凪潔SS
しろねこさくせん
しん、と静まり返ったモニタールーム。
日付が変わる直前にもなると、みんな明日のトレーニングに備え、ベッドルームに戻ってしまうから、ここには今、俺しかいなかった。
モニターを独占できるのをいいことに、音声を消して再生している無数の画面に目を走らせて、時々画面を止めては手元のタブレットでデータを確認して、床の上に広げたノートに気になるところをメモしていく。
「……、」
顎に手を当てて、モニター画面に映るカイザーの横顔に視線を向けると、背後で短く小さな鳴き声がした。
振り向くと、そこには真っ白な細身の猫がいた。
「ぅあ、また遊びにきちゃったのか? 白」
白猫だから、白。俺はそう呼んでる。
ブルーロックという外界から隔離された施設内に、白がどうやって入ってきてしまっているのかはわからない。
だけど、二次選考後の適性試験くらいから、白はふらりと俺の前に現れるようになった。
今みたいに俺が夜一人で練習をしていたり、データ分析をしていたりすると、時々どこからかやってくる。
白はかなり人懐っこいから野良じゃなくて、もしかしたら青い監獄で夜間に働いてるスタッフさんの飼い猫だったりするのかもしれない。
白は、すらりとした手足をゆったりのんびりと動かしながら、俺の傍にやってくる。
その優雅というよりダルそうな歩き方が、なんだか凪に似ていて笑ってしまった。
「白、三日ぶり。元気だった?」
白は「な」と短く甘えた声で返事をすると、俺の腰に、身体の側面から尻尾の先までを擦りつけた。そして、俺の膝に足をかけ、あぐらをかいていた膝の間にすっぽりと収まるように寝そべる。
完全に、集中力が切れた。
つけっぱなしだったモニターを消す。
少しだけ白を構ったら、今日はもう寝ることにする。明日も朝早いし、ちょっとだけな。
「うりゃ」
両手で白の顔周りをゆっくり揉むように撫でると、白はうにゃうにゃ言いながら、気持ちよさそうに目を細めた。
「……きもちいーかにゃ?」
ぽつりと小声でつぶやく。
白のピンと立った大きな耳がぴくっと動いた。白は、ごろりと寝返りをうって、俺にお腹を見せてくる。
もっと撫でろ、という白の無言のアピールに応じて、白のお腹をゆっくり丁寧に撫でる。
白は短毛だから、触るとすべすべしていて気持ちいい。
白も撫でられて気持ちがいいのか、喉をごろごろ鳴らし始めた。
「は~……癒される。白セラピーだな」
つんとピンク色の鼻を人差し指で突っつくと、白がざらざらした舌で指を舐めてきた。そのままべろべろ手のひらを舐めまわされて、可愛さに顔がでれでれに緩む。
「こーら、痛いって、白」
そう言いながら、白の舌から手を逃がせない。
だって、ペットとか今まで家にいたことなかったし、こんな風に懐いてもらえると嬉しくて、つい甘やかしてしまう。
「もぉ……この甘え上手め」
嫌がられたら止めるつもりで、そうっと寝そべる白の前足の下からお尻の下へ腕を回す。
白は無抵抗でされるがままだ。
白のお尻をしっかり抱えて、白の身体を自分のほうに引き寄せ、抱っこしていない手を白の胸に添えた。
「だ、抱っこ成功……!」
実は今まで白を膝にのせて撫でることはあっても、抱き上げたことはなかった。
猫の抱っこの仕方なんてわからなかったし。
でも、これだけ触ることを許してくれるなら、抱っこもさせてくれんじゃないかって、最近ずっと猫を抱っこする方法を調べていた。イメトレもばっちり。そして無事成功。
感動のあまり、ほっぺを白の頭に摺り寄せる。
白はそれでも大人しく俺の腕に抱かれ、じっとしていた。
……あれ、もしかして怖くて固まってる?
慌てて顔を覗き込むと、白がぱちりと瞬きをして、ゆっくり目を細めた。
「はは、やっぱかわいーな。白」
白と仲良くなりたくて、いっぱい猫の仕草を調べたから、白が俺に敵意をもってなくて……たぶん俺のことを気に入ってくれてるってことがわかって嬉しくなる。
白が俺の腕の中で身体の向きを変え、首を伸ばしてきた。
俺も白に顔を近づけていたから、ちゅっと白の鼻先が俺の唇にぶつかった。
猫の鼻ってしょっぱいんだ。
新しい発見に目を丸くしていると、ぽんっと軽快な音が聞こえ、一瞬で腕の中がずしりと重くなる。
「あ、やべ……感情制御できなくて獣化とけちった」
俺の腕の中……いや、膝の上には、白と同じく真っ白な髪をした男がいた。凪だ。しかも全裸の。
は? 白は凪で、凪は白? ど、どーいうこと?
