そのどれも全部未来のため
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「なぁ治くん、今年の花火大会の日て お店休みとちゃうん?」
カウンター越しにそんな話を振ってくる二人組の女性客
「せやねん。たまたま定休日でな。まぁ予定ないから 店開けてもええんですけどね」
「そうなぁん? ほな私治くんのこと誘おっかなぁ」
「え〜!抜けがけずるぅ。治くんほんまに誰かと花火観に行く予定ないん?」
「ないです」
「ほな一緒に行こうやぁ?」
そう言われたけど
誰かと この花火を見に行くつもりは無い
角が立たへんよう 笑顔でやんわりとお客さんからの誘いを断った
毎年行われる この辺では大きめの花火大会
別に花火も祭りも好きなわけとちゃう
数年前
当時付き合っとったひかりに誘われて行った
彼女と初めて見る花火は 悪いもんやなかった
「また来年も一緒に来よなぁ」
照れくさそうに笑ったひかりの顔は 今でも鮮明に思い出せるくらい
強く 記憶に残っとる
ひかりとは 高校ん時から付き合うとった
印象的やったんは 俺がバレーを辞めるて話した時に
何も言わんと見守ってくれたこと
飯の道に進む そんな話をしたらほとんどの人間が
呆れた顔を浮かべ やめといたほうがええと忠告してきた
そんな中 ひかりだけは
「応援する!治なら絶対大丈夫やから」 そう言うてくれた
自分の可能性を信じて応援してくれる人間が
一番近くに居ってくれるって ほんまに心強かったし
他の誰かに言われたことは いつのまにかどうでもよくなっとった
底なしに明るくて 優しいひかりの存在に
あの当時どれだけ救われたことか
ひかりは派手なタイプではないけど 存在感があった
見るからに真面目で面倒見が良く 落ち着きもある
誰が見ても美人や 人当たりも性格もええ
長いこと一緒におったけど
誰かがひかりの悪口言うてるんは聞いたことがない
俺はそんなひかりに心底惚れとった
学生の頃はとても口に出せんかったけど
結婚するならこの子やろなって 本気で思とった
「ずっと一緒におりたいなぁ」て
眉と目尻を思いきり下げて
ふにゃっと笑う ひかりの笑顔が好きやった
高校卒業後
県外の大学に進学したひかりと
専門学校に通いながらバイト漬けの日々を送る俺
この時は 遊んどる暇が無いくらい忙しかった
会う時間がほとんどない上 与えられた課題や将来のこと
考えることが多すぎて ひかりへの連絡を疎かにすることが増えた
折り返しの電話をせんでも
メッセージの返信をせんでも
ひかりは怒ったことはない
うるさいことを言われた記憶もない
俺はそんなひかりに 完全に甘えとったんや
連絡を頻繁にせんから好きやなくなったとか
そんなんとちゃう
むしろ好きすぎるくらいや
ひかり以外の女は いらん
そう思ってたし
未来のためには今頑張らなあかんなぁて がむしゃらやった
会うても寝るだけ
そんな日でも なんも言わんと受け入れてくれた
この頃 外に遊びに行った記憶はほとんど無い
それでもひかりに会うんを拒否されたことはなかった
せやから俺は仲良うできとると思っとった
会う度 ひかりの表情が曇っていっとることには
全く気付いてへんかった
ひかりからの連絡がだんだん減っとることにも
当然気付かへんで過ごして
あれもこれも 後から考えて
ようやく そうやったんやと理解することになる
そんなわかりやすい変化にも気付かへんのは
ちゃんとひかりのことを見てへんかったから
そう思われてもしゃあない
課題やったりバイトやったり
日々やることが多すぎて
ひかりとの時間を優先できへんかった
しようともせんかった
全部 未来のために
毎年行こうと約束した 花火大会の日が近づいてきた頃
たまたまバイトが入ってしもた
休み希望を出しとったのに 他に入れる奴がおらんて頼まれて しゃあないから引き受けた
ひかりはわかってくれるやろって勝手に思っとった
ひかりに 花火行かれへんようになったことを伝えた時も
何も言われへんかった
「ええよ 気にせんで!バイト頑張ってな」
いつも理解して 応援してくれるひかりに甘え続けて
それだけとちゃう
花火の約束を守られへんかった上
久しぶりに会う約束をしとった日も
突然バイト入られへんかて連絡が来て それを引き受けてしもたりして
ひかりのことを何時間も待たせたり
当日にキャンセルしたこともある
目標の開業資金を貯めるため
躍起になって働いとった
ひかりの気持ちなんか全然考えてへんかった
そんなん誰かて 嫌になるやろ
そんなこと続けとったら
「もう別れよう」 ってメッセージが来て
そん時はいきなしなんやねんって意味わからへんし
信じられへんで
慌てて電話したけど もう応じてくれることはなかった
「なんで」って返信して
改善できることならしたるて思ったけど
「他に好きな人ができた」って
送られてきたんはそんなメッセージやって
そん時一気に血の気が引いて 色んなことが どうでもようなった
散々放っといて
どの口が言うねんて思われるやろけど
好きな奴てどこのどいつやねんとか
