凪潔SS
バチバチ激しく窓にぶつかる雨音を言い訳に、夕方トレーニングに行くという潔をベッドに引きずり込んだ。
――ここで俺といっぱい運動すればいいでしょ。
潔のこめかみにちゅっと吸いついて、右手を絡める。
潔はカーテンの奥でタイミングよくピカリと光った雷に目を向けて「今日だけだから」と声を潜め、俺の背中に腕をまわした。
――かわいい。すき。だいすき。
潔を前にすると、頭が蕩けて馬鹿になる。
潔の着ていたジャージのファスナーを下ろして、Tシャツの裾に手を潜り込ませると、潔の腰がぴくんと跳ねた。潔の鼻にかかった甘い吐息が、俺の下腹部にずくずく響く。
潔の瞳にできた水たまりがゆらりと熱に揺れる。おねだり上手な潔が、俺の耳元で小さく「凪」と囁いた。
名前を呼ばれただけで、体中がぐつりと沸騰したように熱くなる。
潔が、俺をおかしくする。潔にひどいことがしたくて、たまらなくなる。それと同じくらいに甘やかして、溶かしたい。
潔のうなじを力任せに掴んで、薄く開いた唇にそうっと吸い付いた。
ふたりぼっちの薄暗い寝室に、濡れた音が響く。
雨の音は、もう届かなかった。
♥
「あー……やば、シーツないや」
体液まみれになったシーツとタオルケットをベッドから引きはがして、ため息を吐く。
ぽたぽたと濡れた前髪から零れる水滴を、首にかけたタオルでてきとーに拭って、汚れた布を丸め、洗濯機にぶっこんだ。
普段はドイツとイングランドでなかなか会えない潔と過ごす休暇も今日で三日目。去年、潔とふたりで購入した日本のマンションで、オフシーズンは二人で過ごすことにしている。
潔が傍にいると、触りたくなるのは当然のことで、そうなればムラムラもする。普段なら三回に一回くらいある潔の「マテ」も今シーズンは鈍りがちで、ムラっとしたらハメる理性のかけらもない生活をここ三日繰り返していた。
そのおかげもあって、脱衣所には汚れたままのシーツが今剥がしてきたやつの他に二枚丸まっていた。
梅雨真っ盛りの日本。それもあって家に引きこもってのいちゃいちゃが許されてるんだけど、その結果、洗濯を干すことができず、ついに替えのシーツがなくなった。
「休暇終わるまえに、ドラム式のやつに買い替えとこ……」
今の洗濯機は、俺が一人暮らししてた時に使っていた縦型洗濯機だから、乾燥機能がないしサイズも小さめだ。
洗剤をいれて、洗濯機を動かす。もうすぐ0時になるけど、そんな壁薄くないし、音は大丈夫なはず。洗濯が終わったら、これをマンションから徒歩三分のところにある二十四時間営業のコインランドリーに持っていくことにした。
ごうんごうん唸る洗濯機から離れリビングに戻って、ソファですやすや眠っている潔に近づく。床に腰をおろして、ソファに頬をくっつけ、潔の気持ちよさそうな寝顔を観察する。
「……かーわい」
潔の頬を指で刺す。
潔は、眉間にぎゅっと皺を寄せると、いやいや頭を振り、腕で顔を隠してしまった。
風呂で全身丸洗いして髪もちゃんと乾かしてあげたばかりの潔は、ふわふわでぴかぴかで良い匂いがする。
さらさらになった潔の髪を指で梳いて、潔の寝顔につられたあくびを噛んだ。
今潔と寝落ちしたら、明日絶対、ちゃんとベッドで寝ろって怒られるし、しばらくエッチ禁止って言われるかもしれない。
テーブルに放ってあったスマホを手に取って、寝落ち防止にゲームをすることにする。
ピーッと洗濯機が終了を告げる音と同時に、最後の一人にヘッドショットを決めてゲームも終了。
前に家具店で買った青に黄色いロゴが入ったビニールバックをクローゼットから引っ張り出して、濡れたシーツとタオルケットを放りこむ。
部屋を出る前にリビングに引き返して、潔に一応声をかけておく。
「潔、コインランドリー行ってくんね」
「……ん、ぁ?」
