凪潔SS
疑わないけど、びっくりはする
「うわっ」
とっさに漏れでた声を、手で押さえる。
週末の渋谷。延々と続く歩道の人混み。そこで頭ひとつ抜きでた白銀の髪を見つけてしまった。
あの後ろ姿は凪だ。
普段だったら、こんな十メートルくらいの距離は走って詰めて、名前を呼んで、声をかける。「凪」「偶然!」「なにしてんの?」とか。
でも今日は、一瞬、足を止めてしまった。
そのせいで、俺の隣を歩いていた蜂楽も足を止めて、首を傾げた。
「潔?」
「どうした?」
「腹でも痛くなった?」
後ろにいた千切と國神も心配して、俺の顔を覗き込んでくる。
「えー……と、凪がいるなと思って、」
「えっ、どこ?」
視線を俺から前方に向けた蜂楽は、額に手をかざして、ぴょんっと跳ねた。
「ん~……、あ! たぶん凪っちらしき頭はっけーん!」
「まじか、潔。よくこの距離ですぐ凪だってわかったな」
「愛のパワーってやつ?」
感心したような國神と、茶化してくる千切に苦笑いをする。
「俺、視力2・0だから」
「そーいうことにしてやってもいいけど」
千切がにんまり笑う。
そーいうことでしかない……と思う、たぶん。後ろ姿でも、俺は凪のことを見間違えないっていうのはあるかもだけど。
俺は今日、元チームZの蜂楽、千切、國神と遊ぶ予定で、凪の予定はとくに聞いてないけど、玲王と遊ぶか、一日中家でごろごろゲームでもしてると思っていた。
だって、三日前、凪に今日の夜泊まりに行っていいか電話したら、「いつでも来て」って言ってたし。他に予定があるとは言ってなかった。……ないとも言ってないけど。
「こっから呼んで気づくかな? おー……っ、むぐ」
ぴょんぴょん跳ねながら大声をあげようとした蜂楽の口を手のひらで押さえて止める。
「待って。凪の隣に、女の子もいるから」
蜂楽の目が丸くなる。きゅっと悪戯っぽく目じりを上げた千切が俺の首に腕を回した。國神が背伸びをして目を凝らす。
「あー、確かにツレっぽい子がいるような気もするか?」
「浮気? どーする潔、カチコミなら付き合うぜ」
「はは……ぇ、ウワキ……?」
「よっしゃ、おもしろ心配だしつけてみよ!」
凪が浮気なんてめんどくさいことするわけないってわかってるからか、みんな好奇心いっぱいの顔を隠さずに堂々と、早歩きで凪との距離を縮めていく。
リュックを背負った凪は、駅の方に向かって、だらだらのんびり歩いていた。ってか歩きスマホやめろって言ってんのに、またゲームしながら歩いてんな、アレ。
一方で凪の隣の女の人は、凪を見上げて一生懸命凪に話しかけていた。凪は相槌すら打たないのに。
「……もしかして凪、話しかけられてんのに気付いてなくね?」
女の子の身長は凪の肩よりも下。凪の視界はスマホに固定されてるし、無視してるとかじゃなくて、本気で声すら聞こえてなさそうだ。
「たしかに、あんくらい身長差ある女子から話しかけられると声聞き取りにくいときあるもんな」
國神が納得いったように頷く。
「電話してみるか」
放っておいても、普通の人ならそのうち諦めそうだけど、もし万が一ヤバ目の人で、凪のあとをずっとついていって凪の家がバレたりしたら、俺が嫌だ。
ショルダーバックからスマホをとりだして、凪に電話をかける。
前方1m先の凪が、びくっと肩を跳ねさせた。
ぷっと千切たちが吹きだす。
『潔?』
見えるところに凪がいるのに、電話してるのってなんか変な感じだ。
後ろで笑ってる三人につられて、笑いそうになるのを堪え、こほんと咳払いをした。
「凪? なぁ、隣にいる女の人だれ?」
『んぇ……俺ひとりだけど、幽霊的な?』
足を止めた凪が、コテンと首を傾げ、それから振り向いて、ばっちり俺と目が合う。
『いるなら声かけてよ』
むっと唇をとがらせた凪は、通話を切ると真っすぐに俺たちの方へ向かってきた。
「ってか、このメンツで遊ぶなら俺も誘ってよくない」
拗ね拗ね凪が、俺にしがみついてくる。
