凪潔SS
毎日が退屈で、どうでもよかった。
帽子屋が、わがままお嬢さんを怒らせてから終わらなくなったお茶会。そこに、俺はずっと参加し続けている。
めんどくさくて、かったるい。
テーブルに突っ伏して寝てれば一日が終わる。そしてまた起きて、同じことの繰り返し。
だけど時々、木の上に寝そべったレオが、紫でしましまの尻尾を揺らしながら、話しかけてくることがあった。
「いいかげん、こんなお茶会抜け出せよ」
終わらないお茶会のせいで、狂った帽子屋と三月うさぎを一瞥してレオがため息を吐く。
「ん〜、でも毎日なんも考えなくていいのは楽だし」
他にしたいこともないし、好きな時に寝てても誰も怒らないし、働かなくてもいい。それに、レオが話しかけに来てくれるから俺は狂わずに済む。
噛み合わない会話が続くのはうるさいけど、それ以外はべつにどこにいたってなにをしてたってつまらないのには変わりないから、わざわざお茶会を抜け出す気にはならなかった。
🫖
「あのさ、これ食べてもいいかな?」
繰り返しの日々に、イレギュラーが起きた。
テーブルに突っ伏してた顔をあげると、宝石みたいな真っ青な色の瞳がパチパチ瞬きを繰り返していた。
「ずっと歩きっぱなしで腹減っちゃって……」
つやつやのブルーブラックの頭の上に、ちょこんと水色のリボン付きのハットをのせたちびっこいのが、俺の顔を覗き込んで首を傾げた。
「……いーよ」
「マジ? 助かったー! ありがとな」
アーモンド型の目をきゅっと細まる。
ぎゅっと胸が絞られたみたいな不思議な感覚があった。
突っ伏してた体を起こして、ケーキスタンドからサンドイッチやスコーンをお皿に移動させるおチビさんを観察する。
「きみ、迷子?」
そう推測すると、おちびさんは眉を下げて困ったように笑った。
「そんなとこ。帰り方がわかんなくてさ……。あ、俺、潔世一。おまえの名前は?」
「いさぎよいち」
おチビさん……、イサギヨイチの名前を口の中でじっくり噛み締める。
「イサギでいいよ」
「イサギ。俺は、ナギ」
「ナギ、よろしくな!」
イサギがまた笑った。イサギが笑うとキラキラした光の粒が弾けて見える。
変なの。
「えーと、あの人たちは?」
イサギの視線が、噛み合わない会話を続ける帽子屋と三月うさぎの方に向く。
「あ〜……気にしなくていいよ。あいつらは会話ができないから」
「へえ〜……やっぱここ、不思議なとこだな」
イサギの視線が俺に戻った。
イサギはよく笑って、いっぱい喋った。あとたくさん食べた。「でらうまあ…」って顔を蕩けさせてケーキを堪能してる表情はおもしろかった。
イサギは白うさぎを追っかけて、こことは違う世界から迷い込んじゃって、早く家に帰りたいんだって。
「早く帰れるといいね」
そう言って、イサギにティーポットから紅茶を注いであげた。
イサギにお礼を言われて、誰かのためになにかをするのが初めてだって気づいた。
俺、どうしちゃったんだろ。
お腹いっぱいになったイサギは、テーブルに突っ伏して眠ってしまった。
イサギの正面の席から隣の席に移動して、テーブルにほっぺをくっつけてイサギの寝顔を覗き込む。
人差し指でつっつくとふかふかもちもちのほっぺの柔らかさにびっくりする。
あどけない寝顔から目を逸せなくなった。
「……イサギが、もっとここにいればいいのに」
🫖☕️
「ナギってそんなデカいのにネズミなんだ?」
イサギの青い目が弧を描く。手を伸ばして、俺の丸い耳をつまんだ。
「そー。でも、体を小さくする食べ物とか薬で小さくなる時もあるよ。よくティーポットの中で寝てる」
耳も尻尾も触られるのは嫌だけど、イサギに触られるのは嫌じゃない。頭を傾けてイサギが耳に触りやすいようにすると、イサギは耳の付け根を撫でてくれた。
「ティーポットで寝るナギ、ちょっと見てみたかったかも」
イサギが笑って、ぽんぽんと俺の頭を撫でる。
ずっとずっとイサギにこうしていて欲しいのに、イサギはちらりと俺から視線を外した。
「俺、そろそろ行かないと。白うさぎを探さなきゃいけないんだ」
席を立とうとするイサギの服の袖を引っ張って、イサギの視線を独り占めにする。
ここには俺とイサギ以外誰もいない。
三月うさぎも、帽子屋も、レオからお嬢さんに頼んでもらって、お茶会から追い出した。
「帰る前に、一杯だけ。俺の淹れた紅茶飲んでってよ」
イサギはお人好しだから、俺がそうやって言えば「一杯だけな」って笑って席に座り直してくれる。
イサギのために、特別な紅茶を淹れる。
眠りネズミの俺が淹れるのは、心地いい夢に誘う魔法の紅茶だ。そして、繰り返しの毎日に気づかなくなる、あまいあまい不思議なお砂糖を溶かした。
真っ白なティーカップの中、揺れる黄金の水面に、スライスしたレモンが浮かぶ。
「やっぱりナギの淹れてくれるお茶が一番おいしい」
ティーカップに口をつけたイサギがそう言って微笑んだ。
「おやすみ、イサギ。また明日も俺と話そうね」
イサギと出逢った日、俺の世界は変わった。
毎日がたのしくて、毎日が特別。イサギがいるなら、毎日がおめでとうって気分だ。
ねえ、イサギ。この先もずっと俺と二人、永遠のお茶会を続けようね。
