侑くんと遠距離恋愛
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出会いは高校の時だった
ただの転校生の私と 校内一のモテ男に接点などあるわけがない
たまたま同じクラスで 共通の友人を通じてよく話す
それだけの関係だった
親の仕事の都合で転校した私
高校卒業後はまた東京に戻り進学し そのまま東京で就職した
それがどういうわけか そのモテ男の侑くんと偶然の再会を果たし 何年も遠距離恋愛をしているのだから
人生何があるかわからない
この数年 本当に目まぐるしく色々なことが起きた
そして今 別れの危機に直面している
いや もう別れてしまったかもしれない さすがに愛想を尽かされただろう
ここ最近 うまくいってなかった
侑くんも海外遠征が続いてたし 私も仕事でいっぱいいっぱいで 本当はもっと会いたい 愛してほしい 寂しい
侑くんからも「会いたい」と言ってほしかった
この先の話も できればちゃんとしてほしい そんなことを思ったけど そのどれも言えなかったし 言うなれば 私と侑くんはその程度の関係
本音はいつもひた隠しにした
言えないよ 相手はあの宮侑で 私と付き合ってること自体 不思議で仕方ないもん
そんな時に 侑くんが合コンを楽しんでいたらしいネットニュースを見て 一気に自信を無くしてしまう
最近ずっと忙しいって言ってたのに 楽しんでるじゃん
そう思うのに 侑くんに対しては嫌味の一つも言えなかった
「あれは付き合いで行ったやつや。すぐ帰ったし」
問い詰めたわけじゃないけど 侑くんのほうからその話題を出してきた
私と付き合うようになって こんな報道が出たのは 知る限りではたぶんこれが初めてだから 侑くんの言葉は嘘じゃないと思いたい
私は 私なりに侑くんのことは信用してる
でも 私たちの関係がうまくいってない今 そんなニュースは ちょっときつい
その話から電話で言い合いになって 気まずい空気が流れた
「侑くんは もっと近くで支えてくれる人と一緒にいたほうがいいよ」
まるで突き放すように こんなことを言ってしまった
でもね もっとおおらかで大人で 自信のある自立した女の人の方が侑くんには合うと思う
自分とは真逆だけど 本当にそう思う
「はぁ?なんやねんそれ」
いつもより低い声 明らかに怒らせてしまったのがわかる
でも もういいかなって思ってたのも確かで
「私も もっと会える人がいいなって思ってる」
「…」
こんなこと言ったらだめになるってわかってるのに
侑くんは侑くんなりにきっと頑張ってくれてる それなのに 言い出したら止まらなくなった
「会いたいって気兼ねなく言えて すぐ会いに来てくれる人がいい。 侑くんとは距離もあるし 気兼ねなく外で会うこともできないから。そういうの、もう…」
「もう、なんやねん」
侑くんを傷つける必要ないのに
必要以上に 出来ないことだけを指摘するような嫌な言い方をした
「疲れたの。もう、連絡してくれなくていいよ」
こんな女に 連絡なんかしなくていい 本当にそう思う
何も言わない侑くんに 私はそれだけ告げて電話を切った
その後はなぜかすっきりした
言ったことは最低だったかも知れないけど そのどれも嘘ではない
心の片隅で思ってて 私が遠慮して言えなかったこと
本当の私はきっとわがまま もっと一緒に居たかった
これからはそんな自分を抑える必要がなくなる
つらい時もあったけど 侑くんに愛してもらえたのは夢みたいだった
この楽しくつらかった数年間を 上手に消すことが私にできるのだろうか
___________
出会った時のことを思い出す
侑くんとは大学の時に思いがけない再会をした
侑くんは広告の撮影で東京に来ていて 私はそれの手伝いをするアルバイトで たまたま現場に居合わせた
最初に気付いた私は 侑くんが私を覚えてるわけない そう思って隠れてたんだけど
「ひかりちゃんやん 久しぶり」
侑くんの方からすぐに気付いて声を掛けてくれた
明るい笑顔 高校の時より身体つきは逞しくなって男らしさは増してるのに 雰囲気は丸くなってる気がした
さすが社会人だと感心したのを思い出す
コミュニケーション力が私のような学生とは格段に違った
「私のこと 覚えててくれたの?」
「当たり前やんか 連絡先変わってへん?」
「うん? 変わってないよ」
すっかり有名になってしまった侑くん
私のことなんか知らないふりをしてもよかったのに わざわざ話しかけてくれて
名前が売れても変わらない彼に なんだか感動してしまったのを今でも覚えてる
「ほなまた連絡するな」って
この時はそんな言葉 社交辞令だと思っていた でも違った
その言葉通り本当にあの後すぐ連絡が来て 二人で会うことになった
侑くん 彼女とかいるんじゃないかな?大丈夫なんだろうか?
