パラレルいろいろ

「ねえ! やばい! 今年の文化祭、ハギ先輩のクラス、ハロウィン喫茶やるんだって!」

 昼休み終了間際、息を切らして教室に駆け込んできた女子の声をきっかけに、教室中に黄色い悲鳴があがった。思わず顔を顰めて耳を塞いだ。男子は大体みんなオレと似たような反応だ。

「ハロウィン喫茶ってもしかしてコスプレ?!」
「そう! ハギ先輩は悪魔で、伊達先輩がフランケンシュタイン、松田先輩がオオカミ男で、諸伏先輩がミイラ男!」
 きゃあっとまた甲高い声が響く。気のせいじゃなければ、隣のクラスでも似たような悲鳴があがっている。
「降谷先輩はっ?」
「ヴァンパイアだって!」
 やばい〜、と声をあげて腰が抜けたようにふらふらと座り込む女子が数人いた。
(すげえ人気だな……)

 この学校には、芸能人かってくらい女子(一部男子)から絶大な人気を博する五人の生徒がいる。三年A組の伊達航、萩原研二、松田陣平、諸伏景光、降谷零。
 面倒見がよく頼り甲斐があり生徒だけじゃなく先生たちからも人望の厚い伊達先輩と、圧倒的女子に人気でしょっちゅう女子に取り囲まれている萩原先輩、このあたりの不良は全部舎弟になっているらしい松田先輩に、穏やかな物腰で慕われている諸伏先輩。そして、学年主席の降谷センパイ。
 系統の違う五人なのに、ウマがあうのかしょっちゅう五人で連んでは騒ぎを起こしている。つっても、移動教室なんかで五人が廊下を歩くだけで騒ぎになってるけど。

 五限目の予鈴がなり終わり、入ってきた担任に席に着くよう女子たちが促される。現国の教科書を出しながら、窓の外に視線を向けるとジャージを着た五人組がグラウンドに向かって歩いていくのが見えた。昼のチカチカする太陽を浴びて金色に輝く髪を、目立つからつい見てしまう。
 頭に突き刺さる視線でも感じたのか、降谷センパイが振り向いた。
 慌てて目を黒板の方に向けたけれどすでに手遅れで、視界の端で先輩たちが手を振っている。仕方なく顔を前に向けたまま目立たないよう胸のあたりで手を小さく二回振った。見えたかどうかしらねーけど。
 
 🎃

 文化祭三日前。今日の五、六限目は全学年共通で文化祭準備にあてられている。学校中が騒がしい。オレもジャージに着替え、作業を割り振られた段ボールを絵の具で黒く染めることに専念していた。ちなみにうちのクラスはお化け屋敷だ。
「くどお〜、アニキから浴衣借りてきたから合わせてみて〜」
 衣装係の相馬に呼ばれて、真っ黒な浴衣を渡される。その場でジャージの上を脱ぎ、Tシャツの上から浴衣を羽織って前を合わせると、赤い帯を持って相馬が近づいてきた。
「着付けできんの?」
「やったことないけど、動画見ながらやれば大丈夫な気がする」
 相馬はスマホを操作して腰紐を両手でもつと適当にオレの腰にぐるぐる結びつけて固結びにした。
「……なあ、ちゃんと動画見てるか?」
「え? 見てる見てる。でもこんなとこみえないんだから適当で大丈夫っしょ、帯はちゃんとやるって」
 そう言って赤い帯が手早く腰に巻かれる。
 いや、早すぎねえ? 動画見てねえじゃん。
「よし、できた! かわいいよ工藤!」
 オレの後ろに立ってぎゅっと帯を結んだ相馬が声をあげた。
 ぜってえできてるわけない。
 振り向くと、案の定リボン結びにされた帯が目に入って眉間に手を当てた。
「おい……」
「工藤くんかわいい〜! リボン前にした方がよくない?」
「たしかに!」
「たしかに、じゃねーよ」
 相馬の声で寄ってきて、悪ノリした女子たちが、帯に手を伸ばそうとする。
 これ以上遊ばれるのはごめんだ。
 素早く踵を返して、教室から飛び出ると、人のいないところに向かって走り出した。
 このまま準備ごとサボっちまおうかな。

 逃亡先に選んだのは、特別教室が入っている北校舎の屋上だった。
 北校舎は普段授業中以外閑散としているけれど、今日は文化祭準備で被服室や調理室に音楽室を使っているからか出入りする奴が多い。浴衣をきているせいで、やたらと視線を感じる。足早に階段を上って三階までくると、さすがに人気はなかった。
 常時立ち入り禁止の屋上へと続く階段は、文化祭に向けて侵入禁止を教科され、黄色いスズランテープと机でバリケードされていた。
 一番端の机をずらして体を滑りこませる。
 さすがにオレは屋上の鍵を持っていないから、階段を上がり切ったところにある屋上へ続く扉前の一畳ほどのスペースに身を隠した。階段のない半畳分は壁になっているから、端っこに座っていれば上がってこない限りオレの姿は見えないだろ。
「……つーか、寒」
 ぶるりと身を震わせる。
 夏はひんやりして居心地のいいこの場所も、十月下旬にもなるとコンクリートの壁とフローリングの床の冷たさで、寒さが身に沁みる。
 下にTシャツとジャージは履いたままでも羽織るものが浴衣だけだと鳥肌が立ってきた。膝を抱えて小さく丸くなり、あと五分したら教室に戻ろうとため息をつく。