さみしーじゃん、って大して思ってないくせに凪は俺の肩に頭を摺り寄せた。
「潔とってごめんな? でも、潔には凪に言えない話もあるんだって」
「えー、浮気? ひどい潔ばか」
「ぐぇっ」
千切にからかわれた凪に、背骨がバキボキなるくらいに抱き締められて、内臓が出かける。
「人前でいちゃいちゃすんなー」
國神が凪の首根っこを掴んで、俺から引きはがしてくれた。一時期闇落ちしてたけど、國神が常識人に戻ってくれて本当によかった。
「ってか、浮気っていうなら凪っちの方じゃん? 女の子と歩いてるとこ、この目でばっちり見たよー」
うははって笑う蜂楽の後ろで、まだ凪の隣に引っ付いてた女の人が凪に視線を向けている。
「えっ、ぁの、私、凪選手のファンで、いま少しだけお話してたんですけど……っ、もし良かったら、私の友だちも呼ぶので、ご飯とかみなさんと一緒にできたらなって思うんですけどぉ、」
女の人は、きゅるんっとした大きな目で、凪を見上げて小首を傾げた。それから茶色のふわふわした長い髪を耳にかけて、何も言わない凪に近寄ると、ピンクに塗られた指先を、凪の腕にそっと触れさせる。
こういうの、凪も「可愛い」って思うんだろうか。
男だらけの環境では見られない仕草を観察していると、凪は、小さな手をすっと避け、俺の肩に手を置いた。
「凪?」
見上げると、凪はヘーゼルグレーの瞳をきゅるるんとさせて、俺を見つめ、首筋に手のひらを当てた。
「潔、帰ろ?」
俺の方がかわいーっしょ、って凪の瞳が言ってる……ような気がする。
はいはい、お前はかわいーやつだよ。
「今日はみんなと飲む約束だろ?」
凪の代わりに、女の人に視線を向けて、手を合わせた。
「今日は、俺ら同窓会みたいな感じで、お店も予約してるので、すみません! 凪のことはまた試合の時に応援してくださいね」
♡
「潔、今日俺が浮気したと思った?」
泊まり慣れた凪の家。
でかいベッドに寝そべっていると、凪が覆いかぶさってきた。シャワー浴びたての濡れた髪が、頬に当たって冷たい。
凪の首にかかったタオルを手に取って、髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。
「ちゃんと乾かせっていってんのに……」
「んあ~……」
俺にされるがままがくんがくん頭を揺さぶられた凪は、俺がぱっと手を放すと、そのまま俺の胸に顔を突っ伏した。
「……潔は、やきもちやかないね」
凪は俺が妬いてもたぶん拗ねるくせに、妬かなくても拗ねるらしい。
「んー……あ、凪。俺の目見て」
もぞっと頭をあげた凪が、じっと俺の目を覗き込む。
「何が見える?」
「……浮気なんて絶対しない誠実な男がうつってる」
凪の言葉にぷっと噴き出すと、凪は目元を赤くして唇を尖らせた。
「そーそ。誠実で、俺のコトすげーすきって顔した男がいんの」
俺の鎖骨に頭を押し付けてくる凪の湿った髪を撫でまわす。
「おかげさまで、不安になったことないんだよなー」
ありがとって凪の耳元で囁くと、凪はむくっと身体を起こして、ベッドの横に置いてあったリュックに手を伸ばした。
あれ? なんか嫌な予感がする。
「そーいえば、凪なんで今日渋谷にいたんだ?」
「あー、潔が泊まりにくるから、いろいろ買い溜めしておこうと思って」
凪がリュックをひっくり返すと、中から小さな箱とボトルがいくつも落ちてきた。
コンドームとローションだ……と思う。
「こんなに使わないでしょ!」
「え? 使う」
ひっ、と小さな悲鳴を漏らす俺を横目に、凪はベッドに散らばった色とりどりの小さな箱を指さした。
「これはつぶつぶ付きのやつで、こっちはいちごの匂いするやつ、あと光るのもあるけど、どれがいい?」
「……光るやつ、ってなに?」
なんでそんな面白そうなやつ買うんだよ……。
気になって身体を起こすと、凪がちゅっと唇に吸い付いてきた。
「いちゃいちゃしよー、潔」
「ん」
甘え上手な凪の首に手を引っかけて、身体を引き寄せる。
凪もだけど、俺も、一生よそ見なんてできないよな。