侑くんは昔から人気があった
今となっては職業柄ますますモテるだろうし 綺麗な人と熱愛の噂も出てた気がする
たぶん私なんかが一緒にいていい人じゃない
わかってるけど 一回だけ 食事に行くくらい いいよね …と少し楽しみにしている自分がいた
私は 高校の頃 侑くんのことが好きだった
侑くんは 東京から来た私に気を遣って優しくしてくれてただけだと思う
私は勘違いしないように なるべく彼のことを意識しないようにしていた
振り返ると 「避けてきた」という表現が正しい気がする
侑くんのこと好きだけど 関わらない人生を自ら選んでいた
___________
「人目につかない方が良かったらうちへ来る?」
こんなことを自分から言ってしまった
私なりに 気遣ったつもりだった
自分と会ってるところを誰かに見られたり 撮られたりしたらきっと迷惑がかかるし大変だろう
「なんで?」侑くんからはそう返ってきた
なんでって 先程その理由は言ったつもりだけど それだけでは不十分なのだろうか?
もしかしたら何か気を悪くしたかもしれない
返事しかねているともう一通LINEが送られてくる
「ちょっと遅なるけど。夜八時」
そんな一言と一緒に 店の情報が送られてきた
変に悪目立ちしないようシンプルな服装 おしゃれというよりは無難 そんな格好に 一応深く帽子を被ってみる
約束の場所を訪れると 侑くんはマスクしただけで誰がどう見ても宮侑だった
これは大丈夫なの?と私が心配になるくらい
「ひかりちゃん なんでそんな隠れるような格好やねん」
「えっ!? 侑くん有名人だから一応」
侑くんは「そんなんええのに」って笑ってた
隠れなくてもよかったのかな?
でも侑くんに迷惑はかけたくないし たぶんこれでよかったと思うことにする
侑くんに連れてきてもらったお店は 当時普通の大学生だった私に用があるようなところではなかった
通されたのは奥にある完全個室のプライベートな空間
緊張すると思ったのは最初だけで
人目を気にすることなく 高校の頃となんら変わらない雰囲気で 会話を楽しんでしまった
あっという間に時間は過ぎた そう感じるくらい楽しかった
「家のほう回るから 乗っていきや」
タクシーで宿泊先のホテルまで帰るらしい侑くん
こんなことを言っていいのかわからないけど 私はまだ帰ってほしくないと思ってしまっていた
だから
「侑くんと、もう少し一緒にいたいな」
思ったままに伝えた よく言えたなと感心する
この頃の私は素直で 怖いもの知らずだった
再会してすぐこんなこと言って 軽い女だと思われたかも知れないけれど
そんなことより もう大阪に帰ってしまう侑くんと 離れるのは寂しい
もう これで会えなくなるのが嫌だった
「ええよ」
甘い声
嫌な顔ひとつせず笑ってくれた侑くん
私やっぱり侑くんのことが好き そう思った瞬間だった
大胆なことを言ってしまったと 改めて恥ずかしく思ってると
「ひかりちゃん家 行ってもええ?」って
ドキッとした
自分から誘っておいて身構えるのもおかしいけれど
侑くん 今 何考えてるかな
私の家に来るってことは 今付き合ってる彼女はいないのかな
タクシーの運転手さんに道を説明する
代金の支払いはやっぱり侑くんがしてくれて さっきから私は一円たりとも出していない
さすがに申し訳なくなり財布を出す
「ええて。甘えとき」
大学生なので正直金銭的な余裕はそんなにない 遠慮なくお言葉に甘えた
「散らかっててごめんね」
そう言って上がってもらった部屋
「めっちゃ綺麗やん 俺の部屋もっと散らかっとる」
そう言って笑ってる
「今度来る?」って聞かれて その言葉が嘘でも嬉しくて 首をぶんぶんと縦に振った
飲み物を出して まだまだ懐かしい話を楽しむ
高校の卒アルを引っ張り出して 思い出話で盛り上がった
たぶん侑くんは人生のほとんどをバレーに捧げてる
バレー部時代の話を楽しそうに話してくれた そのほとんどは私の知らないことなんだけど 不思議と面白い
また あっという間に時間が過ぎていく
家に行ってもいいか聞かれた時 覚悟したし 期待もした
侑くんが手を出してこないのは 私に魅力がないってこと?
それとも ただの同窓会の感覚でいるとか?
侑くん もしかしてあんまり そういう コトが 好きではないとか?
色々考えられる
一夜寝るだけでもよかったのに 侑くんにそのつもりがなさそうで残念なような 少しホッとするような
ねぇ侑くん 私のことどう思ってる?
気になるけど そんなことやっぱり聞けなくて じっと侑くんを見つめた
「ひかりちゃん、俺と付き合うてくれへん?」
その告白に耳を疑った
「え…侑くん、彼女は?」
「おったらあかんやろ?ひかりちゃんの家まで来とるのに」
私と何も変わらない ごく普通の感覚に安心する
期待していいの?
