第1幕 Dear My Sister
06 ミルク、シュガーに毒をひとさじ
「お呼び立てして申し訳ございませんわ。お忙しい中足を運んでくださり、ありがとうございます」
リュシアンお兄様からあの書類を渡されてから数日。私は、中庭にてティータイムを楽しんでいた。ついつい上機嫌になってしまう私とは相反し、向かいに座る彼の表情は暗いものだ。
「いえ……王女殿下がお呼びでしたら」
取り繕えない疲れをにじませた表情で、ロバートは頭を下げた。その随分精力を失った様子は、彼の纏う気弱そうな空気をより強めている。
原因はおそらく、エルシーの葬儀だろう。
この国で行われる他の別れの儀式となんら変わらず、リリベル家のそれも静かに執り行われたと聞いた。正確には、エルシーの家族は粛々と葬儀に向き合っていた、と。相変わらず公爵夫人は姿を現さなかったそうだけれど、公爵やロバート、それからジン伯爵を始めとする公爵家と近しい親戚筋の人々は、取り乱すこともなく落ち着いていたようだった。内心はどうあれ、それが貴族というものだ。ただ、多大なる権力の外にいる者にとっては、大人しく哀悼してそれでおしまい、とはいかない。
社交界を牛耳っているといってもおかしくないリリベル家当主と、その息子に近付くチャンスなのだ。言葉は悪いけれど、この機会を逃すまい、ここで覚えられようと画策する貴族は少なくない。その結果遺族と死者への配慮が多少欠けたところで、彼らは気にするような器であるはずもなく――その程度の人間性なのだから、それなりの立場にいらっしゃるのだけれど。低俗な彼らに囲まれて、ロバートも色々と気苦労は絶えなかったことだろう。こればかりは、エルシーも含めたリリベル家に同情の念が浮かばなくもない。
「お疲れでしょう。もしよろしければ、お話の前にお茶はいかが? 帝国より頂いた、特別な茶葉ですの」
「あ、あはは……お気遣いなく……ですが、あの、いただきます……」
元々気弱でプレッシャーやストレスに弱そうなロバートのことだ。欲望に塗れた貴族の圧に潰されている様子が容易に想像できる。エルシーや公爵であれば、こういったことなら賢しく立ち回れていたのだろうけれど。つくづく、彼のこの先が心配になる。
「鈴蘭のフレーバードティーだそうですわ。香り高く優しいお味ですの。お口に合えばよろしいのですけれど」
「……ありがとうございます。いただきます」
相変わらず硬い表情だったけれど、一口飲んだ途端肩の力が抜けたようだった。おいしいとつぶやく姿が、素の彼なのだろうと思わされる。普段から――今日は特に、気負っていた様子のロバートは鈴蘭の香りに控えめに微笑み、そしてはっとしたように顔を上げた。私の用意したものを褒めるに値する言葉を探しているロバートの様子は、見ていて悪いものではない。
「ふふ。そう焦られずとも、気に入ってくださったことはとてもよく伝わりましたわ。……さて、せっかく緊張がほぐれたところを申し訳ありませんが、本題に入ってもよろしくて?」
「は、はい。……その、今日は……」
「ええ。まずは改めて、エルシー嬢の件、お悔やみ申し上げます。先日葬儀も執り行われたということですので。……葬儀に日を要しましたのは、私どもの死因究明によるものです。ご迷惑をおかけしましたわ」
「いえ、そんな。……僕も真実を知りたいんです。感謝こそしても、迷惑だなんて」
すっかり居住まいをただしたロバートは、真剣な顔で首を横に振った。
「それで、その……エルシーの死因のことで、なにか……?」
「ええ。証拠となり得るものを入手しましたので、ご覧頂きたく」
軽く手を叩くと、すぐに銀のトレーと共にそれが差し出される。多少上等なだけの、なんの変哲のない折りたたまれた紙だ。心配そうなエイプリルに微笑みかける。直前まで気を揉んでいた彼女が安心したとは思えないけれど。
「こちらです」
ひらりと片手で紙を開く。一瞬不思議そうに丸められたロバートの瞳が動くにつれ、その碧眼は焦りと驚愕に染まった。
「そ……っ、それが……証拠、ですか……」
