凪潔SS
ピピピピピ。ピピピピピ。
耳元で響く、甲高い電子音に意識が浮上する。
目をつぶったまま手探りで枕元のスマホを掴んで、まだ重たいまぶたをもちあげた。光る画面のまぶしさに目を細め、アラームを消す。
時刻表示は、9時ちょうど。
普段よりも2時間は遅い起床なのに、まだ眠い。
「チョキ、おはよ……」
身体を起こして、窓辺にいる凪の大事なサボテンくんに挨拶をする。凪みたいにトゲで指をさしたりはしない代わりに、遮光カーテンをあけると、途端に部屋へ眩い太陽の光が差し込んだ。
俺の腰にしがみついて丸くなってた凪が、うにゃうにゃいって顔を押し付けてくる。
「なぁぎ、そろそろ俺起きないと……」
俺の腰辺りにある白銀のふわふわした髪を撫でる。本人みたいに自由な寝ぐせが、いろんな方向に跳ねているのが可愛くて笑ってしまう。
「んあ……」
俺を抱き枕にしてた凪は、薄っすら目を開けると俺を見上げ、ゆっくり瞬きをした。
「……おはよ、凪」
「んー、おはよ……いさぎ、どっかでかけんの?」
「おー、今日は高校のやつらと会う約束しててさ」
「ふ~ん……はやく帰ってきてね」
俺の腹筋に頬をあてた凪が首を傾げて、昨日へその横にできたばかりの赤い痣へ唇を押し付けた。
「ばっ、た……、たっちゃうだろ」
凪の頭をぐいっと押して身体から引きはがし、不服そうな顔した凪を跨いでベッドから降りる。
背後から凪がチョキに挨拶してるのが聞こえた。
「……俺より先に、潔におはよーされんのはいいけど、潔のことまだ見ちゃだめだよ。イテ、」
凪のセリフに思わず、ずっこけそうになる。
昨日は、凪とそーいうことをしてから寝た。
終わったあと、シャワーを自力で浴びれる時はちゃんと服を着るけど、眠さに負けて凪に任せた朝は、全裸だったり上だけだったり、パンツだけだったりする。今日はパンイチ。
チョキに刺された人差し指で、俺のパンツのゴムを引っ張ってちょっかいかけてくる凪の手を振り払い、床に落ちていた明らかにデカいTシャツに袖を通した。それしかないから仕方ない。俺の服どこやったんだ? 洗濯機?
「いさぎー」
「はいはい、なんだよ」
「彼シャツかわい」
「……よかったな」
凪は俺が凪の服を着ると毎回そう言う。否定すると、かわいいかわいい連呼されるから、流すのが正解。
のっそり起き出した凪が後ろからしがみついてくる。ケツにナニかが当たってんのを無視して、パンイチの凪を引き連れて寝室から出た。
洗面台の鏡越しに、くあーっと大きなあくびをする凪が見えて、このあいだ動画で流れてきた動物園の狼みたいだなって思った。凪は狼っていうか大型犬って感じだけど。
顔を洗ったあと、凪と並んで歯磨きをする。
隣の洗濯機の蓋をあけると、ぐちゃぐちゃに丸まった俺の服が見えた。
「凪もどっかでかけんの?」
「ん~……今日はおうちでのんびり。ゲームでもしてる」
「そか。じゃあ洗濯頼んだ」
「んぇ、……りょーかい」
嫌そうな顔した凪の返事を聞いて、洗濯機の蓋から手を離した。
「あ、そーだ。この間、潔が一緒に観たいって言ってた俺のおすすめ映画配信されたから、あとで一緒に観よ」
ぺっと歯磨き粉を吐き出して、両手に貯めた水で口をすすぐ。
「まじ? 楽しみ。あ、じゃあさ、帰りにコンビニでポップコーンとか買ってくるよ。他に欲しいのあったら連絡して」
「……それはいいや。俺、あとでゴム買いにいくからついでにいろいろ買っとく。潔はまっすぐ帰ってきて」
「ごっ、……そ、そう………わかった」
濡れた口をタオルで拭うと、うがいを終えた凪が濡れた手で俺の顔を掴んで、ミント味のちゅーをぶちかましてきた。
「っ、ん……、ふ、ぁ………ん、ン」
口内に舌を突っ込んできた凪が、股間を押し付けてくる。
後ろ手に洗面器を掴んで、崩れ落ちないよう耐えていると、目を細めた凪はゆっくり顔を離した。
「マテ、でしょ? 遅刻しちゃうもんね、潔」
「……う」
もやもやする下半身を、Tシャツの裾を引っ張って隠す。
凪の形が浮き彫りになったパンツから目を反らして、俺はシャワーで頭を冷やすことにした。
♡
シャワーで冷水を浴びて熱を強制的に冷ました後は、凪が大量に買い込んで、冷蔵庫にストックしてる10秒でチャージするタイプのゼリーを分けてもらう。
俺が着替えてる間にゲームをはじめてた凪は、声をかけるとスマホを置いて玄関までついてきた。
「潔、はい。ちゅーして」
