凪潔SS



 努力なんてしなくても、大抵のことはうまくいく。

「凪、練習……」
 潔世一がまた今日も俺に声をかけてきた。
潔は、ブルーロックっていう施設に閉じ込められてからしばらくすると、俺を毎日サッカーの練習に誘ってくるようになった変なやつだ。
際立った才能もないのに、必死に練習してサッカーのなにがそんなに楽しいんだろう。
 何度断っても懲りずに俺に声をかけてくる潔を無視して、食堂のテーブルに突っ伏したままスマホでゲームを続ける。
「おーい、聞こえてる?」
 潔が俺の顔を覗き込んできた。
 潔の深い海の底みたいな青い目を前にすると、胃の奥がむかむかもやもやして、落ち着かない気持ちになる。
「……うざいって、昨日言ったよね。記憶力もないの?」
「そりゃ覚えてるけどさ……今日は昨日とは違う気分になってるかもじゃん」
「ならないよ、永遠に。勝手に無駄な期待しないで」
 ヘッドショットを決めて、一撃で敵を仕留めた。
 ちらりと視線をあげると、潔はへにゃりと眉を下げて「悪かったな、邪魔して」と呟いて去っていった。
 途端につまらなくなったゲームから目を離す。
胴体を打ち抜かれ倒れた俺は、続けざまに何発も銃弾を食らってゲームオーバー。
 視線の先では、潔が飛びついてきた蜂楽を受けとめて、楽しそうに笑っていた。

「凪ってさ、潔にやたら当たり強いよな」
 ガタッと隣の椅子が引かれて、トレーにラーメンと餃子の皿を乗せたレオがそこに座った。
「そー? レオだって同じ感じじゃん」
「まー、俺はな。チームの違うやつと仲良くしたって、いまのとこメリットなさそうだし。でもお前は、ちがうだろ」
 ほかほか湯気の立ったラーメンの器に箸を入れたレオは、麺をすくって息を吹きかける。ずずっと麺をすすって、ぺろりと濡れた口端を舐めた。
「なんつーか、他のやつには、もっと無関心じゃん」
「……他のやつは潔みたいにしつこくない」
 レオは、ははっと笑って、餃子を口に放りこんだ。
「なに?」
「俺は別に気づかなくていいと思うから、わざわざ教えてやんね」
 やけに訳知り顔のレオはそう言って、会話を終わらせた。

 ゲームのメニュー画面に視線を落とす。
 潔を見かけると、他のやつらとちがって、落ち着かない気持ちになる。もやもやして、時々イライラして、なのにどうしてか、潔に話しかけられると、そわそわする。
 こんな気持ち、他に知らない。知らないから、どうしたらいいのかわからなくて、気持ち悪い。

「潔って、俺には及ばないけど、コミュニケーション能力がかなり高いんだよな」
 会話は終わったと思ったのに、レオがまた潔の話をしだした。
「……だからなに?」
「そのうち凪のこと練習に誘いにこなくなるだろって話」
 はやくそうなってくれればいいのに。
 そう口にしようと思ったのに、唇が動かなくなった。ぎゅっと胸が絞られる。
蜂楽とじゃれている潔の背中をじっと見ていると、視線に気づいたのか潔が振り返ってこっちに視線を向けた。
目が合う。
潔が視線を反らした。

 その日を最後に、潔は俺を練習に誘いに来なくなった。



 潔に、話しかけられなきゃ、それはそれでなんとなく腹が立つ気がして、就寝時間前に、ひとりでふらふら歩いている潔を捕まえた。
誰もいないモニタールームに押し込むと、潔はとくに気にした様子もなく、俺を見上げて首を傾げる。
「凪? どーしたんだよ。俺になにか用だった?」
 用があるのは、俺じゃなくて、お前じゃないの?
 無言で見下ろしていると、困惑した潔が人差し指で頬を掻いた。
「えっと……別の日に改めて話聞くでもいい? 馬狼のフィジカルトレーニング付き合ったらへとへとでさ……あと別の棟にもすごいやつがいて、明日は朝からそいつとトレーニングするっていうか、勝手に一緒にするつもりだから、今日はもう寝たくて……」

 ――潔って、コミュニケーション能力がかなり高いんだよな。
 今になって、レオの言葉が胸に刺さってくる。

 そっか。そーだったんだ。俺が潔に対してこんなにいらいらしたりもやもやしたりするのは、俺が潔を――……。

 レオが俺より先に見つけていた答えにたどり着いて、ため息がでる。
 またうざいって言われるとでも思ったのか、びくっと肩を揺らした潔が視線を伏せるから、蒼い瞳が見えにくくなった。
「あー、ってことで、もう一緒に練習しようなんて誘わないから安心しろよ」

 今まで、努力なんてしなくても、大抵のことはうまくできた。
 でも、ここまで潔の好感度を下げてしまった今、もうどーしたらうまくいくのかなんて全然わからなかった。
 今の潔は、俺を見ていない。
 俺以外の天才を見つけて、そいつらに夢中になっている。

「じゃあ、もう行く……」
 俯いたまま去っていこうとする潔の顎を掴んで、無理やり顔をあげさせた。
 潔の瞳を見つめたまま思考を飛ばして、脳内でシミュレーションをする。

ここでキスをかまして好きだって言ってみる? 
いや、潔からしたら意味がわからなすぎるだろ。散々邪見にされた男に突然キスされて告られるとか……ないな。ない。

 親指と人差し指でむにっと潔の頬をつまんで、左手で自分の首をさする。
「気が変わったんだけど」
「ひゃぇ?」
 潔は、意味がわからんって顔をした。
「……一緒に練習、してもいーよ」
 ぱっと潔の頬から手を離す。
 潔は若干赤くなった頬を両手でさすって、俺を見上げた。

 ――いまさら遅いんだよばーか。もうおまえなんて用なし!
 そう言われて当然だと思う。
そうしたら、次はどうしようか。嫌がられても、潔と他のやつの練習についていくとか?
 黙ったまま次の算段を立てていると、潔がぱあっと顔を綻ばせた。
どくどくどくどく、心拍数が駆け上がっていく。
なんだこれ、なんだこいつ。
――俺の言葉で傷ついた顔より、笑った顔の方が、めちゃかわいーじゃん。

「まじ?! 押してダメなら引いてみろって、本当に効果あるんだ!」
「……え?」
「ん?」
「もー俺のこと興味なくなったんじゃなかったの?」
「え? 同じチームのやつ……あ、今村っていうんだけど、そいつにグイグイ押し続ける男はモテないから、ちょっと引いてみろってアドバイスもらっただけだよ。恋愛以外にも効くんだな」

 はあー、と脱力してその場に座り込む。
 俺の気持ちってもしかして、潔以外のやつにはバレてたりすんのかな。
 潔もしゃがんで、俺のスウェットの袖を引っ張った。
「なー、練習、いつする? いつがいい? 玲王もくる?」
「……レオは来ない。二人でしよ」
 潔はちょっと残念そうに「そっか」と呟いた。
……こいつちゃっかりレオのことも狙ってるんじゃん。

前途多難な恋は、俺が努力しない限り実りそうもない。
とりあえず、一緒にサッカーをすることで、好感度は最悪から好きくらいまではあげられそうだけど。
ちょろいんだか、そうじゃないんだかわからない潔を完全攻略する日はまだ遠そうだ。

「覚悟してよね、潔」
 意味の分かってない潔は、「お前の練習って意外にハードなんだ」と、重々しく頷いていた。
 

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