凪潔SS
ともだちの仮面
※なんちゃってファンタジーパラレル。
退廃的な匂いがする。
グロテスクなくらい煌びやかなシャンデリアの光の下、密集する仮面をつけた男女の合間を縫うように歩いて、壁際に身を寄せた。
甘ったるい香の臭い。大口をあけて笑う男の声。恥じらいもなくさらけ出された女性の胸と、そこに伸びる手。
ここにあるものすべてを不快に感じて、眉間に皺が寄る。
こういう場所は苦手だ。
目元を彩る白い仮面を指先で撫でる。ライムグリーンで蝶の羽が描かれたそれは、今日の舞踏会の必須アイテムで、いくら邪魔でも外すことを許されない。
ため息ひとつ吐いて俯くと、視界の端で白い羽が揺れた。帽子につけられた大量の白い羽が動くたびにふわふわと視界を舞うのも億劫だった。
ひらひらした白いブラウスに、仮面と色を合わせたアーガイルのペリース。
この衣装を身に着けた時には、こんな格好、絶対に派手すぎて浮くと思ったのに、実際に舞踏会場ではこれでも地味な方なのだから、つくづく自分はこういうところには向いていないんだと思う。
そもそもこんな怪しい舞踏会に参加することになったのは、監獄……もとい、魔塔の職員たちの婚姻率の低さが原因だった。
普段魔塔に閉じこもり、日々魔法の研究に明け暮れている俺たちに出逢いの機会なんてあるわけもなく、そろいもそろって結婚相手よりも魔法に夢中なやつらが魔塔内で知り合ったところで、恋よりも魔法議論が始まるのが当然だった。
その結果、ついに王命で婚活が始められることになった、らしい。なんで。暇なのか、王様。
噂だと、王族か高位貴族の誰かが魔塔所属の職員に恋をしていて、仕事を理由にデートを断られ続けるから、強制的に出会いの場を設けようとしているとかなんとか。それが事実だったら完全に、俺なんかはとばっちりなんだけど……。
俺にも最初はこんな怪しい舞踏会じゃなくて、お見合いの場が用意されていた。
その相手が、最近よく話すようになった友だちだったから速攻で断ったんだけど。俺と知り合いだからって、お見合いなんて面倒なことに、あのめんどくさがりが巻き込まれるのは可哀想すぎるって。
そしたら、自分で相手を探してこいって今日突然この舞踏会にぶち込まれたわけだ。
気配を殺して、壁に寄りそうこと数分。
そろそろ帰っていいかな、と会場の出入り口に視線を向ける。
上司には明日「誰からも相手にされませんでした」っていう悲しい報告を上げよう。ノアはきっと「そうか」しか言わないし。
そう決めて、壁から一歩踏み出すと、会場の空気が揺れた。
女性の浮ついた声が沸きあがる。ちょうど今から向かおうとしていた扉の近くに女性ばかりの人だかりができていた。
人だかりの中心には黒い仮面をつけた背の高い白髪の男が立っている。
「……もしかして、凪?」
顔見知りの名前を呟き、離れた壁に背中を戻した。
凪は、いつもとちがって左側の髪をかきあげるようにセットしている。けれど、髪型を変えたってその体躯の良さと、珍しい髪色で、仮面の意味はほとんどなくなっていた。群がっている女性たちも、黒い仮面をつけた男が、将来有望な第一騎士団所属の副団長だって気づいて騒いでいる。
仮面の下で、思うように動けず、困った顔をしている凪を想像して少し笑うと、目の前に飾り気のない真っ白な仮面をつけた黒髪で細身の男が立った。
「ねえ。きみ、なんでそんなに悲しそうなの?」
「……凪?」
声も違う。髪色も違う。体格もちがうのに、本物の凪はこっちだって感じた。
「あらら、バレちった。潔って目良いんだっけ。これ一応認識阻害の仮面なんだけどな」
首を傾げた凪が、俺の手首を掴んだ。
「はじめましてからやり直そうと思ったけど、もーいいや。めんどくさいし……、潔…………」
くらりと頭が揺れる。凪の声がだんだん遠ざかっていく。
今意識を失ったら絶対ヤバい気がしたのに、力が抜けた身体を凪に支えられたところでぶつりと意識が途切れた。
♥
真っ白なレースで囲まれた天蓋付きのベッドの上で、やけにすっきり目が覚めた。
肌触りの良いシーツが身体に纏わりつくのがすべすべしていて気持ちいい……ってこれ、俺服着てる?