「彼女は いないの? 熱愛の噂あったよね」
「飯行っただけであんなんすぐ言われるねん。それに大体二人きりやないし 他にも誰かおるのに」
「そうなの」
「信じられへん?」
信じたい 揶揄ってるとかじゃないよね?そう思いたい
「俺な、高校ん時からひかりちゃんのこと気になっとってん。でも離れ離れになってしもたから」
偶然でも会えて良かったわ そう言ってくれたから
私も同じ気持ちだよ って 伝えようとした
「いきなしびっくりしたやんな? 返事は次会うた時でええよ。もし俺のもんになってくれるんやったら、次はひかりちゃんから俺に会いに来てくれへん?」
微かに顔が赤い侑くん
意外と硬派なのかも知れない
指一本触れてこないその姿に 想像とは少し違うギャップを感じて ますます好きになってしまった
私の答えなんか もうとっくに決まってた
____________
そして それからは毎日連絡をとった
遠く離れてる分 話せる夜は電話した
早く侑くんに会いたい
スケジュールは 多忙な侑くんに私が合わせるかたち
少ないバイトのお給料から大阪までの往復の交通費を必死に捻出した
侑くんは本当に嬉しそうに私を迎えてくれて
こうして私と侑くんは付き合うことになった
この時は何をしてても楽しかったな 一緒におるだけで幸せやった
それは今も何も変わらないけれど
デートはいつも家の中
出張や試合で東京に来る時は 私の家で過ごすこともあった
初めて私の家に来たあの日
あの時 侑くんあんまりスキじゃないのかなとか そういうコトに興味ないのかなと思ってたけど それは全然違った
私たちはほとんどの時間を家で過ごすから 一緒にいるとどうしてもそういう流れになる
あの時のことは「めちゃくちゃ我慢しとった」って
これは後で聞いた話だけど
その場の流れで有耶無耶にせず 大事にしてくれたようで嬉しかったし 愛しく思った
この行為が嫌なわけではない
遊ばれてるとか そんなこともあまり考えたことがないけれど
会う度に求められるのは 不満ではないけど不安要素の一つではあった
贅沢な悩みかも知れないけれど これは当時からずっと思っていた
だって会っても特別なデートするわけじゃない
会ってヤるだけだったら それが私である必要はあるんかなって考えた時もある
ずっと言えなかったけど
本当は時々 外に遊びに出掛けたりもしたかった
当時から 私が侑くんのいる大阪へ行くことが圧倒的に多かった
大学生だった私の方が時間があるしそれは仕方ない
でも正直 交通費の負担がしんどかった
そんなこと侑くんに言いたくないし 気づいてとも思わなかった
それに会いたい気持ちの方が強かったからバイトも頑張れた
この頃の悩みなんて そのくらいで 今思えば可愛いものだったと思う
ちょうど就活のタイミングで 侑くんは長期で海外遠征に行っていて その間はほとんど会えなかった
私もその頃は多忙だからそれはそれでよかったけど 本当は寂しかった
悩むことだってあったし 本音を言うともっと私の話を聞いてほしかった
仕方のないことだけど置かれてる立場とか
そんな違いを改めて思い知らされて 不安になることが一層増えた
就職先は 大阪の企業で最初考えてた
でも 侑くんは忙しそうでなかなか会えてなかったし
友達もほとんどいない大阪で 慣れた土地を離れて一人で住むのは不安以外なくて
結局私は彼に何の相談もせず 東京の企業に就職することを決めた
決まってしばらくが経った頃 久しぶりに会う侑くんに報告をした
おめでとうって ひとこと言って欲しかった 私なりに頑張った結果だから
でも「そうなん」って それだけ
たぶん たまたま 機嫌が良くなかった
たまに そういう時あるから
何も気にすることない
「なんで大阪にせんかったん」
侑くんにそう言われた
簡単にそんなこと言うけど こっち来いって言ってくれなかったから
侑くんのせいにするつもりはないけど そう言ってくれてたら たぶん私は大阪で働くことを決めてたよ
この頃から 私達はコミュニケーションが取れていなかったんだと思う
大学を卒業しても変わらず侑くんとは遠距離恋愛だった
両手離して喜べるほど うまくいってない そんな日々がずっと続いて
働き出したら余計にそう 社会人一年目は特に余裕なんかなかった
まとまった休みが取れなかったり 侑くんとの予定が合わなかったりで 大学の時よりもっと会う回数は減った
環境が変わった私
新しい先輩 仲間である同僚 社会人として行く飲み会や交流の場
どれもこれも新鮮で 侑くんのこと以外考えられなかった学生の頃と少しずつ違っていく
月に一回も会えない
できる時はしようねと 毎日のようにしていた電話も当然減った
お互い出れないことが多くて 掛け直すけど出てくれなかったり
せっかく掛け直してくれた電話に私が出れなかったり
そしてどんどん自信がなくなっていく
侑くんが私を好きでいるかもわからないし 私と付き合ってる意味も理由もないんじゃないかって
こうなってしまったら最後 もう必要とされてない気がしてきた
「次いつ会える?」
侑くんに送ったLINE 忙しいのか既読スルーされたまま返ってこない時もあった
それでも何事もなかったかのように また連絡は取り合うんだけど わだかまりはずっとあった
社会人一年目が終わる頃
会う時は変わらず 私が侑くんの家に行っていた
仕方ない 普通の恋愛とは少し違う わかってる
この頃は 彼氏と遊びに行ったっていう友達の話を聞いたり そんなSNSを見たらとにかく羨ましかった
彼氏と同棲を始めた同僚の話を聞いて 楽しそうなその生活に憧れを抱いていた
侑くんは 私に「こっちに住んだら」とか 一言も言ってはくれなかった
私は侑くんの彼女なのに
すごく遠い
実際の距離も遠いし 心の距離も離れていくばかりに感じていた
最近は私からばかり 会える日を聞いてたな
こうやって振り返れば しんどいことが増えていった恋愛だった
でもそれは侑くんへの気持ちが 大きくなっていったからだと気付く
私なんかより もっと近くにいて たくさん会えて
支えてくれるおおらかな女の人の方がいいんじゃないかって思うけど
私は侑くんのことがすごく好き
あんなことを言ってしまったこと 今すごく後悔してる
あれから何時間経っただろうか 涙が枯れてしまうくらい泣いた
スマホを見たけど 侑くんからの連絡はもちろん無い
時計を見る もう夜も遅い
あんなこと言ってしまった後に 連絡できるほどの神経は持ち合わせていない
今さら会いたいと思っても 拒否されるかもしれないし
全てが今さらだ
あんなひどいことを言って 謝っても きっともう元には戻れない
うじうじと泣くしかできない自分に嫌気が差す
再会したあの時みたいに 素直に本音を伝えれば良かった
ズッと鼻を啜る
「会いたい、寂しい、もっと ずっと 一緒にいたいの」
か細い声が出た
そんなことを伝えたら 侑くんはどうしただろうか
困ったかな?