帽子屋が、わがままお嬢さんを怒らせてから終わらなくなったお茶会。そこに、俺はずっと参加し続けている。
めんどくさくて、かったるい。
テーブルに突っ伏して寝てれば一日が終わる。そしてまた起きて、同じことの繰り返し。
だけど時々、木の上に寝そべったレオが、紫でしましまの尻尾を揺らしながら、話しかけてくることがあった。
「いいかげん、こんなお茶会抜け出せよ」
終わらないお茶会のせいで、狂った帽子屋と三月うさぎを一瞥してレオがため息を吐く。
「ん〜、でも毎日なんも考えなくていいのは楽だし」
他にしたいこともないし、好きな時に寝てても誰も怒らないし、働かなくてもいい。それに、レオが話しかけに来てくれるから俺は狂わずに済む。
噛み合わない会話が続くのはうるさいけど、それ以外はべつにどこにいたってなにをしてたってつまらないのには変わりないから、わざわざお茶会を抜け出す気にはならなかった。
🫖
「あのさ、これ食べてもいいかな?」
繰り返しの日々に、イレギュラーが起きた。
テーブルに突っ伏してた顔をあげると、宝石みたいな真っ青な色の瞳がパチパチ瞬きを繰り返していた。
「ずっと歩きっぱなしで腹減っちゃって……」
つやつやのブルーブラックの頭の上に、ちょこんと水色のリボン付きのハットをのせたちびっこいのが、俺の顔を覗き込んで首を傾げた。
「……いーよ」
「マジ? 助かったー! ありがとな」
アーモンド型の目をきゅっと細まる。
ぎゅっと胸が絞られたみたいな不思議な感覚があった。
突っ伏してた体を起こして、ケーキスタンドからサンドイッチやスコーンをお皿に移動させるおチビさんを観察する。
「きみ、迷子?」
そう推測すると、おちびさんは眉を下げて困ったように笑った。
「そんなとこ。帰り方がわかんなくてさ……。あ、俺、潔世一。おまえの名前は?」
「いさぎよいち」
おチビさん……、イサギヨイチの名前を口の中でじっくり噛み締める。
「イサギでいいよ」
「イサギ。俺は、ナギ」
「ナギ、よろしくな!」
イサギがまた笑った。イサギが笑うとキラキラした光の粒が弾けて見える。
変なの。
「えーと、あの人たちは?」
イサギの視線が、噛み合わない会話を続ける帽子屋と三月うさぎの方に向く。
「あ〜……気にしなくていいよ。あいつらは会話ができないから」
「へえ〜……やっぱここ、不思議なとこだな」
イサギの視線が俺に戻った。
イサギはよく笑って、いっぱい喋った。あとたくさん食べた。「でらうまあ…」って顔を蕩けさせてケーキを堪能してる表情はおもしろかった。
イサギは白うさぎを追っかけて、こことは違う世界から迷い込んじゃって、早く家に帰りたいんだって。
「早く帰れるといいね」
そう言って、イサギにティーポットから紅茶を注いであげた。
イサギにお礼を言われて、誰かのためになにかをするのが初めてだって気づいた。
俺、どうしちゃったんだろ。
お腹いっぱいになったイサギは、テーブルに突っ伏して眠ってしまった。
イサギの正面の席から隣の席に移動して、テーブルにほっぺをくっつけてイサギの寝顔を覗き込む。
人差し指でつっつくとふかふかもちもちのほっぺの柔らかさにびっくりする。
あどけない寝顔から目を逸せなくなった。
「……イサギが、もっとここにいればいいのに」
🫖☕️
「ナギってそんなデカいのにネズミなんだ?」
イサギの青い目が弧を描く。手を伸ばして、俺の丸い耳をつまんだ。
「そー。でも、体を小さくする食べ物とか薬で小さくなる時もあるよ。よくティーポットの中で寝てる」
耳も尻尾も触られるのは嫌だけど、イサギに触られるのは嫌じゃない。頭を傾けてイサギが耳に触りやすいようにすると、イサギは耳の付け根を撫でてくれた。
「ティーポットで寝るナギ、ちょっと見てみたかったかも」
イサギが笑って、ぽんぽんと俺の頭を撫でる。
ずっとずっとイサギにこうしていて欲しいのに、イサギはちらりと俺から視線を外した。
「俺、そろそろ行かないと。白うさぎを探さなきゃいけないんだ」
席を立とうとするイサギの服の袖を引っ張って、イサギの視線を独り占めにする。
ここには俺とイサギ以外誰もいない。
三月うさぎも、帽子屋も、レオからお嬢さんに頼んでもらって、お茶会から追い出した。
「帰る前に、一杯だけ。俺の淹れた紅茶飲んでってよ」
イサギはお人好しだから、俺がそうやって言えば「一杯だけな」って笑って席に座り直してくれる。
イサギのために、特別な紅茶を淹れる。
眠りネズミの俺が淹れるのは、心地いい夢に誘う魔法の紅茶だ。そして、繰り返しの毎日に気づかなくなる、あまいあまい不思議なお砂糖を溶かした。
真っ白なティーカップの中、揺れる黄金の水面に、スライスしたレモンが浮かぶ。
「やっぱりナギの淹れてくれるお茶が一番おいしい」
ティーカップに口をつけたイサギがそう言って微笑んだ。
「おやすみ、イサギ。また明日も俺と話そうね」
イサギと出逢った日、俺の世界は変わった。
毎日がたのしくて、毎日が特別。イサギがいるなら、毎日がおめでとうって気分だ。
ねえ、イサギ。この先もずっと俺と二人、永遠のお茶会を続けようね。