第1章 ちいさな箱に人生を詰めて
08 Ashes to Ashes.
炎とは、いつから人と共にあったのだろう。
たとえば、気が遠くなるような大昔からだったとして。その頃を生きていた人々は、魔法の力で火を操っていたのだろうか。そしてその火は人々に安らぎをもたらすこともあれば、牙を剥くこともあったのだろうか。それはたとえば、あの日たやすくすべてを飲み込んだ、リデルの記憶の中にある炎と同じように。
真新しい機械に触れた自身の手は、いつもとなんら変わりはなかった。昨日と同じで、この街を出たときもそうで、そしてきっと――覚えていないけれど、一年前の今日とも変わらない。
自分の知っている魔法と、それを好んだ人々が作り上げた魔術。確かに魔法は便利なものなのだったのだろう。お湯を沸かすことだって、きっと今よりずっと簡単に済んでいたに違いない。今日それは理解したけれど、リデルは魔法はそう煌めくものとは思えなかった。
「……魔法は、私欲のための汚れた力……」
父親が幾度となく口にしていた言葉が、ふとこぼれた。
彼は死者を蘇らせることだけに命のすべてを捧げながらも、自身が行っていることにずいぶんと罪悪感を抱いていたようだった。静かに眠っている人々の墓を暴いて魔法をかけて、出来上がるのは生前の自我も記憶もなにもかもなくした動き回るだけの屍。父親のことはなにもわからないままだけれど、それでも自身の行いを悔やんでいることだけは知っている。……それでも止まれないのは、家族のためだからと。いつかそう言った父親の瞳の中にいる「家族」に、自分は映ってはいないのだろうと考えたことが遠い昔のようだ。
日常生活には魔法を使おうとしなかった父親を見ていたリデルにとって、魔法は便利で自由な力ではない。父親の言う通り、自身の欲望を通すための冒涜的でもある力でしかなかった。
だから結局、あまり好きにはなれなかった。魔法のことも、父親のことも。
「……いいものなのかな、そんなに。……僕が……おかしいだけなのかな……」
そうつぶやいて、自分がおかしいのだろうなと自嘲がこぼれる。あの家の中だけが世界のすべてだった頃から、不思議とわかっていたことだ。自分のいる場所は常識外れだということくらい。そんなことを考えていると、ふと先ほどつけたばかりのコンロの炎が目に入った。かすかに感じる熱の音と香りが、今日はやけに感覚を刺激する。
そのとき突然、鬱陶しいな、と思った。
汚れ一つない現代的な機械の上で揺れる炎がどうしようもなく。
少し前まではそんなこと一度も考えたことがなかったのに、今は無性に苛立って落ち着かない。今すぐにこれを消してしまいたいと考えて手を伸ばす。人工的な炎に手を近付ければ、手のひらに熱が伝わって――。
「……っ、おい!!」
焦ったかのような怒号が飛んできたと同時に、どこかを浮遊していた意識が戻ってきた。大きくて無骨な手がリデルの手首をつかんでいることに気が付いたのと同時に、ようやく頭の中がクリアになっていく。
「…………」
「……んだよその目」
「……いや……ごめん、えっと……」
今の状況がわからないと言いたげに視線を泳がせるリデルに、マグレヴァーは大きなため息をついた。ぱっと手を離されたかと思えば、鋭い視線に見下ろされる。
「ごめん……僕、今なにして……」
「知らねえ。自傷趣味があんならもっとうまくやれよ」
吐き捨てるように遮られて、思わず体がびくりと震えた。もちろんリデルにはそんなつもりはなくて、ただ……そこまで考えたところで、ぴたりと思考が停止する。
そんなつもりはない。それならば、なにがしたかったのだろう。
自分のしようとしたことの先にあるのは大火傷であることくらい、今冷静になれば考えるまでもないことだ。手のひらを火傷しました、理由は自分からコンロの火に思い切り触ったからですなんて、どうかしているとしか思えない。それなのに、先ほどまでそんなことは頭から消え去っていた。あったのは、感じたこともないような苛立ちだけ。自分の中にこれほどまでの激情があったとは考えられないほどだ。
