モブになった僕&私が降新のラブを目の当たりにする話
降新にあてられるモブな私♂♀(当て馬や見守り設定)
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運が良すぎて死ぬかもしれない。
たまたま参加した街コンに、あの工藤新一がいた。
二〇代前半の男女限定、ミステリ好きが集まる謎解きゲーム付きの街コン。
普通に飲むより楽しそうだから、友達とふたりで参加することにした。
参加受付会場で到着順に、同じふたりグループの男性とチームを組むことになった。
その相手が、なんと工藤新一だったのだ。
かつての高校生探偵。
日本警察の救世主としてだけでなく、あの工藤優作と藤峰有希子の息子というサラブレッドの彼は、イケメンとしても有名だ。
下手なアイドルやモデルなんか比じゃないくらい格好いい。
至近距離で見ても顔が良い。お肌はつるつる。顔がちっちゃい! 足が長い!
正直工藤新一しか見てなくて、彼の大学の友人だというもう一人のことはちっとも覚えていない。
工藤くんは、男女の出逢いよりも謎解きゲームの方に興味があったみたいだった。
うちらのことはそっちのけで、一人爛々と目を輝かせて謎解きに没頭していた。
そんなとこも可愛いし、得意げに解いた謎の説明をしてくれる顔はかっこよかった。
工藤新一と出逢える機会なんて今後一生巡ってこない。
そう思った私は必死に会話のネタを絞り出した。
小学生の時、学校の図書館で読んだシャーロックホームズの話題をなんとか引っ張り出すと、工藤くんはものすごい熱量で返してくれた。
半分くらいなに言ってるかわかんなかったけど、うんうん頷いてホームズってすごいよねっていうと、工藤くんはにこにこ笑ってくれた。可愛い!
「話してたら久しぶりにホームズちゃんと読みたくなっちゃった! 読んだらまた工藤くんの語り聞きたいから、連絡先交換してほしいな」
そう言って、工藤くんの連絡先をゲットした。
それから毎日メッセージのやりとりをした。
既読スルーもよくされるけれど、ホームズやミステリの話題を出すと返信率は高くなる。
デートの誘いも、謎解きゲームやミステリー映画ならオッケーしてくれる。
いまのとこまだ、ミステリ友達くらいにしか思われてないけれど、たぶん、もっと積極的に押せばなんとかなる気がする。
来週末の映画デートでは、飲みに誘ってみようかな。
*
「テイクアウトで、アイスコーヒーひとつ」
うわ、イケメン。
圧倒的美貌のお客さんの顔面に意識が飛びそうになりそうなところを、なんとか笑顔で注文を繰り返した。
「アイスコーヒーおひとつですね。サイズはいかがなさいますか?」
週四で入ってるカフェでのバイト。
イケメンのお客さんはときどきくるけど、ここまで整った外見の人は珍しい。
日本人離れした小麦色の肌に、きらきらした金髪。薄青の目。すらっとした身長は私と頭二個分くらい違う。
グレーのスーツの上に黒のロングコートという格好が似合いすぎててやばい。
「Mサイズでお願いします」
イケメンは爽やかに微笑んだ。
愛想のいいイケメン最高。
お会計を終わらせて、アイスコーヒーの準備も私がする。カップに注いだアイスコーヒーをレジの前で渡す。
イケメンは「ありがとう」ともう一度微笑んでくれた。
*
「いらっしゃいませ」
自動ドアの開く音と同時に挨拶をする。
冷たい夜風とともに、店に入ってきたのは安室さんだった。
二ヶ月前にアイスコーヒーを頼んだイケメンのお客さん。
彼はあれから、週に三度はお店に来てくれる。しかも、私がバイトで入ってる時間に。
「山田さん、こんばんは」
安室さんは今日も甘い笑みを浮かべて、私のことを呼んだ。
安室さんは、五度目に店に来た時ちらりと私のネームプレートを見て、苗字を読んでくれたのだ。「いつもありがとう」って。その時に、「昨日も来たんだけど、きみがいなくて残念だったな」とも言ったのだ。
こんなん完全に私に気があるとしか思えない。
「私、基本的に月水木の夕方からラストと、土曜以外は休みなんですよ」
そうシフトを教えると、安室さんは月水木土に合わせて来てくれるようになった。
ちなみに安室さんの名前は、私から聞いた。
私だけ名前を知られてるのフェアじゃないし。っていうか、イケメンと仲良くなれるならなりたいでしょ。
「今日もいつものでいいですか?」
そう聞くと、安室さんは目じりを緩めて頷いた。
安室さんはいつもアイスコーヒーを頼む。
最初はテイクアウトだったけど、最近は店内で飲んでいくことも多い。
その時は閉店ぎわでお客さんも少ないから、客席の片付けを始めるついでに安室さんと少し雑談をする。
この間なんかは、帰り際にホットココアを頼んでくれて「寒いから飲んで帰ってね」と私にくれたのだ。
これ絶対、私のこと好きでしょ……? 脈ありすぎるでしょ……?