それとも
何か変わっていたのだろうか?
シャワーを浴びて 適当なスキンケアをする
ひどく腫れた目を見てげんなりする
もう布団に飛び込んでしまおう そう思った時
インターホンが鳴った
こんな遅い時間に うちに人が来たことはない
恐る恐るモニターを覗くと 東京にいるはずのない彼
「なんで…来たの」
「開けてや。すぐ会いに来てくれる彼氏やで」
簡単に鍵を開けてしまうくらいには喜んでるの たぶんバレてしまってる
侑くん かっこつけてるけど息を切らしとる
それだけで慌てて来たのがわかった
たぶんあの電話を終えた後 すぐ家を出て新幹線に乗ってる
荷物も持たずに 何の変装もしないで
普通 こんなところまで来る?
「あれは そういう意味じゃなくて」
怒って すぐ会いに来たの?
「ほなどういう意味?」
何も言えずに固まってしまう
「来な、お前別れる言うて聞かんやろ」
侑くんにお前とか言われたの初めてだった
ドキッとするのと 怖いのとそんな感情が入り混じる
あれだけ泣いたから もう枯れ果てたと思ってたけど まだ涙出てくる
困ったなぁ
「ひかりちゃん 泣かんといてや」
そう言って優しく髪を撫でてくれるから さっきまで感じてた怖さなんか すぐにどっかいってしまった
こんな顔 見られたくない
このひどく腫れた目が 今より腫れてしまったらどうしよう
さっき以上に泣いてしまってる こんな顔見せたことないよね
侑くんにきつく抱きしめられたら
もう駄目だと思ってたもの が まだいけるかもに変わってしまう
「無理して来なくてよかったのに」
「勝手に身体動いとったわ」
壁際に追い詰められて 久しぶりのキス
それに応えるよう 自分から少し口を開いてみると 遠慮なしに舌が捩じ込まれる
「なんやねん。いつもよりやる気あるやん」
そんなんじゃない
でも少しでも好きな気持ちが伝わってほしいと願う
会えて嬉しい 飛んできてくれてありがとう
侑くんが大好きだよ
「俺、たぶん遠距離向いてないねん」
「それ 今言うの?」
「ずっと思っとった。こっち来いて何回も言うたろて思ったけど… 俺おらんこと多いし
それやったら今おるとこでおったほうがええんとちゃうかて、せやけど」
本当にそう思ってくれてたなら そんな嬉しいことないよ
「断られてもええから言うわ」
真っ直ぐ見つめられて 目を逸らせなくなる
「大阪来てや。俺の横でおって」
寂しい思いもさせるかも知れへんけど って
続く言葉を 最後まで聞かずに 侑くんに飛びついた
勢い余って 押し倒すような形で床に崩れる
不敵に笑う侑くんと目が合った
「ひかりちゃん 俺のことめっちゃ好きやろ?」
困ったように笑ってる侑くん
どうしてそんなに優しいの? 私の言葉でたくさん傷ついたはずなのに
「好きだよ 侑くん いっぱいごめんね」
そう言って 自分からキスをする そんなの得意じゃない でも 気持ちが伝わってほしい
「ほんまはもっと一緒に居りたかったん」
つい 関西弁がうつってしまう
別にいいや いっそ 侑くんに染められてしまいたい
「大胆やなぁ 今日はひかりちゃんからしてや」
ええやろ
そう言って掴まれた手 抱き寄せられて軽々と上に乗せられてしまう
「ええよ」
恥ずかしいけど 今日は特別
あの侑くんが慌てて会いに来てくれるなんて 夢にも思ってなかったから
「関西弁うつっとるで」
ふふ と笑ってしまう
長かった遠距離恋愛がようやく終わる
二人の距離が ぐっと縮まる
こんな特別な夜 普通に眠れるはずがない
大好きな彼の望み通り 今までになく 尽くしてしまう時間を過ごしたのだった
ただの転校生の私と 校内一のモテ男に接点などあるわけがない
たまたま同じクラスで 共通の友人を通じてよく話す
それだけの関係だった
親の仕事の都合で転校した私
高校卒業後はまた東京に戻り進学し そのまま東京で就職した
それがどういうわけか そのモテ男の侑くんと偶然の再会を果たし 何年も遠距離恋愛をしているのだから
人生何があるかわからない
この数年 本当に目まぐるしく色々なことが起きた
そして今 別れの危機に直面している