「…………さっさと寝ろ」
少しくたびれた部屋着を纏った腕が伸びてきて、かちりと火が消える。長い前髪の隙間から見えるどこか哀れむような色は居心地が悪い。肯定の言葉とおやすみを混ぜ込んだ音をこぼして、リデルは自身の部屋へと逃げるように走っていった。
◆
今日も街中は騒がしい。休日ということも手伝ってかいつも以上の人の数だ。明るい人波に逆らうように、リデルは目的もなくふらふらとさまよっていた。
寝て起きても不愉快で不可思議な感覚を忘れることはできなくて、なんとなく寮は居心地が悪くて。外出しても気分が明るくなるなんてことはなかったのだけれど、室内で閉じこもっているよりはよほどましだ。そうは言っても、今日に限っては太陽の光も風が運ぶ香りも慰めにはならなかった。足取りは次第に重くなって、いつの間にかその足は止まってしまう。
――気分が悪い。自分が自分でなくなるかのような感覚に襲われる。自分がここにいることが間違っているかのような不快感に支配されかける。
昨夜のあの衝動はいったいなんだったのだろう。古びた寮には似合わない、現代的な機械の上で揺れる炎を見た途端に感じた感覚は。そんなことを考えても答えは出そうにない。
「……あ」
暗い気分のままうつむいて歩いていたリデルの顔をあげさせたのは、花屋からふわりと揺れる花の香りだった。名前はわからないけれど、店先に並べられている青色は人の目を引く。あまり大ぶりな花ではないものの、目が覚めるような青は沈んだ暗い思考に色鮮やかに映り込んだ。
自然であれば身のまわりに呆れるほどあったものの、目に入るものといえば名前も知らない鬱蒼とした高い木々だけ。そんな生活を送っていたリデルにとっては、人に愛でられるために整えられた花々は特別愛らしく感じられた。思わずその花の前に座り込んだときだった。
「やあ、リデルくん」
「……!?」
心臓が止まりそう、とはこのようなことを言うのだろうか。柔らかくて甘やかな声に名前を呼ばれて、思わず背筋が伸びる。こわごわと見上げたリデルに微笑むその顔には、少しの曇りも汚れもない。どこかシャーロットやハインリッヒの姿を思い出す、雑踏が似合わない気品にあふれた雰囲気に視線をさまよわせてしまう。
「…………み、ミカエル、さん……こんにちは……」
いまだ動揺が隠せない震える声で名を呼ばれても、彼は特に気を悪くした様子はなかった。服に疎いリデルから見ても上等だとわかるスーツを今日も身に纏うミカエルは、すっかり固まったリデルから目の前の花々へと視線を移す。
「こんにちは。随分熱心に見ていたけれど、なにか君の目を奪うものでもあったのかな」
「……えっと……なんとなく、目に留まっただけなんですけど……」
「ああ、アナガリスかい?」
指し示した花の名をつぶやいて、ミカエルは綺麗だねと目を細めた。花に埋もれるように置かれた値札には、彼が口にした通りの名前が書かれている。おうむ返しに口にしたその名前にはどこか聞き覚えがあった。どこだろうと記憶を手繰っていると、頭の上から正解が降ってくる。
「君たちの学校と同じ名前だね」
「あ……! 確かに……」
そういえば、自分の通う学校の名前がそうだったと思い至る。あまり馴染みのないまま受け入れていた文字の並びは花の名前だったらしい。アナガリス――学び舎にその名を授けた誰かは、どのような思いを込めたのだろう。花に詳しくないリデルにはわからなかったけれど、そこにはなにか願いがあったに違いない。
改めてアナガリスを見つめれば、それに答えるように花は揺れた。その姿に、ささくれだっていた心が落ち着いていくのがわかる。いいな、と声が漏れた。それは好ましいということなのか、この花が羨ましいということなのか、自分でもよくわからない。