俺に頬を向けた凪が、首を傾ける。
ほっぺにいってらっしゃいのキスをおねだりされてるらしい。
自分が出かける時はしないくせに、なんなんだ。
スルーしようかと思ったけど、洗面所でのキスを思い出して、やり返すつもりで、ほっぺじゃなくて唇に唇を押し付けた。
凪の目が丸くなる。びっくりさせられたのに気分が良くなって、ふはっと笑った。
「いいこにお留守番してろよ、凪」
「ちょーおりこうさんにしてる」
真顔で頷いた凪が、こつんと俺の肩に額を当てた。甘えるように首筋にすり寄ってくる凪の髪をぐしゃぐしゃに撫でる。
今日は早めに解散して、凪のこと構い倒してやろっと。
♡ ♡ ♡
日中遊ぶ約束をしていた多田ちゃんたちと夕方には解散して、凪の待つ家に帰る。
十八時に帰るなんて小学生かよ、って笑われたけど「夜は女の子たちも来るからさ」なんて言われて、余計に行く気を失ったんだからしょーがない。
久しぶりにみんなでカラオケとかゲーセンとかで遊んだのは楽しかったけど、途中大学生っぽいノリにあんまりついていけなくて、疲れてしまった。
それでも「潔のこと、これからもみんなで応援してるよ」なんて言われると嬉しくて、今日は顔を出してよかったって思った。
凪と俺、二人で暮らしているマンションが見えてくると、ほっと肩の力が抜けた。
俺たちはお互い一年のほとんどを海外で過ごしている。でも日本にいるとき、二人でゆっくり気が休められる場所がほしいって凪に誘われて、二人でこのマンションの一室を買うことにした。
ホテル暮らしだとやっぱちょっと音とか気になるし、俺の実家に凪を連れてってもいいけど、凪は気を遣うだろうし……。
俺たちが不在の間は業者に管理を頼んでて、その金も凪と折半してる。
あんまり使ってない家だけど、こうして帰ってきて息をつくと、俺たちの家なんだなーって実感して、たまらない気持ちになった。
「ただいまー」
玄関で靴を脱いで、リビングにまっすぐ向かう。
ソファに横たわり、スマホを見ていた凪が頭を上げた。
「おかえりー、潔」
ぽんぽんと凪の頭を撫でてから、手洗いうがいをしにいく。
洗面台の前に立つと、ソファで寝転んでたはずの凪が、後ろからひっついてきた。
「潔、楽しかった?」
「んー? まあ、楽しかったかな」
「そっか。じゃあさ……今からは俺と遊ぼ」
そう言って凪が、俺のシャツの裾をめくり、服の中に手を突っ込んでくる。
「こらこら、映画観るって言ってたでしょーが」
「それあとでもいーし」
腹筋を撫でてこようとする凪のすけべな手を、服の上から押さえこむ。
「だーめ。夕飯もまだだし、凪が好きっていう映画観るの楽しみにしてたんだからさ」
「……潔って、俺にマテさせんの上手だね」
ひとつ息を吐いた凪が、言うことをきいて手を引いた。
「夕飯ピザでいい? 潔は食べて帰ってくると思ったから、カップラーメンしかないや」
「ピザやだ、寿司にしよ。一番いいの奢るからさ」
「え~……ピザでいいじゃん。冷めてもレンジで温め直せばいいし」
「それもう絶対待ってる間におっぱじめるつもりだろ。おなかすいてるから、ご飯が先。届いたら放置できない麺系か寿司じゃないとやだ」
ジト目で見てくる凪を無視して、リビングに戻りながら、スマホで近くの寿司屋を検索する。
俺が何度冷めていくピザの前で、凪に襲われたと思ってるんだ。さすがに学習するって。
「いさぎのばか」
「はいはい、エビの尻尾外してやるから」
「……イカもタコも貝もやだ。噛むの面倒」
「りょーかい、それは俺が食べる。凪は好きなの食べていいよ」
こてんと凪がソファに横たわる。
拗ねた凪を横目にお寿司を注文して、スマホをテーブルの上に置いた。
「なーぎ、なぎ、怒ってんの?」
凪の足を跨いで覆いかぶさると、寝返りを打って仰向けになった凪が不機嫌そうに下唇を尖らせた。
「いさぎうざい。怒ってないよ」
凪の長い腕が俺の腰に回って、ぎゅうっと身体が締め付けられる。
「うげ、くるし……っ」
「いいこにしてたのに、潔は冷たすぎなんて思ってないし」
「思ってんじゃん、それ」
駄々っ子凪のほっぺをつっつく。
あ、膨らんだ。
首を伸ばして、不機嫌アピールしてくるそこに、ちゅっと音を立てて吸い付いた。
「ん、ただいまのちゅー」
「……ズルいぞ、潔」
凪のほっぺから空気が抜ける。ついでに腕の力も抜けて、駄々っ子凪はいつものひっつきむし凪になった。
ほんと、めんどくさいよなーこいつ。でもそこが、ちょっとかわいいんだけどさ。