「バレちゃったし、もーいっかいちゅーしとこっと」
首に手を当てた凪が唇を突き出して、俺の唇に軽く触れた。
目の前で起こったことを処理しきれずに思考停止していた脳が動きを取り戻して、手で顔を隠せと俺の身体に指示を送る。
両手でさっと顔を隠して、凪を膝に乗せたまま背中から床に倒れた。
「……凪って、もしかして、先祖返りの獣人だったりする?」
「うん、そーゆーコト」
この世界には、獣人という種族がいる。
かつては獣人と人間には明確な身体能力の差や、特色の違いがあり、見れば一目で獣人だとわかったらしい。
けれど、現代では、獣人の血は人間の血と混じり合い、一見しての判別は難しく、身体能力も人間とほぼ変わらなくなったと言われている。
たしかに、今でも時々、先祖返りとして、血を継ぐ動物に変化できる獣人が生まれるって話は学校の授業で聞いたことがあった気もするけど。でもそれは完全に都市伝説だと思ってた。
まさかこんな近くにそんな貴重な存在がいるとは思わないじゃん。
「サイアク……凪に、語尾にニャとかつけてるとこ聞かれてたってこと? はっず……」
「気にするの、そこ? だいじょーぶ、俺もにゃんにゃん言ってたでしょ」
「だって凪は猫だったじゃん……」
「あー、普通にあの姿でも喋れるよ。猫のフリしてただけー」
顔を隠していた手を開いて、指の隙間から凪を見る。
全裸の凪は恥ずかしがる様子もなく、俺の顔の横に両手をついた。
「なんでそんなことすんの? 俺のことからかってた……わけじゃないか……」
凪がそんな面倒で、意味のないことするわけがない。
「ぇ。そんなん、潔にめっちゃ愛されたかったからに決まってんじゃん」
「あ、あい……?」
健全な男子高校生には聞きなれない単語に首を傾げる。
もしかして、可愛がられたいってこと……?
「んー。俺、潔の飼い猫になってもいーし。そんくらい好き」
「そんなん言われても、俺の一存じゃ飼えねえよ……つか、白は確かに可愛いけど、中身凪なら、凪は猫じゃないから飼えないって……えっ、いま好きっつった?!」
「潔、ちょっと落ち着け。会話が追いついてないぞ。はい、しんこきゅー。すってーはいてー……はい、よくできました」
凪の指示に従いスーハ―と呼吸を整えると、落ち着いてきたような気がする。
「潔、俺ね、今おまえに告白してる。わかった?」
「で、でしょうね……」
じわじわ身体が熱くなってくのがわかる。っていうか、体中がむずむずして、身をよじって暴れたい気分なのに、凪が覆いかぶさってるからそれもできなくて、衝動を持て余してる。
「つーか、凪、服着ろよ」
「あー、無理。服、シャワーブースに置いてきた。服ごと変化はできないし」
「たしかに、そこなら服が落ちてても不思議じゃないもんな……そんじゃ、猫に戻れよ。抱っこして連れてってやる」
「……ねえ、はぐらかさないでよ。俺、これでも結構勇気ふり絞ってるんだけど」
凪がこてん、と俺の肩に額を押し付けて、白がするみたいに俺にふわふわした髪を擦り付けてきた。
つい手が伸びて、ふわふわした毛を撫でてしまう。
「恋人ダメなら、愛猫からでいーよ。俺の身体撫でまわして、いっぱい可愛がって? 潔、情がうつったら恋人にもしてくれそうだもん」
ぎゅっと凪が仰向けで寝そべったままの俺に抱き着いてきた。
凪さん、その言い方どうかと思うぞ。
……って言いたいけど、もうすでに凪に対しての情が沸いてるみたいで、その言葉は唾液と一緒に飲み込んでしまった。
「……凪って意外と策士じゃん」
観念して、猫とはちがう汗でべたつく筋肉質な身体に腕をまわした。凪の肩口に鼻を埋めて、すんっと匂いを嗅ぐと白——じゃなくて、凪のあったかくてほのかに甘い、肌の香りがした。
ドキドキドキドキ。心音が早まっていく。
身体がくっついてるから、凪にも俺の心音が伝わったらしい。
凪は俺の顔を覗き込んで、きゅっと目を細めた。
そんな風に見つめられたら、自覚するしかないじゃんか。
しん、と静まり返ったモニタールーム。
日付が変わる直前にもなると、みんな明日のトレーニングに備え、ベッドルームに戻ってしまうから、ここには今、俺しかいなかった。