「うわっ」
とっさに漏れでた声を、手で押さえる。
週末の渋谷。延々と続く歩道の人混み。そこで頭ひとつ抜きでた白銀の髪を見つけてしまった。
あの後ろ姿は凪だ。
普段だったら、こんな十メートルくらいの距離は走って詰めて、名前を呼んで、声をかける。「凪」「偶然!」「なにしてんの?」とか。
でも今日は、一瞬、足を止めてしまった。
そのせいで、俺の隣を歩いていた蜂楽も足を止めて、首を傾げた。
「潔?」
「どうした?」
「腹でも痛くなった?」
後ろにいた千切と國神も心配して、俺の顔を覗き込んでくる。
「えー……と、凪がいるなと思って、」
「えっ、どこ?」
視線を俺から前方に向けた蜂楽は、額に手をかざして、ぴょんっと跳ねた。
「ん~……、あ! たぶん凪っちらしき頭はっけーん!」
「まじか、潔。よくこの距離ですぐ凪だってわかったな」
「愛のパワーってやつ?」
感心したような國神と、茶化してくる千切に苦笑いをする。
「俺、視力2・0だから」
「そーいうことにしてやってもいいけど」
千切がにんまり笑う。
そーいうことでしかない……と思う、たぶん。後ろ姿でも、俺は凪のことを見間違えないっていうのはあるかもだけど。
俺は今日、元チームZの蜂楽、千切、國神と遊ぶ予定で、凪の予定はとくに聞いてないけど、玲王と遊ぶか、一日中家でごろごろゲームでもしてると思っていた。
だって、三日前、凪に今日の夜泊まりに行っていいか電話したら、「いつでも来て」って言ってたし。他に予定があるとは言ってなかった。……ないとも言ってないけど。
「こっから呼んで気づくかな? おー……っ、むぐ」
ぴょんぴょん跳ねながら大声をあげようとした蜂楽の口を手のひらで押さえて止める。
「待って。凪の隣に、女の子もいるから」
蜂楽の目が丸くなる。きゅっと悪戯っぽく目じりを上げた千切が俺の首に腕を回した。國神が背伸びをして目を凝らす。
「あー、確かにツレっぽい子がいるような気もするか?」
「浮気? どーする潔、カチコミなら付き合うぜ」
「はは……ぇ、ウワキ……?」
「よっしゃ、おもしろ心配だしつけてみよ!」
凪が浮気なんてめんどくさいことするわけないってわかってるからか、みんな好奇心いっぱいの顔を隠さずに堂々と、早歩きで凪との距離を縮めていく。
リュックを背負った凪は、駅の方に向かって、だらだらのんびり歩いていた。ってか歩きスマホやめろって言ってんのに、またゲームしながら歩いてんな、アレ。
一方で凪の隣の女の人は、凪を見上げて一生懸命凪に話しかけていた。凪は相槌すら打たないのに。
「……もしかして凪、話しかけられてんのに気付いてなくね?」
女の子の身長は凪の肩よりも下。凪の視界はスマホに固定されてるし、無視してるとかじゃなくて、本気で声すら聞こえてなさそうだ。
「たしかに、あんくらい身長差ある女子から話しかけられると声聞き取りにくいときあるもんな」
國神が納得いったように頷く。
「電話してみるか」
放っておいても、普通の人ならそのうち諦めそうだけど、もし万が一ヤバ目の人で、凪のあとをずっとついていって凪の家がバレたりしたら、俺が嫌だ。
ショルダーバックからスマホをとりだして、凪に電話をかける。
前方1m先の凪が、びくっと肩を跳ねさせた。
ぷっと千切たちが吹きだす。
『潔?』
見えるところに凪がいるのに、電話してるのってなんか変な感じだ。
後ろで笑ってる三人につられて、笑いそうになるのを堪え、こほんと咳払いをした。
「凪? なぁ、隣にいる女の人だれ?」
『んぇ……俺ひとりだけど、幽霊的な?』
足を止めた凪が、コテンと首を傾げ、それから振り向いて、ばっちり俺と目が合う。
『いるなら声かけてよ』
むっと唇をとがらせた凪は、通話を切ると真っすぐに俺たちの方へ向かってきた。
「ってか、このメンツで遊ぶなら俺も誘ってよくない」
拗ね拗ね凪が、俺にしがみついてくる。
さみしーじゃん、って大して思ってないくせに凪は俺の肩に頭を摺り寄せた。