もう一回くらいちゅーして誤魔化しておくか、って思ったタイミングで、テーブルの上でスマホが震えた。
ヴーヴー唸る俺のスマホにちらりと凪が視線を向けて、手を伸ばした。
「はい。お嬢さんから電話」
身体を起こしてソファに座り直した凪に、スマホを渡される。
凪に覆いかぶさっていた俺は、凪の足に跨っていたせいで、凪の膝に向き合って座るという恥ずかしすぎる体勢になってしまった。膝から降りようとするも、凪が腰に腕を巻き付けて離さないから無理だった。
「電話切れちゃうけど?」
「あ、やば……もしもし、千切?」
指をスライドさせ、仕方なく凪の肩に顎を置いて電話に出た。
『よお、潔。今、時間大丈夫か?』
「あー、うん。平気。もうちょっとしたら出前くるかもだけど」
ひっつき凪がおとなしくしてるはずもなく、ちゅっちゅと俺の首に吸い付いてくる。
もー、くすぐったいって。
『了解、んじゃ手短にな。明日みんなで夕飯食べようって話、十九時に渋谷集合じゃん? その前、昼過ぎくらいから蜂楽たちと遊ぼうって話してんだけど、潔と凪も来れそ?』
「俺は行く……けど、凪は……どうかな? あとで聞いてみるよ」
調子にのって凪が首筋を舐めてくる。声が跳ねそうになるのを必死にこらえて、凪の襟足の毛を掴んで引っ張った。
「あいて」
凪がたいして痛くもなさそうな声をあげる。
『……いちゃいちゃすんなら電話切ってからにしてくんね?』
「し、してない! いちゃいちゃ!」
『さっきから、ちゅっちゅちゅっちゅ音が聞こえてるんですけどー。それじゃお二人さん、このあと詳細送るから、確認してからヤれよ』
絶句する俺の手からスマホを奪った凪が口を開く。
「ねえ、潔に言葉責めすんのやめ、いっ!」
思いっきりグーで凪の頭を殴ってしまった。
人を殴る手の痛みってこんなにするんだな。
凪の手からスマホを取り返して通話を切った。
「……もう明日千切の顔見られない」
「じゃあ俺のこと見てなよ」
「それはさすがに意味わからん……」
凪が慰めるみたいに俺の背中を撫でてきた。大体おまえのせいなんですけど。
♡
「ん~っ、寿司うまあ……っ」
舌の上でとろける中トロに、ゆるむ頬を押さえる。
横を見ると、凪も目をつぶって中トロを味わっていた。
約束通り、凪の食べる分のエビから尻尾を外してやってると、凪が俺の唇に、一人二貫ずつしかなかった中トロを押し付けてきた。
「? 俺もう自分の分食べちゃったよ」
「ん、知ってる。はい、あーん」
「いやいや、凪が食べろよ。すげえうまいじゃんコレ」
「だから、俺より潔に食べてほしいんでしょ」
中越えて大トロくらいとろけた凪の瞳に負けて、口を開く。
「おいし?」
きらきらした瞳に見つめられて、凪から譲られた中トロを噛み締めながら何回も頷いた。
「すげえうまい。さっきのよりうまかった。凪、ありがと」
「どーいたしまして」
あーん、なんて恥ずいし、普段絶対しないけど。尻尾とりたてのエビをつかんで、凪の口に押し付けた。
凪はもごもごと口を動かして、あまりうれしくなさそうに眉を下げる。
「……潔、これ醤油ついてない」
「あ、ごめん。忘れてた」
♡
「潔、一緒にお風呂はいろ?」
「……うん」
凪おすすめ映画のエンドロールが流れ始めると、凪が速攻でテレビを消して、風呂に誘ってきた。
余韻とかないのかよ、と思いつつ、マテさせすぎてる自覚もあるから拒まずに頷く。
ずびっと鼻を鳴らし、手の中で丸くなってた涙が染みこんだティッシュで最後に鼻を拭う。
凪がおすすめしてくる映画は、海外の恋愛映画が多い。しかも泣けるやつ。
今日は、それぞれ別の夢を追いかける二人が偶然出逢って恋をして、夢を追い続けるために別れるけど、最後にまた出逢うって話だった。
こーいう映画観たあとは、凪の温もりを感じたくなる……ような気がする。
テーブル下のごみ箱にティッシュを入れると、凪が俺の目じりに唇を押し付けた。
凪も俺と同じ気持ちなのかな、とか思ったりして。
微塵も濡れてない凪の頬に鼻を押し付けた。
♡ ♡ ♡
「おっすー、潔、久しぶり!」
「よぉ、潔」
「おっ、潔、思ったよか元気そうじゃん」
千切から連絡のあった待ち合わせのカフェに着くと、先についてた蜂楽、玲王、千切が手をあげてくれた。
千切の含みをもったような視線はスルーして、千切と蜂楽の間の空席に座る。
「ってか、凪っちは?」
