凪潔SS

「いまさら潔以外と付き合うの、めんどくさいじゃん」
 
 55インチの液晶テレビ。格闘ゲームに夢中な凪は、対戦相手をステージからぶっ飛ばすために画面から視線を反らさず、いつもののんびりした口調でそう言った。



 凪と付き合ってそろそろ五年目。
 ゲームに夢中な凪の横顔を見ていたら、なんとなく自分が隣に座っていることが不思議に思えた。
 だって、先週もインタビューに来たアナウンサーの人に、遠回しに凪を紹介してほしいって言われたし、その前はサッカーに詳しいって売り方をしているアイドルの子とか、モデルの子にも同じようなことを言われた。
彼女たちは俺との対談がおわると「今日の試合もかっこよかったです!」と一応俺を持ち上げてから、会話を「潔選手って凪選手と仲がいいんですよね?」って流れにもっていく。「あー、まあ、そーですね。フツーに」って答えたあとは「今度みんなでごはんに行きませんか? もっとサッカーの詳しいお話聞きたいです」がテンプレ。凪って名指しはしないけど、彼女たちの視線は凪を誘えって無言で訴えかけてくる。
 そういう目にあうたび、凪ってモテるんだなあって実感するし、凪の周りには綺麗な子もかわいい子もいっぱいいて、選び放題なのに、どうして俺なんだろうって考えてしまう。

 だから、凪の視線がこっちを向かないのをいいことに「凪ってモテんのに他に目移りしたりしないの」って聞いてみてしまった。
 自分がめんどくさいこと言ってる自覚、さすがにありすぎる。
 凪に甘い言葉を期待したわけじゃない。うそ。ほんのちょっとだけ「俺が好きなのは潔だけだよ」みたいなキザなセリフを期待してたのかもしんない。でも、凪は凪だった。キザなセリフを口にする凪よりよっぽど凪っぽい言葉で返されたのに、めんどくさい俺の心臓がぎゅっと絞られた。



「てか、そーゆーの聞かれるのもダルいんだけど」
 はい、いつもの追い打ち。
 横目でちらりと俺に視線を向ける凪に、顔を見られないよう俯いた。
 こいつの無神経な発言には慣れたつもりでいても、やっぱり腹が立つ。
「惰性で付き合われてんなら、別れた方がマシ」
 あーやば、言っちゃった。
 頭の中の俺が頭を抱える。でも口が勝手に回るのを止められない。

 売り言葉に買い言葉。最悪の言葉選び。普段どんなやつがムカつくことを言ってきたって大抵は流せるのに、凪にはそうできないことが時々ある。

 凪はコントローラを忙しなく動かしていた指を止めた。
 凪の操作していたピンクの丸いキャラクターがステージ外にぶっ飛ばされていく。
「ねえ、潔。俺、前も言ったよね」
 俺の腕を掴んだ凪に引っ張られ、身体が傾いた。凪の胸に倒れ込みたくなくて、手を突っ張り、顔を横に背ける。
 凪が思いっきりため息をついた。
「そうやって簡単に別れるって言われんの一番腹立つ」
「……俺だって、好き以外の理由で付き合ってるみたいな言い方されたのムカついたし」
 凪と視線を合わせ、突っ張ってた手で凪の胸倉をつかんだ。機嫌悪そうに唇を結んでいる凪の顔を引き寄せる。
「……もう潔以外は考えられない、って言い直せよ」
 鼻先がくっつきそうな距離でそう迫ると、凪が首に両手を当てて呻いた。
「やっぱ意味わかってんじゃんか」
「ニュアンスが全然ちがうだろ」
 凪の腕が背中に回る。甘くなった態度にうっかり油断してしまうと、喉笛に思いっきり噛みつかれた。
 世界がひっくりかえって、ソファを背に仰向けになる。
 俺の上に覆いかぶさった凪は、ぎらりと獲物を狙い定める獣みたいな瞳で俺を仕留めた。

「俺は潔じゃなきゃダメだから。もう口が裂けても別れるって言えないようにするよ、潔」 
 
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