凪潔SS

 ふわふわであったかい。おひさまのいいにおいがする。

 いつも抱き込んで寝ている枕とは違う感触に頬擦りをして、違和感を覚えた。

「ん……、ぅえ?」
 ゆっくりまぶたを持ち上げ、口の中の不快感を指で取り除く。
白っぽい短い毛が三本、人差し指にくっついた。
ベッド周りに毛のついた服なんて置いてたかな……。
 視線を胸元に落とすと、腕の中に、白銀のトラ模様のファーがあった。
 こんな立派な毛並みに見覚えはない。
 まじまじと腕の中を観察する。

「……ぇ、犬……? いや、ねこ……?」

 ぬいぐるみ、だと思いたい。
けれど、俺の腕の中で仰向けで目をつぶっているイキモノの、白い毛で覆われたお腹は、おだやかに上下していた。
まちがいなく生きてるよな……。
 起こさないようにそーっと顔を覗き込んでみると、大型犬くらいデカいのに、顔つきは猫っぽかった。
 そして、野良とは思えないつややかな毛に気付いて、若干血の気が引く。

 昨晩の記憶がはっきりしない。
無理やり連れてかれた合コンで飲まされて、それから……。

 もしかしてどっかの飼い猫を誘拐してきちゃったのかも。
 おそるおそる長い毛に覆われた推定猫の首を触ってみるけど、首輪の感触はない。

 朝起きたら、隣に知らない猫がいるって、どんな状況? 知らない人が寝てるよりかマシだけど。

 そんなことをぐるぐる考えていると、猫がぱちりと目を開けた。
「お、おはよう……?」
 とりあえず挨拶をしてみる。
にゃー、と返事をしてくれた猫は、俺の腕の中で、くるんと寝返りをうち、ぐうっと伸びをした。

「……は、…………?」

 バキバキと目の前で関節が鳴っているような音がした。
ただでさえでかい猫の身体がさらにでかくなり、体を覆う毛が収束して、白い肌が見えはじめる。

「ふあ~……」
 大きな三角耳と立派な尻尾だけを残して、猫じゃなくなった猫は、呑気にあくびをした。
「は? え? 人? 猫? あ、獣人?」
 反射であとずさって、その先にベッドが続いてなくて、ぐらりとバランスを崩し、背中から床に落ちそうになる。
長い腕が伸びてきて、俺の身体を抱き留めた。均整のとれた胸板と鼻がぶつかる。
「だいじょーぶ?」
 眠たげな瞳が俺を覗き込んで、ざらざらの舌で俺のこめかみを舐めた。
「ちょ……っ、なに」
「あー……もしかして、潔、昨日の記憶ない? 俺のこと飼ってくれるってゆったじゃん」
 こいつ、俺の名前を知ってる? 飼うって俺が? おまえ猫じゃなくて獣人だろ?
 ぐるぐる疑問符が頭を回るけど、とりあえず、ぺろぺろするのを止めさせるために、目の前の胸板に手をあてて、ぐいっと男を押しのけた。
「とりあえず、服着ろ! 服!」
 見えてんだよ、いろいろ……。
 顔を背けて言うと、猫の獣人はのそのそと動いて、ベッドの下に落ちていたパンツを手に取った。

 一応自分の恰好を見下ろしてみるけど、普通にいつも寝る時に着ているスウェットを着てた。
よかった、全裸じゃなくて。着替えた記憶もないけど……。

「……おまえ、服は?」
「おまえじゃなくて、ナギ。ナギセイシロー」
 ナギは、枕元にあった俺のじゃないスマホを手に取って、メモアプリを開いて「凪誠士郎」と打った。
「凪……?」
「そー。服は、潔がゲロ吐いたんじゃん」
「……ゲロ?」
「潔、昨日ちょー酔ってたっしょ? 駅で死にそうになってたから、俺が介抱したんだよ。ちなみにそのスウェットも、俺が着替えさせたから。めんどくさかったあ……」
 凪のふさふさの尻尾が、パタパタと激しくベッドを叩く。
 猫を飼ったことない俺でも知ってる、不機嫌の動作だ。
「ご、ごめんなさい……っ!」
 見知らぬ方に迷惑をかけてしまった……。
 頭を下げると、凪は俺の頭を片手で掴んでぽんっと叩いた。
「いーよ。潔、俺のことかわいーから飼ってくれるって言ったし」
 また『飼う』ってヤバ目の単語が出てきて、顔を上げる。
凪が、じいっと俺のことを見ていた。
「あのさ、凪は獣人だよね……? 獣人ってペットじゃなくて、人じゃん」
「うん。でも俺、潔のペットになりたい」
「いやいやダメだって! 養えないし! てか、獣人をペット扱いするの法律違反! それに、凪にも家族とかいるだろ? それから、えっと……とにかくダメ!」
 顔の前で腕を交差してバッテンを作る。
 凪は、むうっと唇を尖らせた。
「うちの親、放任だから気にしないよ。ペットだめなら、同居でいい。家賃だって光熱費だっていれる」
 凪のしっぽがくるりん、ぱたん、とゆっくり上下する。