「あー……まだ寝てるかも。起きないから置いてきた」
「へえ~」
「ふ~ん」
「ほお~」
「……なんだよ」
店員さんにアイス抹茶ラテを注文して、生ぬるい視線を向けてくる三人に唇を尖らせる。
「いーや? つか、せっかくの休暇なのに凪置いて俺らに合流しちゃってよかったわけ?」
「べつに……休暇だからって、四六時中一緒にいなくてもいいだろ。昨日だって、高校のやつらと遊びにいったんだし、今日はお前らと遊ぶって決めてたんだし!」
起きないやつは、置いてかれて当然、って続けようとすると、目を丸くした玲王がテーブルに肘をついて乗り出してきた。
「え、連続で遊び歩いてて凪怒んねーの? 日本にいるのって、一週間くらいだろ」
「いや、全然。やきもちやいてんのかな~って思うときはあるけど、ずっと一緒にいようとか出かけるなとか、凪はそういう束縛めいたことは言わないよ」
「束縛しないって?」
「う、うん……なんだよ。三人とも、そんな変な顔して」
んー、と眉間に寄せた皺を、どこかの刑事ドラマの主人公みたいに人差し指で突っついた蜂楽が、びしっと俺の服を指さした。
「そのぶかぶかの白パーカー! 凪っちのでしょ?」
「え、俺のだけど……。凪が通販で買って、思ったよりサイズぴったりだから着ないって俺に押し付けてきたやつ」
「有罪!」
「え?」
急に有罪判定出たんだけど。なに?
「……潔のつけてるその時計。凪からプレゼントされたやつだろ? GPS機能付きの」
今度は玲王が、俺の左手首についたごつ目の黒い時計を指差した。
「あー、これ? そうそう。お互い海外で一人暮らしじゃん? 俺よく一人で散歩行ったりとかしてるし、なんかあったときのためにって。凪って意外と心配性だよな~」
「ハイ、有罪その2。ってか、フツーに監視されてるとか思わね?」
だから、なんの罪だよ……? 監視罪? ってこと?
「べつに……どうせつけてたって、自宅と職場とかの往復だしなー。たまに散歩でぶらぶらしてるけど、凪に知られたくないところなんてないからいいよ。無罪になった?」
「いーや、完璧有罪だ。ごちそーさん」
玲王はべーっと長い舌を出したあと、一気にコーヒーを呷って、カップを空にした。
「極めつけの有罪その3。うなじにあるえっぐいキスマの数。こんだけ証拠あって、束縛ないはないだろ」
千切の発言に思わずうなじを両手で押さえる。
あのバッカ、見えるとこにつけんなってのは、俺から見えるとこにつけんなって意味じゃねえんだよ。
「えー、ねえ、みんなで俺のことめんどくさい男扱いしないでよ」
のんびりした声が真後ろから聞こえて、振り向いて見上げると、首に手を当てた凪が立っていた。
俺の抹茶ラテを持ってきた店員さんが、凪の大きさにビビッて斜め後ろで固まってる。
手を伸ばして店員さんからグラスを受け取ると、凪が俺の肩にもたれかかってきた。
「潔、俺そんな独占欲の塊みたいなめんどくさい男じゃないよ」
「わかったわかった、凪は独占欲なくてもめんどくさい男だからな。すみません、アイスレモンティー追加でお願いします」
凪にてきとーな返事をして、店員さんに追加注文する。
凪の身体が、俺にくっついたまま硬直した。振り返ると、凪が衝撃を受けたみたいな顔している。
ふっと笑って、手を伸ばし、ふわふわの髪を雑に撫でまわした。
「面倒なところもかわいいって思ってるから、安心しろよ」
凪にだけ聞こえるよう耳元でささやいて、手を離す。
凪はふらふらしながら玲王のところに歩いていって、その隣に背中を丸めて座った。
「玲王、あの男たらしどーにかしてくんないと俺が死ぬ」
「あ? まーた潔にいじめられてんのか。潔、凪と別れたら慰謝料三億請求するからな」
「なんでだよ!」
「んじゃ、俺に五千万♪」
「迷惑料として俺に一億な」
「だからなんで?! それに別れないから!」
さっきの有罪判定すらよく意味がわからないのに、今度はお金を請求されかけてる。特に千切の目がマジだった。こわい。
それでもなんとか突っ込むと、凪以外が笑いだした。凪はひとり拗ねた子どもみたいな顔で下唇を尖らせている。あれは照れてるときの顔だ。
「もぉ……いみわかんねー」
そう言って俺も笑う。
独占欲とか、束縛とかさ、よくわかんないけど、もし凪にそういう欲があるとして、凪が不安になる必要なんてないのにな。
重いくらいの愛がなきゃ、俺は大人しく抱かれる立場になったりなんかしない。凪、お前だけを許してるんだよ。
