パラレルいろいろ
♡R♡
「降谷ってムカつかねー?」
公園のベンチでゲームをしていたクラスメイトがそう言うと、そいつといつもつるんでいるやつらも、わかると頷いた。
聞こえてくる自分の悪口に怒りというよりも、またか、といううんざりした気持ちになる。
ベンチの裏にある草むら。
隠れて話しを聞くつもだったわけではなく、家のカギを公園でなくしてしまったという子のために、ヒロと手分けして探してまわっている途中だった。
「ガイジンのくせに」
ぎゅっと地面の砂をつかむ。
――人間なんて見た目は違っても……
引っ越していってしまったあの人の言葉を思い出して、汚れた手を叩いた。
勢いよく草むらから立ち上がると、目を丸くしたクラスメイトが一斉にこちらを向いた。
「ふ、るや……」
「あのさ、この辺で青い鈴がついたカギ見なかった?」
にっこり笑うと、そいつらは気まずそうに目を反らす。
「見てねえよ……。おい、帰ろうぜ」
ベンチ周りに止めてあった自転車に乗り、遠ざかっていく後ろ姿を眺めて肩を落とす。溜息を吐く前に、リンッと高く澄んだ音が背後から聞こえた。
「……なあ、カギってこれか?」
振り向くと、蒼い海みたいに綺麗な瞳が、いたずらな猫みたいに笑っていた。
真っ黒な髪と対照的な真っ白な肌が夕日色に染まって、キラキラと輝いて見えた。
大きな手がくしゃりとボクの髪を撫でる。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
見上げると、きれいな人は、おしまいとばかりに俺の頭をぽんっと軽く叩き手を離した。
「ほら、もう失くすなよ?」
手の中に、青い鈴のついたカギが落ちてきた。
ありがとう、だとか、失くしたのはボクじゃないとか、言わなくちゃいけないことがあるのに、開いた口は呼吸をするので精一杯だった。
心臓が痛い。
ドクドク脈打つ音が爆音で聞こえる。身体の芯が熱くなっていく。
「ゼロ、カギあったんだな!」
はっと気づいた時には、黄色い帽子をかぶった男の子の手をひいたヒロが前に立っていた。
「おーい、ゼロ? 大丈夫か?」
「……ヒロ」
しゃがむとランドセルの中で筆箱と教科書がガシャンッと揺れた。
熱くなったままの顔を手のひらで覆って、身体から熱を吐き出す。
「――ボク、運命の人にあった」
♡S♡
――国民バース管理センター。
水色の封筒にそう書かれた封筒をテーブルの上に投げ捨てた。
中身なんて見なくたって分かっている。男女以外の第二次性別の診断結果の通知だ。
(見なくたって、アルファに決まってるだろ)
アルファとオメガの両親から生まれた俺が、アルファ以外の第二性になる可能性は0.001%以下だ。
小さい頃から、アルファ以外にありえないと言われ続けていた。
――だから、こんな結果はいまさらだ。
封を切らないままの手紙を、ロスにいる両親宛ての荷物の中にいれた。箱の中には他に、父さん宛に編集の人から預かったファンレターが束になって入っていた。
♡
「高校生探偵の、工藤新一さんですよね? 僕を弟子にしてくださいっ」
カチャンっと真っ黒なランドセルが揺れた。
身体を九十度に折って礼をした少年の稲穂色の髪が揺れる。
「かわいい~、工藤くんの弟?」
くすくす笑いながら通り過ぎていく女子の声。すかさず「ちげぇっ」と否定する。
「おい、工藤、小学生虐めてんなよ」
からかう中西の声に、ひくっと頬を引きつらせた。
帝丹高校、正門前。
五限目あたりからずっと、門に寄りかかって誰かを待っている小学生は学内で話題になっていた。
明るい茶色の髪に、小麦色の肌。すらりと伸びた手足。ランドセルを背負ってなければ、中坊くらいには見える。
将来有望、と園子が目をつけていた。
「……だめ、ですか?」
顔をあげた小学生が、今にも泣き出しそうな目で俺を見上げてきた。うっ、と後ずさる。とんっと肩を押された。振り返ると、優しい顔をした蘭が、ガキに微笑みかけた。
「いいじゃない、新一」
……蘭は優しいし面倒見がいいから、ぜってえコイツの味方になると思った!