「この部屋に、男二人で住むのはきついだろ……」
「そー? じゃ、俺、できるだけ猫でいるよ」
「猫でもおまえデカいじゃん」

 むむっと眉間に皺を寄せた凪が、俺の隣に移動してきた。
立派な尻尾が俺の腰に回ってふさふさと揺れる。

「潔の好きな時にモフモフしほーだい。どう?」
「……、それは確かに、魅力的だけど!」
「本物の猫を飼うのとちがって、世話も躾もしなくていーし、ラクだよ。それに、……これは脅すみたいであんま言いたくなかったんだけど」

 凪の尻尾の誘惑に負けて、人差し指で尻尾の先端をつんつん突っついていると、凪が首を傾けて、俺の顔を覗き込んできた。

「昨日潔がゲロ吐いてダメにした俺のジャケット、六十万」
「……え?」
「中のシャツは十二万くらいだったっけ? スラックスは……」
 それ以上は聞くのが怖くて、凪の手をぎゅっと両手で握った。
「しばらく同居しよっか? 家賃も光熱費もいらないから!」

 なんでそんないい服着てんだよ、こいつ! ボンボンか?
そんな額の弁償をすぐにするのは、無理に決まってる。

「やったー。んじゃ、服代はチャラにしてあげんね」
 凪は無表情のまま尻尾だけふりふりさせて、ごろーんとベッドに横になった。
「あ、風呂場に昨日、潔のゲロ洗い流した服そのままにしてあるから、洗濯しといてー」
「はい……」
 これじゃ俺がペットを飼うっていうか、むしろ俺が凪の下僕になった気がする。
迷惑かけたのは俺なんだけどさ……。
 
 風呂場に行くと、びしょびしょに濡れたまま放置されてる服の山があった。
 さっきの凪の話が嘘で、ユ●クロのタグとかついてないかなーと思って凪の服を確認したら、俺でさえ聞き覚えのある超高級ブランドのロゴが入ってて、そっと目を反らした。

「てかこれ洗濯機入れていいのか? ジャケットとか……」

 服の持ち主である凪が洗濯しろって言ったんだから、いっか……?
 考えてもわからないから、とりあえずネットにつっこんで、洗濯機に俺のユ●クロの服と一緒にぶちこんだ。
一応、一回も押したことなかった「オシャレ着洗い」のボタンを押してみる。いつもとなにが変わるのかわかんないけど。


   ♡ ♡ ♡


 朝起きて、隣に知らん獣人が寝てた日からもうすぐ三ヵ月。

同居人になった凪は、謎だらけだった。
 家にいる時はベッドやソファの上でだらだらしながらスマホゲームをしたり、勝手に入ったサブスクで洋画を観たりしているけれど、時々ふら~っといなくなって何日も家にこない時がある。
 だから同居っていうよりも、時々友だちを家に泊めてあげてるって感覚に近かった。

凪に普段なにしてるか聞いたこともあるけど、俺とタメの大学生だって言ってた。
俺の年齢は、俺がゲロ吐いて凪に迷惑かけた日に、凪は家まで俺を送るのに、財布に入ってた保険証を見て知ったらしい。
 会ってから三か月たつけど、俺は凪のこと、良い服を着てることと、タメの大学生だってことくらいしかしらない。あとレモンティーが好きっぽいこと。よく飲んでる。

凪も、俺のことを聞いてきたりしないから、聞きにくいっつーか、自分から話さないならわざわざ聞くこともないのかなって感じだ。

「そーいえば、一週間くらい凪の姿見てないな」

 今度対戦するチームの試合を再生していたタブレット端末から顔を上げ、窓に視線を向けた。
 俺はサッカーのスポーツ推薦で大学に入ったから、バイトなんてできるわけないし、ほぼ毎日サッカーの練習に明け暮れている。
 だから、凪の服代はいつか返さなきゃと思ってるけど、まだ返せてないのが現状だった。
 洗濯機にいれて、余計にダメにしてしまった服のことを思い出して、胃がきゅっとする。

