モブになった僕&私が降新のラブを目の当たりにする話
降新にあてられるモブな私♂♀(当て馬や見守り設定)
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小さいころから、人には見えない「なにか」が見えていた。
それはたぶん、人から幽霊だとか妖怪だとか呼ばれているこの世のものではないもの。
他の人から「見えるもの」と「見えないもの」の区別がつかない時は、危ない目にあったり、嘘つき呼ばわりされていじめられたり、気味悪がられたりって散々な目にあってきた。
だけど今はもう、「見えないもの」に苛まされない術を手に入れたから大丈夫。
っていっても、ただ見えないフリをするだけだけど。見えないフリは、単純で効果は絶大。
だって、「見えないもの」は見える人間に執着する。目があうと、取り憑かれて体の調子がおかしくなるんだ。
そういう時は神社やお寺とかパワースポットって呼ばれるような場所にいくと消えていなくなるんだけど。それでもダメな時はお祓いをしてもらう。
祓う力を持っているひとって、なにか力の強い「見えないもの」が側にいてキラキラして見えるから、今まで危ない目にあってもキラキラを目指していけばなんとかなってきた。
でも「見えないもの」と関わらずに済むならそうした方がいい。
だって私、出家するつもりも霊媒師や占い師になるつもりもないもん。普通に生きていきたい。
「……って、思ってるのにな」
深夜のゴミ捨て場で、こめかみに指を当てる。
足元には部屋から持ってきたゴミ袋がひとつ。
目の前にあるマンションに住んでる人専用のゴミ捨て場には、いくつかのゴミに埋もれて美青年が落ちていた。
最初は酔っ払いかと思った。
救急車を呼びますかって声をかけるか、もしかしたら倒れたふりをした不審者かもしれないから警察を呼ぶか悩んで、もう一度美青年を観察したところ、その周りにキラキラ輝く光の粒が飛んでいるのに気付いてしまった。
ゴミ捨て場にもう一歩近づいて、蛍光灯の光で淡く見える青年の顔を覗き込む。
手のひらで覆えそうなくらい小さい顔、形のいい唇、筋の通った綺麗な鼻、目元に影を落とすくらい長く生えそろったまつ毛。
目を閉じていても、イケメンだっていうことがハッキリわかる。
デニムに包まれた長い足が、ゴミ捨て場から道路にはみ出ていた。スタイルまで抜群にいいらしい。
めちゃくちゃイケメンがゴミ捨て場に落ちていて、それを助ける少女漫画なら読んだことがある。ただ拾ったその男はヤクザのボスで、助けた女の子はヤクザに溺愛されて裏社会のトラブルに巻き込まれるようになりつつ、ヤクザと愛を育むんだけど。
美青年はたぶんヤクザではない。そしておそらく人間でもない。
Tシャツにデニムっていう普通の人間のような格好をしている美青年の背中には、大きな黒い羽が広がっていた。
ハロウィンにはまだだいぶ早い。
ため息をつく。
「ねえ、大丈夫?」
声をかけてしまった。
普段だったら見ないふりをするけど、美青年の周りできらきらしている光は、この子が悪い物じゃないって教えてくれているから。それに、このきらきらしたものには何度も助けられてきたし。
美青年はうっすら瞼を持ち上げた。
薄暗い夜の中で、なぜだか海のように真っ青な色をした瞳がはっきり青く見える。
「…………はら、へった」
小さく唇を動かした美青年のお腹から、空腹を訴える大きな悲鳴があがった。
「……よかったら、うちでなにか食べていく?」
余っていたご飯と冷蔵庫にあった卵とネギ、それに切ったウインナーでちゃちゃっとチャーハンを作る。
美青年にはご飯を作っている間にシャワーを浴びてもらった。ゴミ捨て場でどれだけ倒れていたのかわからないけど、ちょっと臭かったから。
着替えにメンズ用LサイズのTシャツとフリーサイズウエストゴムのスウェットを貸す。スウェットはレディースだけど、青年の細さならいけるはず。裾は足りないかもだけど。
シャワーの音が止まると、首にタオルを引っ掛けた美青年が出てきた。その背中に、さっきまでの黒い翼はない。
「あれ……?」
背中に回り込んで見てもシャツの上から背中に触れても、普通の背中だ。
美青年は困ったように人差し指で頬を掻いて振り向いた。
「やっぱり貴女には見えていたんですね。着替えるのに邪魔だからしまいました」
「出し入れ自由なんだ……」
翼がなくなると、完全に人間にしか見えない。顔が良すぎて人形みたいだけど。
翼の消えた背中をまじまじと眺めていると美青年は首を傾げた。
「もしかして、貴女も羽フェチ……。あとでちょっとだけ触りますか?」
とんでもない誤解をしてる美青年の言葉を否定しようとすると、美青年のお腹がなった。
フライパンからお皿にチャーハンをうつして、ベッド横のローテーブルに置く。
