凪潔SS
◇何の説明もなくオメガバース α×Ω 番済み
◇イングランドで同居してるけど、チームは別
◇別々の自室があってベッドもあるけど、だいたい凪の部屋で潔も寝る(ようになった)
ーーー
「なぁぎ、洗濯物回収〜」
朝日が差し込むベッドの上。チョキとおはよーの挨拶を交わし、スマホ片手にごろごろしていると、俺をベッドに置き去りにしていたはくじょー潔が戻ってきた。
オフだし一緒に二度寝しよって誘ったのに、潔は「やだよ」と言って、腰にしがみつく俺の腕から抜け出してしまった。
ぶかぶかのシャツから「MENDOKUSAKUNAGI」って変なロゴがでかでかとプリントされたお気に入りの白シャツに着替えた潔は、からっぽの洗濯カゴを持って俺の前に立つ。
ちなみにこの変なシャツはピンク・緑・黄色・紫・白・黒の六色展開だ。潔と俺の新居に遊びにきた玲王たちが、引っ越し祝いにくれた。
本当は「MENDOKUSAKUNAI」にするはずだったらしいけど、業者に発注する時に蜂楽が「G」を足して俺の名前を入れた。潔が俺のこと好きだからって。さすが潔の相棒名乗るだけあって潔のことよく知ってる。俺は潔の番だからもっと潔に詳しいけど。
変なTシャツも似合う潔のことを眺めていると、潔がからっぽのカゴを突き出してきた。
「ほら、洗濯物。いっぱい貯め込んだろ?」
「んぁ〜い……」
スマホを放りだして、ゆっくり上体を起こす。枕元あたりに溜まってたスウェットやシャツを一抱えにして、カゴの中に突っ込んだ。
「……ゴミは?」
「昨日はちゃんとゴミ箱に捨てたー」
疑わしそうな視線を俺に向けた潔は、洗濯物でいっぱいになったカゴに手を突っ込み、中を確認するようにかき混ぜた。
前に何度かエッチした時、そのままベッドに放り投げたゴムやティッシュが洗濯物の山に巻き込まれて、知らずに洗濯機に入れてしまったことがあるから、最近は潔チェックが厳しい。
「ん、よし」
カゴの確認を終えた潔はベッドの下に落ちてたタオルを最後に回収すると、俺の部屋から出ていった。
完全に目が覚めたから、パンツ一枚で潔のあとについていく。
「潔、ソファで二度寝しよー」
「しないってば。洗濯してる間に掃除して、腹減ったから朝ごはんもがっつり食べたいし、……でも凪がご飯作ってくれるなら、食べたあとゆっくりできるかもな?」
「うへえ……」
めんどくさい提案に、消え入りそうな声で「りょーかい」と呟いて、キッチンに向かうことにした。
家事はなるべく半々、どっちかにまかせっきりにしない。
それが潔と同居する時に決められたルールだった。約束を破ると、静かにキレた潔が黙って家出する。すでに一回家出され済。オフシーズン中、急に一人で実家に帰った潔から「凪のメイドになりたいわけじゃないから、来期は別居しよ」ってメッセージが来て、慌てて迎えにいった。それからはめんどくさくても、潔に頼まれたことはやるようにしてる。
壁につり下がっていたネイビーのエプロンを身に着けると、キッチンに備え付けられているドラム式の洗濯機にタオルと白っぽい服だけ突っ込んだ潔が、「裸エプロンじゃん!」と笑って喜んだ。
――笑うんじゃなくて、ムラムラしろよ。
ご機嫌のど飴の鼻歌を口ずさむ潔を横目に、昼食にも食べられるようにハムと卵のサンドイッチと、野菜たっぷりのコンソメスープを大量に作る。
汗だくでぐつぐつスープを煮込んでると、掃除を終えた潔がぴたりと後ろから抱き着いてきた。
「うわ、すげえいっぱい作ったな。つか、スープまで用意してくれたの? 嬉しい!」
「ん。これで夕方までいちゃいちゃできるでしょ?」
「……え?」
「俺、夜もこれでいーし」
「あのー、誠士郎くっ、んむぐっ」