凪は「いーよ」って言ったけど、良いわけないよな……いつか絶対返済するから、利息なしで待っててほしい。

 そんなことを考えてると、ベランダの窓に人影が映った。
 こんこん、とガラスを叩く音がする。
普通だったらビビるとこだけど、そのでかい影の人物に見覚えがありすぎて、ため息をついて立ち上がった。
 レースのカーテンを開けると、やっぱりそこには、白いだぼっとした服を着た凪が立っていた。
 鍵をあけて、窓を開ける。

「窓から入ってくんなって言ってんだろ?」
「階段上るのだるーい。ただいまー」
「木登りの方がダルいだろ、普通……おかえり」

 凪は、猫の獣人だからか、家を出入りする時に窓を使う。
 うちがあるのがマンションの二階で、窓の傍に大きな木があるから、凪はそれをつかって上ってくる。
降りる時はパルクールみたいにくるんっと飛び降りてるけど。

 凪はソファにどさっと座ると、みるみるうちに小さくなった。
……っていっても、まだまだデカいんだけど。人間の凪のサイズ190の大体半分くらいにはなってんのかな。

抜け殻になった凪の服の下から、銀色のトラ模様をした猫が出てくる。
「なぎ~~、逢いたかったあ……!」
 猫の凪は、正直、……すっごく可愛い。めちゃくちゃかわいい。
猫にめろめろになるひとの気持ちがわかる。
凪は猫じゃないってわかってるけど。
 ソファに悠然と寝そべる凪の首元に顔を押し付けて、すんっと匂いをかぐ。
あたたかいほんわりした匂いがした。

 一週間ぶりの凪を、心ゆくまでもふもふさせてもらう。
 しばらくすると、凪が身をよじって嫌がりだした。
お腹でもすいたのかもしれない。

 俺が離れると、凪は人間の姿に戻って、ソファにあぐらをかいた。
全裸の凪の股間に、服を置いてやる。
「おなかすいた? なんか食べる……つっても、カップラーメンしかないや」

 ……あとよく動画で猫が夢中になってる、ペースト状の猫用フードもある。
 前に、これを舐める猫凪が見たくて買ってしまったけど、凪に「食べないよ」と冷たすぎる視線で一瞥されたやつだ。

「ん~……食べてきたからいいや」
 凪は首に手を当てて、床に座ったままの俺をじっと見下ろした。
「ねー、潔、俺ほんとは、あんま触られんの好きじゃない」
 三か月経って今更すぎる凪の告白に、ぽかんと口を開く。
「でも、潔ならいいよ。……意味わかる?」
「……俺が、」
 凪のヘーゼルグレーの瞳が俺を観察している、気がする。
「俺が?」
「……撫でるの、めちゃくちゃうまいってこと?」
 自分の両手を見下ろす。
この手は猫にとってのゴッドハンドだった……?
「…………はー、ばか。潔のばーか。もーいいや。また今度にしよ」
 凪は深くて長い息を吐いて、人を罵倒すると、ソファの背もたれに身体を預け、天井を見上げていた。

   ♡ ♡ ♡
 
 困ったことが起きた。

 Jリーグ特別指定選手に選ばれて、明日からプロチームの合宿に参加させてもらえることになった。
 それは良いことで、なんにも困っちゃいない。
 問題なのは、しばらく家を留守にするのに、ここんとこ凪がうちに来てなかったから、それを伝えられてないってことだ。
 凪の連絡先も知らないことに、今さら気づいた。遅すぎる。
 凪が俺のいない間に家に来るとしたら、無駄足になってしまって可哀想だけど、伝える術がない。
 ……合鍵、渡しておけばよかったな。
 ちょーだいって言われたことがないし、凪は俺のいる時にしか家の出入りをしないから、鍵を渡すっていう発想が頭から抜けていた。
 ドアに「しばらく留守にします」なんて張り紙を貼るのは不用心すぎるし、どうするか……。

 しばらく悩んだ末、仕方なく、ベランダの窓の下に、二つ折りのメモをガムテープで張り付けておくことにした。

 ――凪、ごめん。会えない。家に帰れ。

「これでよしっと、」

 凪はうちに入り浸ってるけど、ちゃんと自分の家もあるらしい。
 今度遊びに来なよって言われたことあるし、俺が遠征とかで家を空ける時に「じゃ、自分ちにいるー」って言ってたこともある。

 凪への伝言も残せたことで、心配事は消えた。
 これで心置きなく合宿に参加して、全力でトレーニングに集中できる!