「これでよかったら食べて。あとはヨーグルトとかグラノーラ、ポテチにカップ麺もあるけど……」
「チャーハンがいいです。いただきます!」
瞳を輝かせた美青年はテーブルの前にあぐらをかいてスプーンを掴んだ。よっぽどお腹がすいていたのかあっという間に一皿平げてしまう。
「……カップラーメンもいる? チリトマトならあるよ」
「ありがとうございます……」
チャーハンだけじゃ空腹は満たせなかったみたい。
お湯を沸かしている間に、コンソメ味のポテチの封を開けてテーブルの上に広げる。
「これも食べていいからね」
「すみません……いろいろと。えっと、あー……オレは工藤新一っていいます。貴女は?」
普通に人の名前を持っていることに驚いて、偽名かもしれないなと思い直した。
「私は、山田 葵衣。それで、新一くんって一体なに?」
もし新一くんの背中に生えていたのが白い羽だったら聞かなくても天使だってわかったけれど、彼の背中にあったのは烏みたいに真っ黒な羽だ。
「もしかして、堕天使……」
実はルシフェルですって言われたら秒で納得してしまう。
しかし、新一くんは、ぶはっと吹き出した。
「オレは天狗ですよ。昔からずっと日本にいる妖怪です」
そう聞いても、天狗よりは堕天使っぽいなと思った。その美貌で、人間を魅了して堕落させそう。
そんな失礼なことを考えていると鍋から沸騰したお湯の音がしてきた。キッチンに立って火を止める。カップラーメンにお湯をそそいで三分。
真っ赤なスープのラーメンを覗き込んだ新一くんは、美味しそうに喉を鳴らしてスープまでしっかり飲み切った。
「はじめてカップラーメン食べたんですけど、うまいですね」
「ね。カップラーメンおいしいよね。私もたまに食べると、こんな美味しかったっけ?っておもうもん」
少しだけ笑った新一くんは、居住まいを正すと「どうして助けてくれたんですか」と私の顔を覗き込んできた。
「自分で言うのもなんですけど、こんな怪しい男を家に連れてきて危ない目にあったらどうするつもりだったんですか」
もちろんオレは、そんなことしませんけど。
そう言って、真面目な顔をする新一くんに「大丈夫だよ」と笑いかけた。
「私、小さい時からずっと、見えちゃいけないものが見えるんだ。最初新一くんを見つけた時も、危ないものかもしれないって思った。でも、新一くんからきらきらした……光の粒、みたいなものが見えてて、それがある人って悪いことしないと思うんだよね」
妖怪にそんなのがついているのは初めて見たけど。
新一くんは、目を丸くしてぱちりと瞬いた。
「光の粒……?」
「そう。神社とか、お寺とかいくときらきらしてる人が見える時があるの。そういう人のそばにいくと、悪いものが離れていくから、たぶん神聖な力なんじゃないかな」
新一くんは唇をへの字に結ぶと目尻を赤くした。
怒ってるような笑いを堪えてるような不思議な表情だ。
「山田さんには、神気が見えるのかもしれないですね」
新一くんはぺしょりと眉を下げて、微笑んだ。
なんだか迷子を見つけたときみたいな気分になって、放っておけないと思ってしまう。
もしかしたら私はもう新一くんの魅了の力に引っかかってしまったのかもしれない。
「……もしいく場所がないんだったら、しばらく家にいる?」
新一くんは真っ青な瞳を見開いた。
「あーっと、なんか放っておけないっていうか。うん。あと、私さっきも言ったけど、見える体質だから、時々変なものに憑かれることがあって、だから、そんなとき、新一くんが家にいてくれたら、そういうの追い払えるんじゃないかなと思ったんだよね」
言葉を重ねれば重ねるほど、なんだか女の子を家に連れ込もうとする下心丸出しの男のセリフみたいに聞こえてくる。
「いや、心配しなくても、下心とかはないから!」
汗でぬるぬるしてきた手を膝の上で握ってそう叫んだ。
新一くんが吹き出した。
「そんな心配はしてないですけど……そうですね。山田さんのこと放って置けないので、僕が貴女の力になれるなら、しばらくお世話になろうかな」
♡ ♡ ♡
ノリと勢いで、美青年と同居することになってから半年。
「新一くん、部屋掃除しといてって言ったよねえ?」
仕事を終え、帰宅して一番にベッドの上で寝転がっている新一くんの横に仁王立ちになる。
仰向けで横になっていた新一くんは、私に本を取り上げられるとため息をついてベッドから立ち上がった。
「わりいわりい! こんな早く帰ってくるって思わなかったんだって」
拾いたてのころは礼儀正しい好青年だった新一くんは一週間もすると敬語が抜け、態度もでかくなった。最初は猫をかぶっていたらしい。
「許して、葵衣ちゃん」
新一くんは両手を合わせて、ちらりと上目遣いでこっちを見てくる。
はいかわいい!文句なしにかわいい!!
