猿美SS
空はどんより重たくて、暗い。
しめった空気が身体に張り付いて、ペタペタした。
帰りたい方から吹いてくる風が強くて、身体ごと持ってかれそうになる。
『台風21号は、今夜にも――』
今朝、家を出る前にみた天気予報を思い出して、降るぞ降るぞって脅しをかける雲から、走って逃げる。手にはパンパンになったスーパーの袋、はち切れそうなくらい重い。それに、向かい風。びっくりするほど身体が重い。
さっきからタンマツが鳴ってる。きっと、猿比古だ。両手がふさがってて返事ができない。
心配してんだろーな。早く帰んなきゃな。
よっしゃ、と気合いを入れなおして地面を蹴る。グンと風を切って走りたいのに、両腕の重さと向かい風のせいで全然スピードにのらない。
大して走ってねーのに、ハッハッて息が切れてきた。
それでも、あの角を、曲がったら、家が見える。あと少し――
大きく前に一歩足をついたら、一気に右腕が軽くなった。
ドササッ……ゴトゴトッ
後ろを振り向くと、白いビニールを下敷きに、ペットボトルの水二本とキャベツの半玉にカップラーメンが転げおちていた。右手に残ってるのは、取っ手の部分だけ。
思わずため息がでた。
「あー……まじか」
とりあえず水を二本抱えて、そのうえにカップラーメンをふたつのせた。左手に引っ掛けたビニールの袋の真ん中にも穴を見つけてしまった。はやくしねーとって右手でキャベツをつかむ。コロンとカップラーメンが落っこちた。慌てて拾おうとかがむと、上に重ねてたペットボトルも落ちた。ゴロンゴロン転がってく。ちゅーとはんぱな姿勢で手を伸ばしてとろうとするけど、届かない。ゴロンゴロン転がったペットボトルは、かかとを踏んだグレーのスニーカーにぶつかってとまった。
「なにしてんの、美咲」
スニーカーから視線をあげると、猿比古があきれた顔してそこに立ってた。
身体を折ってペットボトルをひろうと、猿比古はオレをじっと見て、ふはっと笑った。
「スゲー髪ボサボサ、どこいってたんだよ?」
「どこって、スーパー! 水道とか止まったらこまるだろ」
ぐしゃぐしゃって頭を撫でられて、さらにボサボサにされる。
目にかかった髪。頭をぶるぶるふって視界からハイジョする。
その間に猿比古は、スニーカーを履きなおして、オレの腕に一本残ってたペットボトルを抱えた。落ちたカップラーメンもひろって、パーカーのポケットにいっこずついれる。
「帰るぞ」
猿比古が歩き出す。当然のように、見えてるはずのキャベツは置いてこうとしていた。
どんだけ野菜嫌いなんだよ。食わせるけど。
拾ったキャベツをビニール袋にいれて、落ちないよう両手でしっかり袋を抱え持った。
先に歩いてた猿比古に駆け寄って、隣を歩く。にやにやしながら、こっそり猿比古の顔を見た。視線に気づいた猿比古がオレを見て、変な顔っていう。
へへ、照れ隠しだ。
「迎えにきてくれて、ありがとな」
トンと猿比古の腕に肩をぶつけると、猿比古はべつにってまっすぐ前を向いた。
耳が赤いぞ。
家について、買ったものをしまってると、ポツポツって大粒の雨がガラス窓にぶつかりはじめた。
「間一髪だったな!」
「濡れなくてよかったな」
バーッと打ち付けるようになった雨を見ながら、猿比古と笑いあう。
いままで、台風なんて、嫌いだった。
小さいころ、ひとりぼっちのボロアパートで、風と雨の音に耳をふさいで、おふくろの帰りを待ってたのを思い出すから。
でも、今年はちがう。なんだか、わくわくする。
外の雨の音がどんだけ強くても、吹き付ける風で窓が揺れたって、猿比古がいれば、なんにもこわくない。
二人、窓の前にくっついて外を見る。左の小指同士がぶつかって、むずがゆい。
見上げたって、次から次へと打ち付けてくる雨で、空なんか見えないのに、二人そろって窓の上の方をのぞいた。それが、なんだかおかしくて、二人で噴出した。
テレビでは何十年に一度の大きさの台風だって言ってる。
猿比古がもし家が吹き飛んだらどうするって言った。
オレは、へらっと笑って答える。
「家がなくなったって、猿比古と二人なら、またなんだってできるだろ」
なんだそれ、って猿比古が言って、そーだなって笑った。
小指を絡めて、窓から目をそらす。
二人いっしょなら、どんな目に合ったってダイジョーブだからさ。
しめった空気が身体に張り付いて、ペタペタした。