   ♡ ♡ ♡


 疲れ切った身体を引きずって、家までの道のりを歩く。
 見慣れたマンションが見えると、ほっとした。

 合宿の成果はまずまずだった。
最終日の練習試合でもスタメン入りして1ゴール決めたし、監督も次は公式試合で使うようなことを言ってくれた。
 でも、まだまだ練習量が足りてない。
 自分が理想とする動きには程遠かった。

「とりあえず今日は休んで、あしたからまた練習だなー……」
 今日はもう早く寝たい。てかもう寝れそう。
 
 半分目蓋の落ちた目で、ふらふら歩いてようやく家の前にたどり着くと、ドアの前に真っ白な塊があった。
「凪……?」
 白銀のふわふわした髪が、廊下の安っぽい蛍光灯に照らされて、ざらめみたいな色に見えた。
「……おかえり、潔」
 ドアの前にしゃがみこんでいた凪が、顔をあげる。
「ただいまー。どーしたんだよ、なんか暗くない?」
 凪の顔を見たら、身体に纏わりつく倦怠感が少し抜けた気がした。
 なんだかうつろな目をしてる凪の頭を撫でると、凪はそっぽを向いた。
「……潔のせいじゃん」
「え? 俺? なんかした?」
「なにあのメモ。俺、捨てられたかと思ったんだけど」
 ゆっくり立ち上がった凪が、ずいっと顔を近づけて睨んでくる。
「メモ……、ああ、帰れってやつか。だって、合宿でしばらく家に帰れなかったから、ベランダで待たれても、家に入れてやれないだろ? ……あれ? てか凪いつからここにいたんだよ。まさか何日もずっとじゃないよな?」
「何日もいた」
「うっそ……ごめん、」
「嘘。そんなんしたらさすがに俺でも通報される……今日潔が帰ってくるって知ってた」

 凪の冗談、よくわかんないな。
 俺が笑い損ねたからか、凪の三角耳がぺたんと平たくなった。尻尾もずっと元気がない。

「……とりあえず、家入ろーぜ。凪も疲れてるっぽいし」
「ん、潔。おかえりって言って」

 すりっと凪が俺の肩に頭を寄せてくる。
人間のままだけど、仕草が甘える猫っぽくて、ついいつものクセで、俺も凪の頭にほっぺをすりすりしてしまう。

「おかえり、凪」
「ただいま、いさぎ」

 凪の喉が珍しくゴロゴロ鳴ってびっくりする。
 凪のゴロゴロはレアだ。猫の姿の時でもめったに聞けない。
 ふはっと笑みが零れた。

「凪ってじつはすげー癒し系」
「……そんなん初めていわれたけど……でも、潔のことなら、いっぱい癒してあげんよ」

 ソファに横向きに座った凪が、腕を広げた。
 疲れてるせいか、抵抗感なくそこに向かってぽすんと倒れこめてしまう。
凪に抱きかかえられて、ソファに横たわると、あくびが漏れた。

「潔、寝る?」
「んー……起きてる。凪、なんか話したいんだろ?」

 凪の尻尾が俺の腰に巻き付いた。
パーカーの裾がめくれてるのか、直接肌に毛が触れてちょっとだけくすぐったい。

「今日、潔が帰ってくるって知ってたって言ったじゃん?」
「あー、そういやなんで?」
「俺、潔がサッカーやってるって、初めから知ってた。……たぶん、潔のファンなのかも」
「まじ? たぶん?」
「……去年、うちの大学でサッカーやってる潔のこと見た。スポーツなんてただでさえめんどくさいのに、この寒い中よくやるなーと思って、そのまま通り過ぎようとしたけど、潔が目に飛び込んできて、できなくなった」

 凪が俺のうなじを指ですりすり撫でてくる。
照れくさくて、凪の肩に顔を埋めた。

「潔ってサッカーうまいんでしょ? よくわかんないけど……、潔がボール持って走るとキラキラして見える」
「そんな特殊効果ねーよ」
「俺にはそう見えるって話」

 あっそ、と呟く。
 照れくささで眠気が通り過ぎて、顔が熱くなってきた。

「だから、俺、潔が駅前で女に連れてかれそうになるの見かけて邪魔した」
「女……って?」
「合コンでもしてたのかな? 酔っぱらってぽーっとしてる潔の手を引いてる女がいたから、声かけたんだよね。そしたらその女、俺のファンだっていうから、潔と三人でバー行こって誘って、飲み直すことにした」
「ん? 凪のファン? 凪なんかしてんの?」
「あ、言ってなかったっけ。俺、モデルやってる。けっこー街中にも看板出てんだけどな。全然眼中なしかー」

