凪潔SS

『凪誠士郎、深夜の密会デート!』
 潔との久しぶりのデート。それなのに浮かれた気持ちが一発で沈み込む文字列を目にする。

 オフシーズンに入り帰国した潔と、待ち合わせしていた個室の居酒屋。そこですでに掘りaごたつに座っていた潔は、生ビール片手に先週発売された雑誌を、興味深そうに読んでいた。
 表紙にでかでかと書かれた俺の名前と、デマ。
 記事が出た日は、スマホが鳴り続けて大変だった。ホテルに缶詰めになっている間に、レオが事実無根だって訂正してくれて、落ち着いたけど。
 ……そういえば潔にデマだってちゃんと伝えてなかったな。

「……潔、」
 掘りごたつに足を入れるまえに、畳に正座をしようとすると、潔が雑誌から顔をあげて、雑誌の開いていたページを俺に見せてくる。
「あっ、凪! これ見た?」
「潔、それ誤解だから。見えてないだけで、後ろにはレオとかもいるし」
「え? そうじゃなくて、この横顔の凪、すごいかっこよく撮れてんなって言いたかっただけ……」
 潔は、女の横でぼけっとした顔で突っ立ってタクシーを見てる俺を指さして、突っついた。
「……そう?」
 謝るつもりだったのに、にこにこ笑っている潔に調子が狂う。正座するつもりで立てた膝を崩して、掘りごたつに足を突っ込んだ。
「凪、俺に誤解されたかもって思ったんだ?」
「んー……、してない?」
「してないしてない!」
 潔が顔の前で片手を軽く振って、雑誌をとじ、リュックにしまった。
 持って帰る気なんだ、それ……あとで捨てとこ。
「だって、もし凪が浮気したら、バレて俺に怒られるの面倒で音信不通になりそうだし。それか、浮気したときにはもう俺と別れたつもりでいるとか? 今日普通にごはん食べいこって誘ってくるから、デマなんだなって思ってたよ」
「ぅえ。潔の俺のイメージ、クズすぎじゃん」

 地味に傷つく。今日までどうせ潔は気づいてないだろうと思ってわざわざ訂正しなかった俺がクズだったかもだけど。反省。

「ってか、その記事のこと潔いつ知った?」
「一昨日、帰国したとき? コンビニで見つけて記念に買ってみた」
「デマ雑誌の売り上げに貢献すんな」
 ぶすっと唇を尖らせて抗議する。
 潔は、ははっと声を立てて笑うと、ジョッキに残っていたビールをぐびっと一気に飲み干した。

 ……今日、ペース早いな。潰れないで欲しいんだけど。
 約三ヵ月ぶりの生潔だ。期待すんなって方が酷でしょ。

「おまたせしましたー! 生大とレモンティーです!」
 まだ追加注文してないのに、またビールが運ばれてきた。しかも大。おわった。
 潔は自分の前に置かれたレモンティーを俺の前に押しやって、代わりに俺の前から大ジョッキを回収していく。
 乾杯もせずに、ぐいっとジョッキを呷った潔は、ごくごく喉を鳴らして、一気に半分飲み干した。
「あ~~~……うまあ……」
 潔の顔が幸せそうに蕩ける。
 さりげなく半分残ったジョッキを取り上げようとしたけど、潔の両手がジョッキの底を掴んで離さなかった。
 そしてそのあとも、潔は料理と一緒に今度は芋焼酎を注文し、俺の抵抗空しく順調に酔っ払いと化していった。

   ♡

「なあぎい~……んへへ」
 潔が酔っぱらいすぎてタクシーに二台連続で乗車拒否され、仕方なく俺の長期滞在しているホテルまで一駅分歩くことになった。
 一人で楽しそうに笑っている潔を肩に引っ掛けて、人気の少ない線路沿いをゆっくり歩く。
 おんぶさせてくれた方が楽なのに、潔が嫌がるから、後ろから両肩にもたれかかってくる潔をずるずる引きずっていくしかない。
 六月の夜はまだ涼しいはずなのに、潔から何杯か取り上げた酒を飲んだせいか、身体が熱く汗ばむ。