いや もう別れてしまったかもしれない さすがに愛想を尽かされただろう
ここ最近 うまくいってなかった
侑くんも海外遠征が続いてたし 私も仕事でいっぱいいっぱいで 本当はもっと会いたい 愛してほしい 寂しい
侑くんからも「会いたい」と言ってほしかった
この先の話も できればちゃんとしてほしい そんなことを思ったけど そのどれも言えなかったし 言うなれば 私と侑くんはその程度の関係
本音はいつもひた隠しにした
言えないよ 相手はあの宮侑で 私と付き合ってること自体 不思議で仕方ないもん
そんな時に 侑くんが合コンを楽しんでいたらしいネットニュースを見て 一気に自信を無くしてしまう
最近ずっと忙しいって言ってたのに 楽しんでるじゃん
そう思うのに 侑くんに対しては嫌味の一つも言えなかった
「あれは付き合いで行ったやつや。すぐ帰ったし」
問い詰めたわけじゃないけど 侑くんのほうからその話題を出してきた
私と付き合うようになって こんな報道が出たのは 知る限りではたぶんこれが初めてだから 侑くんの言葉は嘘じゃないと思いたい
私は 私なりに侑くんのことは信用してる
でも 私たちの関係がうまくいってない今 そんなニュースは ちょっときつい
その話から電話で言い合いになって 気まずい空気が流れた
「侑くんは もっと近くで支えてくれる人と一緒にいたほうがいいよ」
まるで突き放すように こんなことを言ってしまった
でもね もっとおおらかで大人で 自信のある自立した女の人の方が侑くんには合うと思う
自分とは真逆だけど 本当にそう思う
「はぁ?なんやねんそれ」
いつもより低い声 明らかに怒らせてしまったのがわかる
でも もういいかなって思ってたのも確かで
「私も もっと会える人がいいなって思ってる」
「…」
こんなこと言ったらだめになるってわかってるのに
侑くんは侑くんなりにきっと頑張ってくれてる それなのに 言い出したら止まらなくなった
「会いたいって気兼ねなく言えて すぐ会いに来てくれる人がいい。 侑くんとは距離もあるし 気兼ねなく外で会うこともできないから。そういうの、もう…」
「もう、なんやねん」
侑くんを傷つける必要ないのに
必要以上に 出来ないことだけを指摘するような嫌な言い方をした
「疲れたの。もう、連絡してくれなくていいよ」
こんな女に 連絡なんかしなくていい 本当にそう思う
何も言わない侑くんに 私はそれだけ告げて電話を切った
その後はなぜかすっきりした
言ったことは最低だったかも知れないけど そのどれも嘘ではない
心の片隅で思ってて 私が遠慮して言えなかったこと
本当の私はきっとわがまま もっと一緒に居たかった
これからはそんな自分を抑える必要がなくなる
つらい時もあったけど 侑くんに愛してもらえたのは夢みたいだった
この楽しくつらかった数年間を 上手に消すことが私にできるのだろうか
___________
出会った時のことを思い出す
侑くんとは大学の時に思いがけない再会をした
侑くんは広告の撮影で東京に来ていて 私はそれの手伝いをするアルバイトで たまたま現場に居合わせた
最初に気付いた私は 侑くんが私を覚えてるわけない そう思って隠れてたんだけど
「ひかりちゃんやん 久しぶり」
侑くんの方からすぐに気付いて声を掛けてくれた
明るい笑顔 高校の時より身体つきは逞しくなって男らしさは増してるのに 雰囲気は丸くなってる気がした
さすが社会人だと感心したのを思い出す
コミュニケーション力が私のような学生とは格段に違った
「私のこと 覚えててくれたの?」
「当たり前やんか 連絡先変わってへん?」
「うん? 変わってないよ」
すっかり有名になってしまった侑くん
私のことなんか知らないふりをしてもよかったのに わざわざ話しかけてくれて
名前が売れても変わらない彼に なんだか感動してしまったのを今でも覚えてる
「ほなまた連絡するな」って
この時はそんな言葉 社交辞令だと思っていた でも違った
その言葉通り本当にあの後すぐ連絡が来て 二人で会うことになった
侑くん 彼女とかいるんじゃないかな?大丈夫なんだろうか?