 顔を上げて、凪の顔をまじまじと見る。
 嘘や冗談を言ってる顔じゃない。
てか、そう言われてみるとこいつめちゃくちゃ顔いいな? 背もデカいし、たしかに、モデルっぽい。

「……俺も、今日から凪のファンになっていい?」
「マジ? なってくれたら、めんどくさくても仕事頑張る。ってか、今度撮影来て。俺のかっこいーとこ一番前で見ててよ」

 凪がちょっとだけ目じりを緩めた。
 ほぼ無表情の凪が、感情を表す瞬間を見つけると、最近胸がそわそわする。
 そわそわして、じっとしてられなくて、凪の腕から抜け出そうとしたけど、がっつり抱き込まれてて脱出できなかった。

「じっとして。まだ話続いてるから」
「はい……」
「そんでー、どこまで話したっけ? バーで女と潔のこと完全に潰したとこまで言った?」
「言ってねーよ……俺ゲロ吐いたのお前のせいじゃん」
「ゲロ吐いたのはゲロ吐くまで飲んだ潔のせいでしょ。俺、潔のことは潰すつもりなかったし。もうやめなって止めても、おいしーって笑ってぐびぐび酒飲んでたのは潔」
「……ナマ言ってすみませんでした」
「うん。で、マネージャー呼んで車乗せてもらって、女はそのままマネージャーに任せて、潔の家に勝手にあがりこんだ。酔っぱらった潔が、俺をかわいいから飼ってくれるって言ったのは本当だけど」
「そっかー」

 あの日の顛末を知って頷くと、凪は眉間に皺を寄せた。

「本当にわかってる? 俺は、潔がサッカーやってることとか知ってて近づいたってこと。だから、潔がこの二週間不在だった理由も、聞いてないけど知ってる。……きもちわるくない?」
「ん……? なんで? むしろ、俺、凪に助けられてるじゃん。朝起きたら、知らない女の人が隣にいるとかマジ無理だもん」
「……でも、俺がいたじゃん。女よりタチわるいっしょ」
「そか? 朝起きたら、おっきい猫が隣にいたのって、ちょっとかわいかったよ。それに、凪はゲロ吐いた俺にも優しいし」

 凪と初めて会った日の朝を思い出して、あはっと笑う。
 たしかに全裸の男の姿になられたときはびっくりしたけど、駅前で凪が俺を見つけてもらえてよかった。

「それは下心があるからじゃん」
 凪が、名前の通り凪いだ視線で俺を見る。

凪はいつも気づくとじいっと俺を見ている。
それをずっと観察されてるんだって思ってたけど、もしかして凪はずっと俺のことを見つめていたのかもしれない。

「した、ごころ……」
 凪が小さく舌を出して、俺のこめかみを舐めた。
 こーゆーじゃれ合いみたいなの、いつもされてるけど、下心だったのかー……。
 そう自覚させられた途端、全身が爆発したみたいに火を噴いた。
 凪は目を丸くして、俺の顎を指先で掴んで顔を背けられないように固定すると、まじまじと俺の顔面を見つめてきた。

「潔、顔赤い」
「……だろーな」
「それ、嫌って顔じゃないよ」
「わかってる……」
「……潔、どうしよう」
 凪の白い肌が、紅潮した。ヘーゼルグレーの目が潤んできらりと光る。

 ――嬉しくて、泣きそう。潔、好き。
 そうやって告白でもされるのかと思った。

 ドキドキしながら凪の顔を見つめる。
沈黙が続く。
 いっそ俺の方から言おうか? そっちのが凪も嬉しいよな。
 よし、と心を決めて、口を開いたタイミングで凪が呻った。

「俺もう限界だ……潔、喰っていい?」
「はぇ?」

 凪の言ってることを俺が理解する前に、凪は、大きく口を開いた。
立派に尖った犬歯が見えた瞬間、首筋に激痛が走った。
 
 ――ちゅーじゃないのかよ?!

 そう心の中で突っ込んでる間に、狂暴な獣と化した凪が、俺の全部、全部を食べてしまった。

 凪の躾をしなくていいなんて、そんなうまい話信じなきゃよかった……。
これからはちゃんと躾をしようと思ったけど、こんなにわがままで甘えたになっちゃったのに、今からでも言うこと聞くかな?
 ちょっぴり不安を覚えつつ、汗ばんだ身体を抱きしめる。

 ……抱き心地は、猫のがいいな。
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