番外編
ガラクタ・コーディアル
「誕生日、おめでとう!!」
その第一声に、ターリアは特に返事をしなかった。十一月、ぼんやりと曇った朝。そんな空の下にあって、彼の笑顔は真夏の太陽のように鬱陶しいものだったから。
「今年は祝えて嬉しいよ!」
「あっそ」
面倒だけれど学校に行こうと外に出た矢先、待ち構えていたように祝福を向けられた。いつもギリギリまで部屋で寝転がっているターリアとは違って、今目を輝かせている彼はいつも早寝早起きだ。本日誕生日であるターリアを祝うために、彼女が家から出てくる時間に目星をつけて、お得意の十分前行動でそわそわと待ち構えていたのだろうと想像がつく。
あくびをしながら、相変わらずキモイねなんていう悪態をかみ殺した。
「今日はキミの誕生日だろ? だから……やっぱり……最初に祝いたくて……あっ、おはよう!」
「そーいうのいいから」
たかだか家が近いだけで、その関係で幼い頃から話す機会が多かった。それだけの関係性だというのに、律儀なものだと考える。それを口にしてしまえば、彼は途端に顔色を変えて色々と喋り出すだろうから言わないけれど。
ターリアにとって、目の前の少年――ラファーユとの関係は、そう特別なものでもなかった。
幼馴染なんてカテゴライズはどこか青く輝いているように見えるものの、実際は大したことはない。子どもの頃から知った仲だとはいっても、性格や趣味が合うわけでもない男女なのだ。正確な時期はもう覚えていないけれど、思春期に入れば二人の距離は自然と遠くなって。今思えば、そういう年頃だからというだけではなくて……ラファーユの母親がなにか関係していたのだろう。彼の過保護なママには不真面目な不良娘として見られていると知ったとき、そして、そんなことないのにと幼馴染が憤っているのを見たとき。ターリアはめずらしく心から笑ってしまったのを覚えている。
「で?」
「えっ、あっ、うん! あの、なにかキミがほしいもの……って思って、色々探してみたんだけど……」
怠惰に短縮された催促は、彼にはしっかりと伝わったらしい。
男を特別視するのは趣味ではないけれど、とターリアは頭の隅で考える。これだけでなにを求めているのか伝わるというのは、やはり関わってきた時間が他人とは違うからだろう。相手が彼ではなかったのなら、きっと面倒な会話の往復が挟まっていたはずだ。
どこか慌ただしい動作で、スクールバッグの中身を漁る様子を見守る。鞄に収まるサイズなのであれば、きっとお菓子かなにかだろう。コイツにモノ選ぶセンスとかないから期待はしてないけど、だなんて若干失礼なことを考えていたターリアは、その大きな瞳を見開くことになる。
「キミに似合うものが、思いつかなくて……えっと……」
――差し出されたのは、シンプルで質のよさそうな財布。正確には、その中身。
「これで、好きなもの買ってもらえたらなー……って……」
ご丁寧にも封筒に入れられた、それなりの枚数のお札だった。
◆
――放課後。二人は、静かで愛らしいカフェでお茶をしていた。……正しく言うのであれば、ターリアだけが好きなように食べていて。その向かい側で、ラファーユはまるで罪人のように大人しくしている。
「ターリア。つ、次はなににする……?」
いつも以上にこちらのご機嫌をうかがうような言葉に、ターリアは返事をしなかった。
それは朝のような怠惰から来る無視ではなく、明確な意思を持った無視。口の中でしゅわしゅわと弾けたメロンが香る炭酸を飲み干すと、彼女は小さく「パフェ」とだけ告げる。忠実な兵隊のようにすぐさま頷いたラファーユは、静かで落ち着いた店内で邪魔にならないようにと控えめな仕草で店員を呼んだ。
彼が他人と話すとき特有の、幼くて計算じみた愛想笑い。見飽きたそれと共に本日何度目かの注文を済ませたラファーユは、青い瞳をちらりとこちらに向けた。
「……ま、まだ食べる?」
