凪潔SS

「潔」
 いつも眠そうな凪の優しい夜の色をした瞳が熱で揺れる。

 モニタールームに凪と俺、二人っきり。並んで座って、肩が触れ合ったのが、空気が変わったきっかけだった。

 囁くように名前を呼ばれて、心臓が走り出す。かち合った瞳は凪の榛色のブラックホールに吸い込まれて離せない。体が熱い。頬は絶対真っ赤だ。
 近づいてくる凪の顔。
 鼻先が触れ合う。そのちょんっとした刺激で身体が急に動き出し、衝動的に凪の鼻っ面を叩いてしまった。
「あは! 顔近!」
 バカみたいに思いっきり笑って、ケツで後ずさる。
「痛い……潔のバカ」
 叩かれた鼻を手で押さえた凪が恨めし気に俺を睨む。そこにはもうさっきまでの色っぽい空気はなくて、ほっとしてしまった。
 凪はそんな俺を見つめてため息一つ吐くと、立てた片膝に顎を乗せて首を傾けた。
「潔ってマジで男心がわかんないの?」
「急にディスってくんじゃん……つか、俺も男なので、その、わかるけど……………照れちゃうんだって」
「うへぇ~……全然わかってないじゃんか」
 凪がごろりとカーペットの敷かれた床の上に突っ伏した。
 いやだから、わかるって。

 凪のことは好きだ。好きだから、友だちっていう関係から恋人になった。恋人としかしないことを凪とするのも嫌じゃない。まだしたことはないけど、凪の唇に触れたらどんなだろとか考えるし、そこに嫌悪感なんて全然ないから、キスだってできればしたい。
 だけど、「恥ずい」「照れる」「どうしよう」って感情が勝って、つい笑ったり避けたりしちゃう。
 もしかしてこれが「好き避け」ってやつ……?

「凪、あのさ……」
 あごに手を当て考え込んでいると、床に仰向けになって、俺をタブン観察している凪と目が合った。
「なにー」
 ゆっくり身体を起こした凪があぐらをかき、俺と正面から向き合う。
 凪に向かってそっと両腕を差し出す。
「俺の手がまた凪のこと叩かないよう押さえてくんね?」
 凪がぱちりと瞬いて、首に右手を当てた。
「……なんで?」
「お、俺だって……凪とキ、キキキスしたいし、嫌なわけじゃないのわかってほしいから。俺がまたテンパらないよう拘束しといて」
 凪が海より深いため息をついた。
「無理やりしたいわけじゃないし、拘束とか変な性癖目覚めそうでヤなんだけど」
「むりやりじゃない! これは合意でしょ……、凪、来いよ」
「セリフだけは勇ましいね」
 凪が俺の手首に片手を乗せてさっき俺がケツずさりして開いた距離を詰めてくる。ぎゅっと目をつぶって、凪の唇が触れるのを待つ。
「…………、」
 気を反らすために始めた脳内カウント15秒目で凪の手は俺から離れて行った。
「……?」

 あれ、唇に触れたかな? 緊張しすぎて感触わかんなかったのかも。

 薄っすら目を開くと、まつ毛が付きそうな距離に凪の顔があって思わず身体を引こうとして、凪の手が俺のうなじを掴んだ。
 ちゅっと音がする。
 目の先には凪の真っ白な喉仏。
 こめかみに、優しい感触が残っていた。
「なっ、ぇ?」
「んー……、最初から口じゃなくてもいいやって。潔からシたいって思ったときにしよ」
 凪は俺のうなじに手のひらを添えたままで、俺の髪先をつんつんと指でつまんで引っ張ってくる。
「面倒だから……?」
「そんなこと言ってないでしょ。キスすんのに緊張して真っ赤になる潔のコト、もうちょい見てるのもいーかなって」
 凪がこてんと首を傾げる。
 俺の心臓がぎゅんぎゅん締め付けられて、顔いっぱいに皺が寄った。
 これが、好きすぎて苦しいって感情なのかも。
「じゃあ、いまする」
 凪の両肩を掴んで、突き出した唇をあと数ミリのとこまでちかづける。そして急におじけづいた。動きを止め、顔を横にそらそうと仕掛けたところで、凪の手が俺の顎を掴む。固定された顔は引くことも背けることもできない。
「ダメだよ、潔。ここまで煽られたら、良い子でマテなんてできないもん」
 唇に柔らかいものが触れた。でも、マシュマロよりは固かったかも。
 凪の伏せられた長いまつ毛が綺麗で、目を閉じれずにいると、凪の唇がそっと離れて行った。
 俺の顎に手をかけたまま凪が、俺の唇を親指で軽く押した。
「ふにふにしててきもちいーね、潔の唇」
「……あ、そ」
 唇を薄く開いて、凪の爪先を食む。
「……もっかいする?」
 じいっと凪を見上げる。
 凪の目じりが微かに緩む。
「さすが、男心わかってんね」
「……だろ」

 二度目のキスは、一度目より長くて、俺もちゃんと目を閉じるのに成功した。
 キスするの、恥ずかしくなくなったわけじゃないけど、凪とするきもち良さを知っちゃったから、もう好き避けなんてできない気がする。
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