「気に入ったのなら買ってみるといい。花は、日々に彩りを与えてくれる。自らで見つけて選んだものなら尚更だ。……君にその気があるならば、私から贈らせてくれないかな」
「えっ、いえ、それはさすがに……!」
不思議と購入に気持ちが偏っていたリデルだったけれど、ミカエルの提案を聞いて飛び上がるように立ち上がった。買うのも悪くない。ただそれは自分でお金を出すことが前提で、あまりよく知らない大人にもらうだなんてなんだか落ち着かない。身振り手振りも含めて必死に断ろうとするリデルに、ミカエルは甘く微笑んだ。
「そう言わないでくれ。せっかくだ。私もなにか買おうかと考えていたんだよ。そのついでと言ってはなんだけれど」
「か、飾るん……ですか? ミカエルさんも」
うまく断りきれず、一度話題の矛先を変えることにして尋ねる。買った花の愛で方なんてそのくらいしか知らないし、それになんとなく、ミカエルは家に花があるような生活を送っていそうな人だと思ったのだ。リデルは彼の家の内装どころか、その性格すら掴みきれてはいなかったけれど。
「そうだね、それもいい。けれど今は、シャーロットに贈るものを探しているんだ」
ミカエルに負けず劣らず花が似合う同級生の名前が出てきて、そうなんですかと頷いた。
そういえば、いつかのシャーロットは学校の花壇に座っていた。なにをするでもなく花を見つめる姿は慈しみにあふれていて、どこか儚く感じたのを覚えている。
「なにがいいかと考えるとなかなか決まらなくてね」
シャーロットのことならなんだって喜びそうだけれど、そんなことは親戚である彼も重々承知しているだろう。他の人のいない店内を見渡していると、ふとミカエルの視線が一つの花に向けられていることに気がついた。
「……薔薇、ですか?」
似合いそうですね、と付け足す。学校の花壇に佇むシャーロットを見た日から、彼女には素朴な花よりも華やかなものが似合うような気がしていたのだ。ミカエルの様子をうかがうと、嬉しそうに微笑んでいた。
「ふふ、薔薇は……そうだね。君の言う通りだろうし、なによりあの子好みだ。けれど、シャーロットにこの花をプレゼントするのは私の役目ではないかな」
「……それってどういう……」
「私はあの子の王子様ではない、ということさ」
意図がわからないと言いたげなリデルに、ミカエルはなにかを思い出すかのように視線を薔薇の花へと投げた。
「赤い薔薇は、いつだって熱烈な愛の象徴だ。……お姫様にそれを渡すには、相応しい役と舞台が必要だろう?」
ね、とウインクをされても正直なにもわからない。ただ、これ以上踏み込まれることは望まれていない気がして、なにも言うことが見つからないまま笑い返した。……とりあえず、赤い薔薇は候補にはあがっていないらしいことはわかったので。どうやら親しいらしい二人の間にはなにか理由があるのだろう。
「……えっと、それなら……」
リデルは何の気なしに花々に目を滑らせる。花のこともシャーロットの好みもよくわからないから、力になれる気はあまりしていないけれど、なにもしないというのも居心地が悪かった。うろうろと視線をさまよわせて、結局目の前の青い花に落ちた。その姿になにを感じたのか、ミカエルは楽しそうに笑う。
「いいね。アナガリスにしようか」
「……そう、ですね。かわいいし……」
リデルの意識はこの花と同じ名の学校の方へと寄っていたものだから、そんな返事をすることで精一杯だった。
シャーロットは、この花の名になにを思うのだろう。リデルの意識は、目の前の花から次第にここにはいない赤いリボンへと移っていく。こんなにも彼女のことが気になるのは、初めて誰かに優しくされた思い出の、その「誰か」だからなのだろうか。
「――リデルくん」
「は、はい」
「こちらは君の分。……お節介かもしれないけれど、寮に飾ってくれたまえ」
いつの間にか買い物を終えていたらしいミカエルに差し出されたのは、彼が持つものと揃いの花だった。その途端恐縮の念がわきあがり、忙しなく頭を下げる。だからだろうか、一瞬浮かんだ「寮に入っているなんて言ったっけ」という疑問は遥か彼方へと置き去りにされていった。