侑くんは昔から人気があった
今となっては職業柄ますますモテるだろうし 綺麗な人と熱愛の噂も出てた気がする
たぶん私なんかが一緒にいていい人じゃない
わかってるけど 一回だけ 食事に行くくらい いいよね …と少し楽しみにしている自分がいた
私は 高校の頃 侑くんのことが好きだった
侑くんは 東京から来た私に気を遣って優しくしてくれてただけだと思う
私は勘違いしないように なるべく彼のことを意識しないようにしていた
振り返ると 「避けてきた」という表現が正しい気がする
侑くんのこと好きだけど 関わらない人生を自ら選んでいた
___________
「人目につかない方が良かったらうちへ来る?」
こんなことを自分から言ってしまった
私なりに 気遣ったつもりだった
自分と会ってるところを誰かに見られたり 撮られたりしたらきっと迷惑がかかるし大変だろう
「なんで?」侑くんからはそう返ってきた
なんでって 先程その理由は言ったつもりだけど それだけでは不十分なのだろうか?
もしかしたら何か気を悪くしたかもしれない
返事しかねているともう一通LINEが送られてくる
「ちょっと遅なるけど。夜八時」
そんな一言と一緒に 店の情報が送られてきた
変に悪目立ちしないようシンプルな服装 おしゃれというよりは無難 そんな格好に 一応深く帽子を被ってみる
約束の場所を訪れると 侑くんはマスクしただけで誰がどう見ても宮侑だった
これは大丈夫なの?と私が心配になるくらい
「ひかりちゃん なんでそんな隠れるような格好やねん」
「えっ!? 侑くん有名人だから一応」
侑くんは「そんなんええのに」って笑ってた
隠れなくてもよかったのかな?
でも侑くんに迷惑はかけたくないし たぶんこれでよかったと思うことにする
侑くんに連れてきてもらったお店は 当時普通の大学生だった私に用があるようなところではなかった
通されたのは奥にある完全個室のプライベートな空間
緊張すると思ったのは最初だけで
人目を気にすることなく 高校の頃となんら変わらない雰囲気で 会話を楽しんでしまった
あっという間に時間は過ぎた そう感じるくらい楽しかった
「家のほう回るから 乗っていきや」
タクシーで宿泊先のホテルまで帰るらしい侑くん
こんなことを言っていいのかわからないけど 私はまだ帰ってほしくないと思ってしまっていた
だから
「侑くんと、もう少し一緒にいたいな」
思ったままに伝えた よく言えたなと感心する
この頃の私は素直で 怖いもの知らずだった
再会してすぐこんなこと言って 軽い女だと思われたかも知れないけれど
そんなことより もう大阪に帰ってしまう侑くんと 離れるのは寂しい
もう これで会えなくなるのが嫌だった
「ええよ」
甘い声
嫌な顔ひとつせず笑ってくれた侑くん
私やっぱり侑くんのことが好き そう思った瞬間だった
大胆なことを言ってしまったと 改めて恥ずかしく思ってると
「ひかりちゃん家 行ってもええ?」って
ドキッとした
自分から誘っておいて身構えるのもおかしいけれど
侑くん 今 何考えてるかな
私の家に来るってことは 今付き合ってる彼女はいないのかな
タクシーの運転手さんに道を説明する
代金の支払いはやっぱり侑くんがしてくれて さっきから私は一円たりとも出していない
さすがに申し訳なくなり財布を出す
「ええて。甘えとき」
大学生なので正直金銭的な余裕はそんなにない 遠慮なくお言葉に甘えた
「散らかっててごめんね」
そう言って上がってもらった部屋
「めっちゃ綺麗やん 俺の部屋もっと散らかっとる」
そう言って笑ってる
「今度来る?」って聞かれて その言葉が嘘でも嬉しくて 首をぶんぶんと縦に振った
飲み物を出して まだまだ懐かしい話を楽しむ
高校の卒アルを引っ張り出して 思い出話で盛り上がった
たぶん侑くんは人生のほとんどをバレーに捧げてる
バレー部時代の話を楽しそうに話してくれた そのほとんどは私の知らないことなんだけど 不思議と面白い
また あっという間に時間が過ぎていく
家に行ってもいいか聞かれた時 覚悟したし 期待もした
侑くんが手を出してこないのは 私に魅力がないってこと?
それとも ただの同窓会の感覚でいるとか?
侑くん もしかしてあんまり そういう コトが 好きではないとか?
色々考えられる
一夜寝るだけでもよかったのに 侑くんにそのつもりがなさそうで残念なような 少しホッとするような
ねぇ侑くん 私のことどう思ってる?
気になるけど そんなことやっぱり聞けなくて じっと侑くんを見つめた
「ひかりちゃん、俺と付き合うてくれへん?」
その告白に耳を疑った
「え…侑くん、彼女は?」
「おったらあかんやろ?ひかりちゃんの家まで来とるのに」
私と何も変わらない ごく普通の感覚に安心する
期待していいの?
