我が愛の肖像

女王陛下の夢見事


「城下に、とびきり大きくて豪華で可愛らしいものがあったら、素敵だと思わなくって?」

 議会には似合わない甘くてどこか幼い声に、老練たる議員たちは動きを止めた。彼らの視線は一点――声の主が腰掛ける、最も高貴なその場所に向けられている。
 無数の訝しげな瞳に臆することなどなく、彼女は白い手袋に包まれた華奢な指先を組む。それはまるで、少女が星に祈りを捧げるかのように無垢な仕草だった。

「あたくし、誰もが目を奪われるような、美しいものが見たいの。広場に噴水があったでしょう。あちらを修理して、再び活用するのはいかが?」

 きらきらと輝く瞳を細めて、彼女――グレース・ヴィクトリア=ウィンジーはそう言った。場に漂う居心地の悪さなど気にも留めることなく、女王たる彼女は微笑む。あの場所ならあたくしのお部屋からも見えるでしょうと笑う姿は、とても愛らしいものだった。
 きっと誰もが見とれてしまうだろう……彼女が財政に不安を抱える王国の女王ではなく、ここが議会ではなく、今が予算案に頭を悩ませる時間でさえなければ。

「……女王陛下、お言葉ですが……」
「あら、なあに?」

 グレースの配下たる議員の一人が、おそるおそるというように声をあげた。どこか声色に落ち着きがないのは、小首を傾げる女王を恐れているからではない。むしろその逆だ。
 彼は、彼女を侮っている。
 齢十九、夢ばかり見つめて知らないうちに王冠を被せられたグレース――それが、彼を始めとする議員たちから見た新たな女王への認識だった。
 グレースは、前国王とその妻の事故死により、予定よりもずっと早く王座に腰掛けた少女なのだ。国策にも外交にも不向きだった両親に、これでもかと甘やかされてきた可憐な王女様。そんなグレースに、政策のなんたるかなどわかるわけもない。仕方がない、自分たちが説いてやろうと、そんなこと言いながら大笑いをする者だっているほどだ。

「我が国には、そのような……余裕はないかと」
「余裕?」
「はい。つまり、そのようなオブジェよりも優先して国費を使わなければならない事項がある――ということでございます」

 議員は笑いを噛み殺しながら、そんなことを説明してやった。なるべく平易に伝えたというのに、こちらを見つめる瞳には困惑が浮かんでいるようだ。お金のことだなんて今初めて知りましたとでも言いたげなグレースの表情に、不思議と怒りはわかなかった。

「けれど、けれどね、素敵だと思わないかしら? お母様がお話してくださったことがあるのよ、数十年前のこと。城下の噴水は、願いが叶う場所と言われていたのでしょう」
「陛下は博識でいらっしゃる。仰る通り、そのような伝説は存在しておりました」

 グレースが言っているのは、噴水にコインを投げ入れると願いが叶うという伝説のことだろう。彼女が生まれた頃には噴水など動いていなかったものの、グレースよりずっと年上の彼らにとっては見知った話だ。
 城下の広場に存在する噴水に、コインを投げ入れると願いごとが叶う。むかしむかしの恋物語から端を発したそれは、やがて他国にも浸透した伝説となっていた。以前はその伝説を実行しようと、国内外から人が集っていたほどだ。

「ですが陛下……このようなことを申し上げるのは、大変お心苦しいのですが……。現状我が国は、国民の金を水に捨てさせている場合ではないかと存じます」
「そんな言い方なさらないで。捨てているのではないわ、祈りと愛を込めているのだわ」

 これは失礼致しましたという議員の言葉に、グレースは憂うように息をつく。頬に手を添えて目を伏せるその姿は、さながら絵画だ。

「どうしても、いけないのかしら。綺麗だと思うのだけれど……きっと、誰もが一度は目にしたくなるような、素敵な広場になるでしょう」

 噴水が役目を得た未来を夢想するかのように、グレースは窓の外へ視線を投げた。
 少女の幻想ほど、厄介なものはない。けれど、少女の我儘ほど押し潰しやすいものもない。
 このなにも知らない少女を眠らせて、本来の議題に戻らなければならない、と。議員たちはそんな目配せをしながら、グレースに物事の道理を教えてやろうと口を開いた。


 ◆

 
「……立派なものだな。動いていると、こんなに迫力があるものなのか」

 ――数ヶ月後。
 突如息を吹き返した広場の噴水を見て、一市民たるダニエル・テイラーはどこか感慨深そうにつぶやいた。願いが叶う噴水の伝説は聞いたことがあったけれど、ダニエルが生まれた頃には潰えて沈黙していた噴水だ。なるほどこれが噂のと見つめていると、背後から声をかけられた。

「ダニエル! なにしてるんだよ」
「……ああ……いや、噴水が」
「なんだよ、お前もコインを投げるのか? みんな物好きというか、はしゃぎすぎというか、なあ?」

 話しかけてきたのは、ダニエルの家と同じく首都に店を構えている青年だった。酒場を営んでいる彼は、いつでも笑顔で明るい友人。けれど最近は、この財政難と不況により生活もうまくいかないのだと、苦難を覗かせていたけれど。

「見ていただけだよ。……そんなことより……元気だね。なにかいいことでも?」
「ああ、聞いてくれよ! この噴水が動いてから、これを見に来ようって色んな人が首都に来てるらしくてさ。それで、うちに飯食いに来る奴が増えてさー……!」
「繁盛しているんだね、いいことだ。……最近は外国人も来ていると聞いたけど、この噴水目当てだったのか」

 ダニエルの言葉に、友人は大きく頷いた。そして、いつもよりもさらに明るくて大きな笑い声をあげる。

「最初修理し出した時は、また偉い奴らがどうでもいいことやってるーって感じだったけどさ。これのおかげで儲かってんだから、女王様様だよなー! ま、それよりもどうにかしろってこと山ほどあるけど!」

 それじゃあ俺はそろそろ店に戻るからと、友人はどこか楽しそうな足取りで去っていく。その後ろ姿は、コインを握りしめる観光客の群れにすぐ隠れてしまったのだった。
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