凪潔SS


 潔の唇が小さく開いて、俺の名前を呼ぶ。
 こんなに甘く響く声で求められるのは初めてだった。
 まんまるの青い海が熱に揺れて、目尻を濡らす。

 ——気持ちよくて、死にそう。
 吐息交じりに呟かれた言葉。

 カッと一瞬で身体の中心が燃え上がって爆ぜた。どくんどくん、心臓が激しく脈打つ。
 薄さ0.3mmのゴムが、白濁を飲み込んだ。
 潔が、目をきゅっと細めて、俺を見つめている。
 胸の中が「好き」でいっぱいになる。好き。留めて置けなくなって、口から零れた。
 俺の言葉で、潔の瞳が、ふにゃふにゃに緩む。

やっばいね。俺の方が死んじゃいそうだよ、潔。



 ティッシュとタオルで簡単にお互いの身体を拭ってから、潔の隣に寝転がる。まだすこし汗でべたべたする身体をぎゅっと抱きしめ、潔を腕の中に閉じ込めた。
 丸い頭を撫でる。前髪にキスして、耳たぶを食んだ。くすぐったいって笑う潔のほっぺに噛みついて、潔の右手に指を絡め、それから声を潜めて、とりとめのない話を繰り返す。

 明日は洗濯をしようとか、晴れたら買い物に行こうとか、そういうなんでもない話も、潔と話すならめんどくさくない。
 でも話の流れで潔世一によるサッカー談義が始まりかけた時は、最近やってるゲームの話にすりかえちゃった。
 聞きたくないわけじゃないけど、サッカーを語らせると潔は永遠に夜更しするから。

 寝かしつけは無事に成功し、潔は俺の腕を枕にしてすやすや眠りはじめた。
 俺も潔の寝息を聞きながら眠りにつく。

 明日の朝、目が覚めたら、また潔といちゃいちゃできるのが楽しみだった。


   ♥


 ピピピピ、ピピピピ……。
 鳴り響くスマホのアラームで、目が覚める。
「うにゃ……」
 目をつぶったまま手探りで枕元にあるスマホを掴んで、アラームを消す。

 ……潔、まだ寝てんのかな。

 青い監獄で同室だった時は、毎朝潔が俺の名前を呼んで、起こしてくれていた。
 久しぶりに潔に起こされたくて、目をつぶったまま待つ。

 ……あれ? 潔まだ寝てんのかな……。ムリはさせてないつもりだったんだけど。

 薄っすら目を開ける。
 俺の腕を枕にして寝ていたはずの潔は、いつの間にか枕に代わっていた。
「んぇ……変わり身の術……」
 潔じゃない枕はポイして、上半身を起こす。
 ベッドの上はもちろん、見慣れた天井の高いベッドルームのどこにも潔の姿は見えなかった。
 カーテンが閉められたままの窓辺にいるチョキへのおはようは後回しにして、ベッドから立ち上がり部屋のドアを開ける。

 ベッドルームと繋がっているラウンジにも潔の姿はなかった。
 昨晩ソファに脱ぎ散らかしたはずの二人分の服が畳まれているのと、ソファの傍に潔のキャリーケースが置かれたままになっているのを確認して、トイレとバスルーム、キッチンも覗く。
 潔はどこにもいなかった。どうやら一人で出かけてるらしい。
 ベッドルームに戻って、俺の温もりしか残ってないベッドにうつ伏せで倒れ込む。
「……潔のばーか」
 枕を抱えて、目をつぶる。
 ……ばかあほ薄情潔、早く帰ってこい。


   ♥


「なぁぎ、まだ寝てんの?」

 薄暗い部屋の中、枕に突っ伏していた頭をあげて、じろりと半眼で潔を見る。帰ってくる音聞こえてたけど出迎えに行かなかった。
俺は今、拗ねてる。

「……うん」
「なんだ、起きてるじゃん。カーテンくらい開けろよー」
 ベッドルームの入り口に立っていたジャージ姿の潔が近づいてきた。潔はベッドに片膝を乗せると、勢いよく出窓のカーテンを開けた。
 うす暗さに慣れた目がチカチカする。しぱしぱ瞬きをしていると、ベッドに腰かけた潔がくしゃっと俺の髪を撫でた。
「おはよ、凪」
 潔からは汗と太陽のまじったあったかい匂いがする。
 休みなんて関係なく、潔は朝っぱらから走りに行ってたみたいだ。起こしてくれたら一緒にいったのに。
渡英してから見上げる空は曇りばっかりなのに、潔が遊びにくる日はなんだかいつも晴れている気がする。雨でもいーのにさ。

「……やり捨てされたかと思ったじゃん」
「ぅえっ?」
 目を丸くする潔に、唇を突き出して拗ねてるぞ、とわかりやすくアピールした。
「えっちした朝、ひとりぼっちにしないでよ。朝もだらだらいちゃいちゃしたい」
「えっ、……ぅ、だって」
 顔を真っ赤にした潔は、唇をパクパクさせて俺から顔を背け、俯いた。
「凪の寝顔見てたら、いろいろ思い出して、恥ずかしくなってきて、じっとしてられなかったから……思い出させんな」
 耳まで真っ赤に染める潔を見てたら、もやもやしてた気持ちは速攻でどっかいった。
 寝ころんだまま潔の腰に抱き着いて、ジャージの裾をめくって、腰にちゅっと吸い付く。
 うひゃ、と色気のない悲鳴をあげた潔が身体を半分に折って、俺の腕から逃げ出そうとした。
 二回も逃がすか。
 思いっきり腕に力を込めて、ぽいっと潔をベッドの上に放り投げる。仰向けの潔の腰に跨って、逃げ道を塞いだ。

 昨日初めて知ったけど、白いシーツの上に散らばる青味がかった黒髪って、超エロい。ってか、俺のベッドにいる潔は俺を意識して、えろえろですっげぇ可愛い顔をする。
 昨日と同じように赤りんごみたいに真っ赤な顔した潔は、不貞腐れた顔で、唇に手の甲を当て、ちらりと俺に視線を向けた。

「凪って、結構ロマンティストだよな」
「……潔はリアリストだね」
 潔の唇を塞いでた手に指を絡め、シーツへ導く。綻んだ潔の唇を三回啄んで、それからそっと耳元で囁いた。

「リアリストの潔が想像もできないことしよっか」

 潔がシーツの上でつながったままだった俺の手をぎゅっと握る。

 OK、ダーリン。イエスってコトだね。 
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