耳元で響く、甲高い電子音に意識が浮上する。
目をつぶったまま手探りで枕元のスマホを掴んで、まだ重たいまぶたをもちあげた。光る画面のまぶしさに目を細め、アラームを消す。
時刻表示は、9時ちょうど。
普段よりも2時間は遅い起床なのに、まだ眠い。
「チョキ、おはよ……」
身体を起こして、窓辺にいる凪の大事なサボテンくんに挨拶をする。凪みたいにトゲで指をさしたりはしない代わりに、遮光カーテンをあけると、途端に部屋へ眩い太陽の光が差し込んだ。
俺の腰にしがみついて丸くなってた凪が、うにゃうにゃいって顔を押し付けてくる。
「なぁぎ、そろそろ俺起きないと……」
俺の腰辺りにある白銀のふわふわした髪を撫でる。本人みたいに自由な寝ぐせが、いろんな方向に跳ねているのが可愛くて笑ってしまう。
「んあ……」
俺を抱き枕にしてた凪は、薄っすら目を開けると俺を見上げ、ゆっくり瞬きをした。
「……おはよ、凪」
「んー、おはよ……いさぎ、どっかでかけんの?」
「おー、今日は高校のやつらと会う約束しててさ」
「ふ~ん……はやく帰ってきてね」
俺の腹筋に頬をあてた凪が首を傾げて、昨日へその横にできたばかりの赤い痣へ唇を押し付けた。
「ばっ、た……、たっちゃうだろ」
凪の頭をぐいっと押して身体から引きはがし、不服そうな顔した凪を跨いでベッドから降りる。
背後から凪がチョキに挨拶してるのが聞こえた。
「……俺より先に、潔におはよーされんのはいいけど、潔のことまだ見ちゃだめだよ。イテ、」
凪のセリフに思わず、ずっこけそうになる。
昨日は、凪とそーいうことをしてから寝た。
終わったあと、シャワーを自力で浴びれる時はちゃんと服を着るけど、眠さに負けて凪に任せた朝は、全裸だったり上だけだったり、パンツだけだったりする。今日はパンイチ。
チョキに刺された人差し指で、俺のパンツのゴムを引っ張ってちょっかいかけてくる凪の手を振り払い、床に落ちていた明らかにデカいTシャツに袖を通した。それしかないから仕方ない。俺の服どこやったんだ? 洗濯機?
「いさぎー」
「はいはい、なんだよ」
「彼シャツかわい」
「……よかったな」
凪は俺が凪の服を着ると毎回そう言う。否定すると、かわいいかわいい連呼されるから、流すのが正解。
のっそり起き出した凪が後ろからしがみついてくる。ケツにナニかが当たってんのを無視して、パンイチの凪を引き連れて寝室から出た。
洗面台の鏡越しに、くあーっと大きなあくびをする凪が見えて、このあいだ動画で流れてきた動物園の狼みたいだなって思った。凪は狼っていうか大型犬って感じだけど。
顔を洗ったあと、凪と並んで歯磨きをする。
隣の洗濯機の蓋をあけると、ぐちゃぐちゃに丸まった俺の服が見えた。
「凪もどっかでかけんの?」
「ん~……今日はおうちでのんびり。ゲームでもしてる」
「そか。じゃあ洗濯頼んだ」
「んぇ、……りょーかい」
嫌そうな顔した凪の返事を聞いて、洗濯機の蓋から手を離した。
「あ、そーだ。この間、潔が一緒に観たいって言ってた俺のおすすめ映画配信されたから、あとで一緒に観よ」
ぺっと歯磨き粉を吐き出して、両手に貯めた水で口をすすぐ。
「まじ? 楽しみ。あ、じゃあさ、帰りにコンビニでポップコーンとか買ってくるよ。他に欲しいのあったら連絡して」
「……それはいいや。俺、あとでゴム買いにいくからついでにいろいろ買っとく。潔はまっすぐ帰ってきて」
「ごっ、……そ、そう………わかった」
濡れた口をタオルで拭うと、うがいを終えた凪が濡れた手で俺の顔を掴んで、ミント味のちゅーをぶちかましてきた。
「っ、ん……、ふ、ぁ………ん、ン」
口内に舌を突っ込んできた凪が、股間を押し付けてくる。
後ろ手に洗面器を掴んで、崩れ落ちないよう耐えていると、目を細めた凪はゆっくり顔を離した。
「マテ、でしょ? 遅刻しちゃうもんね、潔」
「……う」
もやもやする下半身を、Tシャツの裾を引っ張って隠す。
凪の形が浮き彫りになったパンツから目を反らして、俺はシャワーで頭を冷やすことにした。
♡
シャワーで冷水を浴びて熱を強制的に冷ました後は、凪が大量に買い込んで、冷蔵庫にストックしてる10秒でチャージするタイプのゼリーを分けてもらう。
俺が着替えてる間にゲームをはじめてた凪は、声をかけるとスマホを置いて玄関までついてきた。
「潔、はい。ちゅーして」
俺に頬を向けた凪が、首を傾ける。
