凪潔SS


「凪、しばらく会うの無理そうかも」
 ベッドの上にうつ伏せになり、来客(俺)を構うことなくスマホでゲームをし続ける凪の背中に語り掛ける。
 俺の家にあるような小学生の頃から使い続けている勉強机とはちがうオシャレな黒いデスクの前から、ゲーミングチェアに座ったまま移動して、ベッドの横で止まる。
 凪がスマホゲームから俺に視線を移した。
「……テスト近いっけ?」
「いや、文化祭準備。土日は試合とかで参加できないから、部活ない日は準備手伝うんだ」
 ぽてんとスマホを枕の上に落とした凪は、ごろりと寝返りを打ち、俺に向かって腕を広げた。
椅子の上からベッドに腰を移動させると凪の腕が絡まってくる。白いふわふわの髪を撫でると、凪が顔をあげた。
「文化祭、なにすんの?」
「……ホス……クラ…………」
 聞こえづらいようぼそっと呟く。
凪の眉間に皺が寄った。むっと突き出された唇がかわいくて、笑ってしまいそうになる。
「いかがわしーんだ。ひどい、潔。俺がいるのに浮気すんの?」
「いかっ……だって、みんな女子と喋る機会これしかないからって張り切ってて……俺だってやだよ」
 ベッドの上に身体を放りなげると、腰にまとわりついていた凪が覆いかぶさってくる。白い大きな手が頬に触れた。
じっと凪の顔を見て唇を尖らせる。
「課題終わったんだけど……」
 尖らせた唇に、凪の唇が振ってきた。伸ばした腕を、凪の首に回す。ちろりと舌を出し、凪の唇を舐めると、予想通り凪ががっついてきた。
「なぎ、……すき」
「……ん、俺も。シよ?」
 Tシャツの裾から入り込んできた凪の手。それを、腰を浮かせて迎え入れる。
 うまく凪の気を反らせたことにほっとした。

 俺の恋人、凪誠士郎クンは、とってもやきもち妬きだ。かわいいけど。その嫉妬心を、ありあまる性欲として俺にぶつけられるのは、ちょっと体力的にしんどい時がある。
 文化祭の出し物を言わずにいたり、嘘をついたりしたら絶対そういう方向でやきもちアピールをしてくるから、黙ってるのはナシ。どうやったらうまく乗り切れるのかを文化祭の出し物が決まってから一カ月、悩み続けた甲斐あって、穏やかなまま文化祭前最後のお泊りデートを過ごすことができた。
 
 ——そんなわけで、完全に油断していた。

「ども。ナギヨです」
 文化祭二日目、一般公開日。朝一で南校舎二階にあるうちのクラス、いや、ホストクラブICHINANにやってきたのは、前髪に白いうさぎっぽい犬のヘアピンをつけた長身のイケメンだった。
クラスがざわついた。俺もざわついた。なにそのピン似合いすぎるだろ。
 教室の扉よりでかい凪を見上げ固まる、着崩したスーツ姿のクラスメイトの肩を叩いて「俺が対応するよ」って声をかける。
「凪……なにしてんの?」
「凪じゃなくてナギヨ」
「……ナギヨ、なにしてんの?」
「潔のこと指名しにきた……ってか、なんで眼鏡?」
「あー、これは……変装? とりあえず端の席座るか」
 演劇部から貸し出してもらっている黒縁眼鏡のフレームを触って「似合う?」と首を傾げる。
凪は「えろい」と頷いた。
聞こえなかったことにした。

廊下側、一番端の席に凪を案内して、段ボールで作ったソファに座らせる。俺はその横に置かれた普通の椅子に座ろうとしたけど、凪が「ホストなら隣でしょ」って腕を掴んで離さなかったから、女の子が二人座ることを想定した小ぶりなソファにぎゅうぎゅうに詰めて座ることになった。
「えっと、凪……ヨ、なに飲む? あ、レモンティーあるよ。淹れたやつじゃなくて、ペットボトルのだけど。それでいい?」
「んー」
「ちょっと待ってて」
 凪の傍から離れ、教室の三分の一を区切って作ったドリンクスペースでクーラーボックスに入っていたレモンティーのペットボトルを出して紙コップに注ぐ。
ちょっと多めに注いじゃった。これはサービスっていうかヒイキ……。