「あ、なぎ! あれ!」
 潔が突然じたばた暴れ出した。
「もー……酔っ払い、ちょっとは大人しくしてよ」
 掴んでいた両手首を離してあげると、今度は潔が俺の右手首を掴んで、ぐいぐい引っ張ってくる。
 煌々とした明かりが漏れるコンビニ前に設置された四角い証明写真機。その前で足を止めた潔に大人しくついていくと、潔は半開きになっていたカーテンを開けて中に入った。
「なぎ、プリクラとったことある?」
「ない」
「おれもない。なぎ、ここ座って」
 潔がぺしぺしと円形の椅子を叩く。潔の指示通りそこに腰かけると、潔は勢いよく緑色のカーテンをしめた。
 え、なんかエロいことしてくれんの?
 ちょっぴり期待して、俺の正面に背中を向けて立った潔の腰を引き寄せる。
「……セクハラやめろ」
 ぺちんと額を叩かれたけど、諦めずに潔の腰に額を押し付けて髪をぐりぐりこすりつける。
「もぉ……」
 くすぐったそうに笑った潔が、後ろ手に俺の髪をもしゃもしゃ撫でてきた。
「ちょっと待ってな。えっと、ん……、これでいいか」
 電子音声の案内と、ぴこんぴこんという音で、潔がタッチパネルを操作しているのがわかる。
 なにがしたいんだろう。
 潔の腰から額を離すと、潔が俺の膝の上に向かい合わせで跨ってきた。
「ふは、」
 潔が目じりを下げて、俺の前髪を指で梳いた。
「前髪ぐちゃぐちゃじゃん」
 そう言って潔は、手を俺の前髪から後頭部に滑らせ、ぐっと俺の頭を引き寄せて、唇に咬みついてきた。
 潔の腰を引き寄せて、調子にのって舌をねじ込む。舌の先っぽを甘噛みされて、酒の臭いがする苦い唾液を流し込まれた。
 潔が俺の肩を押して、ぷはっと唇を離す。

「凪……俺だって、嫉妬する。だから、……ちゃんと必死に、俺が本命だって証明しろ。できるよな?」
 そんな衝撃的な言葉を放った潔が、勢いよく立ち上がって、タッチパネルの決定ボタンを素早く押し、証明写真機から出て行った。

 首に両手を当てて、前かがみになる。
 サイアク、勃った……。
 はあ、と深く息を吐いて、そのまま立ち上がる。
 歩いてるうちに納まるだろうし、暗いから人の股間なんてそんな見えないはず。治まるのを待っているよりも、早く潔の隣にいきたかった。
 カーテンを開け、機械から出る。
 取り出し口から、撮りたての証明写真を手に取った潔が満足そうに俺を見て、潔の後頭部と俺の白い髪しか映ってない写真を見せびらかしてきた。
「なあ、これ一枚週刊誌に送ろっかな」
「……これじゃ誰だかわかんないんじゃない」
 たぶん、普通こーゆーキス写真は横向きで撮るんだと思う。
 俺が突っ込むと、潔は困った顔をした。
「そうかな……? サインも書けばいい?」
「いーかも。その前に一枚俺にちょーだい。潔のサイン付きで」
 頷いた潔が、ふっと視線を下ろし、俺の股間を凝視した。
「あー、バレちった」
 何とも言えない顔をした潔が、俺の手を握って腕をぶらつかせた。
「……早く帰ろーぜ」
「ん。早く帰っていちゃいちゃしよ。潔しか眼中にないって必死に証明してやんよ」
 潔の背中にもたれかかって、耳元で囁く。
 潔は首筋まで真っ赤に染めて、無言で頷いた。


 次の日の朝、俺のスマホケースに挟んだ潔のサイン入りキス証明写真を発見した潔は、顔を真っ赤にして呻いた。返せとか、外せとか言ってるけど聞こえないふりをする。
 酔っ払いってめんどくさいけど、たまにかわいい。
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