「ええ、王家が手に入れた証拠ですわ。こちらの価値は、あなたもご存知のことと思いましたけれど……どうやら、私の見立て通りのようですわね」
私の声が聞こえているのかいないのか、ロバートは隅から隅までこのなんの変哲もない紙――小切手を食い入るように見つめていた。なにかの間違いを探すかのような祈りを浮かべて。
「まずは落ち着きあそばせ。お茶をもう一杯いかがかしら?」
「――……っ、王女殿下、これを、どちらで……」
「まあ。……ええ、よろしい。お答えしましょう。こちらは、エルシー嬢毒殺に用いられたとされる食事を作ったシェフの家から見つかったものですわ。それにしても、不思議ではございませんこと?」
手を伸ばしかけた彼から避けるように、小切手を手元に戻す。
本当に、まるでお手本のように美しい字だ。けれどそれは決して意外ではなく、「彼らしい」という印象の通りの整えられた字体。さらりとした筆致のどこにも隙は見当たらない。綺麗に発色したインクを撫でながら、私はその名を読み上げた。
「クロード・ジン……なぜ彼が、城仕えにこのような大金を渡しているのでしょう?」
小切手に書かれているのは、ジン伯爵の名前。その下に並んだ桁数ならば、平民を思い通りに動かすには十分だろう。
「……っ、それ、は、その……」
しらを切りでもすればいいものを、ロバートはご丁寧に動揺していた。自分はなにかを知っています、関わりがありますと顔に書いてあるような狼狽ようだ。本当に、この調子で彼はこの先大丈夫なのだろうか。
「このシェフは、『毒殺を命じたのは王女だ』などと宣った人物です。それもこの私を前にして。……苦し紛れの言い訳なのかと思いましたが、こちらを見てわかりました。大金でもって、そう証言するように命じられていたのですね。それを実行したのはジン伯爵……」
みるみるうちに、エルシーとはあまり似ていない顔が色を失っていく。
「そして、それをあなたは知っていらっしゃった。そうでしょう、ロバート様。ともすれば毒殺も、あなたが――」
「違います……っ!!」
がたり、と椅子が倒れる音に言葉を遮られる。立ち上がったロバートが乱暴にテーブルについた手が、食器を揺らした。
「違います! 僕は……っ、伯爵に協力させられただけです! 向こうが……言ってきて……ころ、殺すなんて、伯爵が……!」
悲痛な叫び声が耳に残る。私を見るその瞳は、すっかり冷静さを失っていた。息を荒らげる彼の手は、かすかに震えていた。
「……伯爵が、言ってきたんです……っ! 憎いエルシーを大人しくさせる方法があると! だ、だから僕は、まさか、死ぬなんて……それに、僕がしたのは代筆屋への依頼と、舞踏会での監視だけで、なにをするかなんて……!」
「あら、本当に協力者でいらっしゃいましたの。私の勘もそれなりのものですわね」
「…………は」
一瞬のうちに打って変わって静かになった彼は、今度はすっかり呆然としていた。忙しい人だ。表情の抜け落ちたロバートに、倒れた椅子を指し示す。
「お座りになってはいかが? ゆっくりと、お話いたしましょう」
エイプリルが速やかに椅子を直すのと同時に、ロバートは力無く倒れ込むように座った。気力すらも失った彼は、その名を呼びかけると顔を上げる。
「嘘をつこうなどとお思いにならないでくださいましね。拘留と尋問をお望みではないのなら、私の尋ねることに偽りなく答えるように。……ジン伯爵がエルシー嬢の毒殺を企てており、あなたはそれに協力した……間違いありませんわね?」
「どっ、どく、こ、毒殺なんて、知りませんでした、僕は……」
「聞かれたことに答えてくださいまし。私は今、真偽だけを問うております」
「…………そう、です。協力しま、した。けど本当に、あの子を殺すなんて言われてないんです! エルシーを大人しくさせる方法がある、そのためには僕の力が必要だ、と……」
大人しくさせる。脳内でその言葉を反芻する。
おおよそ、その言葉選びはロバートに合わせたのだろう。彼の調子ならば、「エルシーを殺す」とでも言ってしまえば尻込みするどころか、その悪意の露呈すらもありえそうだから。