「今からやるならいいよ」
「へーい……」
新一くんはやる気のなさそうな返事をして、床に落ちた本を拾いベッドの横につみあげた。
片すってそういうことじゃないけど、一生懸命本を集めては積んでる様子が小動物みたいで可愛いので見守ることにした。
狭いワンルームの部屋は、あっという間に新一くんが持ち込んだ本でいっぱいになっていた。
一緒に住むって決めた後、新一くんは自分の食い扶持は自分で稼いでくるって言って働き始めたんだけど、いくら稼いでいるのかはわからないけど食費や家賃光熱費以外の給料はほとんど本に注ぎ込んでいる気がする。
新一くんは、いまこの街で探偵として大人気だ。
働くと言い始めたときホストでもするのかと心配したけれど、駅前にある小さな探偵事務所に自分を売り込みにいって無事雇ってもらうことに成功していた。
それから殺人事件や強盗事件に巻き込まれることもあったみたいで、そのたびに無事事件を解決して、いまでは警察の人から直接現場に来て欲しいと連絡をもらうようになっている。
新一くんは、シャーロックホームズが大好きだ。
ずっと探偵になれることを夢見ていたらしい。
私と出逢うまで新一くんがどういう暮らしをしていたのかは話したがらないから詳しく知らないけれど、大きな怪我をしてずっと山から降りれなかったということだけ教えてくれた。
だから人間界で自由に過ごせるのが嬉しいんだと、生き生き話す新一くんのことをこれからもずっと傍で見守っていきたかった。
でも、きっと、新一くんにはここじゃない帰りたい場所があるのだ。
好きな人のことだもん、見ていればわかる。
新一くんは時々、切なそうに瞳を細めて窓から遠くを見つめることがあった。
一度だけ、その寂しそうな背中に抱きついてしまったことがある。新一くんは困ったように笑い、するりと私の腕の中から抜けた。
「……光の粒って、まだオレのそばにある?」
顔を伏せた新一くんに、「見えるよ」と答えた。
新一くんの顔は前髪に隠れて見えなかったけど、なんとなくその光の粒が新一くんの帰りたい場所と関係しているんだろうと思った。
本を積み終わった新一くんは、掃除機をかけようとして本にぶつかり、せっかく積み上げた山を崩していた。
ドジっ子か。
抱きついた腕をやんわり拒否された日から、新一くんのことは可愛い弟みたいに思うことにしている。私より何百年も年上みたいだけど。胸の奥に息が苦しくなるくらいの想いがあるのも気付いているけど。
新一くんのそばにいれるなら、姉弟みたいな関係でも我慢するよ。
♡ ♡ ♡
「こんばんは」
つんと冷えた空気が頬を刺す。
夜色に塗りつぶされた帰宅路で、スーツ姿の男に声をかけられた。
街頭の黄色い光が点滅している。
夜の住宅街はどことなくいつもより静かな気がした。
後ずさると、私の前に立つ男はにこりと笑った。金色の髪が小さく揺れる。
新一くんという美形を毎日見ている私にも、この男が並外れて整った顔をしていることがわかる。
「そんなに怯えないでくれ。僕はただきみにお礼をしに来たんだ」