「凪、おまたせ……って、多田ちゃんなにしてんの?」
 凪のいるソファに戻ると、クラスメイトでサッカー部のチームメイトでもある多田ちゃんが凪の手を握っていた。
「俺、実は凪クンのファンだから握手してもらってた……。マジすごかったっす! 凪クンの、U-20代表戦でのゴール!」
「あ~……どもです」
「ってか潔! 凪クン来るなら事前に言ってくれよ! もっと女の子呼べたのに」
「来るの知らなかったから……」
 知ってたら止めたよ、俺だって。
 凪の手を握ったままぶんぶん上下させる多田ちゃんの手を見ていると、無意識に紙コップを握る手に力が入る。
「ねぇ、そろそろ手離して」
「あっ、すんませんっ」
「手握るなら、好きな子がいいや。ね、潔」
「ですよね! ほんっとテンションあがってすんません! じゃあ、俺これでっ」
 多田ちゃんがそそくさと逃げていく。
あんなぺこぺこ謝らなくても、凪は怒ってないのに、無表情だから誤解したのかもしれない。
 ソファに黙って座り、ソファ前のテーブルに紙コップを置くと、凪がぎゅっと俺の手を握った。
「上書きしてー」
「ん」
「ってか、潔の変装の意味わかったかも。代表戦観てた人に騒がれるから?」
「そう。女の子に気づかれたら、俺に会話持ってかれるって余計な心配して、眼鏡かけさせられてんの」
「へえ~」
「……凪、ヨは、その可愛いピンどうしたの?」
「あー、これ? 玲王がホスクラ行くなら、女装だろって言ってくれたやつ」
「え。それで女装のつもり?」
「YES、BOSS」
 凪の血管が浮いた手をにぎにぎしていると、後ろの席から甲高い笑い声が聞こえた。
凪の手を離して、教室内を見渡す。いつのまにか室内は満席に近づいていた。ホスクラを提案したクラスメイトの望み通り、教室内は男子より女子の比率が高くなっている。
 最後に空いていた俺たちの隣のソファ席に、三人組の女の子が案内されてくる。
「え、うそぉ」
 その中の一人が凪の顔を見て口に片手を当てた。
「凪誠士郎くんですよね?! うち、めっちゃファンなんです! 白宝の試合も何回も観に行っててっ!」
「えっ、ねえ、良かったね! 偶然すごくない? つか運命かもじゃん!」
「ね、お兄さんここ相席でもいいですか? この子まじで凪くんのファンなんです! お願いっ」
 チェックの制服を着た派手目な女の子三人が凪の周りに立って、騒ぎ始めた。
クラスメイトもおろおろと立ち尽くして、女の子たちを席に座らせようとしないどころか、俺に「あとは任せていいか?」と目配せをしてくる。
 凪がため息をついて、腰を浮かせた。
凪が完全に立ちあがる前に手を取って、凪の指先にキスをする。そして、凪じゃなくて、固まった女の子たちを見上げてホストになりきったつもりで微笑みかけた。
「ごめんね。この子はホストじゃなくて、俺の大事なお客さんなんだ」
「……そこは姫じゃない?」
 凪が脱力したようにソファに座り直し、白いワイドパンツのポケットから財布を取り出した。
「ねえ、潔。アルマンドとかある? この店で一番高いやつ注文したいんだけど」
「……アル、なに? つか、現金使えないから」
「カードあるよ」
「そうじゃなくて、正門のとこで売ってる一枚百円の金券しか使えないんだって」
「え~……潔に貢がせてー」
「なにいってんの……」
 家にいる時と同じ調子でひっついてくる凪を抱き留めて、ハッとする。
気付けば、いくつもの視線が自分たちに突き刺さってる。
……やってしまった。
 凪ファンの子とばちっと目が合うと、その子は、口を両手で押さえて、ひぐっと変な声を漏らした。
「だ、大丈夫ですか?」
 思わず声をかける。
女の子はこくこく何度も頷いた。
「ああああの、い、潔さんですか、もしかして……?」
「あ、うん」
「あ、っア、……静かにしてるんで、眺めててもいいですか?」
「え?」
「……っあ、もう凪くんと仲良くしててくれればいいので! お構いなく!」
 そう言うとその子と残り二人も大人しく隣の席に座った。だけど、隣からなぜかキラキラした目でじっと俺たちを見てくる。
ふっと視線を感じて振り返ると、後ろの席の子たちも、俺を……っていうか、俺と凪を見ていた。

「な、なぎよ、外行かね? 他の出し物見たいだろ?」
「えー……歩くのめんどくさーい。ここでいーよ」
「ダメだって、満席だから! な?」
「んぇ~……」
 渋ってソファに引っ付く凪の腕を引っ張り、立たせようとすると、後ろからガッと両肩を掴まれた。
「潔、ここは今からBLカフェだ」
「は?」
 振り返ると、にっこり笑ったうちのクラスの文化祭実行委員・田中が、俺の背中を押して、凪の方向に突き飛ばす。
「あ、ちょっと。潔のこともっと大事にしてよね」
 俺を受け止めた凪が、むっと顔を顰めた。
田中は凪にだけ謝ると、ホスクラの雰囲気を出すためにかけていた暗幕を外すように指示した。
 教室が一気に明るくなる。
「あんまり暗いといかがわしくなりそうだからな」
 田中はニカッと爽やかな笑みを浮かべて「飲食部門売上一位は豪華賞品あり! 目指そうぜ、潔っ」と肩を叩いてきた。
そんなん絶対缶ジュース一本とかに決まってんじゃん。
 窓から差し込む日差しに照らされ、なんとなく見世物にされてることを察し、遠い目をしてると、凪が耳元で囁いてくる。
「アフターはおれんちね。眼鏡してきて」

 あ……。これは、完全に腰痛めるパターンのやつ……。
 
 そして、その日の後夜祭で「ホストクラブICHINAN」改め「BLカフェICHINAN」は一難高校文化祭、飲食売上部門と人気投票の一位を獲得し、担任から凪を含めたクラス全員に缶ジュース一本とPTAが売っていたクッキー一袋が支給されることとなった。
 
 
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