凪潔SS
「凪〜、今日ちょっと付き合え」
放課後、今日は部活休みだから帰ってゲーム三昧って思ってたのにレオに捕まった。
「んぇ〜……今日部活休みでしょ? 家でゆっくりしたいんだけどー」
抵抗虚しく、俺の首に腕を回したレオにずるずる引きずられて、ばぁやさんが正門前につけていた長い車に押し込まれる。
諦めて椅子にもたれかかって座ると、レオがしゅわしゅわのジュースをいれてくれた。
「……どこ行くの?」
「ん? 情報交換会……っつー名の合コンな」
「帰る」
動き出した車のドアハンドルをつかんで降りようとする。レオがすかさず俺の隣に移動して逃げられないよう肩を組んできた。
「まー、凪はそうだよな! 安心しろよ、合コンってのは建前で、俺たちの目的は情報交換の方!」
「え〜……全然安心できないんだけど。めんどくさーい。帰りたーい」
ずるずる座席の背もたれに崩れ落ちてくと、レオは笑って俺の頭をぐしゃぐしゃにした。
「お前はただ飲み食いしてりゃいいよ。情報を集めんのは俺がやる」
「なら、レオ一人で行けばいーじゃん。つか、なんの情報集め?」
「俺たちこの間、都選抜に参加したじゃん?」
「あー……あのめんどくさかったやつ……」
俺とレオは先月、東京都のサッカー強化指定選手ってのになって、選抜試験を受けさせられた。めんどくさい試験だったけど他があまりにもザコすぎて負け損ね、そこで最後まで残ってU-18の東京都代表っていうめんどくさいのになった。
そーいえば、この間サッカー連盟みたいなとこからメール届いてた気がする……。
「そう! 凪はどーせメール確認してないだろーけど、今度ナショナルトレセンってのがあって、そこで他の都道府県の代表チームと試合して、今度はU-18日本代表の選手を選ぶってわけ」
「ほへ〜……」
「で! トレセンを凪と俺で勝ち残るために、関東圏の代表チームの情報を集めようってのが今回の目的」
「……なんでそれで合コン?」
「埼玉の代表にツテあったんだけど、そいつが合コンなら他の選抜メンバー連れてくるっていうから」
……そいつらも、大したことなさそ。
しゅわしゅわのジュースを口にして、流れてく景色をぼんやり目に映す。
「今日は埼玉選抜のやつらが5人参加するんだけど、情報が欲しいのは、日本サッカー界の宝って言われてる吉良涼介、そんでその吉良と2トップを張ってる潔世一。他はザコ! どーでもいい!」
レオが熱弁してるのを聞き流す。
吉良のデータはあるけど、潔は県大決勝止まりの選手でしかなかったのに、選抜入りしてからプレーが変わったとかなんとか。
はー……どーでもいーから早く帰りたいな。
レオが手配したっていう貸切のカラオケルームにつくと、どこにでもいそうな個性のない男が三人居心地悪そうにソファに座っていた。
「ちわーっす! あれ、これで全員? 吉良くんと潔くんは?」
レオが一瞬眉間にシワを寄せた。それを隠して笑うと、一番奥に座ってた茶髪の男が慌てて立ち上がった。
「もうそこまできてるって! ほら! 吉良くんからのメッセージ!」
レオは突き出されたスマホの画面を見て、頷いた。
「じゃー、先に始めとくか。女の子たちも来てるしな!」
ニカッと笑ったレオがしまっていたドアを開けると、待機してたらしい女の子がぞろぞろ入ってきた。
浮立つ三人の男を一瞥して、レオがソファに座る。俺もレオの隣に座ると、どーでもいい自己紹介がはじまった。
「ごめん! 遅くなっちゃって!」
自己紹介が終わりかけのころ、やっときた二人組がドアを開けて、そう謝り、表情を固めた。
「……えっと、これなに? 今日懇親会って聞いてたんだけどな……」
白い学ランを着た方が困ったように頬をかいた。
その後ろでちっちゃいのが、海の色をした瞳を丸くして部屋を見渡した。
バチっと目があって、ぺこっとお辞儀をされる。
じーっとチビの方を見ていると、横で立ち上がったレオが白い学ランのやつににこにこしながら話しかけた。
「吉良くんだよね? 俺、御影玲王。都選抜で代表入りして、今日は吉良くんとサッカーのこといろいろ話したいって思ってたんだよね。女の子たちはそっちのチームメイトに言われて集めただけだから、気にしないで」
「え、ああ……はじめまして」
人の良さそうな顔を被ったレオが、吉良くんを自然に自分の隣に座らせた。
レオの隣から立って、「俺、端っこがいい」と、レオに席をずれるよう肩を叩いてから、ソファの一番端に座り、ドアの前で立ち尽くしてるチビに声をかけた。
「ここ、座ったら?」
隣の一人分空いたスペースを叩くと、チビっこいのが、ちょこんとそこに腰掛ける。
「きみ、えーっと、潔世一だっけ?」
車の中でレオが言っていた名前をなんとか思い出すと、顔を上げた潔世一がじっと俺を見上げてきた。
「あー……俺は、」
「知ってる。凪くん、だよね? 都選抜の映像チェックした時、トラップうまいなって思ったから覚えてた」
ははっと笑った潔世一は手を伸ばして、頭の上でひらひらと手を振った。
「ってか、凪くん、すげー背でかいね。何センチ?」
「凪でいいよ、潔。いちお、190以上ある」
手を下ろして膝に置いた潔が、俺の頭の上に視線を向けた。
「やっば、ドア開ける時屈まないと入れないやつだ?」
「そー……もうちょいドアおっきくしてほしい。電車とか最悪。屈むの忘れると絶対ぶつかるし」
「背高いのも大変なんだなー……」
潔がぱちぱち瞬いた。
なんかこいつ、仕草がいちいち可愛い。
……ん? 可愛い? 潔が?