「す、すみません、あの、だ、大事に飾ります……!」
「ふふ、そうしてくれると私も嬉しいよ。さて、リデルくんはこのあとなにか予定はあるのかな」
「…………あ……いえ、特には……」
ミカエルの言葉に、ふと我に返る。居心地の悪さに耐えかねて飛び出してきたのだから、最初から予定なんてものはなにもない。花屋の前で足を止めミカエルに話しかけられるまでは、なにをするかなんて考える余裕すらもなかった。
「……で、でも、帰ろうかなと思います。せっかくの花だし……」
けれどそんな気持ちも、不思議と今は薄れていた。外出が気分転換となったのかななんて考えながら、リデルは手元の花を見やる。自分は存外、こうしたものを愛でることが好きなのかもしれない。
「そうか。一人でも大丈夫かい?」
「はい、そんなに遠くはないので……ありがとうございます」
「気にしないでくれ。本来ならば送ってあげたいところだけれど、所用があってね。気をつけて」
そんなに心配することないのにと不思議に思いつつも頷いた。まだ休日の日が出ている時間だし、ここから寮はさほど遠くはないのだから。それでもその気遣いは暖かくて、リデルはもう一度お礼を重ねた。
自分や父親とはどこか別世界の人間かのような雰囲気に気圧されてしまいがちなものの、そう怖がる必要もないように今では思える。緊張はするし、彼の前では不思議と姿勢を正さなくてはと思うことに変わりはないけれど。
「ところで、リデルくん」
ふとミカエルが切り出した。
「もしなにか悩みがあるのならば、いつでも力になるよ」
「……え」
「おや、違ったかな。随分思い悩んでいるように見えたから」
違ってなどいない。先ほどまでは答えのないことを考えては暗くなって、昨夜を思い出しては沈んでいた。気を遣う余裕なんてなかったものだから、きっとひどい顔をして歩いていたのだろう。
「……ありがとう、ございます。少し、えーっと……気分が落ち込んでいただけで」
きっとミカエルは悪い人ではない。初対面と今日の会話だけでも、寄り添ってくれるいい大人であるのだろうなと思える。
「なにがあったとかではないんですけど……環境が急に変わったから、疲れたのかも」
それでも自身の内面をこぼすことはできなかった。
踏み込まれたくない、悟られたくない。そんな思いを抱えて、リデルは当たり障りなく答えた。それを感じ取ったのかはわからないけれど、ミカエルは「そうか」と微笑む。
「君にとっては、すべてが慣れない環境だろうしね。ゆっくり休めるといいのだけれど」
目の前の少年を気遣うような笑みは優しいものだった。それに素直に答えられない自分が嫌になるほどだ。自己嫌悪に陥りそうな思考を隠して笑ってみせた。
戻ってきた寮はとても静かだった。だからきっと、マグレヴァーはいつも通り部屋に閉じこもっているのだろうと判断して、なるべく静かに扉を閉める。けれどその音を聞きつけたのか、彼は乱暴な音を立てて現れた。
「……もういいのかよ」
その言葉は相変わらずぶっきらぼうだった。むしろいつもより冷たく聞こえるそれに優しさを見出してしまうのは、自分に都合よく受け取りすぎているのだろうか。
「う、うん。大丈夫……だと思う」
はっきりしろよ、と舌打ちが聞こえた。それに曖昧に笑い返すことしかできないけれど、不思議と今の気分は落ち着いていた。
あんなに思い詰めていたことが嘘のように思えるのは、外の空気を吸ったからなのだろうか。だとしたら自分はなんて単純なんだろうと呆れずにはいられない。それとも、なにも知らない人と話したからだろうか。そんなことを考えながら、「そういえば」とリデルは言葉を続けた。
「今日、ちょっと色々あって……花を買ってもらったんだ。どこかに飾りたいんだけど、大丈夫?」
「花? ……んなもんなんのために……」