潔の開いた口にサンドイッチを突っ込んだ。
潔は目を丸くしながら一生懸命ほっぺをもごもごさせて、俺の手からサンドイッチを食べていく。
最後の一口分を潔の口に押し込んで、パンくずのついた親指をぺろりと舐める。
「やばいぞ、潔。このサンドイッチ、俺の下心たっぷり入ってるから、食べるとエロい気分になる」
「……まじか。なったかも」
真っ赤な顔を潔が、うぐぅと唸って心臓を押さえる。
ふわりと鼻腔をくすぐる初夏の甘い匂いに、口角が緩んだ。
なんだ、潔もちゃんと俺にムラムラしてたじゃん。
洗濯機の中、濡れたまま放置される予定の服も、洗濯カゴの中で洗われるのを待つ服も、一旦見ないふりして、潔のうなじを指先で撫でる。
潔は、俺の腰に両手をまわして小さく背伸びをした。
♦︎ ♦︎ ♦︎
「ただいま〜」
一日のトレーニングを終え、朝の百倍重くなった体を引きずり、帰宅する。
期待したおかえりの声はなくて、家の中は自動で電気がついた玄関以外は、まだ真っ暗だった。
今日は潔より俺の帰宅の方が、早かったらしい。
廊下に持っていたスポーツバックを落として、まっすぐ浴室に向かう。
シャワーを浴びる前に、潔が朝干していた洗濯物を取り込もうとすると、いつもより服が少ないことに気づいた。
そーいえば潔、ここ数日俺の部屋に服回収しに来てなかったかも……。
浴室の中、潔の服だけが揺れているパイプから洗濯物を回収して、リビングのソファに積み上げておいた。そして、ジャージのポケットからスマホを取り出し、オメガのヒート管理用スケジュールアプリを開く。
表示されたカレンダーは、来週金曜の日付からピンク色に塗りつぶされていた。
このアプリは潔のつけているチョーカーから、体温や脈拍、フェロモンの数値などを読み取って、ヒートの開始日を予測してくれる機能がある。カレンダーがピンクに染まるとヒートが始まる可能性が高いってことだ。
自室に入り、ベッドを確認すると、洗濯物の山がいつもより立派な状態になっていた。
潔はヒートが近づくと、俺の洗濯物を放置する。俺が溜め込んだ洗濯物の山をそのまま巣にするつもりだからだ。
潔からしたら放っておくだけで巣ができるんだから、合理的といえば合理的だけど、たまには潔が家中から俺の匂いがついた服を集めてきてせっせと巣を作る姿も見てみたい。
ふとそう思ったら、試してみたくなった。
「……よいしょっと」
枕元にあった洗濯物を一塊抱えて、洗濯機に向かう。どさっと腕の中身をドラム式の洗濯機に突っ込んだ。
色分けすんのめんどいから、俺の服もジャージも基本白。全部まとめて一緒に洗える。らくちーん。せっかくだから今着てるジャージや下着も脱いで一緒に入れた。
洗剤をてきとーにセットして、スイッチを押す。
全裸になったついでに浴室に向かい、シャワーを浴びて、水を飲もうと冷蔵庫に向かう。
すると、いつのまに帰ってきたのか、黒いジャージ姿で立ち尽くす潔が洗濯機の前にいた。
「あ、潔おかえり〜」
腕を伸ばしてぎゅーしようとすると、振り返った潔は、ぎろりと俺を睨んできた。
「なんでこういうことするんだよ……っ」
「え……めっちゃ怒ってるじゃん。なに?」
「凪の服! なんで洗っちゃうんだよ! 普段ぐちゃぐちゃに放っておくくせに……凪のバカ!」
ぷんぷん怒った潔に配慮して、一旦ストップをかけていた腕を巻き付ける。
潔は怒ってるくせに、ぴょんっと跳ねて俺にしがみついてきた。肩をガブガブ甘噛みされる。
狂暴なのにかわいい。
「こんな怒ると思わなかった、ごめん」
「謝っても許せねー……凪のかいしょーなし」
「んぇ……そこまでいう?」