一回寝たら朝まで起きない潔が、珍しく薄っすら目蓋を持ち上げた。
「寝てていーよ」
ぽんっと丸い頭に手を乗せると、潔はぼんやり俺を見つめ、ゆっくり身体を起こした。
「どこ、いく……?」
「コインランドリー。すぐ帰ってくる」
「ん……おれもいく」
ぽやーっとしたまま床に足を下ろした潔が立ち上がって、ふらふら揺れる。倒れないように腕を支えてやると、ぽふんっと潔の顔が俺の胸に飛び込んできた。
「いっしょいくから……」
「そ? じゃ行こ」
眠そうにゆっくりまばたきをする潔の手を握って、サンダルを履き外に出ると、パチパチ弾ける小さな水の音がした。
傘を一本持って家の鍵を閉める。
目をつぶったまま立っている潔が、あくびをした。
マンションを出ると、むわっと草木の濡れた青い匂いがした。
雨は止んでいる。
マンションの敷地内に植えられた木の葉についた雫がぽつぽつと垂れて、駐輪場のトタン屋根を叩く音が、雨の名残だった。
「潔、なんか飲む?」
マンションの前で光る自販機を指さす。
潔は、おしるこを欲しがった。残念だけど、この季節におしるこはない。代わりに、水滴のついたボタンを押してレモンティーを買った。
半分夢の中に片足突っ込んでいる潔にレモンティーと傘を握らせ、手首を引いてコインランドリーまでの短い散歩に連れていく。
傘の先端がコンクリートを引っ掻く音が、夜道に響いた。
マンションを右手に曲がり真っすぐ歩くと、深夜一時過ぎでも明るく照らされたコインランドリーが見えてくる。
手動のドアを開けて、木製のウォールベンチに潔を座らせてから、大型の乾燥機に洗濯物を突っ込んで扉を閉めた。
とりあえず五十分でいいか。
百円を五枚突っ込む。
ゆっくりぐるぐる回りだしたシーツを眺めていると、いつの間にか俺の後ろに立った潔が、俺のTシャツの裾をくいっと引っ張った。
「なぎ、これおしるこじゃなかった」
振り返ると、キャップを開けたレモンティーに口をつけた潔が頬を赤くしている。
潔まだ寝ぼけてんのかな。
「これ、凪のすきなやつじゃん」
文句を言いながらくぴっと一口レモンティーを飲んだ潔は、キャップを閉めて、乾燥機と俺の間に立った。それから、ぐいっと俺の胸倉をつかんで甘ったるくて温い液体を、舌を使い俺の口に流し込んでくる。
「……こういうこと?」
こういうこと、って……。
潔の濡れた唇を親指でなぞって、大きく息を吐いた。
……バカになってんのも、おかしくなってんのも、俺だけじゃなかったみたいだ。
「潔、ここ監視カメラあるから、エッチできないよ?」
「えっ……つか、そういうことじゃねーし!」
眉を跳ね上げた潔が、思いっきり俺の背中を手のひらで叩いた。
こういうこととか、そういうこととか、どういうことだよ。
「き、キスしてほしいのかって思っただけ……監視カメラまずいかな。ごめん凪……」
「……大丈夫っしょ」
ちらりと背後に設置された半円の黒いカメラに視線を向け、すぐに潔に戻す。
「角度的に俺の背中しかうつってないから、潔がなにしたかなんてわかんないよ」
潔の腰に腕をまわして、カメラから潔の身体をかくし、潔の頭のてっぺんに唇をつける。顔をあげた潔の額にもちゅーして、首を傾け、小さく突きでた唇に吸い付いた。
……カメラからは見えなくても、扉側は全面ガラス張りだから、コインランドリーの前をもし通ったやつがいたなら、俺たちがキスしてんのは丸見えだけど。
じいっと潔のゆらゆら揺れる青い瞳に見とれていたら、ぐうっと腹が鳴った。
ぷっと潔が噴き出す。
「凪、俺も腹減ったー。時間まだあるし、コンビニいこーぜ」
「んぁ、そーいえば夕飯も食べてない……」
気づいたら、途端に腹が減ってきた。
「俺たち、今日は三大欲求に忠実すぎるよな……」
潔がくしゃっと顔を崩して笑った。
俺、睡眠欲には抗ってるから、強欲マスターの座は潔のものだ。