まじまじとアナガリスを見つめたマグレヴァーはなにか悪態をつこうとして、すぐにやめて、大きなため息をついた。
「……勝手にしろ」
無造作に伸びた髪をいじりながらそうつぶやいた視線は、ちらりと花に向けられて。再びすぐに逸らされた。
◆
――リビングテーブルの上で、青い花が揺れている。
その姿は新鮮で愛らしくて、リデルはそわそわとそれを見つめていた。もう夕食も終わっているというのに意味もなく座り続ける様子に冷たいコメントをいただいたのも、もう数時間前のことだ。時計の針は二十二時を指していて、外も静かだ。
明日のことをぼんやりと考えてみる。明日も休みだけれど、特になにかをする予定というものはない。街に来たばかりの日々と比べれば時間と心に余裕が出てきたものの、その結果浮き彫りになったのは自分は余暇を過ごすことが下手だという事実だけだった。これといった趣味もなにもないリデルの休日は、部屋でぼんやりと天井を眺めて終わることも少なくはない。
どうしようかな、出かけてもいいけど外に出てもやらないといけないことなんてないし。そんなことを考えていたときだ。
どこか調子外れの、耳につくベルの音が鳴った。
それが外に取り付けられていた呼び鈴の音だと気が付いたのは、奥からマグレヴァーが出てきてからのことだ。なにしろ、自分で鳴らすような用事も訪問者もこれまでなかったのだから。
「出た方がいい……よ、ね?」
人生で二度目となる居住地への訪問者に、リデルの心臓は大きな音を立てていた。あの放火と共にやってきたリードを一度目としていいのかはまだ整理をつけられていないものの、とにかく、呼び鈴を鳴らされるだなんて初めてのことだ。
「いいだろ別に。こんな時間に急にやってくる奴なんか全員ろくでもないに決まってる」
「そ、そういうもの?」
その理屈に納得はできないものの、経験のなさからそうなのかもしれないと思うことしかできない。びくびくと玄関の向こう側を凝視することしかできないリデルを急かすように、再び呼び鈴が鳴らされた。
「……また鳴ったけど……」
思わずマグレヴァーを見上げると、「しつけえな」というつぶやきと共に舌打ちが降ってくる。いつもより苛立っているように見えるけれど、それがこの謎の訪問によるものなのかはわからなかった。今響いている音よりも、この状況から思い起こされるなにかを見つめているような。
「いいか、絶対出んなよ。居留守……」
苛立ちのままに吐かれたであろう言葉は、突然止まってしまう。きっとリデルも、ありえないと言いたげに揺れる彼の瞳と同じような色に染まっているのだろう。
最低限の家具しかない、広く寂しいリビング。そんな空間を切り裂くように、あるいはこじ開けるように、突然亀裂が現れた。最初はひびのようだったそれは次第に、人一人ならば余裕を持って出入りできる程度の大きさに広がっていく。
リビングの電気がばちばちと点滅を繰り返す。目の前に突然現れたものが、異常ななにかであるということくらい簡単に予想がついた。この状況に戸惑うことしかできない人間を、どこか別の視座から笑うような蝙蝠の鳴き声がする。先ほどまでそこになかったはずの暗闇を引き裂いて、闇の中でなにかが輝いている。それが瞳だと……そして、暗闇から出てきたのが人間であると気が付いた頃には、揺らいでいた電気は元に戻っていた。
少しだけ乱れた色素の薄い赤髪をさっと直する彼は、どこか普通の人間とは違う様な不思議な雰囲気を纏っている。光をどこか冷めた視線で見上げていたけれど、その表情はリデルをとらえた途端に消え去っていった。
「……お! お前がリデルだな?」
きっとこんなシチュエーションでさえなければ、安心感と親しみを覚えずにはいられないであろう眩しい笑顔。けれど、鋭い牙を覗かせて笑う突然の訪問者にそれを向けられれば、それは恐ろしいものでしかなかった。
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