俺と付き合うとるのにそいつと会うとったんかとか
聞きたいことはあった
結論 時間もなかなか作られへん男よりはまともやろ
そう思ったら聞く気も失せた
あれから数年
別にひかりんことを忘れられへんわけとちゃう
そんなふうにずっと自分に言い聞かせとった
もういつの話やねんて
ただ 夏になったら思い出すねん
なんでやろか
ずっと胸ん中に残っとる 【後悔】 そんな言葉がしっくりくるなぁ
あん時もうちょいうまく時間作られへんかったんか とか
あんな別れ方やったけど 落ち着いたら連絡しよて思いながらも
落ち着く暇もないくらい仕事しとるんは
ひかりの気持ちがもう自分にないん わかっとるからや
ある時
ひかりが大阪で就職したっちゅう話と
もう彼氏おるらしいて そんな話をスナから聞かされた
そん時に初めて なんとも言えん複雑な感情に胸を締めつけられたけど
「よかったやんか」って
何事もないように 笑顔を見せた
「ほんとにそう思ってる?」
そんなスナの言葉は聞こえへんふりをした
俺はひかりと別れてから まともに人と付き合うてへん
たぶんスナはその理由にとっくに気付いとったと思う
せやけど何も言わへんし 聞かへん
時々こうやって 昔話の延長でひかりの話題を出してくるくらいや
他の誰かと居っても 夏になったらひかりのことを思い出した
ひかりは もうおらん
あの 夏のことは 綺麗な思い出のまま置いとったらよかったのに
今年はどないしたんやろうか
開き直って 一人で花火見たろかと思た
花火大会の日は 皮肉にも毎年雨は降らへん
あん時と同じ 高台にある空き地
ここは穴場で 花火がよう見える
ここから見る景色も 花火も別に好きやない
あん時を思い出すから
そこは昔となんも変わってへんかった
ベンチがいくつか置いてあって
その一つに腰掛けて 清々しいほどの晴夜を見上げる
他の誰もいらん 一人でええ
これで 終わりにするねん
もう会うこともない ひかりへの想いとか全部 最後や
あかん
めっちゃ引きずっとる
彼女の浴衣姿を見たんも
一緒に花火を観に行くのも 初めてのことやった
高校最後の夏の思い出
「来年もその次もずっと一緒に見れたらええなぁ 連れてきてな」
可愛らしく笑うひかりに
照れながらも「当たり前やろ」て返した
嘘つきたかったんとちゃう
全部未来のためやった
でも今 こうやって その未来にひかりがおらへんかったら意味ないやん
ほんまはひかりと見た花火が忘れられへんかった
光に照らされた綺麗な顔に見惚れた
ええ思い出しかないねん
叶わん想いに縛られたない
無意識にそう思ったんやろう
ひかりんことを
あの夏の日を
思い出さへんように仕事ばっかしとった
なんで今年は見てしもたんやろ
やっぱり店開けたらよかったわ
忘れられへんわけとちゃうとか
スナと話したあの日
咄嗟に口から出た「よかったな」て言葉も
全部嘘や
認めるしかない
消えへん ひかりのこと忘れられへん
次々と絶えることなく上がる花火
破裂するような短い音
夜空に落ちる光の屑
夢幻泡影
儚く美しいっちゅうんは こういうことを言うんやろうか
柄にもなく感傷的になる
瞼閉じたら浮かぶあの子の笑顔
目ぇ開けたら そこにおったらええのに
あん時みたいな ふにゃっと心許した笑顔で
今やったら 大事にできる? せやな
絶対離さへんわ
嫌や言うても ずっと一緒におるし
これからは毎年一緒に花火見るねん
欲しい言うたもんは全部やるわ
嫌なとこあるんやったら 言うてくれ
治すから 呆れんとってや
「おさむ…?」
幻聴?
声がした気がして
薄ら目を開けると 夜空に咲く花火を背景に
スーツ姿で立ち尽くすひかりがおる
夢でも見とるんか
「やっぱり治や …久しぶりやなぁ」
控えめな声は 花火の音に今にもかき消されそうや
高くも低くもない この穏やかな声が好きやったなぁ
これ 夢やんな
夢やったら 何言うてもええやろ
「会いたかったねん」
「えっ?」
「ひかりのこと忘れられへんで、ずっと後悔しとってん」
「お、治…?」
顔を真っ赤にして 立ち尽くすひかり
ひかりの左手を取って 繋ぐようにした
「毎年 一緒にここ来るて約束したのに、すまんかった」
「え、…ううん…」
「俺 今もひかりが…」
「あの、私もずっと 治のこと好きやったんやけど…」
ひかりの顔が 花火の光に照らされて
赤や青 緑 色々な色に次々と変わる
それが妙にリアルや
「ここで会えると思わへんかったし 急にこんなん言われると思ってなくて…どないしよ…夢…?」
「おん。夢やろ?」
「え、夢なん?ちゃうよな?」
「夢とちゃうんか?」
繋いだ手の感覚ははっきりしとる
じとっと汗ばんだ感触もある
涙が滲んで うるうると光るひかりの瞳
頬を伝う汗が
夢とちゃうで と言わんばかりに流れた
「嘘やろ。ほんまなんか」
「ほんまやと思う」
ひかりは恥ずかしそうに繋いだ手を解こうとした
俺はその手を強く握って離さへんかった
ひかりの反対側の手 持っとるんはビールの缶
「ほんま…こんなとこ見られて最悪」
「ここで一人で飲んどったん?」
「私は毎年そうしてるん」
諦めたようにそう呟いたひかり
毎年?