男が足を踏み出す。その分だけ後退すると、男は肩をすくめて足を止めた。
「家出した僕の小鳥を、きみが随分面倒を見てくれただろ? お礼にきみの──……」
「零さんっ!」
バサっと頭上で大きな羽音がした。黒い大きな羽が視界に広がる。
「新一くん……?」
「葵衣、なんにもされてねーよな?」
私を背中に庇うように立った新一くんが、振り向く。
こくりと頷いて、男のいう「小鳥」が新一くんを指していることを察した。
「やあ、新一。久しぶりだね」
「……いまさらなんの用だよ」
男に向き直った新一くんは羽を広げたまま腕を組んだ。男は眉じりを下げて、甘い垂れ目を一層緩めた。
「何の用って、迎えにきたに決まってるだろ。散歩を許したら、一向に帰ってくる様子がない迷子の小鳥くんをね」
「オレはあんたの鳥じゃないし、迷ってなんかいねえけどな」
新一くんが、はっと鼻で笑い、高飛車に首を傾けた。
「迷ってんのは、アンタの方だろ」
新一くんがそう言った瞬間、空気がピリリと張り詰めた。俯いた男が、髪をかきあげる。
すると、金色の頭の上に三角の獣の耳が現れた。服もスーツから真っ白な着物に変わり、青い羽織が北風に吹かれて靡く。男の背後には、いくつもの長い尻尾が揺れていた。
「へえ……きみは、僕の気持ちを疑うのか」
顔をあげた男は、鼓膜を震わせる怒気に満ちた声とは裏腹に怖いくらいの笑みを浮かべて右手を持ち上げた。
「こん」
男が人差し指と小指だけを残し指を曲げた。小さい頃影絵遊びで習ったキツネの形だ。
ての真ん中で指がくっついた瞬間、男の体から眩い光が飛び出してきた。それは新一くんの体にまとわりついて、飲み込んでしまう。
「新一くん?!」
手を伸ばそうとする。光に弾かれ、後ろに吹き飛ばされた。コンクリートの地面に尻餅をつき、小さくなっていく光を見つめる。やがて小さくなった光は消え、新一くんが立っていた場所には鳥籠に入った小さなカラスがいた。
「きみには、またたっぷり僕の気持ちを教えてあげるから、覚悟するように」
カラスが「バーロー!」と鳴いた。中でカラスが暴れるせいでガタガタ揺れる鳥籠を拾い、大切に抱きかかえた男は、私を見下ろし顎に指を当てた。
「さて、きみへのお礼だったね。そうだ、きみの望みを叶えてあげようかな」
「私の望み……?」
それなら、新一くんとこの先もずっと一緒にくらすことだ。
「そんな願いを叶えてやるはずがないだろう」
口に出してない私の願いを冷たい声色で拒絶した男は、瞳を細めた。
黒く長い爪が伸びた手が顔に迫ってくる。
……殺される!
ぎゅっと目をつぶると、思ったより柔らかな手つきで男の手が私の顔を覆った。
「あのね……いくら僕が新一のことに関して狭量になることがあると言っても、何百年歳も年下の子どもをいじめたりはしないよ。新一はそもそもきみのこと自分の子のようにしか思っていないしね。僕らの娘が君くらいの年なんだ」
男はさらりと私の心臓を抉った。
今聞き間違いじゃなかったら、僕らの娘って言った……?