モニターを独占できるのをいいことに、音声を消して再生している無数の画面に目を走らせて、時々画面を止めては手元のタブレットでデータを確認して、床の上に広げたノートに気になるところをメモしていく。
「……、」
顎に手を当てて、モニター画面に映るカイザーの横顔に視線を向けると、背後で短く小さな鳴き声がした。
振り向くと、そこには真っ白な細身の猫がいた。
「ぅあ、また遊びにきちゃったのか? 白」
白猫だから、白。俺はそう呼んでる。
ブルーロックという外界から隔離された施設内に、白がどうやって入ってきてしまっているのかはわからない。
だけど、二次選考後の適性試験くらいから、白はふらりと俺の前に現れるようになった。
今みたいに俺が夜一人で練習をしていたり、データ分析をしていたりすると、時々どこからかやってくる。
白はかなり人懐っこいから野良じゃなくて、もしかしたら青い監獄で夜間に働いてるスタッフさんの飼い猫だったりするのかもしれない。
白は、すらりとした手足をゆったりのんびりと動かしながら、俺の傍にやってくる。
その優雅というよりダルそうな歩き方が、なんだか凪に似ていて笑ってしまった。
「白、三日ぶり。元気だった?」
白は「な」と短く甘えた声で返事をすると、俺の腰に、身体の側面から尻尾の先までを擦りつけた。そして、俺の膝に足をかけ、あぐらをかいていた膝の間にすっぽりと収まるように寝そべる。
完全に、集中力が切れた。
つけっぱなしだったモニターを消す。
少しだけ白を構ったら、今日はもう寝ることにする。明日も朝早いし、ちょっとだけな。
「うりゃ」
両手で白の顔周りをゆっくり揉むように撫でると、白はうにゃうにゃ言いながら、気持ちよさそうに目を細めた。
「……きもちいーかにゃ?」
ぽつりと小声でつぶやく。
白のピンと立った大きな耳がぴくっと動いた。白は、ごろりと寝返りをうって、俺にお腹を見せてくる。
もっと撫でろ、という白の無言のアピールに応じて、白のお腹をゆっくり丁寧に撫でる。
白は短毛だから、触るとすべすべしていて気持ちいい。
白も撫でられて気持ちがいいのか、喉をごろごろ鳴らし始めた。
「は~……癒される。白セラピーだな」
つんとピンク色の鼻を人差し指で突っつくと、白がざらざらした舌で指を舐めてきた。そのままべろべろ手のひらを舐めまわされて、可愛さに顔がでれでれに緩む。
「こーら、痛いって、白」
そう言いながら、白の舌から手を逃がせない。
だって、ペットとか今まで家にいたことなかったし、こんな風に懐いてもらえると嬉しくて、つい甘やかしてしまう。
「もぉ……この甘え上手め」
嫌がられたら止めるつもりで、そうっと寝そべる白の前足の下からお尻の下へ腕を回す。
白は無抵抗でされるがままだ。
白のお尻をしっかり抱えて、白の身体を自分のほうに引き寄せ、抱っこしていない手を白の胸に添えた。
「だ、抱っこ成功……!」
実は今まで白を膝にのせて撫でることはあっても、抱き上げたことはなかった。
猫の抱っこの仕方なんてわからなかったし。
でも、これだけ触ることを許してくれるなら、抱っこもさせてくれんじゃないかって、最近ずっと猫を抱っこする方法を調べていた。イメトレもばっちり。そして無事成功。
感動のあまり、ほっぺを白の頭に摺り寄せる。
白はそれでも大人しく俺の腕に抱かれ、じっとしていた。
……あれ、もしかして怖くて固まってる?
慌てて顔を覗き込むと、白がぱちりと瞬きをして、ゆっくり目を細めた。
「はは、やっぱかわいーな。白」
白と仲良くなりたくて、いっぱい猫の仕草を調べたから、白が俺に敵意をもってなくて……たぶん俺のことを気に入ってくれてるってことがわかって嬉しくなる。
白が俺の腕の中で身体の向きを変え、首を伸ばしてきた。
俺も白に顔を近づけていたから、ちゅっと白の鼻先が俺の唇にぶつかった。
猫の鼻ってしょっぱいんだ。
新しい発見に目を丸くしていると、ぽんっと軽快な音が聞こえ、一瞬で腕の中がずしりと重くなる。
「あ、やべ……感情制御できなくて獣化とけちった」
俺の腕の中……いや、膝の上には、白と同じく真っ白な髪をした男がいた。凪だ。しかも全裸の。
は? 白は凪で、凪は白? ど、どーいうこと?