「こら、サボりはダメだろ?」
 
 膝小僧に額を押し付けていると、頭上から柔らかい声が降ってきた。こら、なんて叱っているくせに、笑みが混じった声は甘い。顔をあげて、……そこにいたのが想像していたのと違う格好をした人だったから目を見開いた。

「れ、……センパイ、どーしたんですか、その格好」

 制服でもジャージでもなく、長い黒のマントに白いシャツ紫のベストと黒いスラックスを着た降谷先輩は、いつもはおろしている前髪をあげ、額を出していた。まじまじと額を見ていると、降谷先輩は照れ臭そうに頬をかいてオレの隣に座った。
「似合うかな? 牙もつけてみたんだけど」
 確かに降谷センパイが喋るたび、真っ白な尖った牙が見えている。
「……へえ〜」
「あれ、気に入らなかった?」
 降谷センパイが顔を覗き込んでくる。無防備な額にぎゅっと心臓を掴まれた。顔をそらして小さくくしゃみをする。
「そんな薄着でこんなところにいるから」
 腕を引っ張られ、降谷先輩の足の間に入れられた。背中に当たるセンパイの体が暖かくて、勝手にマントも引き寄せて体に巻きつける
「うわ、めちゃくちゃ冷えてるじゃないか」
 降谷先輩が、後ろからオレに抱きついてくる。いつもなら振り払うけれど、今はこの筋肉量が多く体温の高い体の誘惑に抗えずじっとしていることにした。しばらくそうしていると、体の芯からじんわり暖かくなっていく。
「……新一、くん」
 センパイがやけに熱がこもった声でオレを呼ぶ。無反応でいようとおもったけど、ケツにあたっていたナニが固くなっているのに気づいて、じとっとした視線を後ろにむけた。
「なに考えてるんだよ」
「……なにも考えないようにしてるさ。でも、きみが、こんなやらしい格好でいるのが悪い」
 センパイはオレに責任転嫁して、首筋に口を押し付けてきた。
「浴衣が着崩れてるのもいけないけど、新一の真っ白な肌に黒い浴衣ってコントラストがエッチすぎる」
「……IQ下がってるぞ、学年主席」
「きみの前ではどんな秀才だってバカになるさ」
「そんなの……零だけだろ」
 呆れて半眼になると、零は難しい顔をしてため息を吐いた。
「自覚して欲しいような、して欲しくないような複雑な気分だな」
 そう言って顔を寄せてきた零の唇に手のひらを当てる。甘く垂れた瞳が不服そうに細まった。
「やだ。さっきから、その牙、首に当たるたびチクチクチクチク痛えんだよ。ぜってー口にも刺さるじゃん」
 零は眉間に皺をよせて、肩をすくめた。
「わかったよ」
 残念そうにぺしょりと下がった眉尻に、胸の奥がぎゅっとなって、眉間に力が入る。
 仕方ないから胸ぐらをつかんだ。振り返って、少しだけ腰を浮かせ、無防備な額に唇を押し付ける。いつもは香ってこない整髪料の匂いがした。
 体育が終わった後、友だちが付け直すワックスと同じグリーンアップルの香りだ。
 ふんっと鼻を鳴らして、セットされた前髪を指でぐちゃぐちゃに乱す。
「前髪はおろしとけよ」
「……似合わなかった?」
「…………零の額見ていいのは、風呂上がりのオレの特権だから」
 早口でつぶやいて、さっさと立ち上がる。センパイを置いて教室に戻ろうとすると階段を降りる前に、手首を掴まれた。
「わっ、」
 バランスを崩したオレを背後から支えるふりをして、オレの浴衣とTシャツの襟ぐりを同時に掴んで左側に引っ張る。左肩が冷えた空気に晒され、咄嗟に左肩に視線を向けると、鼻筋のすっと通った高い鼻に目がいった。伏せた亜麻色の長いまつ毛が色っぽくて呼吸を忘──

「いってえええ!!」

 階段にオレの大声が反響した。ガブリとオレの肩に噛み付いた零の頭を思いっきり叩き落とす。反動でつけ牙がとれて、床に落ちていった。ぺろりと口端を舐めた零がオレの耳元で囁く。

「吸血鬼の唾液には催淫作用があるんだよ」
「……へえ〜、ソウナンデスカ。オレにはそれ、効きませんけどね」
「……本当に?」
 しつこい零が唇を近づけてくる。腕時計を見ると、五限目が終わるまであと十五分あった。

 ──六限目が終わっても教室には戻れない、そんな予感がした。
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