芸能パラレル


 注文したばかりのアイスコーヒーを片手に窓辺の席に腰かけ、待ち人からの連絡を待つ。足を組んで、ハンドバックからスマホを取り出しても、待ち人からの着信もメッセージもまだだった。
 隣のテーブル席では、濃紺の制服に身を包んだ女子高生が雑談に花を咲かせている。

「そういえば、昨日の二時間スペシャルドラマみた?!」

 自然と耳に入ってきてしまう甲高い声は、学校の男子の話から、急にドラマの話に移り変わった。反応しそうになるのをぐっと堪えて、スマホを見つめ続ける。けれど、聞き耳はしっかり立てていた。
「見た! 久しぶりの工藤くんほんっとかっこよかった……一時間で死んじゃったけど……死体の青白いメイクでさえ儚くてかっこいいってどういうこと?」
「わかる……工藤くんの死体姿エモすぎでしょ……。もー! 工藤くんのこともっと見たいのに、学業優先で仕事抑えてるのほんっともったいない!」
 にやけそうになる口元を押さえて、平然を装う。

 なにを隠そう、彼女たちの話している〟工藤くん〝とは、オレのことだ。
 子どものころから役者として活動しそれなりに知名度のあるオレは、いま学業優先、という体で仕事を絞っている。

 昨日のドラマは、自称元大女優である母親が、現役時代世話になったという監督からのオファーで特別に受けたものだった。
 二時間ミステリードラマのキーマンで、主役である警察官に犯人の手がかりを教えようとしたところ、犯人に殺されてしまうのだ。

「でも、今日は透クンが見れる! 今回の月9のヒーロー役ハマりすぎじゃない? めちゃくちゃかっこいい……」

 また少女たちの話の内容が変わって、ちらりと視線を横に向けると、二人の女の子たちはうっとりと頬を染めて『透くん』を『工藤くん』を上回る熱量で絶賛し始めた。
 けっ、と息を吐き、面白くない気分でアイスコーヒーを口にする。氷が溶けて少し水っぽい。唇を尖らせていると、ようやくスマホが震えた。
 受信したばかりのメッセージを開く。

 ――ついたよ。

 ちらりと窓の外に視線を向けると、カフェの前にある道路に見覚えのある白い車が止まっていた。
 立ち上がって、肩にかかった長いウェーブのかかった金髪を後ろに払う。アイスコーヒーをもって返却棚に向かうと女の子たちの視線が追いかけてきた。
「うっわ、今の女の人めっちゃスタイルいい。しかも、すっごい美人」
「足も長いし、顔もちっちゃ……モデルかな?」
 ひそひそと隣にいた子たちの声が聞こえてきて、くすりと笑う。
 まさかさっきまで話していた『工藤くん』が女装して隣に座っていたとは思うまい。

 カフェを出て、目的の車の窓をコンと叩く。鍵の開く音が聞こえてからドアをあけするりと乗り込んだ。
「やあ、ハニー。待たせたね」
 運転席にいたのは黒髪で褐色肌、やぼったい黒縁フレームの眼鏡をかけた男だった。
 男の背後、対向車線のさらに向こう側にある音楽ショップのビルには、金髪褐色肌の抱かれたい男ランキング二年連続首位の男が写る新曲宣伝用ポスターがでかでかと貼ってある。
 ……まあ、それは、目の前のこの人と同一人物なわけだけど。

「……れーさん、ぜんっぜんダメ」
「えぇ……? 今回は結構自信あったんだけどな」
「そんな眼鏡と黒髪くらいでアンタの顔の良さは隠せませんっ」
 零さんの顔から眼鏡を取り上げて、自分の顔につける。
 零さんは、くしゃりと目尻を下げて笑うと、車を発進させた。

 零さん――降谷零は、芸名、安室透といって、さっき女子高生が大絶賛していた月9のヒーローで、人気絶頂の俳優兼シンガーソングライターだ。そして、オレの番でもある。

 零さんはアルファ、オレはオメガ。
 三年前、まだ高校生だったオレは、ドラマの共演をきっかけに零さんに惹かれ、紆余曲折あった末、無事に零さんの番の座を勝ち取ることができたのだ。
 けれど、オレたちはお互いに――自分で言うのもなんだが――人気絶頂の俳優。オレのヒートの関係で、事務所の許可を得ず番になってしまったが、この関係は未だ世間には公表できないままだ。
 オレたちの関係を知っているのは、お互いの両親や信頼のおける人たちだけだ。
 関係を大っぴらにできないのは、恋人や番がいることを公表することで被る不利益だけでなく、オレが世間的にはアルファでは、と言われていることも関係している。
 オレは一度だってアルファだなんて言ったことはないけれど、世間一般のオレのイメージはオメガではなく、アルファなのだ。
 性差別が減ったとはいえ、まだまだオメガに対する世間の目は偏見に満ちている。
 零さんは、オレがそんな人間の邪な視線に晒されるのを嫌がって、番も結婚したことも、今すぐ公表する必要はないだろうという。

「新一くん、少し遠回りして帰ってもいい?」
「ん?」
「きみと、ドライブデートしたい」
 可愛い恋人のお願いにゴーサインを出した。

 ――秘密の関係も、なかなか悪くはない。

 


 なああんて、思ってた時期もあったけど!

 手に持っていた、雑誌をぐしゃりと握り潰した。
『大人気俳優A・T、年上美人女優との密会?!』
 そんなでかでかと書かれた見出しの表紙には、目線が入っているもののどう考えても安室透としか見えない男が、スレンダーな女性とひっついて歩いている姿が写っていた。
「新一くん、誤解……」
「はあ?! ンなことはわかってますよ!」
 丸めた雑誌をテーブルの上に叩きつける。
 どうどう、と零さんがオレの肩を撫でた。
「零さんは、オレにメロメロだし」
「うん、そうだね。理解してくれて嬉しいよ」
「大方、この店の奥には、他のスタッフもいて、酔っぱらったこの年上美女をタクシーまで連れてったのが零さんで、カメラのフレームに二人だけになったタイミングを見計らって撮られたって、そういうことでしょう?」
「さすが、その通りだよ」
「……ムカつく!」
 ダンッと床を足で叩いて、ソファに座った零さんの隣に勢いよく座り込んだ。
 ふかふかのソファが身体を受け止めてくれる。
「オレなんか、零さんと何度密会デートしても、全然すっぱ抜かれねえのに!」
「そっち?」
「オレだって零さんと週刊誌に載りたい……」
「……そのうちね」
 ぶすっと頬を膨らますと、くすぐるような口づけが降ってくる。
「きみは僕の宝物だから、大事にしたいんだ。オメガの新一くんは、まだ僕だけの秘密にしていたい」
 零さんは「ね?」と、お得意の子犬のような甘えた顔でオレの顔を覗き込んでくる。
 唸り声を飲み込んで、こくりと重々しく頷いた。

 あざといと思っていても、可愛い恋人にはつい甘くなってしまうのだ。クソ。
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