「当たり前でしょ。あのさー、アンタがあたしに意見できると思ってんの? 誕生日プレゼント現金で済ませようとするバカに、挽回のチャンスってヤツあげてんだけど?」
そう言って、ショートケーキのいちごを一口。つやつやの赤い宝石を簡単に飲み込んだターリアは、わざとらしく挑発でもするかのように片眉をあげる。
「だ、だって! 仕方ないだろ! ……食べ物とかは……考えたけど……好き嫌いとかだってあるだろうし……それに、ほら、キミは結構……」
目の前に座る少年は慌てたように、どこか言い訳じみた言葉が連ねていく。いつも周囲の様子を警戒、観察するかのように浩々と輝く青空は今は伏せられて、そこにいるのはただ、同級生女子に詰められて反論を封じられている男子の姿だ。
「なに? はっきり言えば?」
「……はっきり言ったら怒るだろ……」
「は? あたしそんな怒りっぽくないけど」
もう怒ってるじゃんという言葉は無視して、彼の言葉を急かすようにテーブルの下で彼の足を踏む。早く言えという気持ちを込めたその行為に観念したのか、ラファーユは視線をさまよわせながら口を開いた。
「ほら……キミは、あの……気分で変わるから、色々……昨日までおいしいとか好きって言ってても、今日は気分じゃないしいらないって言うし…………だから、なにか残る物とかでもいいかなって思ったんだけど……ボクこういうの選ぶセンスないし……」
前半部分を突っ込んで聞いてもよかったのだけれど、そこには触れずに後半への肯定だけで済ませてあげた。
なにしろターリアは、目の前に鎮座する大きなパフェに夢中だったから。きっとシェアをすること前提で作られているこの豪華で派手なスイーツは、もちろんすべてターリアのものだ。そして言うまでもなく、支払いは幼馴染の財布から出させる。それは、今朝誕生日プレゼントだと現金を渡された彼女が引きながらも押し付けた、放課後の約束だった。
これは決して、いつもの自分勝手な我儘というわけではない。二人にしてはめずらしく、話し合いと妥協の末に選ばれた時間。話し合いの主導権は常にターリアにあったけれど、それはそれ。公平な話し合いがそこにはあった。……と、いうことになっている。
「まーね。アンタはセンスないけどさー……だからって現金渡してくる? どーかしてんじゃないの」
「……そ、それは……ごめん……」
「むずかしーい問題集なんかより先に、女の……てか、人付き合いおべんきょーした方がいいんじゃない?」
声色に棘を含ませてみせれば、ラファーユはたちまち小さくなってしまう。その姿はまるで、萎れていく風船のようだった。
「…………ごめん……」
「ヘコむのウザイからやめて」
ふさわしいものが見つからなかったから、誕生日のプレゼントはこのお金で。
朝一番に向けられたそんなふざけているとしか思えない提案は、どうやら彼なりに精一杯頭を回した結果らしい。ラファーユの人付き合いのスキルと経験値のなさは、それなりの時間を共に過ごした身として十分に知っていることではあったけれど。それにしたって、ついに茹だった頭が戻らなくなったとしか思えないような選択だ。
百歩譲ってあげて、お菓子を選ばないのは許してあげなくもない。幼馴染である彼の言う通り、ターリアの気分屋と我儘は彼女の味覚にだって影響する。昨日はあんなにおいしく楽しく食べたけれど、今日は気分が乗らないからいらない、ていうかこれまずい、食べたくない、アンタがどうにかすれば。そんなことばかりを繰り返している彼女に対して、食べ物を送るという行為はリスキーなものなのであろうと。特に、いつもこちらのご機嫌を取ることを至上の喜びとでもしているようなラファーユは、そんな選択はしないだろうと予想がついたから。
「あたし次プリン食べる。あとチーズケーキ。頼んどいて」
