side story

【Roman Holiday】



「ローマの休日だ」
私の買い物に付き合っているアインスが、有名な映画のタイトルを口にする。
「Roman Holidayでしょ?」ハンガーにかけられたワンピースを体にあてがい、私は微笑む。
直訳はローマの休日ではなく、『ローマ人の休日』となる。
古代ローマには奴隷の剣闘士を猛獣と闘わせる見世物があり、休日の貴族たちはその娯楽を楽しんだ。見る方は面白いが、奴隷の剣闘士からしてみれば「休日のローマ人はろくな事しやがらねぇ」となるわけだ。転じて、Roman Holidayは『はた迷惑』や『スキャンダル』を意味する熟語になった。あの有名な映画のタイトルは、主人公である王女様の気まぐれを皮肉っているのだ。
「誤訳だとしても、俺はあの訳がいい」鏡の前で一人ファッションショーを展開する私に、彼は肩をすくめている。「『はた迷惑な王女』やら『王族のスキャンダル』なんてタイトルつけてみろ。観る気もしねぇ」
そうねぇ、と相槌を打つ。彼もこの休日を『はた迷惑』と思っているのか、と苦笑が漏れる。
「好きなだけ選べ」迷った挙句ワンピースを店員に預けると、付き添いの男前が涼しい顔で宣言した。「金ならある」
「さすがアインス! 一番お金持ち!」
きゃっと歓声を上げる私を、現金な奴め、と彼の呆れ眼が見下ろしている。
「気が済むまで買って、早く帰ろうぜ」
いつもは銃器を抱えている逞しい腕も、今は買い物袋をたくさんぶら下げている。



後日、「アインスさん、帝都の高級デパートでマスターさんに100万くらい貢いだらしい」というスキャンダルが帝軍中を駆け抜けるはた迷惑を、アインスはまだ知らない。





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