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side story

【私の新しい貴銃士】



机上には一挺の銃があった。
マスターは召銃を試みていた。
薔薇の傷のある左手で銃に触れ、必死に何かを念じている。
しかし、かれこれ数十分、何事もなく時は無情に過ぎてゆく。
「マスター。いきんでください」召銃に立ち会っているモーゼルが指示した。
「やってるわよ」彼女は苛立ったように返事をする。「でももう駄目。力を込めるほど傷が疼くの。痛くて無理。しんどい」
「何ですかこの程度で」モーゼルは腕を組み、呆れたように息をつく。「古銃のマスターなんて、三十人以上も召銃しているんですよ」
「あの阿婆擦れが!」古銃のマスターと比べられたことが引き金となり、彼女は突然熱り立った。「ぽこぽこ生んで……安産型かっ!?」
「すみません、僕が悪かったです」彼女の地雷を踏み抜いてしまったことに気づいたモーゼルは、涼しい顔で謝っている。「貴女は貴女ですからね。貴女のペースで良いのですよ」
「エルホサナ……エルホサナ……」虚ろな目をしたマスターはヘブライ語で祈り始めている。錯乱している。
その時、召銃を試みている銃から、紫色の靄のような僅かな光が放たれた。
「ご覧なさい。銃が貴女に応えていますよ」
「本当っ!?」モーゼルの励ましで、彼女は瞳に涙を浮かべる。「ああ……ようやく会えるのね。私の貴銃士に!」
しかし、マスターの歓喜も虚しく、紫の光は霞んで消えて見えなくなった。
彼女はその場に脆くくずおれ、ああだのううだの呻いている。
「私の貴銃士……」薔薇の傷に蝕まれた血だらけの腕を伸ばし、彼女の左手がモーゼルの頰に触れる。「顔を……顔をよく見せて」
「はあ。顔ですか」いまいちぴんとこない様子で、モーゼルはマスターと視線を合わせる。「これで宜しいでしょうか」
見上げる彼女の恍惚とした表情は、法悦の弓矢に貫かれた聖女のようだ。
「ああっ美少年!」血に濡れた両手でモーゼルの頰を包み込み、彼女はうっそりと笑みを浮かべる。
「新しい貴銃士……まるで天使のよう。私を迎えにいらしたの?」
「マスター僕です。お気を確かに」
召銃チャレンジは失敗である。





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