ターリアが許せない……正確に言えば、理解できないのは。食べ物ではなくたって、この世には無難なお祝いの品だなんて溢れているということだ。学生同士なのだから文房具だとか、ハンカチといった日用品だとか。そういったそれなりを諦める理由は、「キミに似合うものがないから」なのだという。どんな女の子でもときめくような雑貨店をめぐっても、学生には到底手が出せない価格帯の百貨店を覗いてみても、なにも見つからなかったらしい。
「え、でもまだパフェいっぱい……」
「なに? 悪い?」
「そ、そんなことないよ!」
――どれもこれも、キミみたいな可愛い女の子の前じゃ大したことないんだよ。せっかくの誕生日なんだから、ターリアに見合うものをあげたかったんだけど。
心底悲しそうにそう口にする彼を見て、ターリアとしては返す言葉すら思い浮かばず唇を噛んだ。いつも気持ち悪いような大きすぎる好意を伝えてくるラファーユに、ターリアはいつも軽くて鋭利な短い罵倒を返している。けれどそれすらも咄嗟に口に出せないようなときもあって、今朝はちょうどそれだった。
だって、どうかしている。ターリアは可愛いけれど、可愛いだけで他はどこにでもいる普通の女子生徒だ。世間に満ち溢れる可愛いものを支配下におけるほど自己を信じているわけではないし、高額なブランド品を嫌味なく従えられるほどの魅力はもちろんまだ足りていない。ラファーユは時折、こうしてターリアのことを女神様かなにかのようにでも扱うときがあり、彼女はそれになんともいえない居心地の悪さを感じていた。
それなりに可愛いだけだと自覚している女の子を、まるで絶世の美女か女神かのように扱って持ち上げる少年。その姿を少女の語彙で表すのならば、キモイ男。この一言だろう。
「立派でキモイ考えはどうでもいいの。いい? アンタは人にちゃーんとプレゼントをあげることもできないバカなの。社交辞令とかテイサイってヤツ、覚えた方がいーんじゃない?」
「……ボクからのプレゼントとか、興味ない、いらないって言ってただろ。キミはこういうときに嘘をつくような人じゃないし、不必要なものをあげるくらいなら……」
かちゃりと音を立てて、ラファーユが手にしていたコーヒーカップとソーサーがぶつかる。言い訳じみたその声色の中に混ざるほんの少しの不条理の要因も、付き合いが長いターリアにはしっかりとわかっている。
「まーね。あたし、アンタが持ってくるようなセンスのないガラクタは大っ嫌い。ジャラジャラしたボールペンも、昨日までは気分だったお菓子も、ドギツイハンカチもぜーんぶいらない」
過去になにかにつけて渡されたつまらないプレゼントを思い浮かべながら、ターリアは冷たく言い放った。
昔から、ラファーユの趣味はどうかしていた。きっとそれは、趣味趣向においても母親が絶対的に正しいのだと教えられ、盲目的に信じ込んでいた時期の名残なのだろうからあまり強くは言えないけれど。彼のママから見れば上品で権威ある文房具もハンカチも香水も、ターリアにとっては鬱陶しいものでしかなかったのだ。
「でもさ。もっかい選んでみてよ、ガラクタ。あたしのために。そのおべんきょーばっかの頭回して」
「……で、でも、いらないもの、じゃ……」
「ん。ぜんっぜん、いらないけど! でも選んでるとき、アンタがあたしのことだけ考えてんのは、気分いいの。そのときのバカみたいな顔がプレゼントってことで、ほら」
言っている意味がわからないと混乱する様子のラファーユに、ターリアは打って変わって笑顔を浮かべる。ちょうど運ばれてきたチーズケーキは、彼女の好む固いものではなかった。食べた気すらしないような、空気のように柔らかいスフレチーズケーキ。
「あたしで頭いっぱいにして、あたしに好かれるために、がんばって見せてよ」
これはごほーび、と。彼がなぜだか好んでいる、ターリアからすればなんの味もしなければ食感もないケーキの皿を向かい側へと押す。それと一緒に身を乗り出せば、カフェのテーブルを挟んだ彼の空気が熱を帯びたのがわかった。
「――できるでしょ?」