「さあ、これでおわりだ。きみのこの世ならざるものを見通す力を消した。今夜からきみは、望みどおり普通の人間と同じように生きることができる」
男の手の感触が顔の上から消える。ゆっくり目をあけると、そこにはもうなにもなかった。
「嘘……」
立ち上がって、走り出す。
マンションのエントランスでエレベーターを待つ時間も惜しくて、階段を駆け上がった。部屋の扉を開けると、新一くんが「おかえり」って出迎えてくれるかもしれない。そう信じて、部屋の前にたった。
扉をあける。風が吹き抜けていった。
綺麗に整理された部屋に出迎えられ、へたりと座り込む。
山積みになった本も、新一くんが脱ぎ散らかした服ももうその部屋にはなかった。
目頭が熱くなって、視界が滲む。
「あれ……? 私なんで泣いてるんだろう」
それはたぶん、人から幽霊だとか妖怪だとか呼ばれているこの世のものではないもの。
他の人から「見えるもの」と「見えないもの」の区別がつかない時は、危ない目にあったり、嘘つき呼ばわりされていじめられたり、気味悪がられたりって散々な目にあってきた。
だけど今はもう、「見えないもの」に苛まされない術を手に入れたから大丈夫。
っていっても、ただ見えないフリをするだけだけど。見えないフリは、単純で効果は絶大。
だって、「見えないもの」は見える人間に執着する。目があうと、取り憑かれて体の調子がおかしくなるんだ。
そういう時は神社やお寺とかパワースポットって呼ばれるような場所にいくと消えていなくなるんだけど。それでもダメな時はお祓いをしてもらう。
祓う力を持っているひとって、なにか力の強い「見えないもの」が側にいてキラキラして見えるから、今まで危ない目にあってもキラキラを目指していけばなんとかなってきた。
でも「見えないもの」と関わらずに済むならそうした方がいい。
だって私、出家するつもりも霊媒師や占い師になるつもりもないもん。普通に生きていきたい。
「……って、思ってるのにな」
深夜のゴミ捨て場で、こめかみに指を当てる。
足元には部屋から持ってきたゴミ袋がひとつ。
目の前にあるマンションに住んでる人専用のゴミ捨て場には、いくつかのゴミに埋もれて美青年が落ちていた。
最初は酔っ払いかと思った。
救急車を呼びますかって声をかけるか、もしかしたら倒れたふりをした不審者かもしれないから警察を呼ぶか悩んで、もう一度美青年を観察したところ、その周りにキラキラ輝く光の粒が飛んでいるのに気付いてしまった。
ゴミ捨て場にもう一歩近づいて、蛍光灯の光で淡く見える青年の顔を覗き込む。
手のひらで覆えそうなくらい小さい顔、形のいい唇、筋の通った綺麗な鼻、目元に影を落とすくらい長く生えそろったまつ毛。
目を閉じていても、イケメンだっていうことがハッキリわかる。
デニムに包まれた長い足が、ゴミ捨て場から道路にはみ出ていた。スタイルまで抜群にいいらしい。
めちゃくちゃイケメンがゴミ捨て場に落ちていて、それを助ける少女漫画なら読んだことがある。ただ拾ったその男はヤクザのボスで、助けた女の子はヤクザに溺愛されて裏社会のトラブルに巻き込まれるようになりつつ、ヤクザと愛を育むんだけど。
美青年はたぶんヤクザではない。そしておそらく人間でもない。
Tシャツにデニムっていう普通の人間のような格好をしている美青年の背中には、大きな黒い羽が広がっていた。
ハロウィンにはまだだいぶ早い。
ため息をつく。
「ねえ、大丈夫?」
声をかけてしまった。
普段だったら見ないふりをするけど、美青年の周りできらきらしている光は、この子が悪い物じゃないって教えてくれているから。それに、このきらきらしたものには何度も助けられてきたし。
美青年はうっすら瞼を持ち上げた。
薄暗い夜の中で、なぜだか海のように真っ青な色をした瞳がはっきり青く見える。
「…………はら、へった」
小さく唇を動かした美青年のお腹から、空腹を訴える大きな悲鳴があがった。
「……よかったら、うちでなにか食べていく?」
余っていたご飯と冷蔵庫にあった卵とネギ、それに切ったウインナーでちゃちゃっとチャーハンを作る。
美青年にはご飯を作っている間にシャワーを浴びてもらった。ゴミ捨て場でどれだけ倒れていたのかわからないけど、ちょっと臭かったから。
着替えにメンズ用LサイズのTシャツとフリーサイズウエストゴムのスウェットを貸す。スウェットはレディースだけど、青年の細さならいけるはず。裾は足りないかもだけど。
シャワーの音が止まると、首にタオルを引っ掛けた美青年が出てきた。その背中に、さっきまでの黒い翼はない。
「あれ……?」
背中に回り込んで見てもシャツの上から背中に触れても、普通の背中だ。
美青年は困ったように人差し指で頬を掻いて振り向いた。
「やっぱり貴女には見えていたんですね。着替えるのに邪魔だからしまいました」
「出し入れ自由なんだ……」
翼がなくなると、完全に人間にしか見えない。顔が良すぎて人形みたいだけど。
翼の消えた背中をまじまじと眺めていると美青年は首を傾げた。
