凪潔SS
ピピピッ。
騒がしい電子音で目を覚ました。耳元で音を立てていたスマホを手に取り、アラームを消す。
時刻は朝の6時。
寝てる間に抱えていた枕を手放し、ベッドに横たわったまま思いっきり伸びをした。眠気が身体から遠ざかっていく。
国際大会の予選に向けた直前合宿のため、久しぶりに召集された青い監獄での朝はまず、ルームメイトの凪を起こすところから始まるみたいだ。
青い監獄でのセレクション中も凪と二人部屋だったことがあったけど、あの時とはちがい二段ベッドではなく、セミダブルのベッドで、上からの音に悩まされることもなくぐっすり眠れた。
昨日の寝る前に、時差ぼけがキツくて起きれないかもとぼやいていた凪は、アラームすらセットせずにまだ爆睡している。
凪が半分蹴落とした掛け布団を拾い、ベッドに戻しながら凪に声をかけた。
「凪〜、朝だぞ起きろー」
「ん〜……ぐぅ…………」
ぴくっと凪の眉間に一瞬皺がよったけど、まだ起きる気配はなさそうだ。
「おい、凪、凪ってば! 起きろ〜!」
ベッドの端に腰掛け、軽く凪の肩を掴んで揺らす。ぐらぐら揺れた凪は目をつむったまま呻った。
「……う〜、あとごふん…………」
「だーめ、そう言うやつは10分経っても起きないでしょ!」
肩を掴んでた手を放し、凪の腕を引っ張り起こそうとした。でも凪はびくともしないどころか、抵抗して、俺の手ごと自分の腕を胸元に引き寄せた。
引っ張られたせいで、体のバランスを崩して凪の上に倒れ込んでしまう。
突然俺に胸部を圧迫された凪は「うっ…!」と呻き、ゆっくり目を開いた。
「もー、なにー……ん……?」
「おきた? おはよ、凪」
凪の身体の横に手をついて体を起こし、とりあえず挨拶をすると、凪はまだ眠そうなヘーゼルグレーの瞳をぱちぱち瞬かせる。
「おー……俺、今潔に襲われてる……」
「は? 襲ってねーよ」
朝イチで 冗談をいう凪の額をぺしんと叩き、ベッドから立ち上がった。
「俺、顔洗ってくるけど二度寝したらもう起こさないからな」
スマホに手を伸ばした凪にそう言って、部屋からでる。自動で扉が閉まる前に「へーい」と気の抜けた返事が聞こえた。
もう起きたっぽいし、これ以上は構わなくてもゲームをやったら凪もちゃんと身支度を整えるだろう。
俺のその予想通り、洗面所から部屋に戻る途中で、ボサボサの髪で欠伸をしている凪とすれ違った。
部屋に戻り練習用のジャージに着替えて、先に青い監獄中央のメインスタジアムに向かう。
朝練は強制じゃなくて、朝食後の練習前に体をほぐしたいやつだけが、自発的にジョギングやストレッチなどをしてる。
って言っても、大抵みんな朝からここにいるんだけど。
「はよ、潔。凪はまだ寝てんの?」
後ろから声をかけられて振り向く。
紫の髪を結びながら歩いてきた玲王が俺の隣に立った。
「さっき起きたから、そろそろ来るんじゃないかな」
そう言ってスタジアムの入り口に目線をやると、ジャージのポケットに両手を突っ込んだ凪がのろのろと歩いてきた。
「ねー、レオ、聞いて。今日俺、起きたら潔に襲われてたー」
凪は玲王に向かって、なぜか自慢げに胸を張ってそう言った。
「ぇ」
あっけに取られる俺の横で、ぶはっと玲王が吹き出した。
「おー、よかったな。さっそく同室になった甲斐あったじゃん」
うん、と頷く凪の後頭部を叩いて黙らせる。
笑っている玲王が、冗談だとわかってるのが救いだった。それでもしっかり「襲ってないから!」と訂正しておく。
「わかってるって。つか、止めなくていいのか?」
玲王が首を傾げた。俺も首を傾げた。
「なに?」
「あれ」
玲王が、ゴール裏を指差す。
そこにはストレッチをしてる千切と國神がいて、そのそばにしゃがみこんだ凪が二人に話しかけている。
「……凪って普段こんな俊敏に動くやつだったっけ?」
現実逃避。
「あれ絶対おまえに襲われたって自慢してるぞ」
すかさず玲王が現実を突きつけてきた。
「もーっ! なぎーーー!」
朝は軽いジョギングをするつもりだったのに200m全速力で駆けて、凪の口を塞ぎにいく。
「おーっす、潔! 朝から熱烈だな」
千切と國神が笑いながらからかってくる。
手遅れだった。
凪に振り回された朝練がおわり、食堂に向かう途中でも蜂楽に「潔、寝起きの凪っちのこと襲ったんだって?」と半笑いで話しかけられた。
「してない! ってかそれどこで誰が言いふらしてた?」
國神と千切のとこで凪を捕まえた後はちゃんと凪の隣で目を光らせていたから、凪が蜂楽にその報告をすることはできなかったはずだ。
蜂楽はこてんと首を傾げた。
「え? 凪っちが洗面所で言ってたよ。大体もうみんな聞いてるんじゃないかな」
振り返って玲王と並んで歩いてる凪を睨む。
「明日はもう凪のこと起こさないからな!」
「え〜……明日も襲っていーのに」
「だから襲ってないって……」
叱っても全然懲りてなさそうな凪の態度に、怒りよりも力が抜ける。
つーかもう言いふらされたあとなら怒っても仕方ないしな……。
しばらくみんなに揶揄われることを覚悟して、明日は絶対凪のことを起こさないって決めた。
ちゅ、と柔らかな感触が頬に触れる。
うっすら目を開くと、暗闇の中で蕩けた瞳が見えた。
「今日はみんなに、凪に襲われたって言っていーよ?」
俺の上に覆いかぶさった凪は、甘い声で囁いて、俺の頬に手のひらをそっと撫でてきた。
「……冗談じゃなくなっちゃったら、言えるわけないだろ」
手を伸ばして、ドキドキしている凪の心臓を服の上から掴んで引き寄せる。
近づいてきた唇に触れて、凪が昨日言いふらした冗談を本当に変えた。
「凪のこと、襲っちゃった」