身体を起こして掛布団を覗き込む勇気がなく、隣ですやすや健やかな寝息を立てている凪からも目を反らし、一度ゆっくり目を閉じた。
……よくわかんないけど、とにかく逃げよう。
そうっとベッドから抜け出ようと布団に手をかけ、視界に入った自分の手首に目を疑った。
「なんだこれ」
手首に枷のように描かれた黒い紋様に、思わず声が漏れる。
「それ、居場所探知の魔法」
ふああ、と大きなあくびをした凪が、ベッドに肘をついて俺を見た。
「眠かったけど、寝る前にかけといてよかった。あ、逃げないでよ、潔」
ベッドから逃亡しようとした俺の腰に、凪の腕が巻き付いて邪魔をする。
「既成事実もあるのに、往生際が悪いよ」
「既成事実?! いや、そんなこと言って、なんもしてないだろ? 俺やけに元気だし、凪はそんな無理やりとかするやつじゃないし……」
「んー……しょっぱなから六回もしたから腫れちゃって可哀想だから回復魔法かけといたんだよね」
六回ってなにを? 腫れたってどこが?
「あと、潔って目はいいけど、人を見る目ないね。俺、好きなやつを手に入れる時は、手段選ばないタイプみたい」
凪が俺の腰を撫でる。
甘い痺れが身体を走って、変な声が出た。
「ほら、身体は覚えてるじゃん」
得意げな顔をした凪の頭を叩く。
「身体からいろいろはじめる前に、まず好きって言えよ」
右手首に刻まれた執着を左手で撫でて、魔法構造を理解する。速攻で解除すると、手首は真っ新な状態に戻った。
「うへえ……マジか。俺、それ朝までがんばったのに」
凪が拗ねて唇を尖らせる。
「……やっぱ、昨日はなんにもしてないだろ。正直に言ったら、今度は同意の上で探知魔法入れてもいいけど?」
寝ぐせで乱れたふわふわの髪をぽんぽんと叩く。
凪は小さくため息をついて甘えるように俺の腰に額を押し付けた。
「……起きて逃げられないように服剥いただけ。ほっぺにちゅーも我慢した。……俺だけが覚えてて、潔が覚えてないはじめてなんて意味ないし」
凪がかわいい。心臓がきゅんってする。
ぽすんとベッドの上に身体を投げ出して、凪の頭を抱き込んだ。
「俺、ずっと友だちのふりしてた。本当は、俺も、凪とこーいうことしたかったんだ」
額を合わせて、昨日まで秘密だった話をする。すぐに唇がくっついて、話どころじゃなくなったけど。
※なんちゃってファンタジーパラレル。
退廃的な匂いがする。
グロテスクなくらい煌びやかなシャンデリアの光の下、密集する仮面をつけた男女の合間を縫うように歩いて、壁際に身を寄せた。
甘ったるい香の臭い。大口をあけて笑う男の声。恥じらいもなくさらけ出された女性の胸と、そこに伸びる手。
ここにあるものすべてを不快に感じて、眉間に皺が寄る。
こういう場所は苦手だ。
目元を彩る白い仮面を指先で撫でる。ライムグリーンで蝶の羽が描かれたそれは、今日の舞踏会の必須アイテムで、いくら邪魔でも外すことを許されない。
ため息ひとつ吐いて俯くと、視界の端で白い羽が揺れた。帽子につけられた大量の白い羽が動くたびにふわふわと視界を舞うのも億劫だった。
ひらひらした白いブラウスに、仮面と色を合わせたアーガイルのペリース。
この衣装を身に着けた時には、こんな格好、絶対に派手すぎて浮くと思ったのに、実際に舞踏会場ではこれでも地味な方なのだから、つくづく自分はこういうところには向いていないんだと思う。
そもそもこんな怪しい舞踏会に参加することになったのは、監獄……もとい、魔塔の職員たちの婚姻率の低さが原因だった。
普段魔塔に閉じこもり、日々魔法の研究に明け暮れている俺たちに出逢いの機会なんてあるわけもなく、そろいもそろって結婚相手よりも魔法に夢中なやつらが魔塔内で知り合ったところで、恋よりも魔法議論が始まるのが当然だった。
その結果、ついに王命で婚活が始められることになった、らしい。なんで。暇なのか、王様。
噂だと、王族か高位貴族の誰かが魔塔所属の職員に恋をしていて、仕事を理由にデートを断られ続けるから、強制的に出会いの場を設けようとしているとかなんとか。それが事実だったら完全に、俺なんかはとばっちりなんだけど……。
俺にも最初はこんな怪しい舞踏会じゃなくて、お見合いの場が用意されていた。
その相手が、最近よく話すようになった友だちだったから速攻で断ったんだけど。俺と知り合いだからって、お見合いなんて面倒なことに、あのめんどくさがりが巻き込まれるのは可哀想すぎるって。