「もしかして、貴女も羽フェチ……。あとでちょっとだけ触りますか?」
とんでもない誤解をしてる美青年の言葉を否定しようとすると、美青年のお腹がなった。
フライパンからお皿にチャーハンをうつして、ベッド横のローテーブルに置く。
「これでよかったら食べて。あとはヨーグルトとかグラノーラ、ポテチにカップ麺もあるけど……」
「チャーハンがいいです。いただきます!」
瞳を輝かせた美青年はテーブルの前にあぐらをかいてスプーンを掴んだ。よっぽどお腹がすいていたのかあっという間に一皿平げてしまう。
「……カップラーメンもいる? チリトマトならあるよ」
「ありがとうございます……」
チャーハンだけじゃ空腹は満たせなかったみたい。
お湯を沸かしている間に、コンソメ味のポテチの封を開けてテーブルの上に広げる。
「これも食べていいからね」
「すみません……いろいろと。えっと、あー……オレは工藤新一っていいます。貴女は?」
普通に人の名前を持っていることに驚いて、偽名かもしれないなと思い直した。
「私は、山田 葵衣。それで、新一くんって一体なに?」
もし新一くんの背中に生えていたのが白い羽だったら聞かなくても天使だってわかったけれど、彼の背中にあったのは烏みたいに真っ黒な羽だ。
「もしかして、堕天使……」
実はルシフェルですって言われたら秒で納得してしまう。
しかし、新一くんは、ぶはっと吹き出した。
「オレは天狗ですよ。昔からずっと日本にいる妖怪です」
そう聞いても、天狗よりは堕天使っぽいなと思った。その美貌で、人間を魅了して堕落させそう。
そんな失礼なことを考えていると鍋から沸騰したお湯の音がしてきた。キッチンに立って火を止める。カップラーメンにお湯をそそいで三分。
真っ赤なスープのラーメンを覗き込んだ新一くんは、美味しそうに喉を鳴らしてスープまでしっかり飲み切った。
「はじめてカップラーメン食べたんですけど、うまいですね」
「ね。カップラーメンおいしいよね。私もたまに食べると、こんな美味しかったっけ?っておもうもん」
少しだけ笑った新一くんは、居住まいを正すと「どうして助けてくれたんですか」と私の顔を覗き込んできた。
「自分で言うのもなんですけど、こんな怪しい男を家に連れてきて危ない目にあったらどうするつもりだったんですか」
もちろんオレは、そんなことしませんけど。
そう言って、真面目な顔をする新一くんに「大丈夫だよ」と笑いかけた。
「私、小さい時からずっと、見えちゃいけないものが見えるんだ。最初新一くんを見つけた時も、危ないものかもしれないって思った。でも、新一くんからきらきらした……光の粒、みたいなものが見えてて、それがある人って悪いことしないと思うんだよね」
妖怪にそんなのがついているのは初めて見たけど。
新一くんは、目を丸くしてぱちりと瞬いた。
「光の粒……?」
「そう。神社とか、お寺とかいくときらきらしてる人が見える時があるの。そういう人のそばにいくと、悪いものが離れていくから、たぶん神聖な力なんじゃないかな」
新一くんは唇をへの字に結ぶと目尻を赤くした。
怒ってるような笑いを堪えてるような不思議な表情だ。
「山田さんには、神気が見えるのかもしれないですね」
新一くんはぺしょりと眉を下げて、微笑んだ。
なんだか迷子を見つけたときみたいな気分になって、放っておけないと思ってしまう。
もしかしたら私はもう新一くんの魅了の力に引っかかってしまったのかもしれない。
「……もしいく場所がないんだったら、しばらく家にいる?」
新一くんは真っ青な瞳を見開いた。
「あーっと、なんか放っておけないっていうか。うん。あと、私さっきも言ったけど、見える体質だから、時々変なものに憑かれることがあって、だから、そんなとき、新一くんが家にいてくれたら、そういうの追い払えるんじゃないかなと思ったんだよね」
言葉を重ねれば重ねるほど、なんだか女の子を家に連れ込もうとする下心丸出しの男のセリフみたいに聞こえてくる。
「いや、心配しなくても、下心とかはないから!」
汗でぬるぬるしてきた手を膝の上で握ってそう叫んだ。
新一くんが吹き出した。
「そんな心配はしてないですけど……そうですね。山田さんのこと放って置けないので、僕が貴女の力になれるなら、しばらくお世話になろうかな」
♡ ♡ ♡
ノリと勢いで、美青年と同居することになってから半年。
「新一くん、部屋掃除しといてって言ったよねえ?」
仕事を終え、帰宅して一番にベッドの上で寝転がっている新一くんの横に仁王立ちになる。
仰向けで横になっていた新一くんは、私に本を取り上げられるとため息をついてベッドから立ち上がった。
「わりいわりい! こんな早く帰ってくるって思わなかったんだって」
拾いたてのころは礼儀正しい好青年だった新一くんは一週間もすると敬語が抜け、態度もでかくなった。最初は猫をかぶっていたらしい。
「許して、葵衣ちゃん」
新一くんは両手を合わせて、ちらりと上目遣いでこっちを見てくる。
はいかわいい!文句なしにかわいい!!