園子まで「ケチケチすんじゃないわよ」と俺の肩を押す。
じわりと首筋を汗が伝った。四面楚歌だ。
「……危ないことには首突っ込むんじゃねえぞ」
「ありがとうございますっ」
満面の笑みを浮かべたガキが俺の手を握った。
ぞわっと身体が総毛立つ。
「……?」
最近夜更かしが続いたから、風邪をひいたのかもしれない。
「ボクの名前は、降谷零です。よろしく、新一くん!」
♡
新一くん、新一くん、と懐いて寄ってくる零に、正直悪い気はしない。
「新一くんはすごいねっ」
そう言って、キラキラした瞳で見上げられると、誇らしい気持ちになる。
さすがに殺人事件の現場には連れて行けねーけど、学校以外ではほとんど一緒にいるようになっていた。
零は頭も運動神経もいいし、人当たりも良い。
唯一ムカつくところといえば、俺が身長伸び悩んでいるのに対し、零はこの半年で一〇センチ近く大きくなったことだ。
頭二つ分の差があったのに、もう一つにまで迫ってきている。
身体が痛いと泣きごとをいうのを無言で蹴った日からまた数センチは伸びている気がする。
「新一くん、また牛乳飲んでるの?」
「うるせえ」
「ボクも飲む」
「お前はいいんだよ。麦茶でも飲んどけ」
「……僕も牛乳がいい」
――でた。零のワガママ。
俺の手にあった牛乳入りのマグカップを零が引っ張って、口をつけた。
白くなった唇をぺろりと舐めた零は、俺を横目に、にやりと笑った。
「新一くん、油断しすぎっ、った!」
スパンッと小気味いい音を立て零の頭を叩いた。
零は普段聞き分けがいいけど、時折こうしてどうでもいいことで横暴になる。教育的指導だ。
♡
「明日、注射なんだ」
はあ、と溜息を吐いた零が、ソファの上で膝を抱えた。
「予防接種か?」
淹れたてのホットミルクを零の前に置いて、隣に座る。湯気を立てるマグカップに息を吹きかけた。
「……バース検査だよ」
「あー、そんな時期か」
第二次性別を調べる血液検査は、一度目が十二歳の時に小学校で一斉に、二度目が十五歳の誕生月に病院で行われる。
「新一くんはさ……」
零が抱えた膝に頬を押し付けて、じっと俺を見つめた。
――どうして、オメガなのにそんなに無防備なの?
「……は」
どうしておめがなのにそんなにむぼうびなの。
言葉の意味がわからない。
零は薄っすらと笑って、俺の手からマグカップを取り上げた。
「新一くんは僕よりずっと子どもみたいだ」
小さな手、だと思っていた。
ほとんど俺と大きさの変わらなくなった手が、剥きだしのうなじを撫でる。
ぶつぶつと肌が開いていく。
じゅくっ。
腹の奥が疼く。
腰が揺れると、零は俺に馬乗りになって熱を持ち震える手で俺の頬を覆った。
「僕が、新一くんの運命なのに」
呼吸が浅くなる。ひっ、と喉からか細い声漏れた。
「こわくないよ」
零が小さく笑う。
「新一くんのことだから、どうせ自分はアルファだって高を括って診断結果を見てないんだろ? 僕が隣にいても気付かないんだから、言ったってきっと信じてくれないと思った。だから、証拠を示せるようになるまでずっと待ってたんだ」
ずっと、ずーっとだよ。
零の掠れた声が、耳にかかる。
零から離れようと思うのに、身体がぐずぐずに茹ったみたいにソファに張り付いて動かない。引き離そうと伸ばした手で零の肩をひっかいた。
「やっと発情期だ」
見たことのない色っぽい表情で、零が髪をかき上げた。
さっきまでガキにしかみえなかったのに、いっちょまえに男の顔をしてるのが、ムカついた。
♡十年後♡
「なんじゃ新一、久しぶりに顔を見せたと思ったら、随分不機嫌じゃな」
博士の指摘に、イライラと貧乏ゆすりをしていたのに気付いて、テーブルに突っ伏した。だってよぉ、といじけた声がもれる。
「……零のやつ、俺の助手になるっつったのに、警察官になるって、なんだよそれ……」
博士が笑いながら、俺の前にアイスコーヒーを置いた。礼を言って、ストローに噛みつく。
「んでさあ、初恋の人を探してお礼を言いたいんだって言うんだぜ? そんなの俺に依頼しろよな」
零と違って大学を卒業した後、探偵事務所を開いた俺の得意分野だろ、そういうのは!
だんっとテーブルを叩く。博士が呆れた視線を俺に向けた。
「やきもちか?」
「ちげえよ。零の番は俺だし、愛されてるのも俺だし……そこんとこ不安になったことはない。けど、……ムカつくからさ!」
立ち上がって拳を握る。
「ぜってえ、俺が先にアイツの初恋相手を見つけてやる……!」