ほっぺにいってらっしゃいのキスをおねだりされてるらしい。
自分が出かける時はしないくせに、なんなんだ。
スルーしようかと思ったけど、洗面所でのキスを思い出して、やり返すつもりで、ほっぺじゃなくて唇に唇を押し付けた。
凪の目が丸くなる。びっくりさせられたのに気分が良くなって、ふはっと笑った。
「いいこにお留守番してろよ、凪」
「ちょーおりこうさんにしてる」
真顔で頷いた凪が、こつんと俺の肩に額を当てた。甘えるように首筋にすり寄ってくる凪の髪をぐしゃぐしゃに撫でる。
今日は早めに解散して、凪のこと構い倒してやろっと。
♡ ♡ ♡
日中遊ぶ約束をしていた多田ちゃんたちと夕方には解散して、凪の待つ家に帰る。
十八時に帰るなんて小学生かよ、って笑われたけど「夜は女の子たちも来るからさ」なんて言われて、余計に行く気を失ったんだからしょーがない。
久しぶりにみんなでカラオケとかゲーセンとかで遊んだのは楽しかったけど、途中大学生っぽいノリにあんまりついていけなくて、疲れてしまった。
それでも「潔のこと、これからもみんなで応援してるよ」なんて言われると嬉しくて、今日は顔を出してよかったって思った。
凪と俺、二人で暮らしているマンションが見えてくると、ほっと肩の力が抜けた。
俺たちはお互い一年のほとんどを海外で過ごしている。でも日本にいるとき、二人でゆっくり気が休められる場所がほしいって凪に誘われて、二人でこのマンションの一室を買うことにした。
ホテル暮らしだとやっぱちょっと音とか気になるし、俺の実家に凪を連れてってもいいけど、凪は気を遣うだろうし……。
俺たちが不在の間は業者に管理を頼んでて、その金も凪と折半してる。
あんまり使ってない家だけど、こうして帰ってきて息をつくと、俺たちの家なんだなーって実感して、たまらない気持ちになった。
「ただいまー」
玄関で靴を脱いで、リビングにまっすぐ向かう。
ソファに横たわり、スマホを見ていた凪が頭を上げた。
「おかえりー、潔」
ぽんぽんと凪の頭を撫でてから、手洗いうがいをしにいく。
洗面台の前に立つと、ソファで寝転んでたはずの凪が、後ろからひっついてきた。
「潔、楽しかった?」
「んー? まあ、楽しかったかな」
「そっか。じゃあさ……今からは俺と遊ぼ」
そう言って凪が、俺のシャツの裾をめくり、服の中に手を突っ込んでくる。
「こらこら、映画観るって言ってたでしょーが」
「それあとでもいーし」
腹筋を撫でてこようとする凪のすけべな手を、服の上から押さえこむ。
「だーめ。夕飯もまだだし、凪が好きっていう映画観るの楽しみにしてたんだからさ」
「……潔って、俺にマテさせんの上手だね」
ひとつ息を吐いた凪が、言うことをきいて手を引いた。
「夕飯ピザでいい? 潔は食べて帰ってくると思ったから、カップラーメンしかないや」
「ピザやだ、寿司にしよ。一番いいの奢るからさ」
「え~……ピザでいいじゃん。冷めてもレンジで温め直せばいいし」
「それもう絶対待ってる間におっぱじめるつもりだろ。おなかすいてるから、ご飯が先。届いたら放置できない麺系か寿司じゃないとやだ」
ジト目で見てくる凪を無視して、リビングに戻りながら、スマホで近くの寿司屋を検索する。
俺が何度冷めていくピザの前で、凪に襲われたと思ってるんだ。さすがに学習するって。
「いさぎのばか」
「はいはい、エビの尻尾外してやるから」
「……イカもタコも貝もやだ。噛むの面倒」
「りょーかい、それは俺が食べる。凪は好きなの食べていいよ」
こてんと凪がソファに横たわる。
拗ねた凪を横目にお寿司を注文して、スマホをテーブルの上に置いた。
「なーぎ、なぎ、怒ってんの?」
凪の足を跨いで覆いかぶさると、寝返りを打って仰向けになった凪が不機嫌そうに下唇を尖らせた。
「いさぎうざい。怒ってないよ」
凪の長い腕が俺の腰に回って、ぎゅうっと身体が締め付けられる。
「うげ、くるし……っ」
「いいこにしてたのに、潔は冷たすぎなんて思ってないし」
「思ってんじゃん、それ」
駄々っ子凪のほっぺをつっつく。
あ、膨らんだ。
首を伸ばして、不機嫌アピールしてくるそこに、ちゅっと音を立てて吸い付いた。
「ん、ただいまのちゅー」
「……ズルいぞ、潔」
凪のほっぺから空気が抜ける。ついでに腕の力も抜けて、駄々っ子凪はいつものひっつきむし凪になった。
ほんと、めんどくさいよなーこいつ。でもそこが、ちょっとかわいいんだけどさ。