「今からやるならいいよ」
「へーい……」
新一くんはやる気のなさそうな返事をして、床に落ちた本を拾いベッドの横につみあげた。
片すってそういうことじゃないけど、一生懸命本を集めては積んでる様子が小動物みたいで可愛いので見守ることにした。
狭いワンルームの部屋は、あっという間に新一くんが持ち込んだ本でいっぱいになっていた。
一緒に住むって決めた後、新一くんは自分の食い扶持は自分で稼いでくるって言って働き始めたんだけど、いくら稼いでいるのかはわからないけど食費や家賃光熱費以外の給料はほとんど本に注ぎ込んでいる気がする。
新一くんは、いまこの街で探偵として大人気だ。
働くと言い始めたときホストでもするのかと心配したけれど、駅前にある小さな探偵事務所に自分を売り込みにいって無事雇ってもらうことに成功していた。
それから殺人事件や強盗事件に巻き込まれることもあったみたいで、そのたびに無事事件を解決して、いまでは警察の人から直接現場に来て欲しいと連絡をもらうようになっている。
新一くんは、シャーロックホームズが大好きだ。
ずっと探偵になれることを夢見ていたらしい。
私と出逢うまで新一くんがどういう暮らしをしていたのかは話したがらないから詳しく知らないけれど、大きな怪我をしてずっと山から降りれなかったということだけ教えてくれた。
だから人間界で自由に過ごせるのが嬉しいんだと、生き生き話す新一くんのことをこれからもずっと傍で見守っていきたかった。
でも、きっと、新一くんにはここじゃない帰りたい場所があるのだ。
好きな人のことだもん、見ていればわかる。
新一くんは時々、切なそうに瞳を細めて窓から遠くを見つめることがあった。
一度だけ、その寂しそうな背中に抱きついてしまったことがある。新一くんは困ったように笑い、するりと私の腕の中から抜けた。
「……光の粒って、まだオレのそばにある?」
顔を伏せた新一くんに、「見えるよ」と答えた。
新一くんの顔は前髪に隠れて見えなかったけど、なんとなくその光の粒が新一くんの帰りたい場所と関係しているんだろうと思った。
本を積み終わった新一くんは、掃除機をかけようとして本にぶつかり、せっかく積み上げた山を崩していた。
ドジっ子か。
抱きついた腕をやんわり拒否された日から、新一くんのことは可愛い弟みたいに思うことにしている。私より何百年も年上みたいだけど。胸の奥に息が苦しくなるくらいの想いがあるのも気付いているけど。
新一くんのそばにいれるなら、姉弟みたいな関係でも我慢するよ。
♡ ♡ ♡
「こんばんは」
つんと冷えた空気が頬を刺す。
夜色に塗りつぶされた帰宅路で、スーツ姿の男に声をかけられた。
街頭の黄色い光が点滅している。
夜の住宅街はどことなくいつもより静かな気がした。
後ずさると、私の前に立つ男はにこりと笑った。金色の髪が小さく揺れる。
新一くんという美形を毎日見ている私にも、この男が並外れて整った顔をしていることがわかる。
「そんなに怯えないでくれ。僕はただきみにお礼をしに来たんだ」
男が足を踏み出す。その分だけ後退すると、男は肩をすくめて足を止めた。
「家出した僕の小鳥を、きみが随分面倒を見てくれただろ? お礼にきみの──……」
「零さんっ!」
バサっと頭上で大きな羽音がした。黒い大きな羽が視界に広がる。
「新一くん……?」
「葵衣、なんにもされてねーよな?」
私を背中に庇うように立った新一くんが、振り向く。