確かにあの女のよく回る憎らしい口も、こちらを見下すような笑みも、もう向けられることがないと言えば、文字通り大人しくはなったのだけれど。エルシーが静かになったところで、社交界の騒がしさにそう変わりはない。
「なるほど。そこでジン伯爵より、役目を与えられたと。それが代筆の件ですのね?」
「……はい。それと、舞踏会でのあの子の動きの監視です。えっと、代筆については、以前お見せした通りで……。伯爵が王子殿下の名前を騙ったのは、おそらくエルシーが殿下をお慕いしていたからかと」
「お兄様ったら本当に……いえ、後にしましょう。手紙の内容はご覧になったのですわよね、その真意については?」
「なにも。……僕も、後半のドリンクの部分が気になって尋ねたのですが、知る必要はないと取り付く島もなく……」
「……そうですの」
前半のくだらない恋文は一旦置いておくとして。後半の、まるで誘導するかのような文言は気になるところだ。人目に付くことなく合図を交わしたい男女のものと言われれば納得はできるけれど、この手紙に関しては違う。しがらみに囚われながらも愛を囁く王子など存在せず、それならば、舞踏会のひとときを共に過ごすための手引きなどなんの意味も持たない。
エルシーを殺す計画において、なにか別の合図に使われていた、とか。それとも――彼女がドリンクを手に取ること自体が目的だった、とか。
考え込んでいると、「あ、あの」と震える声が前から聞こえた。
「ほ、本当、です……本当に、伯爵はなにも教えてくださらなくて……」
「……その部分を疑ってはおりませんわ。もう少し落ち着かれてはいかが……」
エイプリルに命じて、空になっていたロバートのティーカップにフレーバードティーを注がせる。洗練されたその仕草にすら怯えているようだ。いくらなんでも、脅しが効きすぎているのではないかしら。
「では、続きを。もう一つの、舞踏会での件については?」
フレーバードティーを一口飲んだロバートは、多少落ち着いたようだった。その瞳は、いくらか平静を取り戻している。
「は、はい。エルシーが殺されたあの舞踏会です。そこで、あの子のことをよく見ていろと言われました。……手紙にも書かれていた、白い花の入ったドリンク……あれをあの子が手に取ったら、指定された花瓶を動かせと。といっても、向きを変える程度ですが」
「……花瓶」
ふと、ダンスホールを思い出す。
事前に花瓶からテーブルクロスまですべて正しく整えられ、事件のあとも変わりないかのように見えたダンスホールの1点の曇りを。背後のエイプリルに視線を向けると、彼女もかすかに目を伏せた。
「それで役目は終わりだから、自由にしていいと言われていたのですが……その直後にあんなことが起こって……」
「それでは、ドリンクを受け取った直後にエルシー嬢は倒れたのですわね。その後伯爵とはなにかお話になりましたの?」
「……当日、は……大騒ぎになってしまっていましたから、それどころではなくて。何度か訪ねては来ていましたが、父の書斎か母の部屋で過ごしていました。ただ……」
そこで一度言葉を切ったロバートは、途端に怯えるように表情を曇らせる。テーブルの上に所在なさげに置かれた指先は落ち着きを失っていた。
「……手紙についてご説明した日……。帰る途中、伯爵に声をかけられたんです。……それで、その……色々……忠告をされまして……。も、申し訳ございません、あまり思い出したくなく……」
「そうですか。ええ、ご無理なさることはありませんわ。……そう、ですわね……ロバート様からご覧になって、伯爵の行動に不審な点はございませんか?」
「ふ、不審、ですか……うーん……僕はほとんどなにも教えてもらえなかったので……」
もごもごと呟いた彼は、視線を泳がせる。正直あまり期待してはいないのだけれど、聞いておいて損はないだろう。それにしてもロバートは、重要なところをなにも知らない様子だ。伯爵にとっての彼が、計画に使える便利な手駒のような存在だったことがなんとなくわかった。気が弱くて心理的な駆け引きはできない人だけれど、真面目な性格だから命じられたことはこなすし、言われたことはしっかり覚えている。短期的な助手にはうってつけだ。