ガブガブをやめた潔は、むすっと下唇を突き出して、俺の手からタオルを奪った。そのタオルで俺の髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜて水気を拭ってくれる。怒ってても冷たくしきれずに、こーやって甘やかしてくれるとこちょーすき。
「明日は洗濯するなよ」
「へーい」
「絶対だからな? 明後日も」
「ん〜……」
「凪、わかってないだろ? テキトーな返事すんな。もうすぐヒートだから、凪の匂いそばに置いておきたいって、俺、甘えてんだけど……」
がつんっと頭を殴られたみたいな衝撃があった。
潔が、俺に、甘えてる。
目を見開いて潔を見下ろす。
潔は目じりをほんのり赤くして、俺の首筋に額を擦りつけてきた。
「潔、俺サイテーだ」
「……そーだよ。凪が俺に意地悪した」
「ゴメンナサイでした。俺、もうこんなこと絶対しないから許して、潔」
「……わかればいーよ」
俺の潔、可愛すぎる。全人類に自慢したい。でも、ダメ。潔のかわいいとこは、俺だけが知ってたいから我慢する。
照れて俯いた潔のこめかみにちゅーして、額を潔の側頭部にぐりぐり押し付けた。
もしゃ……っと、遠慮がちに潔が俺の頭を撫でてくる。
俺もう一生、潔に自分で巣作りしてなんて頼まない。潔のために洗濯物はいっぱい溜め込む。
「あと、凪……俺、来週土曜の試合でるつもりだから」
「……いぇっさー」
最後に付け足された言葉に、潔の可愛さに浮かれた気持ちが少し落ち着いた。
潔の首につけられた黒いチョーカー型のプロテクターを外して、俺の歯形が残ったうなじを指先で撫でる。
潔はうっとりと息を吐いて、わずかに甘いフェロモンを漏らした。
「ちょっとヒート早まるといいね」
せめて週明けすぐに来てくれたら、セックスでヒートを治めてあげられるのにな。
♦︎ ♦︎ ♦︎
ヒート予測アプリの読み通り、金曜の夜帰宅すると潔の誘引フェロモンで、家中が甘い桃の香りでいっぱいだった。
廊下にバックを落として、自室へ直行する。
ドアを開けるとベッドの上、溜めに溜め込み雪崩を起こした俺の洗濯物の山を下敷きにして、丸くなって眠っている潔がいた。
そっとベッドに近づいて、潔の顔のそばに腰を下ろす。
ゆっくり目をあけた潔は、俺を見上げると瞳を蕩けさせて手を伸ばしてきた。
抱け、と脳を揺さぶる甘い誘惑に抵抗して出窓に手を伸ばす。
潔のフェロモンにでも当てられたのか白い花を咲かせたチョキのその横。アルミのケースを掴んで蓋を開け、うなじに直接打ち込むタイプの抑制剤を取り出す。
横たわったままの潔のうなじを撫でると、潔はころんとうつ伏せになってうなじを差し出してきた。
薬を打つ前に、歪な歯型が刻まれたうなじに一度、唇を押し付ける。
潔が甘い声で鳴き、シーツを掴んでぴくぴく震えて喜んでる隙に、抑制剤を打ち込んだ。
これで強制的にヒートを治めると二十四時間は発情フェロモンを抑え込める。継続する場合は効果が切れる前にもう一発打てばいいけど、この抑制剤は打てば打つほど副作用が強くなるから、あんまり潔には使ってほしくない。
でも俺はストライカー潔世一の番だから、そんな甘っちょろいことは口にできないし、したくなかった。
「なぎ……きもちわるい…………」
「うん、だいじょーぶ。そばにいるから」
この抑制剤は、オメガの発情フェロモンが治るまで大体一時間程度、ヒートを上回る体の不快症状で発情を強制的に治める。
潔の場合は吐き気や眩暈、頭痛が主な症状だ。
一時間を過ぎれば症状は落ち着いて眠りにつくんだけど、それまでは体をさすってあげることしかできない。
ぐちゃぐちゃになった自分の服の上に寝そべって、唸る潔を抱き込み、丸くなった背中を撫でた。
時々潔が、弱弱しい声で俺を呼ぶ。かわいそうでかわいくて、ダメだってわかってるのに、ちんこが反応する。