こくりと頷いて、男のいう「小鳥」が新一くんを指していることを察した。
「やあ、新一。久しぶりだね」
「……いまさらなんの用だよ」
男に向き直った新一くんは羽を広げたまま腕を組んだ。男は眉じりを下げて、甘い垂れ目を一層緩めた。
「何の用って、迎えにきたに決まってるだろ。散歩を許したら、一向に帰ってくる様子がない迷子の小鳥くんをね」
「オレはあんたの鳥じゃないし、迷ってなんかいねえけどな」
新一くんが、はっと鼻で笑い、高飛車に首を傾けた。
「迷ってんのは、アンタの方だろ」
新一くんがそう言った瞬間、空気がピリリと張り詰めた。俯いた男が、髪をかきあげる。
すると、金色の頭の上に三角の獣の耳が現れた。服もスーツから真っ白な着物に変わり、青い羽織が北風に吹かれて靡く。男の背後には、いくつもの長い尻尾が揺れていた。
「へえ……きみは、僕の気持ちを疑うのか」
顔をあげた男は、鼓膜を震わせる怒気に満ちた声とは裏腹に怖いくらいの笑みを浮かべて右手を持ち上げた。
「こん」
男が人差し指と小指だけを残し指を曲げた。小さい頃影絵遊びで習ったキツネの形だ。
ての真ん中で指がくっついた瞬間、男の体から眩い光が飛び出してきた。それは新一くんの体にまとわりついて、飲み込んでしまう。
「新一くん?!」
手を伸ばそうとする。光に弾かれ、後ろに吹き飛ばされた。コンクリートの地面に尻餅をつき、小さくなっていく光を見つめる。やがて小さくなった光は消え、新一くんが立っていた場所には鳥籠に入った小さなカラスがいた。
「きみには、またたっぷり僕の気持ちを教えてあげるから、覚悟するように」
カラスが「バーロー!」と鳴いた。中でカラスが暴れるせいでガタガタ揺れる鳥籠を拾い、大切に抱きかかえた男は、私を見下ろし顎に指を当てた。
「さて、きみへのお礼だったね。そうだ、きみの望みを叶えてあげようかな」
「私の望み……?」
それなら、新一くんとこの先もずっと一緒にくらすことだ。
「そんな願いを叶えてやるはずがないだろう」
口に出してない私の願いを冷たい声色で拒絶した男は、瞳を細めた。
黒く長い爪が伸びた手が顔に迫ってくる。
……殺される!
ぎゅっと目をつぶると、思ったより柔らかな手つきで男の手が私の顔を覆った。
「あのね……いくら僕が新一のことに関して狭量になることがあると言っても、何百年歳も年下の子どもをいじめたりはしないよ。新一はそもそもきみのこと自分の子のようにしか思っていないしね。僕らの娘が君くらいの年なんだ」
男はさらりと私の心臓を抉った。
今聞き間違いじゃなかったら、僕らの娘って言った……?
「さあ、これでおわりだ。きみのこの世ならざるものを見通す力を消した。今夜からきみは、望みどおり普通の人間と同じように生きることができる」
男の手の感触が顔の上から消える。ゆっくり目をあけると、そこにはもうなにもなかった。
「嘘……」
立ち上がって、走り出す。
マンションのエントランスでエレベーターを待つ時間も惜しくて、階段を駆け上がった。部屋の扉を開けると、新一くんが「おかえり」って出迎えてくれるかもしれない。そう信じて、部屋の前にたった。
扉をあける。風が吹き抜けていった。
綺麗に整理された部屋に出迎えられ、へたりと座り込む。
山積みになった本も、新一くんが脱ぎ散らかした服ももうその部屋にはなかった。
目頭が熱くなって、視界が滲む。
「あれ……? 私なんで泣いてるんだろう」