「潔とってごめんな? でも、潔には凪に言えない話もあるんだって」
「えー、浮気? ひどい潔ばか」
「ぐぇっ」
千切にからかわれた凪に、背骨がバキボキなるくらいに抱き締められて、内臓が出かける。
「人前でいちゃいちゃすんなー」
國神が凪の首根っこを掴んで、俺から引きはがしてくれた。一時期闇落ちしてたけど、國神が常識人に戻ってくれて本当によかった。
「ってか、浮気っていうなら凪っちの方じゃん? 女の子と歩いてるとこ、この目でばっちり見たよー」
うははって笑う蜂楽の後ろで、まだ凪の隣に引っ付いてた女の人が凪に視線を向けている。
「えっ、ぁの、私、凪選手のファンで、いま少しだけお話してたんですけど……っ、もし良かったら、私の友だちも呼ぶので、ご飯とかみなさんと一緒にできたらなって思うんですけどぉ、」
女の人は、きゅるんっとした大きな目で、凪を見上げて小首を傾げた。それから茶色のふわふわした長い髪を耳にかけて、何も言わない凪に近寄ると、ピンクに塗られた指先を、凪の腕にそっと触れさせる。
こういうの、凪も「可愛い」って思うんだろうか。
男だらけの環境では見られない仕草を観察していると、凪は、小さな手をすっと避け、俺の肩に手を置いた。
「凪?」
見上げると、凪はヘーゼルグレーの瞳をきゅるるんとさせて、俺を見つめ、首筋に手のひらを当てた。
「潔、帰ろ?」
俺の方がかわいーっしょ、って凪の瞳が言ってる……ような気がする。
はいはい、お前はかわいーやつだよ。
「今日はみんなと飲む約束だろ?」
凪の代わりに、女の人に視線を向けて、手を合わせた。
「今日は、俺ら同窓会みたいな感じで、お店も予約してるので、すみません! 凪のことはまた試合の時に応援してくださいね」
♡
「潔、今日俺が浮気したと思った?」
泊まり慣れた凪の家。
でかいベッドに寝そべっていると、凪が覆いかぶさってきた。シャワー浴びたての濡れた髪が、頬に当たって冷たい。
凪の首にかかったタオルを手に取って、髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。
「ちゃんと乾かせっていってんのに……」
「んあ~……」
俺にされるがままがくんがくん頭を揺さぶられた凪は、俺がぱっと手を放すと、そのまま俺の胸に顔を突っ伏した。
「……潔は、やきもちやかないね」
凪は俺が妬いてもたぶん拗ねるくせに、妬かなくても拗ねるらしい。
「んー……あ、凪。俺の目見て」
もぞっと頭をあげた凪が、じっと俺の目を覗き込む。
「何が見える?」
「……浮気なんて絶対しない誠実な男がうつってる」
凪の言葉にぷっと噴き出すと、凪は目元を赤くして唇を尖らせた。
「そーそ。誠実で、俺のコトすげーすきって顔した男がいんの」
俺の鎖骨に頭を押し付けてくる凪の湿った髪を撫でまわす。
「おかげさまで、不安になったことないんだよなー」
ありがとって凪の耳元で囁くと、凪はむくっと身体を起こして、ベッドの横に置いてあったリュックに手を伸ばした。
あれ? なんか嫌な予感がする。
「そーいえば、凪なんで今日渋谷にいたんだ?」
「あー、潔が泊まりにくるから、いろいろ買い溜めしておこうと思って」
凪がリュックをひっくり返すと、中から小さな箱とボトルがいくつも落ちてきた。
コンドームとローションだ……と思う。
「こんなに使わないでしょ!」
「え? 使う」
ひっ、と小さな悲鳴を漏らす俺を横目に、凪はベッドに散らばった色とりどりの小さな箱を指さした。
「これはつぶつぶ付きのやつで、こっちはいちごの匂いするやつ、あと光るのもあるけど、どれがいい?」
「……光るやつ、ってなに?」
なんでそんな面白そうなやつ買うんだよ……。
気になって身体を起こすと、凪がちゅっと唇に吸い付いてきた。
「いちゃいちゃしよー、潔」
「ん」
甘え上手な凪の首に手を引っかけて、身体を引き寄せる。
凪もだけど、俺も、一生よそ見なんてできないよな。