほしいの。とってもおいしいんだもん」
「……そうか? そう言ってくれるなら、ちょっともらおうかな」
そう言って、周くんはスプーンを手に取った。どこを食べようかと真剣に悩んでいる姿は、なんだかかわいい。考えた結果ストロベリーアイスをすくった周くんは、食べた途端に目を輝かせた。本当にうまいなとかけられた言葉も、笑顔もとってもまぶしい。
「はんぶんこ、しよっ。いっしょに食べたいの!」
いっしょに食べたいと言ったのは、まぎれもない本心だった。おいしいから、おいしいものを共有したいから。そしてなにより、周くんがなんて言うのか知りたい。寧々とはちがう感性で、気持ちで、言葉で、寧々の好きなものをどんな風に色付けてくれるのか知りたいの。
「いいのか? 寧々は優しいな」
優しい、からなのかな。そうじゃないような気もする。優しさとはちがう気持ちがあるって、周くんは気付いてないと思うけど。ずっと気付かなくていいけど。
自分が凍っていたことすら知らなかった寧々に、氷が溶けるようなまぶしさを、生きることを教えてくれたのは周くん。外の世界を教えてくれて、名前をくれた周くん。心地よい温もりも、痛いくらいの熱も、消えてしまいそうな灯火も、全部教えてくれた人。あの明るさが、ずっと灯っている。寧々が
「えへへ。だって……」
だけど、寧々のこんな気持ち、周くんは知らなくていいよ。
手渡すには重くて大きいけど、ずっと寧々の手の中にある不思議な気持ち。寧々の知っている最大級の言葉でかわいく包んで、渡すから。
「寧々、周くんのことがだいすきだから!」
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