「彼女は いないの? 熱愛の噂あったよね」
「飯行っただけであんなんすぐ言われるねん。それに大体二人きりやないし 他にも誰かおるのに」
「そうなの」
「信じられへん?」
信じたい 揶揄ってるとかじゃないよね?そう思いたい
「俺な、高校ん時からひかりちゃんのこと気になっとってん。でも離れ離れになってしもたから」
偶然でも会えて良かったわ そう言ってくれたから
私も同じ気持ちだよ って 伝えようとした
「いきなしびっくりしたやんな? 返事は次会うた時でええよ。もし俺のもんになってくれるんやったら、次はひかりちゃんから俺に会いに来てくれへん?」
微かに顔が赤い侑くん
意外と硬派なのかも知れない
指一本触れてこないその姿に 想像とは少し違うギャップを感じて ますます好きになってしまった
私の答えなんか もうとっくに決まってた
____________
そして それからは毎日連絡をとった
遠く離れてる分 話せる夜は電話した
早く侑くんに会いたい
スケジュールは 多忙な侑くんに私が合わせるかたち
少ないバイトのお給料から大阪までの往復の交通費を必死に捻出した
侑くんは本当に嬉しそうに私を迎えてくれて
こうして私と侑くんは付き合うことになった
この時は何をしてても楽しかったな 一緒におるだけで幸せやった
それは今も何も変わらないけれど
デートはいつも家の中
出張や試合で東京に来る時は 私の家で過ごすこともあった
初めて私の家に来たあの日
あの時 侑くんあんまりスキじゃないのかなとか そういうコトに興味ないのかなと思ってたけど それは全然違った
私たちはほとんどの時間を家で過ごすから 一緒にいるとどうしてもそういう流れになる
あの時のことは「めちゃくちゃ我慢しとった」って
これは後で聞いた話だけど
その場の流れで有耶無耶にせず 大事にしてくれたようで嬉しかったし 愛しく思った
この行為が嫌なわけではない
遊ばれてるとか そんなこともあまり考えたことがないけれど
会う度に求められるのは 不満ではないけど不安要素の一つではあった
贅沢な悩みかも知れないけれど これは当時からずっと思っていた
だって会っても特別なデートするわけじゃない
会ってヤるだけだったら それが私である必要はあるんかなって考えた時もある
ずっと言えなかったけど
本当は時々 外に遊びに出掛けたりもしたかった
当時から 私が侑くんのいる大阪へ行くことが圧倒的に多かった
大学生だった私の方が時間があるしそれは仕方ない
でも正直 交通費の負担がしんどかった
そんなこと侑くんに言いたくないし 気づいてとも思わなかった
それに会いたい気持ちの方が強かったからバイトも頑張れた
この頃の悩みなんて そのくらいで 今思えば可愛いものだったと思う
ちょうど就活のタイミングで 侑くんは長期で海外遠征に行っていて その間はほとんど会えなかった
私もその頃は多忙だからそれはそれでよかったけど 本当は寂しかった
悩むことだってあったし 本音を言うともっと私の話を聞いてほしかった
仕方のないことだけど置かれてる立場とか
そんな違いを改めて思い知らされて 不安になることが一層増えた
就職先は 大阪の企業で最初考えてた
でも 侑くんは忙しそうでなかなか会えてなかったし
友達もほとんどいない大阪で 慣れた土地を離れて一人で住むのは不安以外なくて
結局私は彼に何の相談もせず 東京の企業に就職することを決めた
決まってしばらくが経った頃 久しぶりに会う侑くんに報告をした
おめでとうって ひとこと言って欲しかった 私なりに頑張った結果だから
でも「そうなん」って それだけ
たぶん たまたま 機嫌が良くなかった
たまに そういう時あるから
何も気にすることない
「なんで大阪にせんかったん」
侑くんにそう言われた
簡単にそんなこと言うけど こっち来いって言ってくれなかったから
侑くんのせいにするつもりはないけど そう言ってくれてたら たぶん私は大阪で働くことを決めてたよ
この頃から 私達はコミュニケーションが取れていなかったんだと思う
大学を卒業しても変わらず侑くんとは遠距離恋愛だった
両手離して喜べるほど うまくいってない そんな日々がずっと続いて
働き出したら余計にそう 社会人一年目は特に余裕なんかなかった
まとまった休みが取れなかったり 侑くんとの予定が合わなかったりで 大学の時よりもっと会う回数は減った
環境が変わった私
新しい先輩 仲間である同僚 社会人として行く飲み会や交流の場
どれもこれも新鮮で 侑くんのこと以外考えられなかった学生の頃と少しずつ違っていく
月に一回も会えない
できる時はしようねと 毎日のようにしていた電話も当然減った
お互い出れないことが多くて 掛け直すけど出てくれなかったり
せっかく掛け直してくれた電話に私が出れなかったり
そしてどんどん自信がなくなっていく
侑くんが私を好きでいるかもわからないし 私と付き合ってる意味も理由もないんじゃないかって
こうなってしまったら最後 もう必要とされてない気がしてきた
「次いつ会える?」
侑くんに送ったLINE 忙しいのか既読スルーされたまま返ってこない時もあった
それでも何事もなかったかのように また連絡は取り合うんだけど わだかまりはずっとあった
社会人一年目が終わる頃
会う時は変わらず 私が侑くんの家に行っていた
仕方ない 普通の恋愛とは少し違う わかってる
この頃は 彼氏と遊びに行ったっていう友達の話を聞いたり そんなSNSを見たらとにかく羨ましかった
彼氏と同棲を始めた同僚の話を聞いて 楽しそうなその生活に憧れを抱いていた
侑くんは 私に「こっちに住んだら」とか 一言も言ってはくれなかった
私は侑くんの彼女なのに
すごく遠い
実際の距離も遠いし 心の距離も離れていくばかりに感じていた
最近は私からばかり 会える日を聞いてたな
こうやって振り返れば しんどいことが増えていった恋愛だった
でもそれは侑くんへの気持ちが 大きくなっていったからだと気付く
私なんかより もっと近くにいて たくさん会えて
支えてくれるおおらかな女の人の方がいいんじゃないかって思うけど
私は侑くんのことがすごく好き
あんなことを言ってしまったこと 今すごく後悔してる
あれから何時間経っただろうか 涙が枯れてしまうくらい泣いた
スマホを見たけど 侑くんからの連絡はもちろん無い
時計を見る もう夜も遅い
あんなこと言ってしまった後に 連絡できるほどの神経は持ち合わせていない
今さら会いたいと思っても 拒否されるかもしれないし
全てが今さらだ
あんなひどいことを言って 謝っても きっともう元には戻れない
うじうじと泣くしかできない自分に嫌気が差す
再会したあの時みたいに 素直に本音を伝えれば良かった
ズッと鼻を啜る
「会いたい、寂しい、もっと ずっと 一緒にいたいの」
か細い声が出た
そんなことを伝えたら 侑くんはどうしただろうか
困ったかな?