もう一回くらいちゅーして誤魔化しておくか、って思ったタイミングで、テーブルの上でスマホが震えた。
ヴーヴー唸る俺のスマホにちらりと凪が視線を向けて、手を伸ばした。
「はい。お嬢さんから電話」
身体を起こしてソファに座り直した凪に、スマホを渡される。
凪に覆いかぶさっていた俺は、凪の足に跨っていたせいで、凪の膝に向き合って座るという恥ずかしすぎる体勢になってしまった。膝から降りようとするも、凪が腰に腕を巻き付けて離さないから無理だった。
「電話切れちゃうけど?」
「あ、やば……もしもし、千切?」
指をスライドさせ、仕方なく凪の肩に顎を置いて電話に出た。
『よお、潔。今、時間大丈夫か?』
「あー、うん。平気。もうちょっとしたら出前くるかもだけど」
ひっつき凪がおとなしくしてるはずもなく、ちゅっちゅと俺の首に吸い付いてくる。
もー、くすぐったいって。
『了解、んじゃ手短にな。明日みんなで夕飯食べようって話、十九時に渋谷集合じゃん? その前、昼過ぎくらいから蜂楽たちと遊ぼうって話してんだけど、潔と凪も来れそ?』
「俺は行く……けど、凪は……どうかな? あとで聞いてみるよ」
調子にのって凪が首筋を舐めてくる。声が跳ねそうになるのを必死にこらえて、凪の襟足の毛を掴んで引っ張った。
「あいて」
凪がたいして痛くもなさそうな声をあげる。
『……いちゃいちゃすんなら電話切ってからにしてくんね?』
「し、してない! いちゃいちゃ!」
『さっきから、ちゅっちゅちゅっちゅ音が聞こえてるんですけどー。それじゃお二人さん、このあと詳細送るから、確認してからヤれよ』
絶句する俺の手からスマホを奪った凪が口を開く。
「ねえ、潔に言葉責めすんのやめ、いっ!」
思いっきりグーで凪の頭を殴ってしまった。
人を殴る手の痛みってこんなにするんだな。
凪の手からスマホを取り返して通話を切った。
「……もう明日千切の顔見られない」
「じゃあ俺のこと見てなよ」
「それはさすがに意味わからん……」
凪が慰めるみたいに俺の背中を撫でてきた。大体おまえのせいなんですけど。
♡
「ん~っ、寿司うまあ……っ」
舌の上でとろける中トロに、ゆるむ頬を押さえる。
横を見ると、凪も目をつぶって中トロを味わっていた。
約束通り、凪の食べる分のエビから尻尾を外してやってると、凪が俺の唇に、一人二貫ずつしかなかった中トロを押し付けてきた。
「? 俺もう自分の分食べちゃったよ」
「ん、知ってる。はい、あーん」
「いやいや、凪が食べろよ。すげえうまいじゃんコレ」
「だから、俺より潔に食べてほしいんでしょ」
中越えて大トロくらいとろけた凪の瞳に負けて、口を開く。
「おいし?」
きらきらした瞳に見つめられて、凪から譲られた中トロを噛み締めながら何回も頷いた。
「すげえうまい。さっきのよりうまかった。凪、ありがと」
「どーいたしまして」
あーん、なんて恥ずいし、普段絶対しないけど。尻尾とりたてのエビをつかんで、凪の口に押し付けた。
凪はもごもごと口を動かして、あまりうれしくなさそうに眉を下げる。
「……潔、これ醤油ついてない」
「あ、ごめん。忘れてた」
♡
「潔、一緒にお風呂はいろ?」
「……うん」
凪おすすめ映画のエンドロールが流れ始めると、凪が速攻でテレビを消して、風呂に誘ってきた。
余韻とかないのかよ、と思いつつ、マテさせすぎてる自覚もあるから拒まずに頷く。
ずびっと鼻を鳴らし、手の中で丸くなってた涙が染みこんだティッシュで最後に鼻を拭う。
凪がおすすめしてくる映画は、海外の恋愛映画が多い。しかも泣けるやつ。
今日は、それぞれ別の夢を追いかける二人が偶然出逢って恋をして、夢を追い続けるために別れるけど、最後にまた出逢うって話だった。
こーいう映画観たあとは、凪の温もりを感じたくなる……ような気がする。
テーブル下のごみ箱にティッシュを入れると、凪が俺の目じりに唇を押し付けた。
凪も俺と同じ気持ちなのかな、とか思ったりして。
微塵も濡れてない凪の頬に鼻を押し付けた。
♡ ♡ ♡
「おっすー、潔、久しぶり!」
「よぉ、潔」
「おっ、潔、思ったよか元気そうじゃん」
千切から連絡のあった待ち合わせのカフェに着くと、先についてた蜂楽、玲王、千切が手をあげてくれた。
千切の含みをもったような視線はスルーして、千切と蜂楽の間の空席に座る。
「ってか、凪っちは?」