潔を可愛いと思ったこともだけど、自分の中に、なにかを可愛いと思う気持ちがあったことに驚く。
「潔くん、なに飲む? 凪のはレモンティー注文しといたから」
ひょこっと俺の横から顔を出したレオが、潔に料理の注文パネルを渡した。
潔は手を伸ばして受け取ると、俺の前でパネルを操作して緑茶を選んで注文ボタンを押した。
じっと潔の横顔を見ていると、レオが脇を小突いてきた。
「おい、見過ぎ見過ぎ」
レオが囁く。
そんなこと言われても、視線が外せないんだからしょーがない。
潔が気まずそうに身じろいだ。
「……俺の顔、なんかついてる?」
「いや、ふつーにかわい、いって!」
スパンッとレオが勢いよく俺の頭を叩いた。
「もー、レオ、なにー?」
じんじんする頭をさすって振り向く。レオが「こら!」と俺を叱った。
「男にとって可愛いは褒め言葉じゃねーんだよ」
「えー……だって潔、小動物みたいでかわいーじゃん」
「え……? ディスられてる?」
潔が口端を引き攣らせた。
褒めてるんだけどな。
首を摩って、どう伝えようか考えてると、テーブル挟んで向かい側にいた女が「えー、なにそのやりとり! かわいいんだけど!」と笑ってきた。
……たしかに、可愛いは褒め言葉じゃなさそうだ。
ふいっと女から顔をそらして、潔にごめんなさいする。
潔は苦笑いで、許してくれた。
合コン……っていうか、情報交換会中、潔はさりげなく空いたお皿やグラスを端に集めたり、誰かのグラスが空になりそうだったら何か頼むかって声をかけてた。
きっちり二時間延長なしで会は解散となり、それぞれ帰宅の準備をして部屋から出ていった。
潔が最後まで残って、忘れ物とかないかチェックをしてるのを、ソファに座ったまま一緒に見届ける。
「俺たちも出よっか」
潔が自分のバッグを持って、俺に声をかけた。
「ねー、連絡先教えてよ、潔」
「おー、いいよ。メッセージアプリでいい?」
「ん、」
紺色の制服のポケットからスマホを出した潔が、QRコードを表示する。それを読み取って、アプリに潔世一を友だち追加した。
潔のアイコンはエビだった。サッカー関連のものだと予想してたから、意外。
「潔、エビ好きなの?」
「え、なんで笑ってんの? 伊勢海老だよ。かっこよくない?」
「んー……ソーダネ」
「絶対思ってないだろ」
胡乱な視線をぶつけてくる潔の頭をぽんぽんと軽く撫でて、俺たちも部屋をでる。
店の入り口につくと、レオと吉良がしゃべりながら俺たちを待っていた。
「潔くん、途中まで一緒に帰ろう」
「うん。……じゃあまたな、二人とも。今度はトレセンで!」
吉良の隣に並んだ潔がそう言って笑った。
一瞬、俺も電車で帰ろうかな、なんてめんどくさい考えが頭を過ぎる。
踵を返して駅を目指して歩き出す紺色の背中に、「潔」と呼びかけた。
振り返った潔は、バイバイと手を振って、すぐに隣を歩く吉良に視線を向けてしまう。
「……凪? 俺たちも帰るぞ」
「……うん」
レオの後について、車に乗りこむ。
座席に沈んで、ポケットのスマホを取り出した。
ゲームじゃなくメッセージアプリを起動させると、レオがなんだか衝撃を受けたような顔をする。
「お前……ちゃっかり女の子の連絡先交換してたのかよ?」
「ん?」
「まじか〜、好みの子がいたなら俺に言えよ! もっと話す時間作ってやったのに!」
レオのやつ、めんどくさい勘違いしてる。
「……ずっと二人で話してたよ」
「あー……もしかして、潔?」
「うん。教えてもらった」
Vサインをしてチョキチョキ鋏みたいに動かす。
「……なあ、もしかして潔のこと好きなわけ?」
レオが俺の肩に手を回して、ばぁやさんに聞こえないくらいに声を顰めた。
「そーいうのまだわかんなーい」
いまはまだ、なんとなく潔のことが気になるってだけ。
もしかしたらいつかその感情に、名前がつくのかもしれないけど。