それとも
何か変わっていたのだろうか?
シャワーを浴びて 適当なスキンケアをする
ひどく腫れた目を見てげんなりする
もう布団に飛び込んでしまおう そう思った時
インターホンが鳴った
こんな遅い時間に うちに人が来たことはない
恐る恐るモニターを覗くと 東京にいるはずのない彼
「なんで…来たの」
「開けてや。すぐ会いに来てくれる彼氏やで」
簡単に鍵を開けてしまうくらいには喜んでるの たぶんバレてしまってる
侑くん かっこつけてるけど息を切らしとる
それだけで慌てて来たのがわかった
たぶんあの電話を終えた後 すぐ家を出て新幹線に乗ってる
荷物も持たずに 何の変装もしないで
普通 こんなところまで来る?
「あれは そういう意味じゃなくて」
怒って すぐ会いに来たの?
「ほなどういう意味?」
何も言えずに固まってしまう
「来な、お前別れる言うて聞かんやろ」
侑くんにお前とか言われたの初めてだった
ドキッとするのと 怖いのとそんな感情が入り混じる
あれだけ泣いたから もう枯れ果てたと思ってたけど まだ涙出てくる
困ったなぁ
「ひかりちゃん 泣かんといてや」
そう言って優しく髪を撫でてくれるから さっきまで感じてた怖さなんか すぐにどっかいってしまった
こんな顔 見られたくない
このひどく腫れた目が 今より腫れてしまったらどうしよう
さっき以上に泣いてしまってる こんな顔見せたことないよね
侑くんにきつく抱きしめられたら
もう駄目だと思ってたもの が まだいけるかもに変わってしまう
「無理して来なくてよかったのに」
「勝手に身体動いとったわ」
壁際に追い詰められて 久しぶりのキス
それに応えるよう 自分から少し口を開いてみると 遠慮なしに舌が捩じ込まれる
「なんやねん。いつもよりやる気あるやん」
そんなんじゃない
でも少しでも好きな気持ちが伝わってほしいと願う
会えて嬉しい 飛んできてくれてありがとう
侑くんが大好きだよ
「俺、たぶん遠距離向いてないねん」
「それ 今言うの?」
「ずっと思っとった。こっち来いて何回も言うたろて思ったけど… 俺おらんこと多いし
それやったら今おるとこでおったほうがええんとちゃうかて、せやけど」
本当にそう思ってくれてたなら そんな嬉しいことないよ
「断られてもええから言うわ」
真っ直ぐ見つめられて 目を逸らせなくなる
「大阪来てや。俺の横でおって」
寂しい思いもさせるかも知れへんけど って
続く言葉を 最後まで聞かずに 侑くんに飛びついた
勢い余って 押し倒すような形で床に崩れる
不敵に笑う侑くんと目が合った
「ひかりちゃん 俺のことめっちゃ好きやろ?」
困ったように笑ってる侑くん
どうしてそんなに優しいの? 私の言葉でたくさん傷ついたはずなのに
「好きだよ 侑くん いっぱいごめんね」
そう言って 自分からキスをする そんなの得意じゃない でも 気持ちが伝わってほしい
「ほんまはもっと一緒に居りたかったん」
つい 関西弁がうつってしまう
別にいいや いっそ 侑くんに染められてしまいたい
「大胆やなぁ 今日はひかりちゃんからしてや」
ええやろ
そう言って掴まれた手 抱き寄せられて軽々と上に乗せられてしまう
「ええよ」
恥ずかしいけど 今日は特別
あの侑くんが慌てて会いに来てくれるなんて 夢にも思ってなかったから
「関西弁うつっとるで」
ふふ と笑ってしまう
長かった遠距離恋愛がようやく終わる
二人の距離が ぐっと縮まる
こんな特別な夜 普通に眠れるはずがない
大好きな彼の望み通り 今までになく 尽くしてしまう時間を過ごしたのだった
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