セックスでヒートを発散できない夜は、潔もつらいけど、俺もつらくてしんどい。
潔が俺のフェロモンを求めて、すりすりしてくるのが天国で地獄だ。
大体下着の中でちんこが暴発して下着がどろどろになる。
そういう時、潔は必ず俺の精液の匂いに気づく。とろんとした目に悪戯っぽい光を宿して、俺がおとなしく耐えるしかないのをいいことに、俺の身体を撫でまくる悪魔と化す。
「なぎ、なぁーぎ、きもちい?」
俺の腹筋を撫でまわして、ちゅっちゅぺろぺろしてる潔を見下ろす。俺と目が合うと、潔の甘ったるい匂いが一層強くなった。
ゆらゆら揺れてるつむじの跳ねた毛を手のひらで押しつぶし、丸っこい頭を撫でる。
「ねー……、好きにしていーけど、明日の夜、後悔しないでよ」
頭を撫でていた手を滑らせて、潔の耳たぶをつまむ。にこっと笑った潔にどきっとすると、潔は急に俯いて口を押えた。
「おぇ……っ」
「あーも、大人しくしてないから……、ほら、ゲーしちゃいな」
「やだ……トイレいく」
「ハイハイ……んじゃ、捕まってー……」
へろへろな身体でベッドから降りようとするわがまま潔を抱っこして、トイレに連れて行く。
めんどくさいけど、潔が具合悪いとき優しくすると、潔の好きメーターがぐんぐんあがってくのがわかるから、嫌じゃない。
潔は俺のこと優しいって言うけど、俺は結構打算的。下心で潔に優しくしてる。
だって、潔の唯一の番になったって、まだ全然安心できないし。
いっぱい優しくするから、潔にもっと俺のこと好きになってほしかった。
翌朝ケロッとすっきり爽やかな顔をした潔は、夜通し潔の見守りをしていた俺を置いて、意気揚々と試合に出かけて行った。
テレビでストライカー潔の大活躍を見ながら、帰ってきたら絶対抱き潰すと心に決める。
明日は俺の試合があるけど、俺は潔とヤッた方が調子いいから問題ないでしょ。
♢ ♢ ♢
凪は、優しい。
めんどくさがりなのに、めんどくさい俺に優しくしてくれるとこ、すごく好き。大好き。こんなに好きなのに、凪はいつか俺が凪以外の誰かを好きになるんじゃないかって心配してて、ちょっとだけばかみたいだ。
凪は知らないけど、俺にはいわゆる「運命の番」って呼ばれる相手がいた。
噂で聞いた通り、会った瞬間にそうだってわかったけど、その時の俺はもう番になるとしたら凪が良かったから、気付かないふりをした。そして、ヒートの時に凪を誘って、うなじを噛ませた。
あの時の俺は結構焦ってて、凪に好きって伝えるのを忘れてしまった。
運命の番なんかに、うなじを噛まれる前に、凪に咬ませるしかないってそればっかりで、朝起きて死にそうな顔して謝る凪に、めちゃくちゃ反省した。
――好きだから、凪の番になりたかったんだよ。
事後になったけどそう伝えると、凪は瞳を潤ませた。無理やりシて、俺に嫌われちゃったのかと思ったんだって。無理やりシたのはどっちかっていうと、俺の方なのに。
それから凪は、俺のことがずっと好きだったって教えてくれた。
凪は、俺のヒートに当てられてから、オメガフェロモンなんか目じゃないくらいにめちゃくちゃ甘ったるい優しい瞳で俺を見つめて、たくさん好きって言ってくれてたから、もう知ってたけど、素面で言われるとすごく嬉しかった。
凪は、俺が凪の思っている百倍は重くてめんどくさい男だって、きっとまだ気づいてない。
そのまま一生気付かないで、くれてもいいけど。俺のヤなとこも全部知った上で、好きって言って欲しい気もする。
いつか出逢うかもしれない、どこかにいる凪の運命だったひとに心の中で謝って、凪から差し出される優しい愛を躊躇なく受け取る。
凪の優しさも、心も、残さず全部、俺が運命から奪っちゃったんだ、ごめんな。