街コンで出逢った工藤くんともメッセージのやりとりは続けてるけど、一ヶ月くらい会ってない。
最後に会った時、飲みに誘おうとしたら、急用が入ったって途中で帰っちゃうし、相変わらずミステリの話しかしないメッセージは正直返すのがめんどくさくなってきた。
それ以外の話題だと工藤くんのほうが返してくれないし。
脈のないイケメンより、脈ありのイケメンのがいい。
安室さんの方が大人だし、優しいし気遣いもできるし。
あーあ、安室さん、そろそろ私の連絡先聞いてくれないかな……。
レジカウンターから見えるテーブル席でアイスコーヒーを飲んでいる安室さんをガン見してしまう。安室さんは私の視線に気づくと、目を丸くして、それからにこりと笑ってくれた。
*
「山田さん?」
聞き覚えのある甘く柔らかな声に、心臓が跳ねた。
ドキドキしながら振り返ると、そこには想像通り、優しい笑みを浮かべた安室さんがいた。
今日はスーツ姿じゃなくて、黒いジャケットに、白いタートルネックのニット、黒スキニーを着ていた。私服の安室さんは若々しくて益々年齢不詳だ。スーツも着慣れてるから二十代後半だとは思うけど。
「すっごい偶然ですね!」
声が弾んでしまう。今日は日曜だからバイトも学校も休みで、一人で買い物に来たけれど、まさか駅前で安室さんと逢えるとは思っていなかった。
「こんなところで逢えるとは思っていなかったな」
安室さんは嬉しそうに微笑むと、ジャケットのポケットからスマホを取り出した。
やっぱね、このチャンス逃さないよね。
私もハンドバックからスマホを取り出す。ふたりで顔を見合わせて、くすくす笑った。
「今更だけど、スマホいい?」
「はい!」
ロックを解除して、ふるふるしようとすると安室さん眉を下げた。
「そういうアプリとかは入れてないんだ。ちょっと貸してね」
安室さんが私の手からスマホをとって操作し出す。画面は安室さんの方に向けられてて見えないけれど、きっと電話番号やメールアドレスを入力してくれているんだと思った。
「はい、ありがとう」
数分で手元にスマホが返ってくる。入力されたばかりの安室さんの連絡先を確認しようと電話帳を開く。
「あれ、山田……?」
そこでまた聞き覚えのある少年っぽさの残った声がした。
顔をあげると、安室さんの後ろに工藤くんが立っていた。
「工藤くん……」
安室さんが振り向いて工藤くんを見る。そして私に視線を戻す。
「知り合い?」
「あ、ただの友だちです!」
にこっと笑って、変な勘違いをされないようにする。
工藤くんはじっと安室さんに視線を向けて唇をとがらせた。
……あれ、まさか嫉妬してる? 全然脈なしだと思ってたけど、工藤くんも私のこと好きだった……?
少しだけ罪悪感を覚える。申し訳なくて、工藤くんを見てられない。
「……二人はどういう関係ですか」
今度は工藤くんが質問をしてきた。なんて答えよう、と迷う。
安室さんは、私に気があるし、私も安室さんのことが気になってるけど、まだ連絡先を交換しただけの関係。恋人って言うにはちょっと早い。
「彼女、行きつけのカフェの店員さんなんだ」
私の代わりに安室さんが答えてくれた。
「……のわりには、随分親しそうですけど」
工藤くんが拗ねたような顔で安室さんを見上げた。安室さんは今まで見たことのない蕩けるような笑みをうかべ、工藤くんをみつめた。
……は?
「気のせいだよ。それより、夕飯なにが食べたいか決めてきたかい?」
「……安室さんのおすすめがいい。早くいこーぜ。腹へった」
工藤くんが、安室さんのジャケットの袖を引っ張る。安室さんは頷いて、スマホをポケットにしまった。
「じゃあ、行こうか。山田さん、ありがとう」
安室さんは完璧なイケメンスマイルを浮かべると、工藤くんの背中を押して踵を返した。
「ってか、あのふたり知り合いだったんだ……」
呆然と去っていく二人の後ろ姿を見送る。
そうして、取り残された雑踏の中で、開きっぱなしだった電話帳に目を通す。
安室さんに、今日会えて嬉しかったことと工藤くんとの関係を聞こうと思った、のに。
いくらスクロールしても安室さんの連絡先は出てこない。何度も何度も見返しても、やっぱりない。
「……入力だけして、完了ボタン押すの忘れた、のかな?」
また来週カフェであったら、改めて連絡先交換すればいいか。
この時私は、わずかな違和感を覚えてはいたけれど、それがなんだかわからないまま、とりあえずショッピングを楽しんだ。
その違和感に気づいたのは、それから一週間後。
週三で来てた安室さんが、一度もカフェに来なかった。
それなら、工藤くんに連絡して安室さんの連絡先を教えてもらえばいいと思いついて、久しぶりに工藤くんにメッセージを送ろうとした。
なかった。なくなってた。工藤くんの連絡先が。今までのメッセージのやりとりも。遊びに行った時、一緒に撮った写真も。工藤くんのデータだけが、スマホからきれいさっぱり全て消えていた。
『山田さん、ありがとう』
最後に見た安室さんの笑顔を思い出す。
きっと、あの男が、私のスマホから工藤くんのデータを消したに違いなかった。
その日から、二週間後、私のバイト先のカフェの前を、親しげな様子で通り過ぎる工藤くんと安室さんを目撃した。
私とガラス窓越しに目があった安室さんは、一瞬、最後に見た時と同じ、ぞっとするほど美しい笑みを浮かべた。