帰りたい方から吹いてくる風が強くて、身体ごと持ってかれそうになる。
『台風21号は、今夜にも――』
今朝、家を出る前にみた天気予報を思い出して、降るぞ降るぞって脅しをかける雲から、走って逃げる。手にはパンパンになったスーパーの袋、はち切れそうなくらい重い。それに、向かい風。びっくりするほど身体が重い。
さっきからタンマツが鳴ってる。きっと、猿比古だ。両手がふさがってて返事ができない。
心配してんだろーな。早く帰んなきゃな。
よっしゃ、と気合いを入れなおして地面を蹴る。グンと風を切って走りたいのに、両腕の重さと向かい風のせいで全然スピードにのらない。
大して走ってねーのに、ハッハッて息が切れてきた。
それでも、あの角を、曲がったら、家が見える。あと少し――
大きく前に一歩足をついたら、一気に右腕が軽くなった。
ドササッ……ゴトゴトッ
後ろを振り向くと、白いビニールを下敷きに、ペットボトルの水二本とキャベツの半玉にカップラーメンが転げおちていた。右手に残ってるのは、取っ手の部分だけ。
思わずため息がでた。
「あー……まじか」
とりあえず水を二本抱えて、そのうえにカップラーメンをふたつのせた。左手に引っ掛けたビニールの袋の真ん中にも穴を見つけてしまった。はやくしねーとって右手でキャベツをつかむ。コロンとカップラーメンが落っこちた。慌てて拾おうとかがむと、上に重ねてたペットボトルも落ちた。ゴロンゴロン転がってく。ちゅーとはんぱな姿勢で手を伸ばしてとろうとするけど、届かない。ゴロンゴロン転がったペットボトルは、かかとを踏んだグレーのスニーカーにぶつかってとまった。
「なにしてんの、美咲」
スニーカーから視線をあげると、猿比古があきれた顔してそこに立ってた。
身体を折ってペットボトルをひろうと、猿比古はオレをじっと見て、ふはっと笑った。
「スゲー髪ボサボサ、どこいってたんだよ?」
「どこって、スーパー! 水道とか止まったらこまるだろ」
ぐしゃぐしゃって頭を撫でられて、さらにボサボサにされる。
目にかかった髪。頭をぶるぶるふって視界からハイジョする。
その間に猿比古は、スニーカーを履きなおして、オレの腕に一本残ってたペットボトルを抱えた。落ちたカップラーメンもひろって、パーカーのポケットにいっこずついれる。
「帰るぞ」
猿比古が歩き出す。当然のように、見えてるはずのキャベツは置いてこうとしていた。
どんだけ野菜嫌いなんだよ。食わせるけど。
拾ったキャベツをビニール袋にいれて、落ちないよう両手でしっかり袋を抱え持った。
先に歩いてた猿比古に駆け寄って、隣を歩く。にやにやしながら、こっそり猿比古の顔を見た。視線に気づいた猿比古がオレを見て、変な顔っていう。
へへ、照れ隠しだ。
「迎えにきてくれて、ありがとな」
トンと猿比古の腕に肩をぶつけると、猿比古はべつにってまっすぐ前を向いた。
耳が赤いぞ。
家について、買ったものをしまってると、ポツポツって大粒の雨がガラス窓にぶつかりはじめた。
「間一髪だったな!」
「濡れなくてよかったな」
バーッと打ち付けるようになった雨を見ながら、猿比古と笑いあう。
いままで、台風なんて、嫌いだった。
小さいころ、ひとりぼっちのボロアパートで、風と雨の音に耳をふさいで、おふくろの帰りを待ってたのを思い出すから。
でも、今年はちがう。なんだか、わくわくする。
外の雨の音がどんだけ強くても、吹き付ける風で窓が揺れたって、猿比古がいれば、なんにもこわくない。
二人、窓の前にくっついて外を見る。左の小指同士がぶつかって、むずがゆい。
見上げたって、次から次へと打ち付けてくる雨で、空なんか見えないのに、二人そろって窓の上の方をのぞいた。それが、なんだかおかしくて、二人で噴出した。
テレビでは何十年に一度の大きさの台風だって言ってる。
猿比古がもし家が吹き飛んだらどうするって言った。
オレは、へらっと笑って答える。
「家がなくなったって、猿比古と二人なら、またなんだってできるだろ」
なんだそれ、って猿比古が言って、そーだなって笑った。
小指を絡めて、窓から目をそらす。
二人いっしょなら、どんな目に合ったってダイジョーブだからさ。
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