凪潔SS


「うわ、なんだこれ……」

 ミーティングルームに入ってすぐ、青いユニフォームを着たぬいぐるみが転がる長机が目に飛び込んできた。
 あたりを見渡すと、部屋の前方は白い幕に覆われていて、そこで撮影が行われてるのがわかった。
 カメラマンさんや照明のスタッフさんだとかに囲われて、ユニフォーム姿の凪が、白い髪のぬいぐるみを抱いてた。

「なんだあれ……」
 成人男性とは思えないぬいぐるみとの馴染みっぷりに目を疑う。
 凪がちらりと俺に視線を向けた。


 代表合宿で青い監獄に招集された俺たちは、練習の合間にインタビューだとか写真撮影の予定も詰められていて、今日は写真撮影の予定だった。
 その前に俺は、単独のインタビューが入ってて、終わってから急いでミーティングルームにきたんだけど。撮影早く終わらせて練習したいじゃん。


「どういう状況?」
 パイプ椅子に腰かけて凪の撮影を見学していた千切に声をかける。
「おー。潔、おつかれ」
 千切は膝の上に乗せてた赤い髪を編み込んだぬいぐるみの右手と左手をつまんでぴょこぴょこ動かした。
 いや、似合いすぎ……。
「撮影直前に不乱蔦がぬいぐるみ持ち込んで、撮影の小道具として使うように言ってきたんだよな。今度の物販でランダム販売するらしい」
「あー……。理解した」
 長机で横たわってるぬいぐるみの山から、俺と同じ番号を背負うぬいぐるみを拾う。
 ぬいぐるみの頭には、ちゃんと双葉もセットされていた。
「……てか、なんか俺のぬいぐるみしぼんでね?」
「撮影前に馬狼が握りつぶしてたし、凛が頭もごうとしてたからな」
「俺のぬいぐるみ可哀想すぎるだろ……」
 千切の隣、空いてたパイプ椅子に座る。
 よれよれのぬいぐるみの頭を人差し指で撫でると、千切が猫みたいに笑った。
「なあ。姉ちゃんが言ってたんだけど、ぬいぐるみの扱い方って恋人の扱い方と同じらしいぜ」
「へえー……」
 女の人ってよくそういうこと考えるな……。
 ぼんやり相槌を打つ。
「で、どーよ。潔って、凪にあんな風に扱われてんの?」
「ぅえっ?」
 他人事だと思って聞いてたのに、急に自分の話になってもろに動揺してしまった。
 視界の端に、ぬいぐるみを大きな両手で包みこむように、大事に抱きしめる凪の姿がうつる。
 ぼんっと顔が熱くなった。
 千切が追い打ちをかけてくる。
「ふーん。放置プレイかと思ったら、意外に甘やかされてるんだな」
「も、黙秘!」
 撮影を終えた凪が、こっちに向かってくるのが見えて、「ちがう」とも言えなくなって、口をつぐんだ。
「えー。言ってやってよ、二人きりの時はあまあまらぶらぶだって」
 やっぱり俺と千切の会話は丸聞こえだったらしい。それはつまり、スタッフさんたちにも……?
 固まる俺の頬に、凪が、凪のぬいぐるみの顔を押し付けてきた。
「ぶちゅー」
「……こらこら。やめなさいって」
 冷静に、至って冷静に、凪のぬいぐるみをそっと押しのける。
 おそるおそる千切を見る。
 千切はにんまり笑っていた。
 カメラマンさんが咳払いをして、千切を呼んだ。
 千切が撮影ブースに向かう。さっきまで千切が座っていたパイプ椅子に凪が腰を下ろした。
「おい、練習戻れよ」
「えー。潔の撮影見てからもどるー」
「だめだって。レギュラー外されるぞ」
「……ちぇ。けちんぼ」
 ぶぅっと唇を突き出した凪が、しぶしぶ立ち上がって、俺のぬいぐるみの頭を撫で、ミーティングルームから出ていく。
 凪が俺の膝に置いてきぼりにした、凪のぬいぐるみの頬を指先で撫でた。
「サッカー選手のユニフォーム着たぬいぐるみで寝顔ってどーなんだよ」
 サッカーしてる凪は、きりっと……はしてないけど、ギラギラしてて、かっこいいのにな。


   ♡ ♡ ♡


 久々の凪と過ごすオフの日。
 ソファに座った凪に腕を引っ張られて、足の間に座らせられる。
 凪の腕が俺のお腹に回って、後ろから首筋を吸われる。
 ちゅっ、ちゅっ。
 啄むように吸われて、ぞくぞくっていうよりくすぐったくて笑ってしまう。
「もぉ……。凪って結構甘えただよな」

 そんなことを言いながら、ふと千切が「ぬいぐるみの触れ方は恋人への……」みたいなことを前に言ってたことを思い出した。
 まあ、その……凪に関しては否定できない考え方だ。バックハグよくしてくるし。

「えー。ちがうでしょ。俺が潔のこと甘やかしてるの」
 かぷっと凪が俺の首筋を甘噛みした。
「潔って、ぎゅーされんの好きじゃん。興奮すると、俺にとびかかってくる」
「言い方! 試合でゴール決めた時のことだろ。そりゃあ凪が一番安定感ありそうだし、ハグ拒否しなそうだし……、ぇ。これが、もしかして、俺、凪に抱きつきたいって思ってるってこと?」
 思わず頭を抱える。
 口に出したことで、同じ条件なら他に飛びつけるやつがいることに気づいてしまった。
 真っ先に視界に入ってくるのがいつも凪だから……。
「あああ……、」
 ハズい。急に恥ずかしい。無意識に凪を選んでたってことだろ……。
「今更なに照れんの? みんなとっくに知ってたよ」
 凪が俺をソファに押し倒す。
 覆いかぶさってきた凪の頬を、人差し指で突っついた。
 ぱくっと人差し指が凪に食べられる。
 じいっと凪が俺を見つめてくる。


「ぎゅーしろよ、」

 俺は、観念した。
39/39ページ
スキ