「あー……まだ寝てるかも。起きないから置いてきた」
「へえ~」
「ふ~ん」
「ほお~」
「……なんだよ」
店員さんにアイス抹茶ラテを注文して、生ぬるい視線を向けてくる三人に唇を尖らせる。
「いーや? つか、せっかくの休暇なのに凪置いて俺らに合流しちゃってよかったわけ?」
「べつに……休暇だからって、四六時中一緒にいなくてもいいだろ。昨日だって、高校のやつらと遊びにいったんだし、今日はお前らと遊ぶって決めてたんだし!」
起きないやつは、置いてかれて当然、って続けようとすると、目を丸くした玲王がテーブルに肘をついて乗り出してきた。
「え、連続で遊び歩いてて凪怒んねーの? 日本にいるのって、一週間くらいだろ」
「いや、全然。やきもちやいてんのかな~って思うときはあるけど、ずっと一緒にいようとか出かけるなとか、凪はそういう束縛めいたことは言わないよ」
「束縛しないって?」
「う、うん……なんだよ。三人とも、そんな変な顔して」
んー、と眉間に寄せた皺を、どこかの刑事ドラマの主人公みたいに人差し指で突っついた蜂楽が、びしっと俺の服を指さした。
「そのぶかぶかの白パーカー! 凪っちのでしょ?」
「え、俺のだけど……。凪が通販で買って、思ったよりサイズぴったりだから着ないって俺に押し付けてきたやつ」
「有罪!」
「え?」
急に有罪判定出たんだけど。なに?
「……潔のつけてるその時計。凪からプレゼントされたやつだろ? GPS機能付きの」
今度は玲王が、俺の左手首についたごつ目の黒い時計を指差した。
「あー、これ? そうそう。お互い海外で一人暮らしじゃん? 俺よく一人で散歩行ったりとかしてるし、なんかあったときのためにって。凪って意外と心配性だよな~」
「ハイ、有罪その2。ってか、フツーに監視されてるとか思わね?」
だから、なんの罪だよ……? 監視罪? ってこと?
「べつに……どうせつけてたって、自宅と職場とかの往復だしなー。たまに散歩でぶらぶらしてるけど、凪に知られたくないところなんてないからいいよ。無罪になった?」
「いーや、完璧有罪だ。ごちそーさん」
玲王はべーっと長い舌を出したあと、一気にコーヒーを呷って、カップを空にした。
「極めつけの有罪その3。うなじにあるえっぐいキスマの数。こんだけ証拠あって、束縛ないはないだろ」
千切の発言に思わずうなじを両手で押さえる。
あのバッカ、見えるとこにつけんなってのは、俺から見えるとこにつけんなって意味じゃねえんだよ。
「えー、ねえ、みんなで俺のことめんどくさい男扱いしないでよ」
のんびりした声が真後ろから聞こえて、振り向いて見上げると、首に手を当てた凪が立っていた。
俺の抹茶ラテを持ってきた店員さんが、凪の大きさにビビッて斜め後ろで固まってる。
手を伸ばして店員さんからグラスを受け取ると、凪が俺の肩にもたれかかってきた。
「潔、俺そんな独占欲の塊みたいなめんどくさい男じゃないよ」
「わかったわかった、凪は独占欲なくてもめんどくさい男だからな。すみません、アイスレモンティー追加でお願いします」
凪にてきとーな返事をして、店員さんに追加注文する。
凪の身体が、俺にくっついたまま硬直した。振り返ると、凪が衝撃を受けたみたいな顔している。
ふっと笑って、手を伸ばし、ふわふわの髪を雑に撫でまわした。
「面倒なところもかわいいって思ってるから、安心しろよ」
凪にだけ聞こえるよう耳元でささやいて、手を離す。
凪はふらふらしながら玲王のところに歩いていって、その隣に背中を丸めて座った。
「玲王、あの男たらしどーにかしてくんないと俺が死ぬ」
「あ? まーた潔にいじめられてんのか。潔、凪と別れたら慰謝料三億請求するからな」
「なんでだよ!」
「んじゃ、俺に五千万♪」
「迷惑料として俺に一億な」
「だからなんで?! それに別れないから!」
さっきの有罪判定すらよく意味がわからないのに、今度はお金を請求されかけてる。特に千切の目がマジだった。こわい。
それでもなんとか突っ込むと、凪以外が笑いだした。凪はひとり拗ねた子どもみたいな顔で下唇を尖らせている。あれは照れてるときの顔だ。
「もぉ……いみわかんねー」
そう言って俺も笑う。
独占欲とか、束縛とかさ、よくわかんないけど、もし凪にそういう欲があるとして、凪が不安になる必要なんてないのにな。
重いくらいの愛がなきゃ、俺は大人しく抱かれる立場になったりなんかしない。凪、お前だけを許してるんだよ。