そういえば、以前ジン伯爵は「ロバートが犯人かもしれない」なんて私に語っていた。代筆された明らかに怪しい手紙の件を彼に一任したあたり、最後はロバートに罪を着せて逃げ切るつもりだったのだろうか。とりとめもなく思いを巡らせていると、ロバートの「そういえば」という弱々しい声が届いた。
「…………いえ、あの、なんの手助けにもならないかと思いますが……えっと、気にな……、いえ、関係ないかも……」
「構いませんわ。教えてくださいまし」
「……えっと、はい。あの舞踏会の飾り付けですが、伯爵が関わっていて……いえ、それ自体は特に……花を帝国から大量に買ったそうなのですが……その際に、私用に用いると言って個人的に購入していて」
「鈴蘭ですわね。ですが、そのようなこともあるのでは? お部屋に飾るだとか、プレゼントだとか」
「あ……伯爵は花に興味がない……というか、嫌い、なのかな。詳しいことはわかりませんが、僕の知る限りは徹底的に遠ざけていて。ですので少しおかしいなと思ったんです。あのとき、なんと言っていたかな……『こうした花を料理に飾れば、訪れた人々の……女性の目を惹きますね』……」
ゆっくりと、ロバートが過去向けられた言葉を復唱する。
わざわざ帝国より調達し、大量に飾られた鈴蘭。花の嫌いな伯爵が私的な理由で手元に置いた鈴蘭、小ぶりで愛らしい白い花。お兄様の名前を使ってエルシーに送られた手紙にもあったその名前。なにかへと
ざわつきだす心中に、一つの言葉が思い出される。それは帝国から届いた手紙に書かれていた言葉だ。
鈴蘭には……。
「――『エルシーも、きっと。夢中になるでしょう』」
鈴蘭には毒がある。
◆
「それで? いつまで
夕日を背に、私ともリュシアンお兄様とも似ていない青い瞳が私を射抜いた。
ロバートを帰した私を呼び出したのは、エドワード・リーフェンシュタールお兄様――私とリュシアンお兄様の異母兄にして、王位継承権を持つ第一王子だ。不真面目なリュシアンお兄様や、お母様の立場からよく思われていない私とは違って、後ろ暗いところのない完璧な方。いつもお一人で黙々と責務を果たしていらっしゃるエドワードお兄様と、こうして二人で言葉を交わすなんていつぶりのことだろう。
「ごっこ遊びなどしてはいませんわ、エドワードお兄様。私は近辺を騒がす殺人事件の真相を明らかにし、穏やかな日を取り戻したいだけですの」
「思ってもいないことを……どうせ、しょうもないプライドと苛立ちから始めた遊びだろう。十分遊べたのだから、そろそろ手を引け」
「遊びではありません。お兄様、この問題は早急に解決しなければならないことですわ。……悠長にしていれば、私が犯人にされてしまいます! 貴族も騎士団も、この件においては頼れません」
「そうだとしても、お前が走り回る理由には足りないな。俺に話せばよかったものをそうしなかったのは、不要な我儘のせいだろう。自分が犯人だという噂が許せないからか? それとも、憎らしい相手の最期を自らの手で切り捨てたいからか」
なにも言えず口をつぐんでしまう。誰にも話したこともなく、尾を見せたこともなかったはずの感情を、なぜお兄様に言い当てられるのだろう。それも、感情を明らかにするような関わりもしたことがない、エドワードお兄様に。
リリベル公爵の偽装工作の動きも、騎士団が動かない不自然な状況も、すべて権威も権力も持っているお兄様にお話するべきだった。そうしなかったのは、エルシーへの恨みのせい。私があの女の死に、終止符を打ってやりたかった。犯人がわからない今、貴族たちは好きなようにあの女の名前を語る。仲が悪かった私が殺しただとかそうではないだとか、そんなくだらない話と共にエルシーの名を繰り返す。……それが気に入らないのだ。真実を詳らかにし、空想の余地さえなくしてしまえば、誰もがあの女から興味を失う。
――人が死ぬときは二度あるというのは、有名な話だ。一度目は肉体の死。そして二回目の死は、人々の記憶から消えたとき。