そしたら、自分で相手を探してこいって今日突然この舞踏会にぶち込まれたわけだ。
気配を殺して、壁に寄りそうこと数分。
そろそろ帰っていいかな、と会場の出入り口に視線を向ける。
上司には明日「誰からも相手にされませんでした」っていう悲しい報告を上げよう。ノアはきっと「そうか」しか言わないし。
そう決めて、壁から一歩踏み出すと、会場の空気が揺れた。
女性の浮ついた声が沸きあがる。ちょうど今から向かおうとしていた扉の近くに女性ばかりの人だかりができていた。
人だかりの中心には黒い仮面をつけた背の高い白髪の男が立っている。
「……もしかして、凪?」
顔見知りの名前を呟き、離れた壁に背中を戻した。
凪は、いつもとちがって左側の髪をかきあげるようにセットしている。けれど、髪型を変えたってその体躯の良さと、珍しい髪色で、仮面の意味はほとんどなくなっていた。群がっている女性たちも、黒い仮面をつけた男が、将来有望な第一騎士団所属の副団長だって気づいて騒いでいる。
仮面の下で、思うように動けず、困った顔をしている凪を想像して少し笑うと、目の前に飾り気のない真っ白な仮面をつけた黒髪で細身の男が立った。
「ねえ。きみ、なんでそんなに悲しそうなの?」
「……凪?」
声も違う。髪色も違う。体格もちがうのに、本物の凪はこっちだって感じた。
「あらら、バレちった。潔って目良いんだっけ。これ一応認識阻害の仮面なんだけどな」
首を傾げた凪が、俺の手首を掴んだ。
「はじめましてからやり直そうと思ったけど、もーいいや。めんどくさいし……、潔…………」
くらりと頭が揺れる。凪の声がだんだん遠ざかっていく。
今意識を失ったら絶対ヤバい気がしたのに、力が抜けた身体を凪に支えられたところでぶつりと意識が途切れた。
♥
真っ白なレースで囲まれた天蓋付きのベッドの上で、やけにすっきり目が覚めた。
肌触りの良いシーツが身体に纏わりつくのがすべすべしていて気持ちいい……ってこれ、俺服着てる?
身体を起こして掛布団を覗き込む勇気がなく、隣ですやすや健やかな寝息を立てている凪からも目を反らし、一度ゆっくり目を閉じた。
……よくわかんないけど、とにかく逃げよう。
そうっとベッドから抜け出ようと布団に手をかけ、視界に入った自分の手首に目を疑った。
「なんだこれ」
手首に枷のように描かれた黒い紋様に、思わず声が漏れる。
「それ、居場所探知の魔法」
ふああ、と大きなあくびをした凪が、ベッドに肘をついて俺を見た。
「眠かったけど、寝る前にかけといてよかった。あ、逃げないでよ、潔」
ベッドから逃亡しようとした俺の腰に、凪の腕が巻き付いて邪魔をする。
「既成事実もあるのに、往生際が悪いよ」
「既成事実?! いや、そんなこと言って、なんもしてないだろ? 俺やけに元気だし、凪はそんな無理やりとかするやつじゃないし……」
「んー……しょっぱなから六回もしたから腫れちゃって可哀想だから回復魔法かけといたんだよね」
六回ってなにを? 腫れたってどこが?
「あと、潔って目はいいけど、人を見る目ないね。俺、好きなやつを手に入れる時は、手段選ばないタイプみたい」
凪が俺の腰を撫でる。
甘い痺れが身体を走って、変な声が出た。
「ほら、身体は覚えてるじゃん」
得意げな顔をした凪の頭を叩く。
「身体からいろいろはじめる前に、まず好きって言えよ」
右手首に刻まれた執着を左手で撫でて、魔法構造を理解する。速攻で解除すると、手首は真っ新な状態に戻った。
「うへえ……マジか。俺、それ朝までがんばったのに」
凪が拗ねて唇を尖らせる。
「……やっぱ、昨日はなんにもしてないだろ。正直に言ったら、今度は同意の上で探知魔法入れてもいいけど?」
寝ぐせで乱れたふわふわの髪をぽんぽんと叩く。
凪は小さくため息をついて甘えるように俺の腰に額を押し付けた。
「……起きて逃げられないように服剥いただけ。ほっぺにちゅーも我慢した。……俺だけが覚えてて、潔が覚えてないはじめてなんて意味ないし」
凪がかわいい。心臓がきゅんってする。
ぽすんとベッドの上に身体を投げ出して、凪の頭を抱き込んだ。
「俺、ずっと友だちのふりしてた。本当は、俺も、凪とこーいうことしたかったんだ」
額を合わせて、昨日まで秘密だった話をする。すぐに唇がくっついて、話どころじゃなくなったけど。