「バレちゃったし、もーいっかいちゅーしとこっと」
首に手を当てた凪が唇を突き出して、俺の唇に軽く触れた。
目の前で起こったことを処理しきれずに思考停止していた脳が動きを取り戻して、手で顔を隠せと俺の身体に指示を送る。
両手でさっと顔を隠して、凪を膝に乗せたまま背中から床に倒れた。
「……凪って、もしかして、先祖返りの獣人だったりする?」
「うん、そーゆーコト」
この世界には、獣人という種族がいる。
かつては獣人と人間には明確な身体能力の差や、特色の違いがあり、見れば一目で獣人だとわかったらしい。
けれど、現代では、獣人の血は人間の血と混じり合い、一見しての判別は難しく、身体能力も人間とほぼ変わらなくなったと言われている。
たしかに、今でも時々、先祖返りとして、血を継ぐ動物に変化できる獣人が生まれるって話は学校の授業で聞いたことがあった気もするけど。でもそれは完全に都市伝説だと思ってた。
まさかこんな近くにそんな貴重な存在がいるとは思わないじゃん。
「サイアク……凪に、語尾にニャとかつけてるとこ聞かれてたってこと? はっず……」
「気にするの、そこ? だいじょーぶ、俺もにゃんにゃん言ってたでしょ」
「だって凪は猫だったじゃん……」
「あー、普通にあの姿でも喋れるよ。猫のフリしてただけー」
顔を隠していた手を開いて、指の隙間から凪を見る。
全裸の凪は恥ずかしがる様子もなく、俺の顔の横に両手をついた。
「なんでそんなことすんの? 俺のことからかってた……わけじゃないか……」
凪がそんな面倒で、意味のないことするわけがない。
「ぇ。そんなん、潔にめっちゃ愛されたかったからに決まってんじゃん」
「あ、あい……?」
健全な男子高校生には聞きなれない単語に首を傾げる。
もしかして、可愛がられたいってこと……?
「んー。俺、潔の飼い猫になってもいーし。そんくらい好き」
「そんなん言われても、俺の一存じゃ飼えねえよ……つか、白は確かに可愛いけど、中身凪なら、凪は猫じゃないから飼えないって……えっ、いま好きっつった?!」
「潔、ちょっと落ち着け。会話が追いついてないぞ。はい、しんこきゅー。すってーはいてー……はい、よくできました」
凪の指示に従いスーハ―と呼吸を整えると、落ち着いてきたような気がする。
「潔、俺ね、今おまえに告白してる。わかった?」
「で、でしょうね……」
じわじわ身体が熱くなってくのがわかる。っていうか、体中がむずむずして、身をよじって暴れたい気分なのに、凪が覆いかぶさってるからそれもできなくて、衝動を持て余してる。
「つーか、凪、服着ろよ」
「あー、無理。服、シャワーブースに置いてきた。服ごと変化はできないし」
「たしかに、そこなら服が落ちてても不思議じゃないもんな……そんじゃ、猫に戻れよ。抱っこして連れてってやる」
「……ねえ、はぐらかさないでよ。俺、これでも結構勇気ふり絞ってるんだけど」
凪がこてん、と俺の肩に額を押し付けて、白がするみたいに俺にふわふわした髪を擦り付けてきた。
つい手が伸びて、ふわふわした毛を撫でてしまう。
「恋人ダメなら、愛猫からでいーよ。俺の身体撫でまわして、いっぱい可愛がって? 潔、情がうつったら恋人にもしてくれそうだもん」
ぎゅっと凪が仰向けで寝そべったままの俺に抱き着いてきた。
凪さん、その言い方どうかと思うぞ。
……って言いたいけど、もうすでに凪に対しての情が沸いてるみたいで、その言葉は唾液と一緒に飲み込んでしまった。
「……凪って意外と策士じゃん」
観念して、猫とはちがう汗でべたつく筋肉質な身体に腕をまわした。凪の肩口に鼻を埋めて、すんっと匂いを嗅ぐと白——じゃなくて、凪のあったかくてほのかに甘い、肌の香りがした。
ドキドキドキドキ。心音が早まっていく。
身体がくっついてるから、凪にも俺の心音が伝わったらしい。
凪は俺の顔を覗き込んで、きゅっと目を細めた。
そんな風に見つめられたら、自覚するしかないじゃんか。