あん時と同じこの場所で?
「毎年?」
「そうや」
「なんで誘わへんねん …っちゅうか男おるんやろ」
スナから聞いたんは もう一年くらい前のことやけど
「あぁ、すぐあかんようなったけど」
ひかりは あっけらかんと笑ってる
「さっき、ずっと俺のこと好きやったって言うとったん…」
「うん」
「ほな なんで他の男なんかと付き合うねん」
言うてから思った
重かったかもしれへんとか
責めるような言い方してしもたて
それでも嫌な顔一つせぇへんひかりは
「ごめん。ええ加減 治のこと忘れようと思って、他の人と付き合うたのに …忘れられへんかった。それですぐ別れてしもたん」
そう言って困ったように笑った
「治と別れる時な 好きな人ができた言うたやん …もう覚えてへんかなぁ」
「はっきり覚えとるわ」
「あれ 嘘やねん、ごめんな 。治の忙しい毎日を応援できへんようになって、私は逃げたんよ」
いつも前向きで明るかったひかりの口から出る 意外な言葉
「寂しくなったんよ、応援するて言うたのに。もしかして治に愛されてへんかもしれへんとか勝手に思って 、もっと私のこと見てほしいって。そんな欲張りな気持ちが出てきて」
何を言わせてしもてるんやろ
そう思ったらもう ひかりのこと抱きしめてた
「治は 夢叶えるために頑張ってるのに、これ以上一緒におったら邪魔し続けるだけやって思った」
ひかりが泣いたところを見たんも初めてやった
随分 我慢させてしもたことに
今さら気付く
言いたいことあんのやったら あん時言うたらよかったのに
そんな言葉が喉元まで出かかったけど 思い止まる
これ以上 ひかりを傷つけたらあかん
「邪魔やと思ったことなんか いっぺんもない」
「あん時のどれもこれも全部 ひかりがおる未来のためや思っとった」
「ちゃんと言葉にせんで甘えとった俺が悪い」
ひかりの耳元で次々と 思いつく言葉を 気持ちを 浴びせていくけど
伝わるかはわからへん
どうか 伝わってくれと願う
ひかりは少し身体を離した後 首を横に振って柔らかな笑みを浮かべた
「治、開業おめでとう。ほんまにすごい。ずっと言えんでごめん」
「ごめんとちゃうやん。謝るんは俺の方や」
「ほんまはお祝いもしたかった。スナくんが何回か声かけてくれたんやけど…怖くてお店にはよう行かんかったんよ」
「俺もひかりの就職祝い、したかったけどできてへん。スナから聞いとったのに すまんかった」
スナ あいつ やっぱり全部わかっとる
今日のこと 一番に伝えたらなあかんな
『へぇ そうなの よかったじゃん』
飄々と 何食わぬ顔で言う姿が目に浮かぶ
ひかりと一緒に見る花火は綺麗やった
何もかもあの頃とは違うはずやのに まるであの夏に引き戻されたようやった
寄り添い俺の腕にしがみつくひかりと
最後の花火が ゆっくりと静かに 散っていくのを見届けた
「俺ん家で 飲み直さへん?」
このまま帰したくなかった
ひかりの肩を抱き寄せて そう尋ねてみると
ひかりは恥ずかしそうにしながらも 「ええよ」と微笑んだ
夢みたいやけど 夢やない
それは翌日 二人で迎えるいつぶりかの朝が教えてくれる
カーテンから微かに差し込む光に
まだ気持ち良さそうに隣で眠るひかりの姿
小さく漏れる寝息すら 愛しい
じーっと見つめてやると 視線に気付いて薄らと目を開けたひかり
恥ずかしそうに 俺の手に指を絡ませた後
うらめしそうにこっちを見た
「身体 痛い」
そう呟いて 苦笑いを浮かべとる
無茶させたなぁて 自覚はある
「すまんかった」
それ以外 言われへんやん
悪戯に笑って また布団に潜っていく彼女を追いかける
今年 一緒に見た花火
何年越しか 叶った恋
それらが全部夢やなくて 現実のもんやと思うには
充分すぎるくらい幸せなひとときやった
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