私が殺してやりたい。エルシー・リリベルを、社交界から、人々の記憶から。誰からも忘れられてしまえばいい。そして私だけが残ったとき、その最期に。私がエルシーを殺すのだ。ああ、それはなんてロマンチックな話だろうと、思わずにはいられない。だから、私の手で終わらせたい。この毒殺事件を。
「…………ふ」
ふと、お兄様の笑い声が聞こえた。それはとても静かだったけれど、愉快で仕方がないとでも言いたげな声。そして、私が生まれて初めて見たお兄様の笑みだった。逆光を纏った彼がどのような表情をしているのかはわからない。椅子に体を預けたお兄様は、抑えきれないとでも言いたげにくつくつ笑って、そしてようやく顔を上げた。
「お兄様……?」
「……ああ、いや。これは俺たちに共通する血がそうさせるのか、少し疑問に思ってな」
咳払いを一つしたお兄様は、すっかりいつもの調子だった。普段向けられる冷たい声とは違う声色に思わず動揺してしまったけれど、私も気を取り直す。
「……お前が社交界の安寧や自身の潔白を理由に上げ続けるつもりなのであれば、俺は無理矢理にでもお前からこの件を取り上げるつもりだった」
エドワードお兄様の黒髪が揺れる。それは、最初の王妃がそうであったと語られる色とまったく同じなのだという。
「お言葉ですが、お兄様。先ほども申し上げた通り、この事件を解決し静かな日々を取り戻したいだけですわ。犯人などと噂されては、私の名誉に関わりますし……」
「そうか。だが、お前のその目には覚えがある。憎い敵の死を夢想するときの、狂った目だ」
「仰っている意味が分かりかねますわ。アリアはそのような感情に覚えはございません」
果たしてしらを切る行為が正解なのかはわからないけれど、エドワードお兄様に見せていない私を明らかにする最適な場がこことは思えない。それに、この気持ちは――私がエルシーを最後に踏み潰すこの夢は、私だけのものだ。
「……いいだろう。話を戻すが、これまでの探偵ごっこで犯人はわかったのか?」
「ええ、大方は。犯人も、用いられた毒も協力者も……見当はついております。多少確認したいことと話をお聞きしたい方はおりますが……犯人については間違いないかと」
「罪を明かす場も方法も、お前に任せる。だが罰を与えるのは俺と父上だ。それさえ忘れなければ、あとは好きにしろ」
そう言うとお兄様は、小さく息をついて黙ってしまう。意外だった、正直なところ。私の勝手な行動を咎められて、静かにしているようにと叱責されるものだと思っていたものだったし、お兄様の第一声は明らかにその意図を含んでいた。なぜ気が変わったのかはわからないけれど、止められないのであれば喜ばしい。
社交界におけるエルシー・リリベルをこの手でどうにかしてやりたいのはもちろんだ。けれど、私の名誉に傷をつけかけた犯人、そしてその周辺に立つ人々の鉄槌を下したいという気持ちだって嘘ではないのだし。
「ありがとうございます、お兄様。アリアにお任せくださいまし、アリアが華麗に犯人を見つけてみせますわ!」
「くれぐれも失敗するなよ。……家名に泥を塗るな」
「ええ、もちろん承知しております。私はアリア・リーフェンシュタールですもの」
「それならいい」と言ったお兄様にお辞儀をして、部屋を出る。落ち着いた室内とは真逆の、華美で明るい廊下がまぶしかった。
「アリア様」
「エイプリル。お待たせ」
部屋の外で待たせていたエイプリルは、とても不安そうな表情で手を組んでいた。私が呼び出された直後からこの部屋の前まで、彼女はずっとその不安を口にしていたのだ。怒られるのでは、止められるのでは、なんて。
待っていた彼女が溜め込んでいたらしい不安は、歩き出してからも止まる様子はなかった。
「い、いかがでしたか? 殿下はなんと……」
「好きにしろ、とのことよ。あなたが心配していたようなことはなにもなかったわ」
「……え……っ、あ、アリア様。どのようなお話をされたのですか〜?」
「私もよくわからないのだけれど……お許しがいただけたのだから、ここで止まる理由はないわ。――私が犯人を明らかにするの。行きましょう」
甘い香りで巧妙に隠された真実が、明らかになっていく。すべてを白日に晒す日は、きっともうすぐだ。